30_この世の奇跡、追加みたいです?
訓練場の真ん中で、オーランド様はどこか面白そうに首を傾げている。
「ルーツィア、君はとても有能だけれど、それと同じくらい、とても繊細な子だね〜」
あれから5日たち、オーランド様は本当につきっきりで私に魔法指導をしてくれていた。
オーランド様は口調と同じく軽やかな人で、すぐに私をルーツィアと親しみを込めて呼んでくれるようになった。そのどこかのんびりとした雰囲気のおかげで、私ものびのびと魔法の練習をすることができているのだけれど……。
「こーんなに魔力操作がうまくて勘がいいのに、攻撃魔法が一切使えないなんて!わははは!これは予想外だ〜」
「す、すみません……」
そう、私はどんなに頑張っても、ごく簡単な攻撃魔法さえ全然使えるようになれずにいたのだ。今だって、一番簡単だと言う炎の初級攻撃魔法を何度も試してみているのに、全くできないでいる。
攻撃を意図したものでなければ、どの属性も比較的思い通りに扱うことができるのに。これは自分でも予想外のことだった。
基本的な魔力操作から、魔法の発現まで、とてもとてもスムーズにいっていた。だから、きっとこのまま順調にどんな魔法も使えるようになるのでは?と、実はちょっぴり期待していたのに。ここにきて完全に行き詰まっている。おまけに全く出口が見えない迷宮に迷い込んでしまったかのように、手応えすら少しも感じない。こんなのってないよ……!
「きっと、ルーツィアの深層心理が誰かを傷つけることを拒んでいるんだろうねえ」
「そんなっ、こんなにやる気満々なのに……」
「心の奥底にある本音って、意外とコントロールできないものだからね〜。まあ、攻撃以外がそれほど器用に出来るなら、そこまで気にする必要もないさ。それってすごいことだよ?君はやっぱり才能に溢れている。魔塔には現場に出ずに研究ばかりしている魔法使いもたくさんいるよ〜?」
オーランド様はなんてことないようにそうおっしゃるけれど。
「いえ……それじゃあ……だめなんです……」
「うーん、ルーツィア、やっぱり現場に出たいんだねえ」
魔法を教えてもらいはじめてすぐに、オーランド様に聞いてみたのだ。どうすれば私も魔物を相手にする現場に出られますかって。
基本的に必ずクリアできないといけないことは二つあって、自分の身を守ることができることと、最低限攻撃魔法が使えるようになることだとオーランド様は答えてくれた。
私は……私は……どうしても魔物討伐の現場に出たい。
そして少しでもいいから、セルヒ様のお役に立ちたい。
そりゃあ、当然セルヒ様には私の助けなんていらないとわかっているのだけれど。
だけど、セルヒ様が魔物討伐に行く機会が多いなら、私もついていきたい。オーランド様が言ってくれるように私に才能があるなら、セルヒ様のそばで何かできることを見つけることもできるかもしれない。
そう思っていたのに。
「結局、私はやっぱり役立たず……」
自分が情けなくて不甲斐なくて、涙が込み上げてくる。
いけない!ただでさえダメダメなのに、こんなことで泣いちゃうなんて、どう考えたってめんどくさいやつだ!
そう思うのになんだか止められない。魔塔にきてみんなが優しくしてくれて、気が緩んでしまっていたみたいで。前はどんなに悲しくても辛くても我慢できたのに、すっかり我慢の仕方がわからなくなってしまっていた。
せめてオーランド様に顔が見られないように、私はぐっと両手でスカートを握って俯く。
「あ!わっ、ルーツィア!?何も泣かなくても……」
「う、うう〜……ご、ごめんなさい。ダメな子でごめんなさい……面倒くさい子でごめんなさい……」
「いや、君は全然ダメなんかじゃないし、面倒くさくもないんだけどね〜。ただセルヒにめちゃくちゃ怒られそうだなってだけで……それにしても、そうやって感情を表に出していけるようになってきたこと自体は、むしろ喜ばしいことかなあ」
「う〜〜〜」
こ、こんな時まで優しい……!!
