2話・強大な盾となる者
「私、首と腰がヘルニアで五回手術したんですけど良くならなくて。眠剤飲んでも眠れない日もあるし、生活保護を頂いてるんですけど、いろんな物が高くなってきて、体だけじゃなくて……生活も苦しく……もう……どうすればいいのか、分からなくて」
これは人生相談……なのか?
病気の事は病院で相談……いや、五回も手術受けたのに良くならんのだから、病院に行った方がいいと言っても行かないだろうな。
「えっと……ご両親は?」
「小学生の時に離婚して、父親に引き取られたんですけど……私が高校卒業するまで……毎晩襲われて。母は再婚して……今は連絡も……」
「そ、そうか。近くに友人か、彼氏はいる?」
「ネットではゲーム友達がいますけど、全員他県の人なので」
幼い頃から性的虐待を受けてきたのね。
おまけに、身の回りの事を頼める人もいないと。
「先生。私……死んだ方がいいんですかね?」
「夏樹ちゃんは、今後の人生相談にきたのか、死ぬ前に話を聞いてほしのか、どっちなの?」
「……分からないです」
精神が弱っているから、いづれ訪れるチャンスを掴めって言っても、チャンスを掴もうとするか危うし、そもそも……生きる気力すら失いかけてるからなぁ。
「夏樹ちゃんは、何かやりたい事はある?」
「……」
「味噌ラーメンを食べたいとか、ゲームをしたい、旅行に行きたいとか何でもいい」
「ま、た」
「ん?」
「また、みんなと……ゲームを……したいです」
今唯一彼女の心の支えとなっているのは、またゲームを楽しむことか。
本当にやりたいと願いが籠った好い涙だ。
「うん。それなら、俺がその願いを叶えてあげよう」
「病院を、紹介して、くれるんですか?」
「いや? 俺は病院が嫌いなんだ。俺が治すから後ろ向いて?」
「先生って、お医者さんだったんですか?」
「俺はただの占い師だよー。痛いかもだけど、首と腰に手を当てるからね」
「え? はい」
頸椎は二カ所,胸椎が五カ所に、腰椎は三か所がイカれてんなぁ。
正常な線維輪に髄核,神経核が残ってるから問題ないな。
「もういいよ。こうやって、ぐーって胸張ってごらん?」
「……」
「ははは、すっごい関節鳴ったね」
「痛くない。え!? えっ、何したんですか⁉」
「治すって言っただろ?」
笑顔を見せてくれたのは嬉しいが、落ち着くまで時間が必要そうだな。
まぁ、今日はこの子が最後だから、俺も少し――
「お師匠様ぁ‼」
マジで一瞬の休憩時間だったわ。
ていうか、あの馬鹿こっちに来ようとしてないか?
「お師匠様!」
『霊糸繋ぐ必要あんだから、表には出てくんなって言っただろ?』
「それは後で謝る。お叱りも受ける! でも、今はこの子を助けてください」
「はぁぁ。夏樹ちゃん。悪いけど、少し席外すよ」
「え? あ、はい」
頭に頬、腹部の傷に加えて、霊気の損失で両手両脚の欠損か。
辛うじて意識を保っているが……かなり危険な状態だな。
「お師匠様! 早く助けてよ!」
『うるさい。少し黙ってろ』
うーん、治すにしても傷が多すぎる。
既に両脚と両腕を失っているし、これは全部治す間に完全に消えるな。
こういう時は……どうするんだっけ? あぁ、そうか。
「え⁉」
「いやー。待たせて悪かったね」
「ちょ、ちょっとお師匠様! あの子悪霊じゃないよ‼」
『そんな事は分かっとるわ』
「それじゃ、何で封印しちゃうのさ!」
この方法の治療法を見せるのは、初めてだったか?
