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月姫 MOON-DIVA  作者: 高峰 玲
13/13

Extra ムーンライトセレナーデ

── alert ─────────────────


ところどころ、ちょっと痛い(別の意味でも)場面が

あります。


苦手な方は上手によけてお読みください。


────────────── alert ────



今回はExtraとして5話あります。


ゲロン大帝の野望

思いがけない再会

東尽普の最終兵器

ぴ〜とかぷ〜とかぺ〜と鳴く幸せな生きもの

いつか言えるその日のために


お楽しみいただけましたら幸いです。








【 ゲロン大帝の野望 】───────────────



 ステーションからヘリオス市のターミナルに降りると、リュイは足早に外へ向かった。

 不要な荷物はすでに処分してしまったので、いま引いているトランクには大切なひとに渡すお土産しか入っていない。至って身軽だ。

 バスでもタクシーでも、早く乗れるほうに乗って、行かなければならない!

 その思いが忠実に彼女の足を急がせた。通常五歩かかる長さを三歩で歩いてしまう。

 とても速い。

 なので彼は、出遅れてしまった。

「リ、リュイ……」

 真っ向から声をかけるはずが、後ろからになった。

 彼女の視界にそれは入っていた。が、まったくの他人と識別して()けて通るべき障害物としか思わなかったのだ。

「ん?」

 どこかで聞いた声だと気づけたのは僥倖だった。

 足を止めて振り返る。

 すくすく伸びたという印象の若い男が、かすかに頬を火照らせ期待に満ちた視線を向けていた。

 見覚えのある顔だ。

「ショウか?」

 ほぼ二年ぶりの再会だが、その面立ちに変化は見られなかった。それなのにリュイは彼を知らない人と認識した。その理由はショウ・ユンウェイが近づいてきて判明した。

 目線を下げないままで合うのだ。

「背が……」

 劇的に伸びていた。リュイと、ほとんど変わらない。

「何を食ったらこんなに急に伸びるんだ?」

「急ったって、二年だぜ? 成長期なめんな」

 彼にしてみれば、高さはいいとして、身体の厚みがあまり充足できていないのが不満だった。

 知り合いの大徳寺彦左衛門を理想とするならば、彼の筋肉はまだ半分も仕上がってはいない。もっとも、いわゆる細マッチョと呼ばれるレベルには達している。性格上、想い人がいるため周辺に女子を近寄らせていないが、実はひっそりとではあるが、もてていた。

 いまの彼はもう、ストリートキッズではない。奨学金制度を受けて大学へ行くことになった。アルバイトも真面目にこなし、さわやか好青年の仲間入りをはたしている。

 二年というのは、そういう歳月なのだ。

 地球で女優としての仕事をこなしてきたリュイ、いや、エスメラルダにとっても、激動期であった。

 レーブ・トリッケンは、一度《ニーベルングの指輪》全編を撮り終えてから物語を作り変えた。ブリュンヒルデの自己犠牲の葬祭を炎の復活シーンに盛り上げ、不死鳥のごとく蘇らせた彼女とラインの乙女を中心に世界を再生させる物語へと換骨奪胎してしまったのだ。

 おかげで撮影期間が伸びた。映画は未だ編集中だ。

 公開された後の評価でエスメラルダがどう格付けされるのかは未定だが、そもそも俳優としての名声など期待していない。モデルの仕事も、てっとり早く稼げるからしていただけで、未練的なものはない。

 変わるべきときがきた、と漠然と感じてはいた。

 なにより、アイリンが……すでに中華街(チャイナタウン)を出ていた。

 そこまで考えたとき、リュイの胸中にどろりとした感情がよぎった。

 自分がアポロニアを不在にしていたあいだに、あのルオのくそったれ野郎は、アイリンに──!

