26_フワフワとの出会いの思い出
更新遅くなりました……!
ええっと、セルヒ様のせいって一体どういうことかしら?
話の流れからすると、フワフワが急に会いに来てくれなくなったことに、セルヒ様が関係しているようだけれど、そうと分かっても全く関連が分からない。
崩れ落ちたまま打ちひしがれているセルヒ様は、回復までにもう少し時間がかかりそう。
きっと話してくれるだろうけれど、それまでに自分の中でもあの頃のことを整理しておこうかしらと、懐かしい記憶を思い浮かべてみることにした。
私とフワフワが初めて出会ったのは、今から数年前のこと──。
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その日、私は久しぶりに屋敷を抜け出していた。
屋敷の中は息が詰まる。本を読んでいる間は時間を忘れて没頭できるけれど、お祖父様の古書も読み尽くしてしまった。何度読んだって面白いし夢中になれるけれど、さすがに他のこともしたくなってくる。
なので、ときどき一人で、屋敷のすぐ近くにある小さな森に入って遊んでいたのだ。古書の中には薬草や魔法と相性がいい植物などが載っているものもあったから、ひょっとしてその中のどれかが見つかったりしないかなあ、なんて好奇心で。
だけど、見つけたのは薬草でも植物でもなかった。
「きゅう〜ん……」
「わ!驚いた!」
草を掻き分けて目に飛び込んできたのは、とても小さな……動物?
目を凝らしてじっと見つめてみると、「ふゅ〜ん」ともう一度鳴いた。木の影でできた暗がりに、丸まった何かがいる。多分、子犬?黒いから形がはっきりしないけど。
(影に溶けてるみたいだわ!鳴かなければ気がつかなかったかも)
ぱちくりと目を凝らすと、潤んだ瞳が、私をじっと上目遣いで見つめていた。そして、その子犬はどうやら怪我をしているみたいだった。脇腹あたりから血を流している。
(大変だわ……!)
弱々しくて悲しそうな鳴き声。いいえ、ひょっとして泣き声なのかもしれない。
この小さな体では、このまま放ってしまうと死んでしまうかもしれない。私は辺りを見渡してみるけれど、親犬の姿は見当たらない。ひょっとして、見捨てられてしまった?それとも、最初から一人ぼっちだったのかな……。
「待っててね、きっと助けてあげるから」
私はその子を抱えると、一目散に屋敷に駆け戻る。
そして、リゼットの元へ連れて行った。
リゼットは聖女の娘で、彼女自身も希少な治癒の力を持っている。
私は、先日お兄様と、お兄様のご友人と一緒にいるリゼットが、我が家の庭に紛れ込んだ猫を可愛がっていたのを覚えていた。
『まあ、とっても可愛いわ!』
『野良猫にも優しいなんて、さすがリゼットだね。それにご令嬢が動物を可愛がる姿はとても愛らしい』
『やだ、そんな風に褒められると、恥ずかしいわ』
頬を染めて恥ずかしがりながら、猫を撫でていたリゼット。
きっと、動物好きなリゼットならこの子のことを助けてくれるはずだ。
「リゼット!お願い、この子の怪我を治してあげて……!」
だけれど、リゼットは私が差し出した子犬に一瞬目を丸くすると、次の瞬間には嫌そうに顔を歪めた。
「やだ!そんな風に近づけないでよ!ドレスが汚れちゃうじゃない!」
「え……?」
「このドレス、お父様とお母様に買ってもらったばかりのお気に入りなのよ!ルーツィアったら、私がお父様達にプレゼントをもらうのがそんなに気に食わないのね!そんな獣まで使って、私のドレスを汚そうとするなんて!ひどい!」
(ええっ!?どうしてそうなるの!?)
私はとても驚いた。今の私は怪我をした子犬のことでいっぱいで、リゼットのドレスのことは全く頭になかったのだから。だけど、完全に誤解されているわ!
