31_世界が彩られたのは誰のおかげか、答えは簡単
(それにしても、フワフワが今していることって、そんなにすごいことなの……?)
私は魔法の訓練を始めたばかりであり、知識も常識も足りていないせいで分からないことだらけだ。
そのため、セルヒ様やオーランド様が褒めてくださるのは嬉しいけれど、すごいすごいと言ってもらえている内容が本当のところどれくらいすごいものなのかも、よく理解できていないままだった。
アルヴァン様が何度も気絶しているフワフワに関することだって同じで、いまいちピンときていない。
オーランド様はどう考えるべきか迷っている私に気づいたのか、ふむ、とひとつ頷くと、きっと魔法使い様なら誰もが知っているのであろう事実を説明してくれる。
「魔力を他者に渡すことはできる。とても難しいことではあるから、誰もができるわけじゃあないけれど、魔塔の魔法使いなら大半は出来るだろうねえ。ただ、属性を残したまま渡すのは不可能とされているんだよねえ」
「えっ?」
「それに、魔力そのものとしてではなく魔力を巡らせた状態で流した涙を介して魔力譲渡するなんて聞いたこともない!そもそも、セルヒのように全属性を使えるなんて魔法使いは規格外だからね〜!」
な、なるほど。つまりさっきフワフワが私の涙を舐めて炎魔法を吐いたのは、とてもじゃないけれど普通はできないことらしい。
オーランド様はにこにこと笑みを崩さないまま、私をじっと見つめた。
「うーん、この場合、すごいのはルーツィアなのか、フワフワなのか……判断に迷うところだね〜!」
「え、いや、どう考えてもすごいのは私じゃなくてフワフワです……」
だって私は何もしていないもの。フワフワの言葉を聞く限り、当然のようにそれをやってのけているし。私じゃなくてフワフワがすごいのだということは、疑う余地もないことのように思える。
それにも関わらず、私がすごいかもしれない可能性を残してくれるあたり、オーランド様は本当に優しいわよね。
そう思っていると、オーランド様は予想外のことを続けた。
「まあでも、すごいのがどちらなのかなんて瑣末な問題だ。これで君の望み通り、現場に出られるね〜、ルーツィア!」
「え?だ、だって、私、攻撃魔法を使えるようになっていないです……」
戸惑いながらもそう返事をすると、オーランド様は軽い調子で「ごめんね」と私に向かって両手を合わせる。
「きっと、私の言い方が悪かったんだねえ。最低限の条件は攻撃魔法を使えることではなくて、攻撃手段があること、だよ〜!君はどう考えても剣術や武術はできそうになかったから、攻撃魔法しか想定していなかったけど」
話を続けながら、オーランド様は私にピッタリと体を寄せているフワフワの頭を撫でた。
『やめろ、勝手に我の頭を撫でるなっ!』
「これだけルーツィアにべったりで、君の危険や悲しみを察知して飛んでくるんだもの。魔獣なのに自在に魔法も使えるし、もはや使い魔と同じ立ち位置と考えても問題はないよねえ。魔法使いにとって、使い魔と契約して攻撃を任せるのは正当な攻撃手段だよ」
「じゃ、じゃあ」
思わず一縷の望みをかけてフワフワに視線を向けると、フワフワは自信に満ちた目をしながら顎を上げてみせた。
『ルーツィアの幸せを守るのが我の望み、ルーツィアが遠慮したとしても、我はルーツィアの剣となり、盾となるぞ!』
「フワフワ……!」
頼もしすぎて涙が出そう……!!
そんな私たちのやりとりを見ながら、オーランド様は面白そうに笑う。
「フワフワって、本当にルーツィアのママみたいだなあ〜。ノースが言ってた通りだ」
その後はフワフワと私とで協力して魔法を使う練習を中心に行うことになった。
といっても、フワフワがすごすぎて、私は使おうと思う属性の魔力をひたすら渡すだけでよかったわけだけど。フワフワってば本当にすごい。
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「なるほど、それじゃあ、そう遠くないうちに俺は君と並んで仕事ができるかもしれないな」
夜、お仕事が終わり魔塔に戻ったセルヒ様とお茶をしながら今日の話をしていると、セルヒ様は嬉しそうにそう言ってくださった。
夕飯の後にこうして二人でお話しする時間を作るのは、私がオーランド様に魔法の訓練をつけてもらいはじめたと同時に始まった日課だった。
最初にこの時間を持つと決まった時のことを思い出す。
「本当は片時も離れずにルーツィア嬢の側にいたいのに、その幸福でしかない役目をオーランドに譲るのだから、1日のうちに俺だけが持てるルーツィア嬢との時間が欲しい!!!!」
セルヒ様はそう言って、私の一日のスケジュールの中に、自分とお茶する時間を組み込んでしまったのだ。
まるで自分が私と過ごす時間がどうしても欲しいかのように言ってくださっていたけれど、どう考えても私のことを心配して、この時間をつくってくれているわよね。
訓練場で色々あったあの日、フワフワと私が会えなくなってしまったのは自分のせいだとおっしゃっていたセルヒ様。あのあとなんとなくその話を聞きそびれてしまっていて詳しくは分からないけれど、何かしらセルヒ様が私に対して責任のようなものを感じていることはさすがの私にも感じ取ることができていた。
それに魔塔に来たばかりのセルヒ様の言葉や、ノース様とのやりとりを思い返してみても、多分、私が魔塔に来ることになったあの書類を用意してくれていたのはセルヒ様じゃないかと思う。だからこそ、セルヒ様はここまで私のことを気にかけてくださるのだわ。
優しいセルヒ様。この暖かい場所に私を導いてくれた人。私の悲しいばかりだった日々を、こんなにも鮮やかに彩ってくれたのはセルヒ様だ。
だからこそ余計に私はセルヒ様に対して感謝の気持ちでいっぱいで、どうにかしてセルヒ様のお役に立てるようになりたいと思っていた。
──そう思っていたのに。
それから数日後、同じように二人でお茶をしながら今日の話をする時間に、セルヒ様はなぜか苦虫を嚙みつぶしたような表情で現れて。
「……ルーツィア嬢。嘘偽りのない君の本音を聞かせてほしいのだが。君は…………君をきちんと大切にしてくれるとしたら、リーステラ家に戻りたいか?」
私にとって、あまりにも予想外のことを聞いてきたのだった。
そして、驚きすぎた私は何も取り繕うことができず、どうしてそんなことを聞かれたのかを考える余裕もなく、咄嗟に答えていた。
「えっ!絶対に嫌です!!!」