1話・出逢い
「ハァ、ハァ、ハァ!」
「まだこの辺りにいるはずだ! 探し出せ‼」
えぇ⁉ そこは諦めてよ!
肩をぶつけちゃって、私が悪いのは認めるけどさぁ。
その後すぐに謝ったのに、何でこんなに追いかけてくるのかなぁ。
「わ! まんまるだぁ」
前は雲があってあまり見えなかったけど、今日はハッキリ見える。
白くて、大きくて、どこも欠けてない、綺麗なお月様。
「あ、あれ?」
また……涙が。
どうして、満月を見ると涙が出てくるんだろう?
それに、何で心が……胸が痛くなるの?
「ずずっ」
何でかは、今度ゆっくりと考えよう。
今はあの異常にしつこい人達に見つからないように――
「え?」
声が聞こえた気がするけど、私の空耳……じゃない‼
え、え⁉ どんどん声が近づいてきてるけど、どっちから――
「しぃぃぃぬぅぅぅぅぅ!!」
え? え⁉ い、いま……上から人が。
「よいしょー!」
「わあぁ!!」
「あはは、そういえばもう死んでたんだった」
生きてる人が落ちてきたと思ったけど、もう死んでるって言っていたし、地面の中から飛び出してきたから、あの男の子も私と同じ……幽霊だ。
「んー? うわ、びっくりした~! 声くらい……て、見えてないか! あはは!」
「み、見えてるよ?」
「こんな夜中に子供を独りにするなんて、仕事って子供より大切なのかな~?」
「あ、あの……私もキミと同じ幽霊だから」
「独り言が多い子だなー。ま! 無口よりはいいか!」
「私の話し聞いてる⁉」
同じ歳くらい幽霊と会ったのは初めてだから、嬉しくて話しかけたけど、全く話しを聞いてくれないから、話し掛けないほうが良かった……
「上段‼」
「きゃ! な、なに⁉」
「あはは! 冗談だよ! からかってごめんね」
「え、あ……うん」
上段と冗談をかけた、のかな?
う、うーん。なんか不思議っていうか……変な子。
でも、きちんと謝ってくれたし、よく笑うって表情も豊かだから、悪い事をする幽霊ではなさそう。
「あ、あの。なんで落ちてきたの?」
「空中移動の練習してたんだ! でも、途中で綺麗なイルミネーション見たら踏み外しちゃってさ~。本気で死ぬかと思ったよ~! もう死んでるのにね」
「そ、そうなんだ。でも、何でそんな危ないことしてたの?」
「ボクの夢は冥王になる事だからね! そのためには強さも必要だもん!」
冥王? めい……おう?
初めて聞いた言葉のはずなのに、とっても――
『冥王か……興味ねぇな』
『えー。すっごくいい夢だと思うよ?』
『だろ⁉ やっぱ〇〇〇とは気が合うな~。●●じゃなく俺と組まないか?』
な、なに⁉ い、今のは……生前の記憶?
あの人達が誰なのか、あそこがどこなのか、全部分からない!
何も分からないのに、どうしてこんなに胸がざわつくの⁉
「ねぇ? だいじょうぶ?」
「う、うん。それより、きみ右手怪我してるよ?」
「え? うわ! ほんとだ!」
「ちょ、ちょっと触ってもいい?」
「少しくらいならいいけど……変なことしたら怒るよ」
生きてる人には内臓を骨とか筋肉で覆っているけど、幽霊は霊気で魂を覆っている。
私の霊気をこの子の霊気の色に変色させて、その霊気を分けてあげれば――あれ? この子の霊気……ううん! 傷を治すだけの最小限に抑えれば!
「だ、だいじょうぶ? い、痛くなかった?」
「傷が……師匠より早いし、全然痛くなかった! キミすごいね!」
「そ、そんなことないよ」
「あはは! 将来の冥王が凄いって言うんだから凄いんだよ! あのさ、あのさ――」
「いたぞ‼」
え? あ! お昼からずっと追いかけてきた幽霊のこと忘れてた!