「どこだ?」

 唐突に訊かれ、ショウは判断に迷う。たぶんアイリンの居所のことだと思うのだが、先にルオに制裁を加える気なのかもしれない。

「えぇと、アイリンならフォースんちにいるけど……」

「はあ? なんで?」

「なんでって、家政婦さんだから?」

 リュイが地球にいるあいだに、なんとルオはとうとうアイリンに手を出してしまったのだ。あっという間に子供ができた。急いで結婚式をあげて、新居へ連れ去ったものと思ったのだが。

「ちょっと、なんというか、困ったことがあって」

 こころなしか、ショウの説明が照れまじりになる。

「いちばんいい場所がフォースのとこだったんだ」

 もともとは前アポロニア大使のハムイが家族と暮らしていた家だという。夫妻と三人の子供が住んでいたので部屋数は多い。広い庭があり中枢区域街(ミッドコア)から少し離れていておちついた雰囲気だ。家具やなんかを配置するわずらわしさを避けて、フォースはそこをそのまま受け継いだのだ。独身貴族の男性には不必要な広さだが、彼にも娘と同居したいとか、いろいろと思うところがあったらしい。

 並んで歩きながら、ショウはリュイを駐車場へ誘導する。アポロニアに戻ってすぐにリュイがアイリンに会いにいくことはわかっていた。

「免許、取ったのか」

 たいした二年だった。あのとき、ショウはまだ運転できず、運転手として彦左を呼んだっけ。

「うん」

 キーを開けてショウが助手席を勧めてくれた。ミニバン、というか、マイクロバスのような大型車だ。ロケバスに乗りなれているリュイはショウが何かの用事のために使っている車だろうと考え、何も疑わずに乗りこむ。

「……ショウ」

 なにげなく後部座席に目をやって、リュイは少し混乱した。

「送迎サービスのバイトでもしてるのか?」

 三列ある二人掛けシートにひとつずつ、最後列シートにふたつ据えられている器具の名前を彼女は()っていた。

「えっ、いや、バイトはちがうけど」

「これは誰の車だ?」

「え〜っとぉ〜、咲王辰子からアイリンへのプレゼントというか、ルオへのボーナスというか……」

「ばあさんから?」

「ああ、そういや彦左の実家って咲王辰子のいきつけの店だから、そっちのお祝いもあるって東尽が言ってたような気もする?」

 あせっているのか、ショウは早口だ。気持ち、視線を合わせないようにしている。

「彦左? なんで彦左? アイリンは双子だって聞いてるのに、どうしてチャイルドシートが五つあるのかな?」

 がっつり両手で顔を固定されたショウの目をリュイがのぞきこむ。

 相変わらずの目力に素直に見つめ返す。

「言わないとチュウするぞ?」

「えっ?」

「え?」

 問い返されてリュイは驚いた。いま、自分は何を言ったのだ? つぶらな瞳を見ていて子犬や子猫にキスする感覚でいなかったか?

「っ!」

 とりあえず、身を離して助手席におちつく。

「……なんとなく、わかった。彦左はしょうがねぇな。一度に三人かよ」

「なんかさ、ラッシュだったんだ」

 慎重に()()()()()()()を走らせながらショウは言った。

「最初は、うちのおふくろなんだ。オレの妹が、生まれたんだ」

「へぇ、それはおめでとう。マオおやじ、がんばったか」

「いや、あの人、あれで実は若いんだぜ? 知らなかったかい? 頭はアレだけど、おふくろのほうが年上なんだ」

「ああ、ツルツルだけどな」

「で、子守りしてるアイリンの姿みてルオが、まあ、あれして、できて、急いで結婚ってバタバタしてたら彦左が三人抱えて現れて」

「節操なしだな、あいつは」

「あの四人の誰かひとりと結婚するわけにはいかないから、子供は彦左が引き取ることになって、ちょうどアイリンも子育てするから、一緒に面倒みるってことになって、全員いられる場所ってのが」

「ハムイ大使の家だったわけか」

 辰子の屋敷でも良さそうなものだが、使用人がいる生活などアイリンにはできない。一方、いまフォースが雇っているのはコックだけ。家政婦的なことをアイリンに任せれば給与も出るし、いずれはリュイがそこへ来れば一緒にいられる。そこまで企図したのは誰なのか。

