19_褒められるのは嬉しい、恥ずかしい、やっぱり嬉しい。
ぶつぶつと呟いていたディカルド様は、パッと顔を上げると、おもむろに私の両手を握った。
「えっ!?」
思わず驚いて声を上げてしまったけれど、そんなことはお構いなしのようで、その目はキラキラと輝いている。
「ルーツィアさん!素晴らしい着眼点だった!確かに水晶での魔力鑑定で見た僕の魔力は黒だった。というか、特殊魔力があると分かったところまでは喜んでくれていた両親が、魔力の色が黒であることで、僕は何か将来良くない存在になってしまうのではないかと突然怯えはじめ、結果僕は魔塔に来ることになったんだった」
ニコニコと満面の笑みで話すディカルド様。だけど、ええっと、話している内容はなかなか不穏な気がするのだけれど……。内容的にも、この場の状況的にも、詳しく聞くことは憚られて、とりあえず聞いていますよと示すためにこくこくと頷いて見せる。
すると、ディカルド様は満足そうに笑みを深め、そのままじっと私を見つめた。
「セルヒさんには少し聞いていたんですよ。ルーツィアさんは『特別な目』を持っているって。君は魔力の色が見えるんですね?色、というのは確かに言われてみれば単純な話だけれど、僕たちは通常魔力の色が見えていないために、そこに思い至ることがなかった。見えている君だからこそ、ごく当たり前に、簡単な答えとして思い浮かんだことだと思います」
そこまで一気に話すと、ディカルド様はすぐに他の魔法使い様たちの方に振り向いて、指示を出し始める。
「魔力が赤の者と、青の者は手を上げてください。まずは比率や完璧な結果はおいておいて、一番分かりやすい色で試してみよう。魔力の色が魔法を合わせることにどれくらいの影響を与えているのかどうか」
私はその様子を呆然とみていた。……ひょっとしてひょっとすると、私、ほんのちょっとくらいは役に立てたっていうこと??
そんな期待がじわじわと湧いてくる。
すぐに実験が始まる。今度は年齢の違う2人の女魔法使い様が魔法を展開し始める。さっきディカルド様が指示していた通り、1人は鮮やかな赤の魔力で、1人は空のような青の魔力だった。エリナ様も交代されたのは、あの方の魔力は藍色で、少し色が濃いからなのかしら?
2人の魔法使い様の魔力と魔力が合わさり、ふわりふわりと漂う魔法の端から、ほんのりと紫色に変わっていく。
(わあ、本当に絵の具が混ざるみたいに色が変わるのね!すごい!)
ただ、見ていてわかったけれど、どうやら魔法を使っているお2人は魔力量が随分違うみたいだわ。その証拠に、混ざり合いかけた魔法は不安定に揺れて、そのまま消えてしまった。
けれど、それで十分だった。だって、色も効果もほんの少しの結果しかもたらさなかったけれど、それでもはっきりとわかるほどには、紫色の魔力は2人が発現した魔法とは全く違う魔法効果を表していたのだから。
ディカルド様は感激した様子で、もう一度私の手を握った。
「ああ、本当に君は素晴らしい!今日君がここに来てくれて本当に良かった、ありがとう、ルーツィアさん!」
私は何も答えることができなかった。だって、そんな風に言ってもらえたこと、今まで一度だってなかったから。どう答えれば良いのかが全くわからなかったのだ。
ただ、とにかく嬉しい気持ちが湧き上がって、その後はずっとふわふわした心地だった。
やっぱり複合魔法は難しいらしく、魔力の色が影響を与えることがわかっても、すぐに成果が出るとはいかないらしい。
その後もしばらくいろんな組み合わせややり方で何度も実験を重ねて、今日はそろそろ終わりにしようか、という頃に、セルヒ様が私を迎えにきてくださった。
「ルーツィア嬢!ああ、もっと早くきたかったのだけど、忌々しい仕事がなかなか終わらなくて……遅くなってすまない」
「セルヒ様」
全く遅くはない気がしますよ、と思ったものの、口には出さないでおく。というよりも、なんだか胸がいっぱいで、なかなか言葉が出てこない。
「ルーツィア嬢?」
心配そうに私の顔を覗き込んでくるセルヒ様。私は伝えたくて、言葉にできなくて、いっぱいの気持ちをなんとか一言だけ絞り出した。
「セルヒ様、私、褒めてもらえました……!」
ディカルド様は、私のことを素晴らしいって言ってくれた。今日、私がここに来たことを、来てくれてよかったって、言ってくれた。
存在していることをただ許してもらえるだけでも嬉しくてなんだかむずむずするのに、その上、私がいることを喜んでもらえるなんて、そんな素晴らしいことがあってもいいのだろうか?
