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最終章『静かなる血、絆が紡ぐ奇蹟』

 日常が戻ってきた。

 あの事件も何もかもがなかったかのような、そんな日常。

 空は蒼く、鳥はさえずり、町は喧噪に包まれている。


 でも、戻ってこないものもある。

 俺は、あれから何もせず、ただベッドに座り込んでいた。何度か暁から心配をしてくれたらしいメールが来ていたが、それを見るのも億劫だった。

 

 ユリ姉。

 俺たちの姉さん。

 俺たち兄妹を愛し、俺たちはユリ姉に愛されて、最期は身を挺して俺たち兄妹を守り、そしていなくなってしまった------俺たちにとってかけがえのない存在。


 -----俺は、どうして生きているんだろう。

 どうして、ユリ姉がいなくならなくてはならなかったんだろう。

 わからない。

 神様なんてやつがいるなら出てこい。そして説明しろ。

 どうしてユリ姉が、あんな奴らによって命を絶たれなくてはならなかったんだ。

 アンドロイドだから?生き物じゃないから?俺たちを生かすためだから?


 ---------ふざけるな。

 ふざけるな…ふざけるな…ふざけるなふざけるなふざけるな!!

 形は違ったかもしれないが、俺たちは同じ時間、同じ空間に生を受けたんだ。一緒に成長して、一緒に喧嘩して一緒に叱られて、勉強もして、勉強もさせられて、確かにユリ姉は俺たちと共に生きてきたんだ!!

 生き物じゃない?命がない?

 それが運命?代償?小を殺して大を生かした結果論?

 …馬鹿にしてるのか。

 俺は認めない。

 認めてたまるか。

 

 気がつくと、俺はユリ姉の部屋に来ていた。

 ベッドの上には、あの時白州さんの仲間の人たちが回収してくれたというユリ姉の遺体が、霊安室で見たあの時のまま横たわっている。俺がお願いして、白州さんたちに家まで連れてきてもらったのだ。アンドロイドだからと言って、おいそれと廃棄するなんて言われなくてよかったと思う。言われたら白州さんを確実に一発殴り飛ばすくらいはしていただろうと思いながら、俺はベッドに横たわるユリ姉を見る。

 父さんがユリ姉のために作ってくれたという、予備電源供給のためのベッド。そこに眠るように横たわるのは、もしも五体満足の状態で見たならば普通の女の子と見分けのつかない姿。無数の銃弾に貫かれ、手足を吹き飛ばされてまで俺たちの盾になってくれたのは、そんな華奢な体だったのだ。

 あの時、白州さんは言う事を聞かなかった俺たちを責めることはなかった。

 いっそ、お前らが言う事を聞かなかったからいらない犠牲が出たんだろうとでも言ってくれればよかったのに。

 そうだ、俺が悪いんだ。

 俺があの時、あんなことをしたのがいけないんだ!!

 

「…お兄ちゃん…?」


 振り向くと、友莉奈がドアの前に立っている。…ああ、ドアを開けっ放しにしていたのか。

「お兄ちゃんも、ユリアお姉ちゃんのこと、見に来たんですね。」

「あぁ…。」

 俺が消え入りそうな声で答えると、友莉奈もぽつぽつと話し始めた。

「…お兄ちゃんがお部屋にいるとき、私、毎日見に来てたんです。ユリアお姉ちゃんが、ひょっとしたら目を覚ますんじゃないか、って…。」

「…現実を見ろよ、友莉奈。」

 俺の口から出たのは、そんな冷めた声だった。

「…お兄ちゃん…?」

「白州さんも言ってたろ?修復はできない、だから目は覚まさない。唯一直せるはずの父さんはもういない。もう俺たちは------ユリ姉に会えない------」

 こんなことを言いたいがためにここに来たわけじゃないはずなのに、友莉奈にこんなことを聞かせたいわけじゃないのに、口からは弱音ばかりが漏れてくる。

「父さん------なんで俺とユリ姉を接続したんだよ…なんでユリ姉と仲良くさせたんだよ…!!こんな別れになるなんて聞いてねぇよ!!何だよ神様って!!何だよ科学って!!神様も父さんが信じた科学も、人を幸せにするためのものじゃなかったのかよ!!なのになんで今俺は泣いてるんだよ!!なんでこんなに悔しいんだよ------!!」

 