「で? バイトしてるって?」

 チャイルドシートの謎が解けたので、リュイは話題を変えた。

「彦左がスタントマンみたいなの始めたせいで、オレも巻きこまれたんだ」

 懇意にしている呉服店の子息が無職では刀自も安心できまいと、辰子がメイハ・プロダクションにスタント部門を作り特撮ヒーロー番組への出演を斡旋したという。

「ばあさん、やりたい放題だな」

 咲王辰子は赤竜コンツェルンの会長職を退き、なんとメイハ・プロダクションの社長に就任している。リュイをイジる気100%なのを知るのは東尽普だけ。それすら、東尽が察しているだけだったが、祖母のひねくれた愛情は着実にかわいくない孫娘に注がれていた。

 子供向けの特撮で彦左が演じるのは、ゲロン大帝という悪の組織の親玉、いわゆるラスボスである。

 たくましい体躯を大掛かりな黒い衣装で飾り、激しい立ち回りを繰り広げる大帝には実は(つう)な活発な男児に加えて成人男性のファンが多い。下手なヒーローよりもアクションが派手で正確で華々しいのだ。当然、ヒーロー側にも熟練の体術が求められる。正義のリーダー、キングレッドを演ずるのは甘いマスクのアイドルグループ出身の若手俳優だが、しょせん暴力とは無縁の坊やだ。スタントはショウがこなしていた。

「彦左に蹴りを入れれる仕事か、いいなそれ」

 スタントの代役とかのニーズはないものか、リュイが考えていると、そっと視線を走らせてショウが言った。

「あんたなら充分アクションできそうだけど、その、リュイ……ちょっと、太った?」

 ほんとうは別のことを言いたかったのだが、彼は照れてしまった。

「わかるか? なんか最近、服がきついんだ。地球でハムイの奥さんとかじいさんとかが、やたらあれも食えこれも食えと勧めてきて、グルメ三昧だったから」

 正確にいうと、きついのは胸まわり、腰まわりである。ツルンペタンに等しかったリュイなのに、少しふっくらとふくらんできたのだ。

 ショウが言いたかったのは、女性らしい身体つきになってきたのにアクションは大変じゃないのか、だったのだが……そんなことは関係なしにリュイならばゲロン大帝と戦うだろうなとも思う。

「あ、ちょっと寄り道」

 そう言うとショウはドラッグストアの駐車場に入った。

「お一人様一個限定品があるから、リュイにも買ってほしい」

 真剣な表情で切り出す。

 ルオの所得はそれなりだ。ネットの通販も割引が大きい。だが、実際の店舗でいいものを安価に購入することに意義がある人種はいるものだ。

「女の子用のオムツと粉ミルク一個、頼むな」

 なにせお子さまは五人いるのだ。買っても買ってもストックはすぐに()けてしまう。

「「「あ」」」

 買い物を終えて店を出ようとしたら、入ってくる彦左と遭遇した。

「ショウ、車か?」

 おそらく彼もミッションのために来たのだ。

「駐車場で待ってる」

 行き先は同じなのだ。彦左は旧ハムイ邸まで歩くつもりだったのだが、楽できるなら便乗してやぶさかでない。

「よぉ、ゲロン大帝」

 使うべきタイミングをリュイは逃さなかった。

「っ、ショウに聞いたのか」

 にこりとしてリュイがうなずく。これは、かなりめずらしい笑顔だ。

「いい仕事だな」

「まあな」

 軽く流して彦左は店内に歩を進める。


 そのとき、銃声と悲鳴が店内を席巻した。

 

 とっさに身をかがめ、様子をうかがう。

 制服らしいベストスーツの女性を羽交い絞めにした男が横歩きに缶詰の山の前を移動していた。ドラッグストアの隣の銀行から人質を取ってなだれ込んできたようだ。

「アホがっ」

 毒づくと、リュイは彦左のシャツを引っ張り上げて頭を覆うように被せると、持っていたサングラスをかけさせ、ウェストポーチから未使用のマスクを取り出し、それもつけさせた。なんとなく、黒っぽい装備になっている。

