24_特別なのは目だけじゃなかったみたいです?
突然の魔獣さん出現に咄嗟に反応できないでいると、魔獣さんは折り重なった魔法使い様達にむけて、威嚇するように唸り声をあげた。
「おわっ!?こいつ、どこから現れた!?」
「この魔獣、あの子が魔塔に入るときに一緒についてきたって言っていたやつじゃ……?」
「ひいっ」
驚いたり、怯えたり、首を傾げたりする魔法使い様達。どうやら魔獣さんは威嚇するだけで攻撃までするつもりはないらしく、魔法使い様達にもそれは分かっているみたいだ。
ま、魔獣さん、これって私を助けようと庇ってくれているってことだよね?
でも突然どうして……?
「ひょっとして、魔獣がこちらへやってこなかったかい!?」
私が戸惑った気持ちでいると、相変わらず赤い髪をボサボサに乱したアルヴァン様が、訓練場の出入り口の扉のところへ姿を現した。
そうそう、初日は私の部屋で待っていてくれた魔獣さんは、お邪魔する先の魔法使い様達が許可してくださればお仕事見学中も私と一緒にいたのだけど、今日はアルヴァン様が一緒にお留守番してくれるっていうことで、アルヴァン様のお部屋に行っていたんだったわ。
「触らせてはもらえないから、ゆったりとくつろぐ美しいお姿を観察させてもらっていたんだけど、突然耳を立てて起き上がったかと思うと、目にもとまらぬ速さで飛び出していってしまってね。ああ、あれはきっと風魔法を使っていたのではないか……それも、あれほどの速さ、とても高度な魔法だ……!素晴らしい!それで、今日はルーツィア嬢が訓練場にくると聞いていたから、ひょっとしてここではないかと思ったのだけどぉおおおお!?!?」
アルヴァン様はまるで自分の気持ちを整理するかのようにここに来るまでの状況をつらつらと話しながら、訓練場に目を向けたのだけれど、私と魔獣さんの姿を見つけた途端、驚きに目をむいて絶叫した。
「ま、魔獣さんがまたもやルーツィア嬢をお庇いなさってるっ!?もしや、なにがしかルーツィア嬢の危機を察知して飛び出していかれたのか!?」
……ああっ!?ひょっとして、私が思わず「たすけて」って言っちゃったから!?え、聞こえていたの!?アルヴァン様のいたお部屋とこの訓練場はかなり離れているはずなのに……?
「あああ、そ、それほど魔獣が一人の人間に執着し、守ろうとするなんて、やっぱり奇跡……」
「うわあ!アルヴァンが倒れたぞ!」
「大丈夫か!?」
側にいた魔法使い様たちがアルヴァン様を介抱している。アルヴァン様、実はこれが二度目の気絶ではなくて、魔獣さんのなにかしらの行動に感動感激する度に「奇跡……」と恍惚とした表情を浮かべながら夢の世界に旅立ってしまうのだ。おかげでこんな光景にもちょっぴり慣れてしまった。
それより、魔獣さんよね!
アルヴァン様の大騒ぎなど意にも介さず、魔法使い様たちに向かってさらに威嚇する魔獣さんに駆け寄ると、私はそのすぐ側に膝をついて、大きな背中に横からぴとっとくっついた。
「魔獣さん、守ってくれてありがとう。でも、大丈夫だよ、ちょっと驚いちゃっただけなの」
すると、魔獣さんはすぐに威嚇をやめて、私の方に鼻先を向けると、顔をぺろぺろと舐めてくれた。うふふ、くすぐったい!
そんな私たちを、魔法使い様達が呆然と見ている。
「……これは、アルヴァンが興奮するわけだ」
「すごい、たしかに魔獣が人にこんなにも懐く姿、見たこともない」
そんな声も耳に入らないほど、魔獣さんとじゃれあっていたのだけど。
しかし、私は不思議なことに気がついた。魔法使い様たちとは別の声が、うっすらと聞こえる気がする。
その声は途切れ途切れで、小さくて、なんて言っているかまでは分からないけれど……どこから声がしているんだろう?
きょろきょろと視線をさまよわす私に気がついたセルヒ様が、不思議そうに私の側に近づいてくる。
「ルーツィア嬢?どうかしたのかい?」
「あの、なんだかどこからか優しい声が聞こえるような……」
私がそう言うと、セルヒ様は何かに気がついたようにハッとしたあと、私をじっと見つめる魔獣さんを驚いたように見た。
「ルーツィア嬢、君はさっき魔法を初めて使って、今はこれまでにないほど魔力が体中を活発にめぐっているはずだ」
「はい」
突然話が変わったように思えて、不思議に思いながらも返事をする。たしかにセルヒ様のいうように、体の中がとってもポカポカしていて、魔力がぐるぐると駆け巡っているのは感じるから。
「そのまま、意識して魔力を耳に集中させることはできるかな?」
「耳、ですか?」
「ああ。もっと良く聞こえるように、というイメージでやるといいかもしれない」
うーん、セルヒ様と魔力操作の訓練をするときには、意識して体中に魔力を巡らせている。その要領で、耳にその魔力を集める感じでいいのかしら?
できるかどうかは分からないけれど……と思いながら、少し落ち着くために目を瞑り、言われたとおりに耳に魔力を集中させていく。
(もっとよく聞こえるように……こうかしら?)
すると、さっきまで微かに聞こえるばかりだった声が、突然ハッキリと耳に飛び込んできた。
『我の可愛いルーツィアを驚かすなんぞ、この不届きものどもめ!ルーツィア、お前を怖がらせるやつらは、我が脅かしてやるからな』
「ええっ!?」
聞こえてきた内容もさることながら、私は驚いて声を上げてしまった。
どう考えても、その声は魔獣さんから発されていたからだ。
目を丸くして見つめる私に、魔獣さんは首を傾げて「くうん?」とひと鳴きして。同時にやっぱり声が聞こえる。
『どうしたルーツィア?脅かすだけじゃ足りないか?やっぱり全員殺してやろうか?』
「そ、それはダメっ!!」
思わず悲鳴混じりに叫ぶと、宥めるように鼻先を擦り付けてくる魔獣さん。それも、過激なことを言ったとは思えないほどとっても優しく。ええっと……。
「やっぱり、どうやら聞こえるようになったみたいだね。特殊魔力は体を巡る魔力だ。ルーツィア嬢が魔力の色を見ることができるのは、無意識に目に魔力を集めがちだからだろう。同じ原理で、活性化した魔力が聴力にも影響を与えていたんだろう」
セルヒ様がそう説明してくれた。だから、もっと意識して耳に魔力を集めればハッキリ聞こえるのではないか?と考えてくれたらしい。すごい。やっぱりセルヒ様はすごい人だわ。そんなことにすぐに気がつくだなんて。私は自分のことなのにさっぱり分からなかったもの。
どうやら私、魔獣さんの声が聞こえるようになったみたいです。