「----------------お兄ちゃんの馬鹿!!」


 ばしっ、と頬に一発。

 はっとして見ると、友莉奈が目に涙を浮かべて、怒った俺で俺を見ている。

「現実を見ることができていないのはお兄ちゃんでしょう!?お兄ちゃんがどうして辛いか?そんなの、お兄ちゃんがユリアお姉ちゃんと一緒にずっと過ごしてきたからに決まってるじゃないですか…お父さんがお兄ちゃんとユリアお姉ちゃんを出会わせてくれたからに決まってるじゃないですか…たくさんの思い出を共有してきたからに決まってるじゃないですか!!なのになんですか!!今お兄ちゃんが言ったことは、お兄ちゃんとユリアお姉ちゃんの思い出を全部なかったことにしたいとでも言いたげじゃないですか!!…お兄ちゃんからすれば短い時間ですけど、私だってお姉ちゃんとの思い出は忘れたくないんです、だからここにいるんです!!最初に会った時も、喧嘩した時も、お兄ちゃんを取り合ったことも!!これ以上そんなこと言うようなら、もう一回ほっぺたをえいって叩きますよ!!」

「…友莉奈は、強いな。」

 俺はぽつりと呟いていた。

「え…?」

 友莉奈が少し驚いた顔をする。俺は続けた。

「俺よりよっぽど大人な考え方じゃないか。確かに俺は現実を見たくない。認めたいとも思わない。だがお前は、ユリ姉との思い出をしっかり胸に仕舞って、一生懸命前を向こうとしている。…温室育ちなんだろうな、俺はやっぱり。…でも、それでも俺は-----」

 ユリ姉にもう一度会いたい。 

 会っていろんな話がしたい。

 そういう考えを、俺は捨てられなかった。

 「私だって------」

 友莉奈が口を開く。

「私だってそうです…お姉ちゃんがもういないなんて、信じたくないです…!!でも・・・だからと言ってどうすればいいのですか!!お父さんはもういない・・・お父さん以外にはお姉ちゃんは直せない…!!それなのに…ありもしない希望にばかりすがりついていたら…また絶望を味わうだけじゃないですか!!お姉ちゃんは…お兄ちゃんのことをかわいがってくれたんでしょう!?私のことも、あんなことを言ったのに…ひどいことばかり言ったのに…!!それでも最後までお姉ちゃんでいてくれたんです!!…だから…お姉ちゃんの思い出を忘れないで、でも涙は見せないで、お姉ちゃんみたいに一生懸命に生きていこうと思ってるのに…どうして涙が出てくるの…?どうして------!?」

 気丈に振舞おうと頑張っていた友莉奈の涙腺が、ついに限界を迎えたらしい。大きな涙の粒が、一筋、また一筋と、友莉奈の頬を伝う。

「お兄ちゃん----------」

友莉奈がまた口を開いた。

 

「-------私こそ―――生まれてきてはいけない子だったんです---------」


「------------------------------」

 俺は、友莉奈の言葉に耳を疑った。

 生まれてきてはいけなかった?

 誰が?

 俺か?

 お前か?

 それとも他の誰かか?

「-----------冗談はよせよ、友莉奈。」

 俺は嫌な言い方になってしまったものの、何とか言葉を返す。だが友莉奈は止まらない。

「-----------だって、だって…!!私はお兄ちゃんが大好きだけど、ユリアお姉ちゃんもお兄ちゃんが好きで…!!確かにお父さんとお母さんはいなくなっちゃっても、お兄ちゃんとお姉ちゃんは幸せで…。そこに私が現れてしまって…お姉ちゃんにひどいこと言って、喧嘩ばかりして、迷惑ばかりいっぱいかけて!!…私があんな人たちのいうことを聞いてたばっかりに、お兄ちゃんとお姉ちゃんまで巻き込んで…それなのに…お姉ちゃん…私たちを守って…!!私…お兄ちゃんとお姉ちゃんに…何もできなかった…何も返せなかった…。お兄ちゃんとお姉ちゃんの幸せを奪ったのは私---今お兄ちゃんを泣かせるきっかけを作ってしまっているのも私…私なんかが生まれてきたから--------!!」