「行けっ、ゲロン大帝!」

 力いっぱい押し出され、彦左は自らの役割を察した。


『何をしているのであるか、不手際がすぎるぞ! さっさと我輩に資金を提供するのだぁ』


 芝居がかった大音声が響く。これがゲロン大帝のデフォルトである。

『待ちなさい! ゲロン大帝、おまえの好きにはさせないわっ』

 スカーフで変装したリュイがわざとらしい女言葉で台詞を繰り出す。

『おのれ、レディブラック、またしても我輩の邪魔をするのであるかぁっ!』

 現在、戦隊には赤青緑黃色にピンク、五人しか在席していない。リュイも黒を基調とした服装だったので、彦左は新ヒーローを捏造したのだ。

『あたりまえだっ(←ちょっと役が剥がれた)。この世に悪がいるかぎり、わたしたちはそれを許さない!

 飛べっ、レッド!』

 死角から、みごとな跳躍でレッドことショウがドロップキックを放つ。美しい、完璧なフォーム。幾度となく演じたキングレッドの必殺技だ。そのあまりの滑らかさに、リュイは震えた。

 思わず、ため息がもれる。


「いい……」


『ぬおぅ、ちょこざいなっ』

 きわどいタイミングでかわしたゲロン大帝が手下の身体をどつく形になる。

「あっ」

 手が緩んだところへ、すばやく駆け寄りレディブラックが人質を奪取する。置き土産とばかり、まわし蹴りが見舞われた。

「がっ」

 また男はゲロン大帝のほうに押しやられる。

『我輩の邪魔をするな、愚か者!』

 使えない手下に、大帝の怒りが炸裂した。

 張り手一閃、撃沈である。

『無駄な時間を費してしまった、我輩は帰還する』

 マントのように羽織った上着の裾をはためかせ、ゲロン大帝が退場すると、辺りは拍手喝采となった。正義の味方もいつの間にかいなくなっている。

 わざとゆっくり歩き、堂々と店を出ると目の前にベビーリムジンが停車した。スライドドアから顔をのぞかせたリュイの指示が飛ぶ。

「早く乗れ」

 オムツとミルクを一組買い損ねてしまった。

 しかし、そんなことは些末にすぎない。

 彼らは猛然とドラッグストアから立ち去ったのであった。

 当然、アイリンは彦左の買いそびれを責めたりしなかった。リュイとの再会の喜び以外に彼女が気にするものは、小さな怪獣たちの鳴き声だけだった。

 その夜はめずらしくショウも彦左もゲストルームの客人となり……翌朝の新聞で彦左は咆哮することになる。


「なんじゃこりゃあ!」


 先に朝刊を読み終えていたフォースが笑いをこらえて肩を震わせていた。

「おまえら、いったい何をやってんだよ」

「善意の市民?」

 トーストにバターを伸ばしながらリュイがつぶやく。だいたいは合っているはずだ。彼らのおかげで銀行強盗は逮捕、人質も無事解放されたのだから。

「は、ん。それで、これか」

 フォースの指の動きから、固まった彦左が持つ新聞に、リュイは目を向けた。

 そこには──。



  挿絵(By みてみん)



 コミカルな見出しが踊っていた。

 ゲロン大帝は身バレ、なのであった。

 これがきっかけとなって、彦左には数々の武闘派な役柄が舞い込むことになる。歴史的な英雄や武将、軍人、強い男の役が多かった。そして遂には、アカデミーな大賞を得る俳優へと成長する。

「いつか、子供たちと一緒に暮らすんだ」

 彼は独身のままだったが、三人の娘たちをとても可愛がる父親になった。

「あれはデロ甘というのだ」

 同じくアクション俳優として名を馳せることになるモデル出身のエスメラルダは、いつもそう評するのだった。













【 思いがけない再会 】───────────────



 旧ハムイ邸では夕食はそのとき家にいる全員でとることになっている。温める手間を省き、洗い物を一度で済ませるためである。

 誰がいるかはわからない。なので常に多めに作られていた。

 その日ダイニングで席についたのはエフゲニー(家主)、アイリン(家政婦)、リュイ(家主の娘)、彦左(三人の子供の親)、ショウ(アイリンの義弟)、そしてコックの六人だった。

