12_思いもしなかった話
「わあ」
朝目が覚めると、私のベッドには大きな魔獣さんがもぐりこんでいて、一緒に眠ってくれていた。
(ええっと、この魔獣さんは、部屋の隅に専用のベッドを用意してもらっていたはずだったけど……)
気持ちよさそうに寝息を立てている魔獣さんの背中をそっと撫でてみる。ツヤツヤだ。疲れているのか、全然目を覚ます気配がない。この子はこの部屋にいていいと言ってもらえているし、今日はずっとこの部屋でゆっくりさせてあげよう。
私と同じように、魔獣さんも初めての場所で誰かとくっついていたかったのかしらと思うと、ちょっとほっこりした気持ちになった。
そうこうしているうちにグレイス様がやってきて、朝ご飯を一緒に食べて、身支度を手伝ってくださった。
約束の時間にセルヒ様がお部屋まで迎えに来てくれると、グレイス様は私の肩に手を置き、真剣な顔で見つめてくる。
「それじゃあ、ルーツィアちゃん。もしもセルヒがなにか気に入らないことをするようだったら、すぐに私を呼ぶのよ!」
「は、はい……!」
そうしてグレイス様に送り出されてセルヒ様の方へ行くと、ものすごく不安そうな顔をしていた。
「今さっき、グレイスが何か俺の悪口を言っていなかったか?あいつめ、ルーツィア嬢が俺のことを誤解してしまったらどうしてくれるんだ……!もちろん、俺は君の嫌がることはしないと約束するが、もしも万が一何か気になることがあればすぐに言ってくれ。気づかず君の意に沿わないことをしてしまうことが、俺にとっては一番恐ろしいのだから」
「はっ、はいぃ……!」
あまりに必死に言い募られて、私は慌てて頷いた。
昨日はあまりに急な出来事に落ち着いて見ることは出来なかったので気づかなかったけれど、改めて見てみると、魔塔の中はとても明るく、落ち着いた雰囲気だった。『魔獣の餌』だとか、『人体実験』なんて噂が恐ろしすぎて、なんだか暗くて冷たい雰囲気の場所を想像してしまっていたのだけど……本当に噂なんてあてにならないわよね。
「基本的な居住空間についてはグレイスに聞いた方がいいだろうから、一通り魔塔の中を歩きながら紹介しようと思うのだけど、どうかな?」
「はい、よろしくお願いします」
ドキドキしながら頭を下げると、セルヒ様は優しく微笑んでくれる。
「そんなに緊張することはない。君に仕事の補助をしてもらう魔法使いについても、君の負担にならないように気難しいやつや言葉や態度が荒い奴につけることはしないから。ルーツィア嬢が関わることになるのは人が好きで、優しく穏やかな者ばかりだよ。それじゃあ、説明しながら行こう」
「はい!」
セルヒ様がとても私のことを考えてくださっているのが分かるから、緊張はするけれど不安はない。むしろ少しワクワクしている。これってすごくありがたいことだよね。
私は魔力なしだから、どんなお手伝いができるか分からないことだけが少しだけ心配だけど……。
セルヒ様の説明は丁寧で簡潔で、とても分かりやすいものだった。
魔塔は外からでは一つの大きな塔にしか見えないけれど、実は二棟の建物に別れていて、私たちが今いるのは居住空間の棟で、もう一つがお仕事をする棟なんだとか。
魔塔では、よくある騎士団のように魔法使い様達が隊や班で分かれているなんてことはないらしく、基本的な義務さえ果たしていれば、あとは好きなように魔法の研究などをしていても許されるらしい。
「ちなみに、基本的な義務と言うのは、王宮などからの要請があった場合にその依頼に応えること、そして魔石に魔力を溜めることだ」
「魔石に魔力を、ですか?」
セルヒ様は頷き、一つの魔石を懐から取り出した。
「魔法の研究や魔道具の作成には多くの魔力を使うことが多々ある。そして、そういったことは王宮魔法士団などでも行われているが、魔力が足りなくなることも多いんだ。そこで、魔力量が桁外れの魔法使いばかりが揃う魔塔の者が、魔石に魔力を溜めて提供している。その代わりにある程度の自由を保障してもらっているんだよ」
「なるほど……」
「魔塔に暮らす魔法使いは、集団行動が苦手な者が多い。王宮には騎士団と同じように、統率された王宮魔法士団があるが、ここはそういう場所とは全く違うんだ」
ただし、研究したい内容が同じで、本人同士が望めば、数人で班に近い形をつくることもあるんだとか。
そうして楽しく話を聞きながら歩いていたんだけれど。居住空間のある棟から、お仕事をする棟へと移動するための扉の前に立った時、私は早速問題に直面してしまった。
「あの……私、魔力なしなんです……」
塔を繋ぐ扉には、魔石がはめ込まれていて、そこに魔力を流すと開く仕組みになっていたのだ。
(そうだよね、魔塔には、普通よりも魔力の多い魔法使い様ばかりがいるっていっていたし、この扉が開けられない人なんて、普通はこの場所にはいないんだわ)
ひょっとして、私が魔力なしであることを知らないのかもしれない。もしもそのことを知ったら、そんなことだとは思いもしなかったと、ガッカリされてしまうかもしれない……。
私の脳裏には、5歳の鑑定の時、私に魔力なしの判定が出された時の、両親の落胆した顔が浮かんでいた。
落胆して、ため息をついて、そして目を逸らして……次に目が合った時には、私になんの興味もないっていう目をしていた。ううん、それでも目が合っただけマシだった。あれからしばらくすると、目が合うことすらなくなっていったんだもの。
いくらセルヒ様が優しくても、それとこれとは別だ。どんな反応をされるのかが怖くて俯いてしまった私に、セルヒ様は「ああ」と、何かを思い出したような声を出した。
「そういえば、ノースがそう聞いたと言っていたな。記録にも君は魔力なしだと記されているのを確認しているよ」
それを聞いて、少しほっとした。少なくとも、魔力があると思われて、この場所に買われたわけじゃないと分かったから。
けれど、続いて言われた言葉はあまりにも予想外だった。
「けれど、ルーツィア嬢。君に魔力がないなんてことはないと思うよ」
「えっ……?」
「まあ、すぐには信じられないよね。もしもやっぱり魔力がなかったとしても、俺の魔力を溜めた魔石を渡すから何も心配はいらないけれど、気になるなら、まずはそれを確かめに行こうか」