「そうか、それは良かった!まあ、俺は君が素晴らしいことはとっくに知っているから、君が褒められるのも当然のことだとは思っているけどね。だけど、君が嬉しそうでとても嬉しい」
セルヒ様はきっとなんのことやらわけがわからないはずなのに、私の言葉を聞くと、本当に嬉しそうに顔を綻ばせて、一緒に喜んでくれた。
そして、私の向こうに視線をやり、どこか得意げな顔をする。どうやら私たちが話しているのに気づいて、ディカルド様がすぐそばまで近づいてきていたらしい。
「ははは、ディカルド、お前は幸運だな。ルーツィア嬢の素晴らしさをこんなに早く気づくことができるなんて」
……ちょ、ちょっとそれは言い過ぎでは?
他の魔法使い様たちに聞こえていたら、さすがに過大評価すぎて恥ずかしい気がする!と思い、控えめに周囲の様子を窺ってみる。
すると、やっぱり魔法使い様たちはセルヒ様に対して、驚愕の目をむけていた。
う、うわわ、やっぱり、他の人もさすがに言い過ぎでは?って呆れているのじゃないかしら!?
もちろん嬉しいのだけど、それ以上にとんでもなく恥ずかしい!
だけど、そんな私をよそに、ディカルド様が今日あったことをセルヒ様に伝えながら、私のことを褒めちぎってくれた。
それを聞いていると、なんだかすごく心の中がぽかぽかしてくる。
(……えへへ、えへへ。褒められるのは、やっぱり嬉しい。ちょっと恥ずかしいけど……)
私がもじもじしている間にも、セルヒ様とディカルド様は何やら仲良く話し込んでいる。
「……おい、ルーツィア嬢が素晴らしいのは完全に同意だが、お前、間違ってもルーツィア嬢に妙な感情を抱くんじゃないぞ……」
「ひっ!セルヒさん、見たこともない顔でデレデレすごい喋ると思ったら、急にそんな人殺せそうな目で見ないでくださいよ……落差で恐ろしさ増して心臓痛い……」
「ルーツィア嬢が喜んでいることは感謝するが、万が一手を出すようなことがあればその心臓は二度と痛みを感じることもできなくなるから……」
「いや待って恐ろしすぎるんですけど!?セルヒさん、さっきから薄々気づいてましたが、ルーツィアさんの前でどうにも様子がおかしいって本当だったんですね?噂になってますよ……。ちなみに僕は心臓がとっても大事なんで安心してください……」
ううん?なんだか、心臓がどうとか聞こえたような?
「ディカルド様、ひょっとして心臓が悪いんですか?大丈夫ですか?」
すると、ディカルド様は少し顔をひきつらせながらも、大丈夫だと手を上げて見せた。
「あはは、大丈夫ですよ……ルーツィアさん、君こそお体には気をつけてくださいね。風邪などひかないように。セルヒさんはずいぶん君が大切なようなので、はは……」
そう言われて、ハッと気がつく。
そうよね、私はセルヒ様が他の魔法使い様たちにお願いしてくださって、こうしてお仕事を見学させてもらったり、お手伝いさせてもらえているんだもの。魔塔にきて日も経っていないのに体調を崩して寝込むなんてことになったら、こんなに良くしてくれているセルヒ様に迷惑がかかってしまうわよね!
そう思い、自分に言い聞かせる気持ちも込めて、私はディカルド様に返事をする。
「はい!セルヒ様にも皆様にも、ご迷惑をお掛けしないように気をつけます!」
環境が変わると体調を崩しやすいとよく聞くし、気をつけなくちゃ。
だけど正直、温かくて美味しいご飯をたくさん食べて、ふかふかのベッドでたっぷり寝て、こうして気遣ってもらえて、リーステラにいる頃よりも、よっぽど元気になれそうな気がするのよね。
そう思うと改めて魔塔は良いところだなあとしみじみ思う。恐ろしい噂なんて、本当にあてにならないなあ。