語るごとに、友莉奈の目から涙があふれ、声に嗚咽が混じるようになっていく。ついに、また耐え切れなくなったんだろう。再び、友莉奈は声を上げて泣き出した。

「-------うぅっ…うぅ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!」

 …俺は、なんて無力なんだ。

 友莉奈が泣いているのに、俺は何もできない。

 ユリ姉が泣いているときも、いつもそうだった。

 俺こそ、生きていてはいけない人間なんじゃないか。

 そんなことを思った時、友莉奈が張り裂けそうな声を出して叫んだ。


「----お姉ちゃんに謝りたい…今までごめんなさいって言いたい…!!けれど、そんなことを言ったって、私のしたことは許されるものじゃない…お姉ちゃん…お兄ちゃん…お父さん…お母さん…誰か…私のことを悪い子だって…生まれてきちゃいけなかったんだって…言ってください…私は…私が---!!」


 その時--------

 

「…永流。」

「…友莉奈ちゃん。」


 …え?

 懐かしい声。

 俺と友莉奈は、同時に後ろを振り向く。

 そこには---------------


「-----------永流、友莉奈ちゃん、大きくなったわね。」

 俺の知っている微笑みを浮かべる、銀色の髪の女性がいた。

「-----------------お母さん…?」

 友莉奈が呟いた。

 銀髪の女性-------母さんは、俺たちを見て、にこりとしながらうなずく。

「友莉奈は、私はこの目で見ることはできなかったが…。永流は…たくましくなったみたいだな。」

 声が聞こえたと思うと、どこからともなく、目の前に白衣を着た男性の姿が現れた。

「-----------------父さん…?」

 父さんはユリ姉の横たわるベッドの側へと歩み寄る。

「私たちは、お前たちが会ってから、一部始終を見てきた。…ユリアは…お前たちを…ちゃんと弟と妹と理解してくれたか…。こんなになってまで、最後までお前たちの姉で居続けてくれたか…。」

 …父さん?

 何を言ってるんだ?

 父さんは、こちらに向き直って言った。


「…今こそお前たちに教えるべきだろうな…ユリアのことについて。」

 

 …は?

 ユリ姉のことについて?

 どういうことだよ。

 なにか秘密があるとでもいうのか?

 生きてるときには教えてくれなかったことだろう。

 なんで今教えるんだ。

 ユリ姉はもういない。

 世界でただ一人直せるはずの父さんだって、ここで幽霊のような登場の仕方をしたということは、実際は生きてました、なんてことがあるとは思えない。

「……なんで今さらそんなことを言い始めるんだよっ!!」

 俺は我慢できずに叫んだ。俺が叫んだからだろう、友莉奈がびくっと体を震わせた。

 だが、俺は止まることができない。

「なんでだよ!!そんなことを聞いてユリ姉が戻ってくるのかよ…!!ユリ姉とのリンクはとっくに切れてるんだ…ユリ姉はもう…俺たちの側にはいないんだよ!!」


「…ごめんね。」

 

 いつの間にか俺と友莉奈の前に来ていた母さんが、そう言って俺たち二人をぎゅっと抱きしめた。

 幽霊のはずなのに、実態もなく、触れられるものでもないはずなのに------俺たちを抱きしめた母さんは、記憶の中の幼い俺が覚えている------おそらく友莉奈も覚えているであろう、母さんの温かさに溢れていた。

「永流…友莉奈ちゃん…本当にごめんね…ユリアちゃんとの別れを経験したばかりのあなたたちには、きっと辛い思いをさせてしまうでしょう…。でもね…だからこそ知っておいてほしい。私たちの経験してきたあの子との出会い、別れ、そして再会の一部始終を。」

 …え?

 今、母さんは何と言ったんだ。

 出会い?別れ?再会?

 …再会とは何だ?

 ユリ姉は父さんが作ったんじゃないのか。

 だとしたら、いったいどう言う事なんだ?

 わからない。

 なぜか意識がどんどん遠ざかっていく。

 何もわからないまま、俺と友莉奈は母さんのぬくもりに抱かれて------意識が途切れた。


 -------夢を見ていた。

 俺の実家だ。

 白衣を着た男性と、銀色の髪の女性がいる。

 …父さん…母さん…?

