98.ソウズィの血筋
ノエルが連れてきたのは黒髪黒目の目つきの鋭い青年だった。今回ばかりはガラテアには悪いが、ノアと一緒に外に出て行ってもらっている。
多分だけど、冷静には対応できないだろうからな。
「初めまして、私の名前はエミリオ=スズキともう申します。商業連合にて副会長を務めさせていただいております」
「ご丁寧にありがとうございます。俺はグレイス=ヴァーミリオンです。ここの領主をさせていただいております」
そういって社交辞令的な挨拶をかわしつつ相手の様子を観察する。笑顔を浮かべてこそいるものの相手は商人である。
いつ、どんなネタでこっちを揺さぶってくるかわからないからな。警戒しないと……
「グレイス様のお噂はかねがね聞いております。なんでも賊を退治した上に、あのドワーフの国を救ったとは……さすがはかの高名なヴァーミリオンの家系ですね」
「ありがとうございます。異国の方だというに随分とうちに詳しいですね……」
「ええ、相手のことを知るのは商売の基本ですからね。それにグレイス様は我々商人の中では有名ですから」
驚いたふりをした俺の言葉にエミリオは満足そうに微笑んだ。まずはお前のことは色々調べているぞとけん制してきやがった。まあエドワードさんからこいつらが俺のことをマークしているのは聞いていたから驚きはしない。
「それで……貸していたものを返してほしいというのはどういうことでしょうか?」
「スズキという名前にあなたは聞き覚えがあるのではないでしょうか?」
ソウズィという名前は有名だが、苗字まではあまりわからない。わざわざその名を伝えることによって、暗に俺がソウズィの後継者であることを責めているのだろうか?
だったら、答えは一つである。
「もちろん、知ってます。ソウジィ=スズキはアスガルドを開拓した人であり、俺たちに様々なものを残してくれた偉大なる人であり……俺はその人の後継者です」
「半分正しく半分間違っていますね。ソウズィ=スズキが偉大なる開拓者であり、発明家です。ただし、あなたが後継者というのはどうでしょうか? 遺産は血族に……」
乾いた音と共に意気揚々としゃべっていたエミリオの口が止まる。俺は自分の銃から放たれた弾丸が彼の頬をかすめて、壁に穴をあけたのを見て、あとでガラテアとノエルに謝らなきゃとちょっと反省する。
「後継者というのは別に血筋で決まるわけじゃない。その行いと、その領地の領民が決めるものだ、そして、俺はこのアスガルドの最後の領民に認められたんだ。だから後継者で間違いはないだろう? それと……あなたがたの法律がどうなのかわからないが、ここはヴァーミリオンの領地だ。俺たちの流儀はわかってるよな」
「……なるほど、一理ありますね」
暗にそちらが奪うつもりならばこちらは力で訴えると主張すると、笑顔のまま表情を一切変えないでエミリオはうなづいた。
だけど、その瞳が一段と鋭くなったのは気のせいではないだろう。
「グレイスさんの考えはよくわかりました。そんなにも警戒しないでください。私たちは商談をしに来たのです。アスガルドはドワーフの存在とソウズィの知識を参考にしたあなたの発明によって、より発展しました。これからもどんどん成長していくことになるでしょう。私たち商業連合はあなた方と手を組めばよりその成長できると思いませんか? 私たちにはあなたにはない外国との販路があります。そして、私たちのお金の力を使えば、あなたはゲオルグ=ヴァーミリオンを超えて王になることだって夢ではない。どうでしょうか?」
「俺を王に……正気で言っているのか? こんなことを言ったのがばれたお前は処刑されるぞ」
「ええ、知ってますよ。ただ、あなたたちの王はこの力のすばらしさを理解していない。確かに武力は大事です。ですが、その考えはすでに時代遅れです。魔物相手ならばいいでしょうが、人間同士の争いとなればそれだけでは限界がある。そうは思いませんか?」
「それは……」
こいつ自分の主張が認められないとわかった途端に懐柔策にかえてきやがった。
エミリオの言葉には俺はうなづかざる負えない。今は力で押し込んではいるがこのまま文明が……例えばそこまで訓練が必要とされない銃がもっと流通すれば数の方が強くなっていくだろう。俺がカイルたちに買ったように……
それだけでもない、もしも、俺がどんどん発明品を作り続け、それをヴァーミリオン以外にのみ流通すれば……結果的に国力の低下も考えられるのではないだろうか?
「どうでしょうか?」
俺の反応に迷いをみとったのかエミリオがにやりと笑う。確かに……彼のやり方ならば俺を追放した親父やクソ兄貴を見返せるかもしれない。だけど……
「その協力をしてもらう条件としてこちらはどうすればいいんだ?」
「ええ、発明品の権利をうちに買い取らせていただくことと、ソウズィの炉の使用許可をいただきたい。もちろん、あなたのお抱えのドワーフが優先で構いません。いかがでしょうか?」
なるほど……こちらの反応を見てめりっとを見せて譲歩したことにより了承を得やすくしたのだろう。
交渉しなれているということだろう。
「そのお話はありがたい……ですが、一度考えさせてください」
「ええ、わかりました。良い答えをお待ちしておりますよ」
そういうとエミリオ話は終わりとばかりにお辞儀をしてさっていく。
「結構良い条件に見えたけど了解しないのね」
「盗み聞きは良くない趣味だぞ」
入れ替わるようにして入ってきたヴィグナが声をかけてきた。
「あいつらが何を目的かわからないんですもの。万が一あなたに危害を与えようとしたら、わからせてやったんだけど……不要だったようね」
魔法銃剣を手に物騒なことを言いはじめたヴィグナだったが、壁にある弾痕を見て苦笑する。
「あいつさ……一回もガラテアのことを聞かなかったんだ。ソウズィの子孫なら絶対その存在を知っているはずなのにさ……そんなやつらを信用できるかよ」
そのことがひっかかってつい頭に血が上ってしまったのだ。というか暴力に訴えるって頭ヴァーミリオンかよ……
ちょっと反省する。
「そう……そうね、じゃあどうするの? 魅力的なのは事実でしょう?」
「ああ……だから今度はエドワードさんとちょっと相談してみるよ」
ガラテアにはどう話そうかと思いながら俺は今後について考えるのだった。