「……どっかで見た顔だな?」

 鼻から下がほぼ髭で覆われているコックを一目見るなり、リュイが言った。

「お嬢」

 コックが軽く頭を下げる。

「お嬢?」

 気色の悪い呼び方をするな、と男を蹴りつけたい衝動に駆られてリュイは思い出した。こいつは、以前、蹴ったことがある……。

「あのときの」

 フィル・ドレイクである。脛に傷持つマフィアもどき。こんなん雇って大丈夫なのか?

 視線で問いかけると、家主はあっさりと応えた。

「自首して司法取引して、少し服役して出てきてる。社会福祉の一環だよ。改心した犯罪者の社会復帰のお手伝いだから」

「……わかってるなら、べつにいい」

 饗された料理を一口食べてみると、意外に美味しかった。美味しいは正義である。

「でも、なんでここに?」

「そりゃあ、大使にくっついていれば、あんたとまた会えるとふんだからさ、お嬢」

「あァ?」

「ちょっと待てドレイク、てめぇ、そんなヨコシマなこと考えてやがったのか!」

 途端にエフゲニーが立ち上がる。

 ギッ、ギッ、とアイリンとショウもにらみつける。

「おれはお嬢のあの蹴り上げに純粋に惚れたんだ。番犬でいいんだ、そばにいさせてくれ!」

「…………」

 リュイは黙って食事を続けた。

 めんどくさい。はっきりいって、超絶、めんどくさい。

「だからまた、おれとタイマン張ってくれ!」


 あー、はいはい。

 

 恋愛がらみじゃない案件は放置なのであった。












 

【 東尽普の最終兵器(リーサルウェポン) 】───────────────



 咲王辰子が赤竜コンツェルンを去った。まったく信じられないことに、巨大企業の会長は零細といってしまいたくなるくらい小さな芸能プロダクションの社長として天下ってしまったのだ。

 順当に、そのあとを継いだのは養子の東尽普である。

 時代は変わった。

 いまや東尽CEOなのである。

 なにしろ、お年頃の孫娘という楽しく遊べるおもちゃが手に入ったのだ。辰子に未練はまったくなかった。

 東尽にしてみれば、次期後継者と噂されてはいても、辰子が去ったあとの赤竜コンツェルンに自分の居場所があるかどうかは不明と思っていた。養子といっても、幼くして肉親をなくした彼が基本的人権に則した生活を送るための里親のようなもので、そもそも辰子には血族経営主義的なこだわりはない。だからいまも、リュイを教育して企業家にしようとは思っていないはずだ。自分との血縁があろうとなかろうと、赤竜を舵取りできる実力があればその人物に託す、それだけだった。

 そんなわけで、東尽普は辰子からどこそこの会社の社長令嬢を妻に迎えてあとを継げとか、なんとか社の会長の孫と結婚しろとか政略結婚的な話をされたことがなかった。

 ところがである。

 辰子が転職するやいなや、あちらこちらから彼のもとには縁談が持ちこまれた。かなり年下から年上まで、初婚、バツアリ取りどりに、朝オフィスに入ると机に〈お見合い写真〉が積み上げられている。

 即決でシュレッダーにかけられない書類の処理に、第三秘書の顔色が日に日に悪くなっていった。彼が胃袋ちゃんの精密検査を受けるので翌日に休暇を取ると聞いてやっと、東尽はひとつの決断をした。

 とりあえず、いちばん上にあった〈お見合い写真〉との会食の設定を指示して、第一秘書に頼んだ。

「ルオ、緑惟に連絡を」

 血の繋がらない彼の姪は、さきごろ地球からアポロニアに帰還した。まだ、スケジュールに忙殺されていないはずなので、おそらく体は空いている。問題は心理的な拒絶反応だが……搦め手を使えばいけそうな気がする。

「至急ドレスを購入して、奥さんに仕度を頼んでほしい」

 アイリンがらみならばリュイは素直にドレスを着る。メイクだって、為すがままだ。それ自体がご褒美なので、特別な礼はアイリンには不要だ。だが、リュイには?