 夢の中の父さんと母さんは、笑顔だった。

「…早く産まれておいで。お父さんもお母さんも待ってるからね。」

 母さんはリビングの椅子に座って、お腹を愛おしそうにさすりながら言った。

「男の子と女の子、どっちなんだろうなぁ。」

 父さんがにこにこしながら言う。それに母さんが返した。

「どちらを産んだとしても、きっとかわいい子になるわ。私たちの子供だもの。」

「はは、私のような研究一辺倒な子にはなってほしくないけどなぁ。」

 父さんがそう言って、母さんに向き直る。 

「…莉香、実は、私はもう子供の名前について考え出しているんだが…聞いてくれるかい?」

 母さんは一瞬ぽかんとしたが、途端に噴き出した。

「…ふふ…あなた、もうお父さんになる準備?子供ができたことがわかっただけで、普通そこまで考えるかしら?まだ性別だってはっきりしていないのよ?」

「えぇ!?変なのかな…いや、私はこの子が生まれたら父親になるわけだ。なら奥さんが子供を授かったとわかった時に名前の候補を考え出してもいいはずだ!!うん、私は正しい!!…多分ね。」

 母さんは笑いながら言う。

「うふふ…あなたのそのすぐいろんな考えが交錯していっぱいいっぱいになってるのを見ると、学生時代、恋人同士だった時のことを思い出すわ。あなた、昔から考え出すと止まらなかったし。」

「…い、いやいや、仕方ないだろ?学者っていうのはこういう性分とでもいうのか…考えるのが仕事とでもいうのか…。」

「…そうね。私はそんなあなたに惹かれたんだもの。」

 今度は父さんがぽかんとする番だった。それも束の間、父さんは母さんを抱きしめて言った。

「…本当に、私を選んでくれてありがとう、莉香。」

「…どういたしまして。私こそ、選んでくれてありがとう…。…そうだ、あなたが考えたこの子の名前…聞いてみたいわ。男の子の時と、女の子の時、両方とも考えてるんでしょう?」

 

 ここで映像が途切れ、また次の映像に移る。

 母さんが、今度は病院の個室だろう。そんな場所で------泣いていた。

 

「------どうして…どうして私たちの子が…。」

 

 私たちの子…?

 最初に生まれてきたのは俺のはず。そして友莉奈は父さんとの面識はない。必然的に俺の身に何かあったのだろう。

 母さん、どうしたんだ。

 傍らの父さんが、涙を湛えた目をして母さんを抱きしめる。母さんはそのまま、父さんにしがみついて、声を上げて泣き始めた。


「-----あなた…ごめんなさい…。ごめんなさい…!!私はあの子を…私たちの最初の子を…この世界に誕生させてあげられなかった…!!命を分けてあげられなかった!!」

 

 …え?

 俺は耳を疑った。

 どう言う事なんだ。

 さっぱりわからない。

 小湊の最初の子。それは俺のはずだ。

 でも、母さんは、この世界に誕生させてあげられなかったと言っていなかったか…?

 

 だとしたら-----俺は、何者なんだ。


 そうしている間に、また映像が切り替わる。

 また病室だった。

 違うのは、ベッドに横たわる母さんが、何かを胸に抱いているということ。

 父さんが口を開いた。

「男の子か…。よくやったな、莉香…。」

「ええ、あなた…。私たちの…二番目の子よ…。」

「…あの子が生きていたら、この子のお姉さんになっていたんだな。」

「---そうね。あの子にも、この子を見せてあげたかった…。きっと喜んでくれたでしょうに…。」

 二番目…?

 今、父さんは男の子と言った。まさか…。

 

 ------俺は、父さんと母さんにとって、二番目の子供だったのか?


 また、場面が切り替わる。

 今度は、俺がよく知る場所だった。父さんの研究室だ。研究所ではなく、家の地下にある、父さんの秘密の実験場。

「----歯がゆいものだな、科学で作れるものは、物質から得ることのできるものに限られるとは…。」

 父さんと母さんの目の前には、かなり大きなケースが置かれている。クソ所長のところで見せられた映像に出てきたものと同じようなケース。

 父さんは続ける。

「命を作り出すのは、神の御業…やれやれ、科学者が神などという言葉を使うことになるとは…。」

 …何?何を言ってるんだ、父さん?

