17_深く考えるのはあとにして、とりあえず目の前のワクワク
翌日から、私は予定通り、魔塔のいろんな魔法使い様のお手伝いをして回ることになった。まあ、お手伝いと言っても実質は見学で、ただちょっと試しに私にも何か関わらせてもらったりとか、感想を言わせてもらったりとか、その程度になるだろうって、セルヒ様は言っていたけれど。
ちなみに、私の目に普段から魔力が見えるのは、私に普通の魔力がないことと関係があるのではないか、とセルヒ様は仰っていた。
魔力が特に高い人は普通の魔力と特殊魔力を併せ持っていることが多いけれど、普通の魔力を一切持たずに特殊魔力のみを保有する人は、実はほとんど存在しないらしい。
魔力を全く持たない人は、平民にちらほらといるけれど、貴族にはほとんどいない。貴族は魔力の有無を重要視していて、魔力のない平民の血を入れることを嫌がるから、結果的に魔力の高いもの同士の婚姻が続いていき、高位貴族であればあるほど、魔力が高いのが普通であるからだ。
(だから、魔力ナシだと判定された私は、家族から興味を失われてしまっただけではなくて、例えば他の貴族や使用人からも蔑まれることになったのよね)
別に、直接暴力を受けていたとか、そういうことはなかった。けれど、明らかに侮蔑のこもった視線、時折ヒソヒソと聞こえる陰口はいつだってついて回った。食事も洗濯も、言えばきちんと準備してもらえるしやってもらえるけれど、反対に言えば言わなければ忘れられてしまう。そのうち、お願いしてやってもらうということがだんだん辛くなってきて、こっそり自分で済ませてしまうことが多くなったのよね。
もしかすると落ちこぼれでダメな私でも、リゼットのように愛嬌や明るさがあれば、いつか壁のある家族や使用人の心もほぐして、仲良くなることができたのかもしれないとは思う。
だけど、私にはできなかった。
「セルヒさんには聞いています。僕はディカルド。今日はよろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
ここは昨日、『二人以上の魔法使いが、それぞれ魔法を合わせて一つの魔法にできないかを実験している部屋』だとセルヒ様が教えてくれたお部屋だ。
今日はここで魔法の見学をさせてもらうことになった。
私はさっき、ここまで私を送ってくれたセルヒ様やノース様との、朝一番のやりとりを思い出す──。
「本当は俺がずっとそばについていたいんだけど、どうしてもどうしても仕事で魔塔をあけなくちゃいけなくて……ウッ、やっぱり仕事行きたくないな……なあノース、王城壊しちゃだめか?そしたら今日の仕事は無くなるだろ?」
「!?」
「何バカ言ってんの〜いいわけないじゃーん」
そして、呆れた様子のノース様が近寄ってきて、セルヒ様の暴論に驚いている私に耳打ちした。
「ね、こう言ってみて…………って」
「ええっ、…………ですか?」
「騙されたと思って、さー言ってみよー」
「おい!ノース、ルーツィア嬢に近すぎるぞ!何を吹き込んで──」
「セ、セルヒ様っ、私、お仕事頑張る強くて素敵な魔法使い様が好きです……!」
「!?!?」
言われた通り言ってみるものの、こんなバレバレの流れで分かりやすい言葉を言ったくらいで、王城を壊そうかなんて言い始めているセルヒ様のやる気が出るのかしら?と訝しく思ったものの……。
「俺は仕事を頑張る強くて素敵な魔法使いだからな。ルーツィア嬢に好きな感じだと思われたいから気合を入れて仕事に行ってくる」
セルヒ様はきりりと凛々しい表情になると、そんな耳を疑うようなおかしな台詞をさらりと言ったのだった。
「うひゃひゃ!そう来るんだ?普通さ〜そういう時、『全然そんなつもりない感』出すもんじゃない?『そんな風に思われたいわけじゃないけど、困っている人を助けなくてはいけないから仕事に行ってくる』的なさあ」
「バカか。そういうバレバレな態度が可愛く思われる作品ももちろんあるが、最近ではそういう裏腹な言葉がそのままの意味でとられ、好意が伝わりにくくなるという残念な作品も増えていることを知らないのか?そんなリスクは冒せない!それに、好意を悟られるのが恥ずかしいなどという愚かな理由でわざとツンツンと邪険に振る舞うヒーローも多く見受けられるが、下手をすれば相手を傷つけかねないだろうが。そもそも愛を乞いたいと望んでいる立場で好意を知られるのが恥ずかしいなどと、随分余裕があるものだと常々俺は思っていた。あれはハッピーエンドが約束された物語の中だからこそ許されるスリルだ」
「アッ、そう……」
「駆け引き反対、俺は命を懸けているので、万が一にも失敗しないよう、リスクゼロを選び取る」
「そうだね、失敗したら死ぬってことだもんね。もうお前、さっさと仕事行きな」
──本当に、目が回りそうなやり取りだったわよね……。何をどこまでどう思えばいいのかが分からなくて、とりあえず深く考えないようにはしているのだけれど。ノース様も、私の様子に何かを察したみたいで、「すぐに色々順応する必要はないと思うよ~!まずはここでの生活に慣れることに専念すればいいんじゃない?」と言ってくれていたので、お言葉に甘えようと思っているのだ。
魔法の実験のお手伝いのために、指示されたとおりに物の配置を整えたりしたあと、何かあったときにすぐに対応できるよう、魔法消しの効果を与えられた魔道具を持たされる。
二人以上の魔法使いが、それぞれ魔法を合わせて一つの魔法にできないかという実験はなかなかに難しいらしい。もちろん、すでにそういった複合魔法は存在しているけれど、特定の魔法使いが、特定の相手と、特定の魔法を使うのみでしか成功していないのだとか。だけどここではどんな魔法使いも使えるように、そしてもっといろんな複合魔法を使えるように、成功する魔法の合わせ方や、その法則を探しているらしい。
そのため、何が起こってもおかしくないということで、万全の体制を整えて行うようだ。今のところ事故のようなことが起こったことはないようだけれど。
魔道具は小さな杖のような形状の簡易的なもので、女性の魔法使い様が使い方を教えてくれた。私と同じくらいの年なんじゃないかしら?それなのに、もう魔塔で働いているなんてすごい!
彼女はクールな雰囲気で、ともすれば冷たく感じるような態度だったけれど、教え方は丁寧で分かりやすいし、すごく優しくて親切な人だわとほっこりしながら、私は実験開始に備える。自己紹介をする時間がなかったので、お名前は後で聞こう。
魔法を発動するのは、ここで一番上位の魔法使い様だというディカルド様と、もう一人は女性魔法使いのエリナ様という方だ。私はワクワクしながらそれを見つめていた。
(昨日、このお部屋を覗いたときにも、魔力がたくさん漂っていてすごく綺麗だった。二つの魔法が合わさると、きっともっと綺麗に見えるんじゃないのかしら)
ディカルド様とエリナ様がゆっくりと魔力を放出させ始めると、それぞれの魔力が魔法を形どり、少しずつ展開されていく。
ゆっくり発動されると、魔力の動きがすごくよく見えて、ますます面白い。
そう思って、瞬きも忘れるほどじっと見つめていたのだけれど。
(……あれ?)
私は、なんだか妙な違和感を覚えていた。
(なんだろう、なんか、こう、言葉にはしづらいのだけど……)
 