「緑惟は何が好きなのかな?」

 頼みごとをするには対価が必要だろう。

 お金でも宝石でもデザイナーズブランドでもない。それは確実だ。

 東尽のつぶやきにルオが応える。

「…………肉?」

 リュイのためにアイリンが作る料理は魚よりも肉メニューが多かった。そんなこと知りたくないのに、知らしめられたルオである。

「は?」

 世界トップクラスのモデルを動員した報酬が?

 肉?

 いや、それはさすがに……とは思いつつ、レストランの予約に極上ステーキを注文してしまう東尽であった。


 


美澪(みれい)さんは少食でいらっしゃるのね」

 きらびやかな微笑を向けられた女性が頬を染める。

 お上品なレストランは盛りつけもお上品だった。一口でがぶりといける前菜をちまちまと切り分けた令嬢は、それきり手が止まっている。

 まさか、急遽決まったお見合いの席に、付き添いとしてスーパーモデルが現れるなんて思いもしなかった。義理の姪と紹介されたそのひとは、完全な美であった。

「おじさま」

「なんですか?」

 常になく、東尽の視線が甘い。

「いったい、いつの間にこんな素敵な方とおつきあいを? わたくし、知りませんでしたわ」

 エスメラルダは俳優でもあるのだ。ここは演技するべきところと判断して、禁断の恋、引き裂かれるふたり──的な役を試みる。ありがたいことに、見つめあう意味ありげな視線の絡む事情をご令嬢は深読んでくれた。

「あのっ」

 そっと立ち上がり、涙目になりながらもけなげに宣言する。

「わたくし、東尽さんとは何でもありません。今回のことはっ、なかったことにしてください。どうぞ、どうぞ、お幸せにっ」

 一礼して走るように出口へ向かう。

 ルオと第二秘書があとを追うのを見送り、リュイは言った。

「あんまり、かわいそうなことすんなよ。あのお嬢さま、政略結婚なりにおまえのこと、好きだったんじゃないのか?」

「初対面ですが」

「まあ、そんな気ないのに結婚けっこん言われんのヤなの、わかるが」

「変に期待を持たせるより、自然に身を引いていただくほうが後腐れなく済みますので」

 よっぽど自分の容姿に自信がないかぎり、クィーン・オヴ・ミラーズに対抗できると思える女性はいないだろう。演技だが、それなりに見つめあって雰囲気を醸し出しまくったことだし。

「……で、わたしのメリットは?」

 叔父と姪の会食は、スキャンダルぎりぎりセーフゾーンのイベントなのだ。無理をきいてやった見返りはきちんともらうつもりのリュイである。

「ここのステーキは美味しいと評判なんですよ」

 にっこし。東尽が笑む。

「ほう」

 なら、食べてやろう。あらためて前菜にリュイは取りかかる。


 最終兵器(リーサルウェポン)って、何回まで最終って呼べるのかな?