「------私には、彼女が自律学習ができるようにできた…。最低限の知識も与えることができた…。だが私には、命を生む神の御業のような芸当はできなかった…。」

 よくわからずにぽかんとしてしまう。

 父さんの言葉は続く。

「------だが、科学ではない、無から有を作り出すことも不可能ではない、まさしく神の力とも言うべき力…魔法の力を、神は息子に与えてくださった------あの子はもういない。せめて、あの子につけてやりたかった名前を、私は彼女に贈ろう。そして私たちの息子は魔法の力によって彼女に命を与え、彼女はそのつながりによって、この子を弟と認識するだろう。-----そして、いつの日か、この子と彼女が本当の家族になることができたとき------アンドロイドである彼女は、人として生まれ変わる…はは、ちょっと短絡的すぎるか。そもそも私には、この子がなぜこんな力を持って生まれてきたかもわからないのに。」

 その言葉に、母さんが口を開いた。

「------最初の子供の名前を、他の養子として育てられるアンドロイドの名前にする…娘を養子に出す親の気持ちって、こんななのかしら。」

「どうなんだろうな。でも、私たちがあの子が生まれてくるのを心から望んでいたように、彼女の両親になる美枷とその奥さんだって、彼女を望んだから、私が彼女を生み出すきっかけになったんだ。それに、たとえ美枷の娘になったとしても、私たちは家族だ。それは絶対に変わらない。」

父さんは、そんな俺が見えていないのだろう。せわしなくキーボードを叩き、何かを入力しているらしかった。

「------動力コア、スタンバイ完了。魔力充填スタンバイ。リンカー接続開始、リンカー名称「小湊 永流」、リンク対象、試作アンドロイド「TKM-type00『Yuria』。」

 

 -------ユリア…?

 今、父さんは確かにそう言った。ついでに言うなら、俺の名前も。

 父さんの周りに置かれた機材が稼働を始める。相当な負荷がかかっているのだろう。時間を経るごとに、何の装置なのかもわからない装置が回転を増し、熱を発し、今にも破裂するのではないかというくらいに膨張し、電極のような部分がバチバチっ、と音を立てて火花を散らす。

 どれくらいそうしていたのだろうか。

「リンカー、対象、オールグリーン。接続完了------」

 父さんは、そう言って額の汗を拭う。そして呟いた。

 

「いつか、彼女が本当に、この子の姉となることを欲し、この子によって欲されることあらば、その時は、神の良き思し召しがあらんことを------」

 

 …そうか、ようやく理解した。

 

これは夢じゃない。------父さんと母さんの記憶だ。

 ユリ姉は------小湊家の最初の娘として生まれるはずだった------俺たちの正真正銘の姉さんの名前をもらって生まれてきたんだ。

 

 気が付くと、俺はユリ姉の部屋にいた。

 …そうか、俺はここで父さんと母さんに会って、二人の記憶を見たんだ。

「------------お兄ちゃん------」

 隣にいた友莉奈は、泣いていた。俺も泣いているようだった。二人して何度も何度も涙を拭うが、それにも関わらず涙はとめどなくあふれ、頬を濡らす。

「----------友莉奈、父さんと母さんの記憶…お前も見たのか?」

 友莉奈はしゃくり上げながら、首を縦に振った。

 そうか、俺たち二人は・・・同じものを見た。いや、父さんと母さんに見せられたんだ。

 ユリ姉の生い立ちについて------

 俺は、ユリ姉が自分の本当の姉さんから名前をもらったなんて知らなかった。もちろん、友莉奈だって初耳のことだったろう。自分たちにとっては生まれてこられなかった子供の代わりにしか…いや、代わりにすらならないかもしれない、美枷の家に預けることで、自分たちを父と母とは呼ばなくなるかもしれない。だが、父さんと母さんはそれでもなお、最初の娘が確かに存在したことを忘れないため、そして自分たちの生み出したもの、自分たちは確かにこのアンドロイドの製作者とその妻、つまり父と母である、という想いを込めて、型式番号TKM-type00----------美枷のおじさんとおばさんにと作った、父さんの栄えある人型アンドロイド一号機に、「Yuria」という名をつけたのだ。

「お兄ちゃん…。」

 友莉奈が口を開く。

「-----私、ようやくわかりました。私の名前が、どうしてユリアお姉ちゃんの名前にそっくりだったのか。-------私にはお姉ちゃんがいたからだったのですね------それがユリアお姉ちゃんだったからなのですね------」

 そうに違いない。母さんは教えてはくれなかった。だが、俺たちの姉の存在を片時も忘れていなかったからこそ、母さんは生まれたばかりの友莉奈に、生まれることのできなかった姉の生き写しとでも言うべきユリ姉の名と似た響きの名前を与えたのだろう。いつか、ユリ姉と友莉奈が、お互いを姉妹だと認め合う時が来ることを信じて------