ギャーギャー騒がれると集中できないし、この馬鹿に霊糸を繋げた状態で、繊細かつ寸分の狂いも許されない治療をするのは不可能だ。
霊視を解いて説明するにしても、今は夏樹ちゃんがいるからなぁ。
まだ両頬が涙で赤いけど、落ち着いたっぽいから出ていって――
「先生って人だけじゃなくて、幽霊も助けてるんですね」
「……」
「お姉さん。ボクが見えるの?」
「うん。人に言うと変に見られるから、隠してるけどね」
こりゃ驚いた。夏樹ちゃんは、こいつの姿が見えるだけじゃなく、声まで聞けるのか。
霊魂が見える者は多数いるが、思念や霊糸を繋げずに霊魂の声を聞ける者なんて……。
「先生? さっきの子、どうしてお札に封印したんですか?」
「そうだよ! ねぇ、お願いだから助けてよ!」
「説明は後でするから、今はマジで集中させ……」
んー? ゆっくりではあるが霊気の損失量が少なくなっている。
まさか、この少女……
「はっ、はは! すっげぇ」
可愛い顔して、とんだ化物じゃねぇか。
時間は掛かるだろうが、俺はこの子の霊気の回収に専念した方がいいな。
「お師匠様。あの……」
「ん~? あー、今の治療速度からして、全治一日くらいだな」
「本当⁉ よ、よかった~」
「ふふ、良かったね」
何か良い感じだし、お代の替わりに、この馬鹿引き取ってくれねぇかなぁ。
しっかし、今日はマジで疲れた。
「俺レモンティー淹れにいくけど、夏樹ちゃんは何が飲みたい?」
「ほえ? い、いえ! そこまでしていただかなくても」
「ん~? 今言わないと、勝手にレモンティーコースになるぞ?」
「ボクはココアが飲みたいです!」
「却下」
「何でさ⁉」
「俺はレモンティー飲むって言っただろうが!」
「あ、あの~。それなら、温かいお茶を頂いても良いですか?」
「ああ、いいよ」
「ぶー! お師匠様のケチ‼」
「おー、勝手に言ってろ」
ん? んー? あ、最後のレモン昨日使ったんだった。
今から宅配してもらうのは気が引けるし、めんどくさいけど仕方ないか。
「ねぇ、お姉さん?」
「ほえ? どうしたの?」
「わー! 本当に見えてるんだ! えへへ、お師匠様以外の人と話すの久しぶりだから、何かわくわくするなぁ。ねぇねぇ! お姉さん名前は何ていうの?」
「夏樹。キミのお名前は?」
「ボクはリク! お師匠様がくれた大切な名前なんだ」
あー、ウザイウザイ! 手元が狂う!
「ふふ、素敵な名前だね」
「お師匠様が何百冊も本を読んで、真剣に考えてくれた名前だからね!」
「ぺらぺらと余計な事を言うな」
「わわ! なんだよ! 本当の事だから良いじゃんか!」
「ほい。少し熱いから気を付けてね」
「ありがとうございます」
「あれ? お師匠様」
「ん? あぁ、レモンが無かったからな」
「……」
「そんな目で見なくても、お前にもやるよ」
「わーい‼ ありがとう」
怒の感情が高まったとき以外は、陽気で本当の子供みたいな奴なんだけどなぁ。
この先何色にも染まらず、今のまま優しく、周囲を自然と笑顔にする性格のまま成長してほしいものだが……。
「先生。あの、もう一つ相談というか、お話を聞いて頂けないでしょうか?」
「ふーふー。いいよ」
「私を弟子にしてください‼」
夏樹ちゃんのやりたい事って、また友達とゲームをする事じゃなかったか?
何が切っ掛けになったかは分からんが、夏樹ちゃんが友達とゲームで遊ぶ事よりも、その選択肢を選んだなら、それを拒む理由はないが……
「二百六十三人」
「え?」
「過去に弟子入りを志願して試練に挑んだ人数。その中で最後まで覚悟を曲げず、試練を乗り越えたのは……」
「ふふん! ボクは冥王になる男だからね!」
「命を代償に覚悟を見させてもらう試練だ。今なら聞かなかったことに――」
「一度口に出した言葉には魂が宿る」
「……」
「先生。弟子になるための試練を受けさせてください」
用語解説。
【霊糸】
霊気で作り出した糸。
相手を拘束したり、繋げた霊糸で相手の霊気を乱したりする事が可能なんだって。
でも、拘束した相手が霊糸を吸収したり、逆に自分の魂が乱される危険性もあるんだ。
元は人間が食べている物を食べたいっていう、妖の要望を叶えるために開発された術だから、戦闘の場で活用されたって記録はな……え? 一回だけだって!
あ、そうそう!
霊糸は遥か昔に存在した、冥王に最も近づいた人が開発した術なんだって。