 嬉々として舌鼓をうつリュイを遠目に見ながら考えるルオ・インであった。













【 ぴ〜とかぷ〜とかぺ〜と鳴く幸せな生きもの 】───



「むぇえ〜」

 ぷくぷくのほっぺに真珠の粒のような涙がこぼれ落ちる。

「みぃ~」

 連鎖が始まった。

「ぷぎぃ〜」

「ぅえ〜」

「ひぐぅ〜」

「うぼぉ~」

 育児室にしている室内の五重奏は止まらない。

 そういや、おぎゃあと泣く赤ん坊って見たことないよな。思いながら、リュイは手近にいたひとりを抱き上げた。

「へぐぅ〜!」

 慣れた手つきで首を支え、背中をとんとんするも、赤ちゃんは泣き止まない。

「あ、その子」

 母であるアイリンがすまなそうに言った。

「女の人が苦手なの」

 てきぱき、オムツ交換しながら説明する。

「こっちの、双子のレイリンはきれいなお姉さん好きなんだけどね」

 ふたりめに取りかかる。

「ヨナもジゼルもシンファも、大丈夫なの。でも、ロンロンだけ、なぜかダメなのよ」

 双子、ということは、これがルオの息子だ。

 特に気を悪くした様子もなくリュイはお()りの手を止めなかった。

「もう泣いてるんだから、このまま抱いてるよ。おまえ、ルオの子なのに、泣き虫か~」

 楽しげに笑う。

「にしても、ロンロン? なんかルオらしくない名づけだな?」

 たぶん〈龍龍(ロンロン)〉なのだろうが、ひねりがなさすぎて、違和感がある。

「あー、またロンロン泣いてんのか」

 そこへショウが入ってきた。リュイからそっと赤ちゃんを受け取る。

「あだ名だよ。ほんとうはズーロンっていうんだよな」

 話しかけながら笑顔を向けるとピタリと泣き止む。

「ロンロンはショウおじちゃんがホント、大好きよね」

「ズーロン、って」

 ジゼルとおぼしき金髪の子を抱っこしながらリュイは考える。ジゼルはリュイが顔をのぞきこんだ途端に満面の笑顔になった。

「子龍、だな。三国志の」

 彦左も入ってきて、オムツ換えの終わったヨナを横抱きにする。これからミルクだ。

「えっ、意外とシブい趣味だな、ルオのやつ。歴史ものなんて読むんだ?」

 子龍といえば趙雲。三国志では人気の武将である。

「関羽のほうだったら、ショウとおそろいでユンユンだったのにね~」

 こちらも人気の高い、義の人・関羽の(あざな)は雲長。ショウの名は雲威(ユンウェイ)。彼は個人名を呼ばれるのが苦手だ。壮大すぎて。

「ぷぅ」

 オムツを交換してもらい、すっきりしたロンロンが気持ち良さげに息をついた。

「すっかり懐いてやがんなぁ」

 危なげない手つきでミルクを飲ませるショウに、リュイは意外以外を感じえない。

「そっちこそ、手慣れてる」

 ショウも驚いている。あのエスメラルダ・グリーンが赤ちゃんをあやし、オムツを換え、哺乳瓶をうまく扱っているとは!

「まあ、ガキの頃さんざんやったからな」

 ルナポリスである程度の分別がついた子供が最初に覚える仕事は、ベビーシッターかもしれない。即金にならなくても、何かの食べ物をもらえたり、面倒をみてもらえたりと見返りはあった。

「そっか」

 そういえば、当時も男の子はまるっきり懐かず、女の子はリュイの顔を見ただけで泣き止んでいた。なにかあるのだろうか。

「……なんか、幸せそうだよな」

 げっぷして、満足げに眠りにつく小さな生きものをいとしいとリュイは思った。













【 いつか言えるその日のために 】──────────



 アポロニアに帰還すると事務所の顔ぶれが変わっていた。マネージャーはシャロン・ラドゥのままだ。だが、社長が……咲王辰子になっていた。

「ああ、お帰り緑惟」

 社長室に入ると、元巨大コンツェルン会長だった女怪は、すっかりなじんだように座り心地を追求したシートでくつろいでいた。何事もない、平板な口調で、何でもないようなことを言うように、指令した。

「あなたには次はドラマに出てもらうよ」

「…………は?」

 とりあえずトップモデルらしく(?)、エスメラルダは短く問うた。

 右側ななめ後方に立つシャロンが、ギュッとシステム手帳を握りしめているのが見えた。

 ──ごめんなさいごめんなさいけっして私の本意ではないんです全部新社長のご意向なんです私には拒否権なんてないんですコワイこわいリュイ助けてェ〜!

