10_今日の夜、明日を不安に思うことがないように。
新年あけましておめでとうございます。
2023年もどんどん更新していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!
「ルーツィア嬢は、疲れているだろう?すぐにでも休める準備は出来ているが、もう眠いかい?」
やっとその場が落ち着くと、セルヒ様が優しくそう聞いてくださった。ちなみにアルヴァン様は近くに置かれたソファに寝かされている。時々嬉しそうに「うふふふふ……」と笑う声が聞こえるので、幸せな夢を見ているようだ。
「いえ、正直、疲れて……は、いると思うのですが、色々なことが起こりすぎて目が冴えています」
疲れている。とても疲れているのだけれど、眠れる気は全くしなかった。セルヒ様の聞き方が、このまま眠らないのであれば、何か話があるのでは?と思えるものだったので、私は正直にそう答える。
思えば、リーステラのお屋敷で私のことを気にかける人なんていなかったから、こんなにたくさん会話するのはすごく久しぶりな気がするなあ、なんて思いながら。
「それじゃあ、明日からのことを話してもいいかい?疲れてすぐに眠れるなら体を休めるのが一番いいだろうけれど、眠れないなら、先のことを知らないまま一人になるのは恐ろしいことではないかなと思うのだけど、どうかな?」
私はちょっぴり、感動してしまった。つまり、私の気持ちを考えて、今話そうかと提案してくれているようだと気付いたから。そんな気遣いが予想外で、つい驚いて視線をさまよわせると、ノース様もグレイス様も優しい目で私を見ていた。それは、決して私を急かすことはしない視線。
リーステラの屋敷の中で、私に一番視線を向ける機会が多かったのはリゼットだった。
そして、リゼットが私に向けるのはいつだって責めるような視線だった。
『ルーツィアは、どうして私に酷いことばかりするの!』
『ルーツィアはそんなに私のことが嫌いなのね!』
『私は良かれと思ってやっただけなのに……ルーツィアはいつもそうだわ』
『お父様もお母様も、いつも泣いているわよ!どうしてルーツィアは私に優しくしてくれないのかって』
『ルーツィアは』
『ルーツィアは』
『ルーツィアは──』
──いやっ、やめて、そんな目で私を見ないで……!
「ルーツィア嬢?顔色があまり良くないみたいだが、やっぱり今日は休むかい?」
優しい声に、ハッと意識が引き戻される。
「い、いえ、大丈夫です。お話を聞かせていただければ嬉しいです」
私達はテーブルを挟んで、それぞれソファに座る。私の横にグレイス様、向かいのソファにノース様とセルヒ様が座った。魔獣さんは私の足元に当然のように寄り添うと、尻尾を私の足に巻き付けて目を閉じている。
セルヒ様は最初、私の隣に座ろうとされたみたいだったけれど、グレイス様に「私が魔法で身支度を整えているとはいえ、お風呂上がりの令嬢に対して距離が近すぎるんじゃないのかしら?デリカシーがない男は嫌われるわよ!」と怒られて移動していた。なんだか気を遣ってもらって申し訳ないけれど、確かに少し恥ずかしかったのでホッとした。というか、そうやって私の気持ちを思ってくれるのがすごく嬉しくて……何か言葉を発すれば泣きそうだったから、黙っておいた。
ちなみにアルヴァン様の寝かされているソファは少し離れた場所に移動させられていた。結構大胆に動かされていたけれど、「おお!魔獣の背中の乗り心地、悪くない……」と呟いていたので、やっぱり幸せな夢を見ているようだ。
「それで、君の明日からの生活についてなんだが……」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
そう、そうだった。私はこの魔塔に売られてやってきたのよね。なんだかすごく優しくしてもらって、すっかり気が緩んでしまっていたけれど、その事実を思い出して途端に緊張が湧きあがってくる。
これから、私はどうなるんだろう……。
不安になって、手を握りしめ、目をぎゅっと瞑る。
「とりあえず、今日からここで暮らしていくことになるわけだから、魔塔のことを知ってもらうことから始めるのが良いかと思うんだ。それで、魔塔のあらゆる仕事の補助を一通りやってみてはどうかと思うんだけれど、どうかな?」
「えっ?」
思っていたのとは違う内容の話に、思わず目を開けて見てみると、セルヒ様は不安そうに、うかがうように私を見ていた。そして、私と目が合うと慌てたように続ける。
「ああっ、もちろん、補助と言ってもごくごく簡単な内容だよ。少しでも嫌だなと思う場所はすぐに引き上げてもいい。これは提案であって、ルーツィア嬢の気持ちが最優先だから、嫌なことは無理にする必要はないし、何もしたくないというならただゆっくりしてくれているだけでもいいんだ。ただ、君はひょっとして、何かしていなければ落ち着かないかもしれないと思って」
咄嗟に何も答えられないでいると、セルヒ様は穏やかに聞いてくる。
「何か質問や気になることがあれば、何でも聞いてくれ」
……質問なんてない。セルヒ様は本当に、全部説明してくださったから。
ううん、違う、質問と言うか、気になることと言うか、ひとつだけあったんだった。
「あの、」
「うん?」
ものすごく聞きづらくはあったけれど、セルヒ様が優しく促してくれたので、私は勇気を出して聞いてみる。
「その、お仕事の補助って、人体実験の被験者をしたりすることも、ありますか……?」
その瞬間、セルヒ様はソファの上から崩れ落ちて行った。