 友理奈はまたじわっと眼に涙を浮かべ、俺の胸へと飛び込んでくる。そのまま、友莉奈は声を上げて泣き始めた。

「お姉ちゃん------ユリアお姉ちゃん…!!お父さんとお母さんがいなくなったのは、お姉ちゃんのせいじゃなかった…!!お父さんとお母さんは------お互いに辛くて、苦しくて、わかり合いたくて、でもわかり合えなくて…!!でも…二人とも私たち家族のつながりを…一度も忘れたことなんてなかったのですね…!!それなのに…それなのに私は…!!」

 俺は何も言わず、胸の中で泣く友莉奈をぎゅっと抱きしめてやる。

 わかり合いたいのに、わかり合えない。

 本当に重くのしかかる言葉だな、と思った。

 父さんにも母さんにも、譲れない一線があった。父さんには、家族のためにしっかりしなければ、自分が愛する家族を守らねば、という信念があり、母さんには、どんな理由があるかはともかく、自分たちの幸せのためだけに父さんに無理してほしくない、犠牲になってほしくないという愛情があった。二人とも、お互いのことを愛し、お互いに愛されていた。そこにつけこまれ、追い詰められたがために、結果として愛し合っていた二人の間は引き裂かれてしまった。

確かに、発端はユリ姉の起こしてしまったあの事件だったのかもしれない。それは父さんと母さんの意見が食い違ってしまうきっかけのほんの一部分にすぎなかった。だが、かみ合わない歯車は時に重大な事故を生み出すこともある。俺たち兄妹はお互いを知らずに離れ離れになり、再会した後も、友莉奈は母さんが死んだ後、洗脳のような形で、家族がいない、あるいはいなくなった理由として、ユリ姉によって家族はばらばらにされたという間違った知識を奴らに植え付けられていた状態だった。それによって友莉奈はユリ姉を嫌悪することになってしまったのだ。

 ------俺は、さらに友莉奈をぎゅっと強く抱きしめてやる。

「友莉奈。」

 俺は、父さんの代わりに、母さんの代わりに、そしてユリ姉の代わりに、伝えなくてはと思った。


「-------みんなが、さっきのお前と同じことを言っていたか?」


「--------え?」

 友莉奈が涙目のまま、俺に目を合わせてくる。俺は続けた。

「…悪い、言い方が悪かったな。つまり…お前は生きてちゃいけないなんて、うちの家族の誰かが言ったのかってことだよ。言ったなら今すぐこの場で言っちまえ。俺が天国でも地獄でも行って、父さんでも母さんでもユリ姉でもぶっ飛ばしてきてやるから。」

「そ…そんなことないです!!」

 あわてて首を振る友莉奈。

「…だろ?」

 俺はそう言って、友莉奈の頭を優しく撫でてやる。

「父さんと母さんの記憶、お前も見たって言ってたよな?あのクソ野郎のとこで俺たちが見せられたのも合わせてな。その中で、父さんや母さんは、最期になんて言ってた?まあ父さんは俺と母さんとユリ姉だけだったかもしんないけど、今お前が言ったみたいなことは一度も言ってなかっただろ?それに母さんだって、寂しい想いをさせてごめんね、って言ってた。生きてちゃいけない娘がいる親が、そんなことを最後の言葉に残すか?それともお前は、母さんには愛情をもらって育てられるってことがなかったか?あのクソ所長のとこで見せられたあれは全部嘘なのか?連中がでっち上げたカバーストーリーなのか?それだったら話は別だ。」

 そう、死の間際。父さんも母さんも、父さんだったら俺やユリ姉や母さん、母さんだったらユリ姉を含めて家族全員に対して言葉を残していた。俺はまだ続ける。

「それからユリ姉だって。俺たちをかばって撃たれてたユリ姉に向かってお前がかけた『お姉ちゃん』っていう一言。その時、一瞬だったけど、倒れる寸前にユリ姉は笑ってたんだよ。それから------小さく言ったんだ。『生まれてこられて、みんなと会えて、幸せだった』って。」