 ぷるぷると震えるマネージャーの瞳が必死でうったえていた。

「なんとも面白い映像を録画した人がいてね、ちょっと高めの価格でうちが買い取らせてもらったんだが……」

 辰子が言葉を切ると背後のディスプレイに携帯電話で撮影されたらしいコンパクトな映像が流れた。ゲロン大帝のドラッグストア特別編だ。

「せっかく映画に出たんだ、女優エスメラルダをプッシュしてみようじゃないか。監督と脚本家もレディブラックの登場に否やはないというからね、来週から撮影所へ行ってもらうよ」

 やだ、おばあちゃんたら、緑惟うれしい♪ 遠慮なく彦左に蹴り入れまくれるのね♪ と素直に言えないのがリュイである。

「いいけど」

 シャロンが笑顔になった。うなずいて、リュイは社長室を出る。このあとは、アイリンと買い物の約束をしていた。

 再会してリュイに抱きつくと、すぐに彼女はその変化に気づいた。

「リュイ……」

 顔があたる付近が以前よりもやわらかい……。

 買う! 買うに決まっているではないか。リュイに似合うランジェリーは自分が選びたい!

 そうしてアイリンは強引に約束を取りつけたのだ。

 今日はかわいい怪獣たちは、彦左とショウとドレイクがお世話することになっている。 

 ルオのカードがすっからかんになったって構うもんか。いいものは絶対買うんだから!

 中枢区域街(ミッドコア)のショップは品揃えが豊富だった。


 


 アイリンが選んでくれた若草色の上下を着た日は、郊外でのロケだった。

 ほぼ、何もない野外での撮影、それはゲロン大帝と戦隊ヒーローとのバトルシーンである。

 エスメラルダの身体的特徴を備える女性スタントなど存在しないので、レディブラックはリュイのまま、その他のヒーローはスタントマンが演じる。ピンクは戦隊司令官の秘書なので基本、戦闘には参加しない。

「ここでショウが跳んで俺がよける、んでブルー、グリーンとかかってきて、イエローが倒れこむ。そこへブラックが加わってラッシュな」

 ゲロン大帝御自ら殺陣を指導する。

「顔面狙っていいのか?」

「いいけど、一発狙いの短いのは尺がもたないからダメだぞ。じらして撃つ感じで、オーバーめに」

 スタントチームのスーパーモデルへの遠慮は、リュイの初バトルを見るなりなくなった。しょせんは筋肉至上主義者の集まりなのだ。美しく戦う存在を認めないなどありえない。

「どうせなら」

 休憩所で少しだけ、リュイはショウとふたりきりになった。パイプ椅子を並べただけのプレハブだ。

「コンビネーション合わせてガキどもにいいの見せてやろうぜ」

 内緒話をするようにリュイが顔を寄せてくる。

 いままでにない美ボディがショウの腕の中に収まりそうだ。だが、あえて指先だけを、握った。


「好きだよ、緑惟」


 再会してから、ずっと言いたかった言葉を、ようやっと言えたショウ・ユンウェイであった。















ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました。


あれも書きたい、これも知らせておきたい、本編で書ききれなかったエピソードがまだまだありますが、ほどよきところで玉結び。


ちなみにタカミネ屋のメモによると

・18歳のショウ → 192cmに!?

・運転手として転がりこむドレイク → ジャッキーといつの間にか……

・けっこーマジメに仕事をするフォース

とあります。

あと、【いつか言えるその日のために】であのあとショウに言わせたかったのですが、やっと緑惟と呼べた感慨が消えるのがもったいなくて省いたシーンがあります。

以前、ルオの弟の服をショウが借りたのを覚えておいででしょうか?律儀にもそれを返しに行って、ショウはウェンが医者になろうとしていることを知ります。同じルナポリス出身の若者が学力的学費的な困難を凌駕して突き進む姿に共感したショウは、自分の父と同じ薬剤師になりたいという夢を持つようになりました。そうやって少年は大人になっていくんだなチクショー、と自分で考えておきながら悶えました(笑)


今回のReiTa画像はスマホのドキュメントで作成した文書をスクショして飛ばしました。たいへん楽しく遊べました♪





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