09_『私なんて』に溺れる心に手を差し伸べてくれる褒め言葉
赤髪メガネの男の人は、そんな魔獣と私の様子をポカンと見つめていた。
「まさか……これは……信じられない」
男の人の呟きに、セルヒ様が険しい表情を浮かべ、口元を抑えながら頷いて、同意した。
「ああ、たしかに……これは見ていられないな」
男の人に続いて、セルヒ様も呟いた、その内容に思わず心臓がドキリとした。
『信じられない』『見ていられない』
その言葉は、どう考えてもいい意味ではない。何を見てそんな風に言われているのかも分からないし、何が悪かったのも分からないけれど、きっと私が何か良くないことをしちゃったんだ……!
心当たりがなくたって、不快な思いをさせてしまうのは、きっと私が悪いからだ。私はいつもそう、だから、皆私を好きにはなってくれないし、私はリゼットみたいにはなれない──。
そうやって、またもや暗い気持ちに心が引きずり込まれそうになった瞬間、セルヒ様はうめくように言葉を続けた。
「本当に、見ていられない……なんだ、そのワンピースは……!」
えっ、これがダメだったの……?
私は思わずワンピースの裾をぎゅっと握り、俯いて、視線を下に彷徨わせた。
でもそうよね、グレイス様とお揃いのものなんて。美人で大人のお姉さんであるグレイス様に似合うものが、私なんかに似合うわけがないもの。きっと、自分でそう思う以上におかしいんだわ。見ていられないって、言われちゃうぐらい見苦しいんだ。
……と、思ったのだけれど。
「か、可愛すぎて、見ていられない……!うっ、それに、こんなに可愛いルーツィア嬢を、ノースとアルヴァンにも見られてしまった……!?」
「へっ」
今、なんだかとんでもなく物騒なことを言わなかった?
……ううん、それよりも気になることがあった気がする。
「か、可愛い……?」
セルヒ様は今、私のことを可愛いって言ったの?私が、可愛い?リゼットじゃなくて私なのに?
なんてこと!
私はあまりに驚いて、固まってしまった。
「はあ、呆れちゃう。セルヒ!たしかにルーツィアちゃんは可愛いけど、それだけで取り乱していたらこれからどうするのよ?」
えっ!グレイス様も私を可愛いって……!
……いや、ううん、そんなのお世辞だよね。だって、私だもん。
しかし、セルヒ様は止まらなかった。
「『それだけで』?グレイス、お前は今、『それだけで』と言ったのか?聞き捨てならないな。なんたってこの可愛さだぞ!本当はノースやアルヴァンどころかお前の視界にも入れたくないくらいだ。ルーツィア嬢の可愛さは異性どころか同性をも魅了しかねない。いや、する。絶対する。なぜならば俺はこんなに可愛く、可憐で、天使のような女性をルーツィア嬢以外に見たことがない!」
「やだ〜、無口で誤解されまくってる間もめんどくさって思ってたけど、喋りまくるセルヒもめんどくさーい」
バッサリ切り捨てたグレイス様とセルヒ様は、ついに言い合いのようになってしまった。
「ひ、ひええ……」
私はあまりの恥ずかしさに、思わず悲鳴のような声が漏れてしまう。
さすがの私にも分かった。セルヒ様は、お世辞で言ってくださってるわけじゃないんだ。だって、お世辞でここまで言う必要ないもの。ううん、よく考えればセルヒ様が私にお世辞を言う必要そのものがない。
(ということはつまり、全部全部本当にそう思ってくださってるんだ)
さっきまで心に重くこびりついていた『だって私だし』『どうせ私なんて』が、吹き飛ばされていく。なんだか心がふわふわして、不思議な感覚だった。
セルヒ様がグレイス様と言い合っている間に、赤髪メガネの男の人がスッと私のそばに近寄ってきた。
「初めまして、私はアルヴァンといいます。私は魔獣が大好きでして、他の魔法使いに『魔獣マニア』と呼ばれています」
「あ、初めまして、ルーツィアと申します……!」
ぺこりと礼をしながら挨拶してくださったアルヴァン様に、私も慌てて頭を下げる。
すると、アルヴァン様の目がキラキラと輝いていることに気がついた。
「──それで、そちらの、あなたに寄り添って離れようとしない魔獣さんと、どこで、どうやって出会い、どのように絆を育んで、どれくらいの年月を、どんな風に過ごしてきた結果、そのような信じられない状態になったのか、出来る限り詳細に教えていただいても!?」
「え!?ええっと」
「だって、本当に信じられない!多少のことならまだしも、魔獣がここまで人間に懐くなど、私の知る限り初めてのことです!それも、魔獣マニアと呼ばれるこの私がその存在を知らないほどの珍しい魔獣。さらにヒシヒシと肌に感じる膨大な魔力と神秘性。もしやあなた、生まれてすぐこの魔獣に拾われて、今日まで育てられてきた、なんておとぎ話みたいなこととかあったりします?」
セルヒ様、すっごく喋ると思っていたけれど、この人もすっごく喋る!!
あまりの圧にタジっとなっていると、心配そうな魔獣が控えめに「クウン……」と鳴いて、私の体に大きくてふさふさの尻尾を巻き付けてきた。
その尻尾を無意識にわしっと両手で掴みながら、なんとか答える。
「いえ、あの、この子とは、ついさっき初めて出会ったばっかりです……」
あ、もふもふの尻尾、触ってるのとっても落ち着く……。
そんな風に半分現実逃避していると。
「あ、あああ、尻尾を、触ることを、許されるなんてー!?こ、この世の奇跡……」
「わあああ!?アルヴァン様ー!?」
なんだか目をカッと見開いて叫んだアルヴァン様は、現実から締め出されていくようにその場で気絶してしまった。
その体が倒れていく寸前、ひょいっとノース様が受け止める。
「あはは、変人ばっかりでごめんねー?」
「い、いえ」
あまりにも目まぐるしく色々起こりすぎて、私はそう絞り出すので精いっぱいなのだった。