 そう、確かに聞いた。

 そう、あの研究所の裏手、裸山の洞窟での出来事。銃声が何度も轟き、何発もの銃弾がユリ姉の体を貫き食い破る中、本当にかすかにユリ姉はそう呟いたんだ。

「ユリ姉の言うみんなって言うのは、お前だって含まれてる。俺たちが会った最初の日のこと、覚えてるか?俺が母さんのことを聞き出そうとしたときに、ユリ姉もお姉ちゃんなんだから聞かせてって言ってたろ?というか、そもそもお前、今さっき俺に言ったこと忘れてるな?お前だって、生きてちゃいけないなんて言うのは思い出を消そうとしてるって言われても仕方ないことだろうが。…まったく、そんなとこばっか出来の悪い兄貴に似なくてもいいんだぞ?」

 友莉奈は少しきょとんとしたが、

「…確かに…私もお兄ちゃんのこと、言えないみたいなのですね…。」

 そう言って、かすかに笑う。俺は続けた。

「ユリ姉は、生まれてこられなかったかもしれないけれど、生まれ変わって俺たち家族のことをずっとつないでくれていたんだ。確かにユリ姉がいたことで傷ついたことはあった。喧嘩が絶えなかったこともあった。でも、憎しみ合っても、離れ離れになったとしても、俺たちはずっと家族で、ずっと繋がっているんだ------」

その時―――――――

 

「-------よくぞ言うた、我が父の力を受け継ぎし男子(をのこ)よ。」


 優しげな------それでいて厳かとも取れる女性の声が、空から降ってきた。

「…な!?」

「---だ…誰なのですか!?」

 俺と友莉奈は、揃って目をきょろきょろさせる。しかし誰もいない。

「今、そなた等に我らは見えることはあるまい。だが我らは確かに、そなた等の側にて声を聴き、会話をしようと試みたところぞ。」

 別の、冷静沈着な性格に聞こえる男性の声が、また空から聞こえる。

「-----もう一回聞く、あんたらは誰なんだ!!どこにいる!?」

 俺が怒鳴ると、

「…ほう、我らが声を聴きし時にも、決して退かぬ胆力を持つとは・・・。男子に娘子(むすめご)、そなた等二人、父上と母上の見立て通りの器よな。」

 強く、荒々しい男性の声が答えた。

 なんなんだこの三人の声は?連中の残党・・・?そんなわけないか。もしもそんなのがいたとしたって、白州さんが言っていた通り世界中を挙げて大捜索されてるお尋ね者連中だ。しかもここは普通に美枷の家だ。おじさんとおばさんだって家にいる。二人にばれないようにしながらそんな大がかりなことができるわけはない。じゃあ何なんだ、魔法に関するなにかなのか?だがこれもおかしい。俺が知る限り、俺たちを追ってきたあの麻薬カルテルの連中に魔法使いはいないようだった。厳密にはあのカルテルの魔法使いとしては友莉奈と白州さんがいたわけだけど、友莉奈は連中にとってはほぼお尋ね者同然だったし、白州さんは結局連中の手先ではなかった。そして捕まった時や追いかけられてる最中、一度も連中が魔法を使った形跡はなかった。やっていたのはせいぜい魔法を打ち消せるような装備を持っていた程度。だがそんなものは魔法への理解が進んだ昨今、魔法使いの犯罪が増えるかもしれないなんて言って、世界中で研究が進んでるらしいじゃないか。ましてや連中はヤミ金を稼ぐプロフェッショナルだ。どさくさに紛れて試作品だろうがどっかの軍隊の払い下げ品だろうがなんだろうがそんなもん持ってたって不思議じゃない。そしてそんなもんを持たせてるってことは、素の状態で魔法使いの相手は難しいと言っていることに他ならない。ということはやはり、連中の中に-----少なくとも構成員の中に魔法使いはいない。ゆえに念話などは考えられない。

「…答えろ!!あんたたちは一体何なんだ!!」

 俺は再び叫ぶ。すると、また最初の女性の声が答えた。

「…ひとところに、天の力を受け継ぎしものと地の力を受け継ぎしものが集まるか…。」

 女性の声は、こう言った後、俺たちに対してさらに言葉をつないだ。

「よかろう。我らが父と母の権能を受け継ぎし者らよ。そなた等の問いに答える。」


 瞬間、世界が真っ暗に染まった。


「こ…今度は何なのですか!?」

 友莉奈が不安が最高潮に達したとばかりに声を上げる。かく言う俺だって正直何が起こってんのか理解できない。理解してるやつがいるならここにきて説明してほしいところだ。

「-----------おい!!どんな魔法かは知らないが、人を勝手にこんなとこに連れてきやがって!!話するってんならさっさと姿を現せってんだよ!!」

 俺が叫ぶと、

「-----すまぬな、そなた等の器には、しばらく眠っていてもらうことにしたのだ。我らは葦原中国(あしはらのなかつくに)を統べる神、そうでなくば、未だ転生を成さぬ我らでは、そなた等人としての器を持つ者らと長きに渡る会話はできぬ。どうか、我らが狼藉を赦せ。」

 女性の声がそう答えた時、俺たちの目の前に、どこからともなく三つの光の玉が現れた。一つは赤く、一つは白く、一つは青い。

 …ていうか、この光の玉さんたちは今なんて言ったんだ?