「ち、ちがう、そうじゃなくて、この子を助けてほしくて……」
「やっぱりルーツィアは、私のことが嫌いなのね!」
……確かに、リゼットは見たことのない新しいドレスを着ていた。だけどリゼットはいつだってドレスを作ってもらっていて、見たことのあるものを着ている方が珍しかったし、全然気がつかなかった。
でもそんなことリゼットには分かりっこない。私は慌てすぎていて、リゼットからすると、まるでこの子犬を押し付けるような形に感じたのかも?と気がついた。
私だって、さっきこの子を見つけた瞬間は驚いて、すぐには怪我に気がつかなかったもの。この子の毛は真っ黒で、血の赤い色が少し分かりづらい。私はいつもリゼットに誤解されるようなことばかりしてしまっているみたいだから、今回も嫌がらせをしようとしていると勘違いされてしまったのかも……。
そう思い、必死で言いつのる。
「あのね、そんなつもりはなかったの。だけど、誤解させてしまったのならごめんなさい。気をつけているつもりなんだけれど、私は口下手みたいで、いつもあなたを不快にさせちゃっているわよね。これからはきっと気をつけるから、だから、お願いだから今だけは私の言葉や行動にはいったん目を瞑って、この子を診てあげてくれないかしら?」
子犬はもう鳴き声を上げる気力もないようで、静かに私の腕に抱かれている。
怪我をしているの、と分かってほしくて、血が出ている脇腹のあたりが見えやすいように、少しだけリゼットに近づいた。
私が一歩近づくと、リゼットは一歩後ずさる。
「ルーツィア、どうしてやめてくれないの!?」
だめだわ、伝わっていない。これって私の日頃の行いのせい?いつもリゼットに誤解させてしまっているから、だから私はこの子を助けてもらうこともできない役立たずなの?
「何をしているんだ!」
いつものように、リゼットの声を聞きつけてお父様がやってきた。もめる私とリゼットを見て、リゼット付きの侍女が呼んできたらしい。
いつもならば反省の気持ちを込めて逃げ出したりしないけれど、時間が経てばたつほど子犬は弱っていってしまう。私は自分がどんどん悪い子になっていくような心苦しさを感じながら、踵を返してその場から逃げ出した。
自分の部屋に駆け込み、隠しておいた救急箱を取り出す。怪我をしてしまってもお医者様に診てもらうことはできないから、必要な時には自分で手当てができるように、少しずつ倉庫から集めておいたものだ。
傷口を濡らしたタオルで洗った後、薬を塗って、包帯を巻く。
「本当にごめんね……あなたを見つけたのが私じゃなくてリゼットなら、すぐに元気にしてもらえたのに」
自分が情けなくて、子犬が可哀想で、涙が出てくる。
(どうかこの子の怪我がすぐに治りますように。痛くなくなりますように)
痛くないように優しく子犬を撫でながら、心の中でそうお祈りして、ボロボロ泣いた。
ふと気がつくと、私の涙で包帯が濡れている。ああ、私ったら本当にダメな子だわ!せっかく清潔な包帯を巻いたのに、これじゃあ良くなるものも良くならない。すぐに包帯を巻き直すと、落ち着かなくちゃと子犬を抱いたまま目を瞑る。
すると、子犬は私の涙でべしゃべしゃになった顔をぺろぺろと舐めてくれた。
「ああ、あなたはとっても優しいのね。それに怪我が気になって気がつかなかったけど、とっても毛がフワフワしていて可愛いわ。フワフワって呼んでもいい?」
「きゅううーん!」
「フワフワ、早く元気になってね」
幸い、思ったよりも怪我がひどくなかったのか、フワフワは数日で走り回れるようになった。
そのまま部屋で一緒に暮らしたかったけど、こっそり飼うのは難しくて、だけどきっと許可はもらえないだろうと分かったので、元気になった時点で森に連れ帰った。
……フワフワを見つけたのが私じゃなくてリゼットだったら、屋敷に迎えられたかもしれないけれど。
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──それからも森に会いに行ってはフワフワと遊んでいたのだけど、ある日を境に、ぱたりとフワフワは私に会いにきてくれなくなったのよね。
あの時はすごく寂しくて悲しかったのだけれど……。
(なんだか全然よくわからないけど、色々と事情がありそうだわ)
そう思い、私は困った気持ちで、崩れ落ちているセルヒ様を見つめた。