リゼットやお父様やお母様に辛くあたられたときには我慢できたのに、優しくされると我慢できずに泣いてしまう。こんなの、初めて知った。
(いやいや、そんなこと考えてる場合じゃないっ、早く泣き止まなくちゃ!)
「よし、もう泣いちゃったことだし、気がすむまで泣きなさい〜泣くとスッキリするからね〜って、わあ!?」
「へっ!?」
そのとき、ぶわりと強い風が吹き、私を慰めてくれていたオーランド様がよろめいた。
そしてひとつ瞬きをした次の瞬間、私の目の前には視界いっぱいにフワフワの顔が広がっていた。
『ああ、ルーツィア!どうした?泣いているのか?我がそばにいてやるからな!』
フワフワは焦ったように「きゅうん、きゅうん」と鳴きながら、ぺろぺろと私の顔を舐める。
ああ、優しいフワフワは涙を舐めとってくれてるんだ、と理解した途端、フワフワはそのまま顔を横に背けて、フッと小さく炎を吐く。
えっ!?
(アルヴァン様が、フワフワは風魔法を使える魔獣だ、って言ってなかったっけ?炎魔法も使えたの?)
驚いていると、風のように現れたフワフワを追って、アルヴァン様が訓練場に姿を見せた。走ってきたのか息を切らしている。
「はあ、はあ……フワフワがまた風に乗って行ってしまった!相変わらずとても早くて素晴らしい──って、ええええフワフワが炎を吐いてるーーー!?!?」
あまりの驚きようにまた倒れてしまうんじゃ!?と心配になったけれど、アルヴァン様はなんとか持ち堪えた。
「ぐっ、いつまでもこの世の奇跡を前に意識を失う僕ではない……!奇跡のその先をこの目で見るためにっ!」
なんだかとてもかっこよさげなことを言っている。そうだよね、いつだってフワフワについて予想外のことが起こるたびに感激して気を失っちゃうから、誰よりもフワフワを見ていたいはずのアルヴァン様は、誰よりもフワフワのすごいところを見逃しているものね……。
ちなみに、セルヒ様に続いてオーランド様も特殊魔力を使ってフワフワの言葉を聞くことができるようになっている。
だけどそれは天才と呼ばれるセルヒ様と、そのお師匠様であるオーランド様だから出来たことで、やっぱり他の魔法使い様たちには到底できないことだったらしい。
──と、思ったら、他に例外がただ一人。なんと魔獣との意思疎通に並々ならぬ夢を抱いていたアルヴァン様も、丸3日寝ずに訓練し続けて同じことが出来るようになっていた。
オーランド様いわく、「アルヴァンは魔塔の中でも魔力量が少ない方で、特に特殊魔力はほとんどないはずなのに、変態だよねえ」とのことだ。
(本当に、魔獣マニアって呼ばれているのは伊達ではないわよね……熱意がすごい)
けれど、アルヴァン様が耐えられたのはそこまでだった。
アルヴァン様を見たフワフワは、驚きすぎて涙を止めるのを忘れていた私の頰を舐め続けながらフンッと鼻を鳴らしてみせる。
『あやつは何を言っているのだ?こんなの奇跡でもなんでもないだろう。我はルーツィアの炎属性の上質な魔力がこもった涙を取り込んで、それを使って炎を吐き出しているだけじゃないか』
「ルーツィア嬢の魔力を取り込んで、本来フワフワが使えるはずがない炎を吐いているだってっ!?あああああこれは世界の常識が覆る…………」
アルヴァン様は悲鳴のようにそう叫ぶと、結局いつものようにぱたりと気絶してしまったのだった……。
(それにしても、フワフワが今していることって、そんなにすごいことなの……?)