この子に聞きたい事があったのに、本当にいいかげんにしてよ!
ともかく、このままだとこの子にも迷惑をかけちゃう!
「ご、ごめんね。さよなら」
「え? あ、ちょ――」
「どけ小僧!」
〇●〇●
「たく! 手間とらせやがって‼」
「グッフ‼ ガ、ゲェ! ヴ、ゲホッゲホ! ウ、グゥゥ!」
お、お腹を殴られたのに、髪の先から爪先まで痛い‼
ぶつかった事と逃げた事の、両方謝ったのに許してくれなかった。
もっと痛いことされる前に逃げたいのに、体中が痛くて立てない。
「おい、さっさと連れていこうぜ」
「そうだな。おら、さっさと立て」
「ギッ! 痛い! 痛い‼」
「ギャーギャー、うるせぇ!」
「ブッ! ゲホ! ウ、うぅ、うえぇぇん! も、もう、ゆるひてぇ」
「ちっ、うるせぇって言ってんだろうが‼」
ひ! い、いやだ……もう殴らないで。
いや、いや、いや‼
「あ?」
「ふぇぇ、やーと見つけた」
「な、んで?」
「詳しい事は後! 少しだけ待っててね」
「え? ちょ、ちょと、ゲホゲホ! ま、待って!」
口は微笑んでいたけど、目が一切笑ってなかった!
あの子……あの人達に近づいていって、何するつもりなの⁉
「誰かと思えば、さっきのガキじゃねぇか。お前も小娘と一緒に連れてってほしいのか?」
「あの子……凄く傷だらけだけど、おじさん達がやったの?」
「あ? だったら、なんだってんだ?」
「何が面白いの? 怖がらせて、泣かせて、傷つけて……何で笑ってるの?」
「ぺっ。クソガキが! 生意気なこと――」
「何が面白いかって聞いてんだろ。さっさと答えろや」
さっき話していた時は、表情も霊気も優しかったのに……。
「はぁぁ。選択肢をあげる。あの子とボクを通してくれるなら、ボクもお前等に手出しはしない。でも、あくまで通さないっていうなら――」
「小僧が舐めたこと言ってんじゃねぇよ!」
「お、おい! 待て!」
……え?
「て、てめぇ! な、なな、なにしやがった⁉」
「知りたいなら、お前もこいつと同じように殴ろうとすれば?」
今あの子がおじさん達に蹴り渡したのって……魂?
あの魂の色……さっきあの子に殴ろうとした、おじさんの魂と同じ色!
で、でも、どうして……魂だけに……なって……。
「ガッ! ハ、ハァ、フ、フゥ」
「ん? わー‼ だ、だいじょうぶ⁉」
表情と霊気が……元の優しいものに戻ってる。
よ、よかった……あ、あれ? わたしのゆび……どうしてすけて……。
「目を開けて! ボクの目を見て、見て‼」
「ハ、ハァ、ハァ」
「よく聞いて! ボクは無理だけど、お師匠様ならキミの傷を治せる。今からお師匠様の所に運ぶから、その間辛いだろうけど、意識だけは失わないで?」
「ハァ、ハァ、ハ……フゥ、フゥ」
「うん! それじゃ行こう!」
「ま、まてや! おお、お前……こんな事して、ただで済むと思ってんのか⁉」
男の子は私を抱きかかえると、町中を物凄い速さで走り出した。
薄れる意識の中、意識を失わないように、この子はどこに向かっているのか、私はどうなってしまうのか、そして……何で同じ道を何度も通る必要があるのか、そんな事ばかり考えていた。
この子との出逢いが……。
「元気になったら、ボクの方向音痴も治してー!」
遥か昔に止まった冥界の時が再び動きだしたことも。
私達が暮らす冥界だけじゃなく、生物が暮らす自然界にも影響を及ぼす、旅をする事になるなんて知りもせずに……。