27_愛する人に懺悔したい魔法使い(セルヒ)
動悸が止まらない。
俺は数年前、愛するルーツィア嬢をあのリーステラ家から救い出したくて、彼女を魔塔に迎え入れるべく準備を整え、あとはリーステラ家の者の承諾を得るのみという状況で師匠オーランドとともに訊ねて行った。
しかし、リーステラ夫妻と、彼女の兄という男になぜか拒まれた。
ふざけるな!どうしてだ!あれだけ冷遇しているくせに!大喜びでルーツィアを引き渡してくると思っていたのに……そうされていたらされていたで、狂おしいほど腹が立ったとは思うが。
おまけにこちらを警戒してか、わざわざ高い魔道具を用意して結界を張られ、リーステラ家の様子を見ることもできなくなってしまった──。
ルーツィアは泣いていないだろうか。また傷ついていないだろうか。やっと彼女を魔塔に迎え、もう悲しむことはないのだと言ってあげられると思っていたのに。いつだって俺がそばで彼女を守ってあげようと思っていたのに……。
これでは、ルーツィア嬢が危ない状況に陥ったとしても、気づくことすら難しい。
ノースは「無関心な娘とはいえ、夫妻はルーツィアを政略結婚にでも使おうと思っているのではないか」と予想していた。真実は分からないが、そう間違っていないのではないかと思う。本当に彼女が大切で手放すのを惜しんだのだとすると、彼女を冷遇し、苦しめていることへの理由がつかないのだから。何度考えても忌々しい!
……しかし、結果的に俺が事態を甘く見て、行動を急いだせいで、彼女を救うどころか、彼女のよりどころでもあったはずの、この魔獣との交流さえも断絶させてしまう結果になっていたとは……!!!
すれ違いを絶対に許さないと誓っているはずなのに、俺のせいで魔獣とルーツィア嬢の美しき絆を物理的にすれ違わせてしまった!
あまりの不甲斐なさに足の力が抜け、崩れ落ちた。
俺は……なんと愚かな真似をしてしまったんだ……!!
なんとか気力を振り絞り顔を上げると、ルーツィア嬢は彼女がフワフワと呼ぶ魔獣の尻尾を両手で鷲掴み、モミモミしていた。可愛い。あとズルい。魔獣め……雄だったら許されないところだった。雌だし、ルーツィア嬢がそれを望んでいるようだから許されているが、それでもギリギリだ。ズルい。
けれど、フワフワに触れている時の気の抜けた様子のルーツィア嬢は可愛い。多分あれ、無意識でやっているぞ。どうやら何か考え込んでいる時や、気持ちを落ち着けたい時などに、名前通りフワフワなあの尻尾を差し出されると掴まずにはいられないらしい。可愛い。気の抜けた姿もあんなに可愛いってすごい。俺にも尻尾が生えていればよかったのに。……魔法薬で生やせるか?
俺に魔法の才能があったのはそのためだったのでは……?
──って、違う!今はそれどころではない!
まずは俺の愚かさを告白し、懺悔して、許しを乞わなくては……。
そんなつもりはなかったとはいえ、彼女を悲しませる原因を作ったのは間違いなく俺なのだから。
そのためには俺があの恋の底なし沼に落ちた瞬間の話をしなくてはならないだろうか。今、まだ彼女の気持ちが俺にはない状態で、決定的な話をするのは時期尚早かつ負担になるのではないかとあえて避けていたのだけれど。
しかし、そうはいっていられない。意を決して口を開こうとして──その前に、魔塔の中に爆発音が轟いた。
「きゃあっ!?」
怯えるルーツィア嬢が悲鳴を上げると、フワフワが彼女を包み込むように身を寄せた。だからズルい!
それにしても、今の爆発音は、間違いなく──彼が帰ってきたのだ。
なんと、タイミングの悪いことだ。無視しようかと思ったけれど、ルーツィア嬢が爆発音のせいでそのでどころをしきりに気にするので、彼女を連れて部屋を出た。しなければならないことは多い。懺悔とか、告白とか、彼女へのアピールとか。しかし、どれも今この瞬間の彼女の不安を取り除くことより優先度は低い。全てはルーツィア嬢のために。と、言いたいところだが結局は自分のためだな。俺はルーツィア嬢に何かできること、何かすること、彼女のことを考えることが何よりも幸せなのだから……ふっ。
並んで歩きだすと、ルーツィア嬢は少しびくびくとしながら、俺の差し出した手をぎゅっと強めに握った。幸せだ。
尻尾は掴んでもらえても、手を握って歩くことは出来まい!
そう思い、(勝手に)ライバル(として認識している)フワフワに向けてニヤリと笑って見せた。ルーツィア嬢の向こうにいるフワフワは彼女に気付かれないように、一瞬だけ威嚇するように俺に向かって歯をむき出しにして見せた。面白い、それでこそライバル。種も性別も関係ない。彼女への愛は誰にも負けん。
はあ、仕方ない。あまり気は進まないが、行くか……。
魔塔一階エントランスには、すでにそこそこの数の魔法使いたちが集まっていて、その中心に彼はいた。
「やあやあ!我が弟子セルヒよ!敬愛する師匠が帰ったよ~さあ、存分に歓迎しておくれ~」
我が師匠、オーランド。
彼の前には古い書物がいくつも置かれている。オーランドは魔法書が好きで、任務のついでに古今東西あらゆる時代のあらゆる言語で書かれた魔法書を見つけ出しては、興味があるものや解読できないものなどをこうして持ち帰ってくるのだ。
「…………」
オーランドは少しノースに似ている。二人ともノリがちょっとうざい。
「えっ、なんか俺の悪口考えてない?」
「考えていない。自意識過剰だろ」
いつのまにか隣にいたノースが非難の目を向けてきたので否定しておく。
オーランドは俺の返事がないことも気にせず、ルーツィアとフワフワに視線を向けた。
やっぱり気は進まないが、ルーツィアと出会えたのも、こうして魔塔に迎えられたのもオーランドのおかげという部分がある。紹介するか……と考えていると、ルーツィアが驚いたように声を上げた。
「まあ!?」
「っ!?どうかしたのかい、ルーツィア嬢?」
慌てて彼女を見ると、目をキラキラと輝かせている。その視線は、オーランドが今回持ち帰った古い書物を捉えていた。
「あっ、すみません……」
つい声を上げたことを恥ずかしがるルーツィア嬢。可愛い。恥じらう顔もとんでもなく可愛い。すごい。
「いえ、懐かしくてつい。小さな頃に読んだことがあったものばかりなので……」
「……これを、読んだことがある?」
オーランドが呆然と呟いた。
おそらく、自分がとんでもない発言をしたと気がついていないルーツィア嬢は、昔を懐かしむようににこにこと微笑んでいた。
色々言いたいこと、聞きたいことはあるが──とりあえず可愛い。
とにかくルーツィアが可愛くてしょうがないセルヒさん。(※反省は本気でしてます)