01_聖女様に生き写しな誰からも愛される娘……を、引き取った家の愛に飢えた娘が私。
私──ルーツィア・リーステラは愛されない子どもだった。
「どうしてそんな酷いことを言うの!?ルーツィアはそんなに私のことが気に入らないのねっ!」
「えっ」
予想外の反応に、思わず言葉に詰まってしまった。
動揺している間に、泣き出してしまった彼女、リゼットの声を聞きつけて両親が慌ててやってきた。彼らは泣いているリゼットからなんとか話を聞き出そうとする。
けれど、私はリゼットの話す内容に度肝を抜かれてしまった。
「ル、ルーツィアが、私なんか邪魔者だって……家族とは絶対に認めないって」
ええっ!?私、そんなことは言っていない!
ただ、愛されて大事にされているリゼットが羨ましくて、
『そうね、リゼットはいいなあ、愛されていて。私はほら……家族だけど、邪魔者だものね』
なんて、少しいじけて言ってしまっただけなのに……。
どうやらリゼットは私の言葉を、何か勘違いして受け取ってしまったらしい。
ま、まさか、
『私は家族だけど、(リゼットは)邪魔者だものね』
って聞こえちゃったのかしら……!?
私は昔から口下手なようで、どれだけ気をつけているつもりでもリゼットによく誤解されていたから、また今回も何か言い方を間違ってしまったのかもしれない。
けれど、私が何かを言う前に、父も母も私を強く睨みつけた。
「なんてことだ……!ルーツィア、お前がそんなにも醜い性根をしていたなどと……!よくもリゼットに酷いことが言えたな!」
「あの」
「本当に、どうしてこんな子に育ってしまったのかしら!リゼットはこんなにも優しい子なのに」
「その」
どうしよう、違うって言いたいのに、そう思えば思うほど言葉が出てこない。
だって、何かを言って、お父様やお母様に信じてもらえたことなんて、一度もない。
言い訳もできないうちに、父は私に言い放った。
「どうしてお前はいつもそうなんだ……我が子ながら恥ずかしい!今すぐに追い出したいくらいだ」
その言葉は、今までだって何度も言われたことがあった。
けれど、その瞬間、私の頭の中に『ポキリ』と何かが折れるような音が響いた。
「ああ、可愛いリゼット。誰がなんと言おうと、リゼットはうちの子よ」
泣いていたはずのリゼットは、母の腕に抱きしめられて、微笑んでいるように見えた。
その後、どういうやり取りをしたかは全然覚えていない。頭が真っ白になってしまったから。気がついた時には、私は一人で自室にいた。
やっと我に返った私は、のろのろと立ち上がり、とある引き出しの中にしまっておいた2枚の紙を取り出す。
「やっぱり、この紙といい、さっきの言葉といい、本気で私に出ていってほしいっていうことなのよね……」
その紙は、私をリーステラ家の籍から抜くための書類だった。おまけに当主である父の名前や必要事項は既に記入済みで、あとは私の名前を書くだけの状態になっているもの。
そしてもう一枚は、簡単に言うと、私を『魔塔』に売り飛ばすための書類だった。
魔塔とは、この国の特別な魔法使いが何人も暮らしている、特別で、謎に包まれている場所だ。
初めてこの紙を目にしたときはさすがに震えた。たしかに、私は愛されていないかもしれないとは思っていたけれど、まさか除籍の準備が整っていて、私を売る手筈も全て終わっているなんて。そこまで疎まれているとは思わなかった。思いたくなかった。
けれど、これが現実なのよね……。
この書類は、リゼットにもらったものだ。以前に私がリゼットを泣かせてしまった時に、泣きながら私のところへ持ってきた。
『私はルーツィアと仲良くしたいと思っているから、お父様とお母様を説得して、この書類を預かったのよ!勝手にルーツィアをどこかへやってしまわないように。それなのに、ルーツィアはどうして私に酷いことばかり言うの!』
あの時、私はその事実にショックを受けて、それ以降はなるべく自室に引きこもるようにして過ごしてきたのよね。
さっき、私を睨みつけていた両親の目が焼き付いて離れない。
お母様が言った『リゼットはうちの子よ』という言葉に、『ルーツィアはうちの子とは認められないけど』と言われた気がして仕方ない。
そして、それはそう間違っていないのではないかと思われた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
小さな頃、リゼットは馬車の事故で両親を亡くし、我が家に引き取られた。リゼットの本当のお父様は私の両親と友人だった。
