02_餌にはならないのか、餌にもならないのか?
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屋敷を飛び出し、しばらく時間が経ち……私は絶賛迷子中だった。
「私の敗因は、誰かに遭遇することを恐れて森に入ったことね!」
真っ暗な中で、怖い人に会ってしまったらどうしよう。そう思って、森の端に入り、姿を隠しながら道沿いに歩いていたつもりだったのだけど……気がついた時には奥へ奥へと進んでしまった後だった。なんで?
どうやら今まで知らなかったけれど、私は方向音痴だったらしい。
結果、怖い人に会ってしまうよりももっと怖い目に遭っている──。
カアカアと、暗い鳥が鳴く。
バサバサと、何かが飛んでいく。
そしてグルグルと、私を睨みつけた獣が唸り声を上げた。
私は腰を抜かして尻餅をついた。
(ひ、ひゃあああ!ど、どうしよう?なんでこんなところにこんな大きな動物が!?なんだかすっごく怒っているし……ひょっとして、私ってばここで死ぬ感じ?)
暗闇に紛れてはっきり姿が見えないけれど、狼だろうか?すっごく大きな狼だわ!それが唸り声を上げているのだからとてつもなく怖い。私は震えた。正直森に入ったあたりから寒くて震えていたんだけれど、その比ではなく震えた。
怖い、寒い、怖い、寒い、ううん嘘、もはや怖すぎて寒さもわからない。
今日は夜のうちに歩いて歩いて、明日中に王城の側にある王宮魔法使いの宿舎に向かうつもりだった。魔法使いのことは魔法使いに。そうすれば、魔塔への行き方を教えてもらえると思ったから。
(こんなことなら、気持ちが盛り上がったままに飛び出すんじゃなくて、せめて日が昇るまで待てばよかった──!)
後悔してももう遅い。狼は一際大きく唸り声をあげると、ついに地面を蹴って私の上に飛び掛かってきた。
ああ、死んだ──。ルーツィア・リーステラ享年15歳。いや、もうリーステラじゃないんだったわ。
4歳でリゼットが家族になってから愛されることもなく、リーステラではなくなった夜にさっそく、こんな風に死ぬなんて……。
せめて痛くありませんようにと祈りながらぎゅっと目を瞑る。……しかし、襲ってきたのは爪で切り裂かれる痛みでも、牙に食いちぎられる苦しみでもなかった。
──これは……もふもふ?
もふりと豊かなもふもふに包まれている気がするような……?
恐る恐る目を開けると、私の2倍はある大きな狼が、私を包み込むように丸くなっていた。
ええっと?
慌てて体を起こそうとすると、前足で押さえ込まれた──というより、まるで「もう寝なさいよ!」とでも言うように、お腹の上に無理やり横に寝かされている?
ど、どうやら、私を殺す気はなさそうだわ。
混乱する頭でそう考えた途端、ひとまず命の危機を脱したことを実感して体の力が抜けた。なんの力が入らなくなっても、体はゆったりと横たえられたまま。なんだかこの狼、私がくつろげるようなベストポジションに収めてくれているような??
そして、気がついた。このもふもふの体に包まれていると、すっごく暖かい!
ふと気がつくと、体の震えが止まっている。もう怖くもないし、ついでに寒くもない。
「ひょっとして、暖めてくれたってこと……?」
驚いて狼の顔の方を見たけれど、目を瞑っているらしく、暗すぎて顔がどうなっているのかさっぱりわからない。
もしかすると、私なんてこの狼の餌にもならなかったのかも。それで、おもちゃか何かに認定された、とか?
すると、とんでもなく運がいいということよね?だってこんな大きな狼に襲われて、無事でいられるなんて、普通なら考えられないもの。
そんなことを考えながら、いつの間にか私の意識は遠のいていた。
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あまりの暖かさに、気がつけばすっかり眠っていたらしい。
狼のみじろぎに釣られて目を覚ますと、森の木々の隙間から、まるで流れ星のように空を駆ける金色の光が見えた。
「わあ、なんて綺麗なのかしら。って、こちらへ向かってきていない?……きゃあ!」
すぐ近くまで迫って来た光のあまりの眩しさに、咄嗟に目を瞑ると、明るい声が上から降ってきた。
「パンパカパーン!!俺は魔塔の魔法使い!契約が締結されたので、まるで王子様のように君を迎えにきたよ!」
……ええっと。
目を開けると、さっき光り輝いていた場所に人が立っていた。
あまりに驚いて、ポカンと口を開けたままその人を見つめていると、目が合ったその人もまたあんぐりと口を開けて目を見開いた。
「うわっ!なんか黒いと思ったら、君、なんてもんに抱えられてんの!?え、なにそれまさか魔獣?」
え、この狼って、実は狼じゃなくて魔獣なの??
見上げると、狼は瞳を光らせ、魔法使いと名乗ったその人に向かって唸り声を上げていた。ひえ!
「え、まさかこの魔獣、君を守ってるの?なにそれそんなことある?魔獣が人を襲わないだけでも驚きなのに?守る?普通はそんなことありえないよね?」
普通はって言われても、よくわからない。
「まあいいか!なんだかその魔獣、君から引き離そうとしたら俺を殺しそうな勢いだし、このまま連れていくね?」
「えっ?わ、うわわあ!」
魔法使い様が指先をくるんと回すと、私は狼ごと宙に浮いていた。
驚きすぎて思わず狼のもふもふの毛にしがみつくように抱きつくと、顎の下と両前足、そして大きなふさふさのしっぽに包み込まれる。すごい、真っ暗で何も見えないわ!
「あは!本当にそいつ、君を守ってるんだ?不思議だねえ。帰ったら魔獣研究マニアのあいつがめちゃくちゃ喜びそうだな〜」
そっか、この人、魔塔から私を迎えに来た魔法使い様だって言っていたんだったわ。ということは、私はこれから魔塔に向かうの??
魔塔に売り飛ばされた私──最後に契約書に名前を書いたのは私自身だけれど。
魔塔には、たくさんの特別な魔法使い様が住んでいる、らしい。
魔塔に入るには、同じような特別な魔法使いとして、招き入れられること。そうではなく私のような無能だったら、考えられる理由は多くない。
いつか、お爺さまの持っていた書物に魔塔のことが書かれていた。その内容の一部を思い出して、ぶるりと震えた。
きっと私は、これから魔塔に行って、特別な魔法使いの人体実験に使われるんだわ──。
──と、思っていたのだけれど。