リゼットのお母様は特別な能力を持ち、『聖女』と呼ばれ、誰からも愛された美しい人だったらしい。
そして、お父様とお母様はリゼットのお母様の特に熱心な信奉者だったのだとか。
同じようにリゼットのお母様を特別に慕う人はたくさんいて、ひとりぼっちになってしまったリゼットを引き取りたいという家は多かったけれど、多額のお金を使って、どうにかこのリーステラ家に迎えることができたのだと聞いている。
美しい銀髪に、オレンジ色の瞳のリゼットは神秘的な雰囲気を持つ子どもで、天使のように愛らしくて、すぐに我が家の人気者になった。昨日まで私に構ってくれていた両親や使用人は、みんなリゼットに夢中になった。
さらに、リゼットには聖女と呼ばれた母譲りの、特別な力があった。
人の傷や病を癒す、聖なる魔法。
5歳で共に神殿の魔力鑑定を受けた日のことは今でも鮮明に覚えている。
忘れられっこない。だってあの日、リゼットは特別な力を持っていることが分かり、反対に私は……無能であることが分かったのだものね。
その後は、教育もリゼットには最高峰の教師陣が迎えられ、私には必要最低限しか行われなかった。
こればかりは、愛されているかどうとかは置いておいて、当然のことではあるのよね……。だって、能力のない私にリゼットと同じ教育をしたって、どう考えても無駄だもの。
本当は勉強が好きだった私は、ひとりぼっちで自由な時間が多かったので、お祖父様が生前に集めたという古書を読んで一人で勉強しつづけた。意味がなくたって、学ぶことは楽しいままだったから。
「ふう……」
私はこれまでのことを振り返るのをやめて、小さくため息をついた。……そうね。もう諦めた。ここにいる限り、どうしても愛してほしいと期待してしまう。それが1番疲れる。
どうせここにいても、愛されず、ひとりぼっち。それなら、どこへ行っても同じじゃないかしら?そして、どうせ同じならば、家族の望み通りに私がいなくなってしまった方が、幸せな人が増えるだけマシなのじゃないかしら?
そう思った私は、机に向かい、ペンを手にとった。
リーステラ家から籍を抜く書類にまずサインをすると、すぐに書類が光って消えた。どうやら効力の高い魔法契約紙を使っていたらしい。そんなにも私を追い出したかったのねと少し落ち込む。
気を取り直して、魔塔との契約用紙に名前を書いていく。
時間をかけるとまた迷ってしまいそうだったから、一思いに。
すると、サインしたばかりの名前が金色に光りはじめ、やがて浮かび上がり……その光は窓の外へと飛び出していった。
な、なにかしら、今のも……何かの魔法?
不思議な光景にしばらく目を奪われた後、こうしている場合じゃないと気を取り直した私は、簡単な置き手紙だけを置いて、小さなカバンを手に取り屋敷を抜け出した。
リゼットに残酷な現実を突きつけられた日から、いつかこんな日が来るかもしれないと、こっそりと準備はしていたのだ。
どうせ誰も私には興味なんてなくて、部屋にこもってしまえば数日誰とも顔を合わせないなんてこともザラだったので、問題はないはず。きっと私がいなくなったことに誰かが気付くより先に、私が無事除籍されたことを知らせる手紙が届くだろうから、それでリーステラのみんなはハッピーエンドだわ。
唯一私にも優しくしてくれたお兄様の顔がよぎったけれど、同時に、いつか聞いてしまったお兄様の言葉が蘇る。
『兄妹になると、結婚できないじゃないか……』
偶然、お兄様のその呟きを聞いた時、私は納得した。だから、両親はあれほど大事にして愛しているリゼットを正式な養子に迎えないのだと、理解したのだ。お兄様が、リゼットと結婚したいがために、彼女を正式な養子にするのを拒んだのだと。
そして、続けて聞こえてきたのだ。
『私だって、あんな奴に優しくなどしたくはない。しかし、今は大事にしているふりをするのが最善なんだ』
あんな奴、大事にしているふり……。
それが私のことだって、すぐにわかった。お兄様が話している相手が、私をいつも貶して、リゼットを褒め称えるお兄様の友人たちだと知っていたから。話し相手の声は聞こえなかったけれど、きっと、私なんかにも優しくするお兄様を誰かがからかったに違いない。
そうね、私がいなくなって、お兄様も無理に私に優しくする必要がなくなるから、きっと喜んでくれるはずだわ。
そう思い、私は足を進める。
誰からも愛されるリゼット。誰からも愛されない私。
リゼットを羨んで羨んで羨んで苦しい毎日は、今日でおしまいにするの。