 神?

 誰が?

 この光の玉が?

 …まあ、魔法の力なんていう考えてみればトンチキなもんが自分の中に宿ってるんだ。今さら神様がいるとかいないとか言われたって別に痛くもかゆくもない。

「-----------それで、その神様とやらが、どうして俺たちに話しかけてきたりしたんだ?」

 そう聞くと、赤い玉が女性の声で答えた。

「我らがそなた等を呼びし理由、それはそなた等に伝えねばならぬことがあるが故。そなた等は、己が持つ力のほんの一部分の側面のみを理解しているに過ぎぬ。男子は創り出すための力として、娘子は死せる者と語らい炎を操る力としての側面を。ではなぜ、そなた等は己が身に危機迫りし時、双方が炎を纏いし十束剣を作り出すことができたのか?創り出すは男子の、炎を操るは娘子の力であるというのに。」

「-------------。」

 確かにそうだ。作れてしまったのだから、あぶないところを助かったのだから別にいいかと思っていたが、よく考えれば、まったく同じものを違う人間が作るというのは、かなりの難しさを誇る技術に相違ない。というか普通に考えれば不可能だろう。見た目も、クオリティも、似せることはできたとしても、人によって差が出ることは明らかだ。ならばなぜ、俺たちの双方があの剣を作り出し、同じような威力を持った炎を纏わせることができたのか。

 白い光が、冷静な男性の声で続ける。

「それだけではない。そもそも、そなた等の言う『魔法』とは何ぞ?皆が同じ力ではなく、何故、ここまでに数々の力が、葦原中国に満ち満ちているのか?」

 青の玉が、これにかぶせて言う。

「そして、何故、そなた等二人のみ、我らの力の片鱗のみならず、我らが力の源であり、我らが象徴であるはずのものを顕現させるまでに強大なる力を秘めておるのか?」

 …正直、気になることだらけだった。

 俺たちの魔法の力は、考えてみれば確かにおかしい。

 俺はユリ姉とつながっていてもなお生きていられるほど、友莉奈は炎を操る魔法使いとしては誰が何を言おうと世界でもトップクラスの力を持っている。どうして俺たちにだけそんな大魔力が備わっていたのか。白州さんの例を見ても、彼は非常に高い戦闘能力を持ってはいるが、魔法によって何かをしているのはあの雷の銃弾と身体強化くらいのものだろう。だが、友莉奈は研究所の裏山で、炎の雪崩を何度も、しかもあれだけの規模で行使していた。おそらく、普通の炎を操る魔法使いが同じことをしようとすれば、すぐに魔力が尽きて倒れてしまうだろう。

 それに、学校で幽霊話があった時の友莉奈のあの行動が、今でも忘れることはできない。

 友莉奈の魔法の力は炎のはず。なのに、どうして友莉奈はあの女の子---おそらく幽霊の類なのであろうが、なんでそんなものと会話ができた?

 そして、青い玉が言った、最後の一文。

 我らの力?我らが象徴?なんだそれ?

 考える俺に向けて、白い玉が言う。

「そなた等人間は、神は不老不死、絶対永遠の存在と考えるのであろうが、そうではない。我々にも寿命はあり、傷つけば血を流し、殺められれば死んでしまう。そなた等と異なるは、概念が消えぬ限り転生を繰り返し存在し続けるか否か、そしてそなた等が今『魔法』と呼んだ秘術を使うことができるか否か、それのみぞ。」

「-----魔法は-----あんたたちの秘術…?」

「そうだ。魔法とはまさしく神の力。しかし、神という概念が浸透するに従い、その概念とやらも時が下るごとに大きく変わってきた。人は今まで共存していた神々を排斥し、己の意のままに動く新たな神という概念を作り上げた。その結果、我ら古き神の概念は徐々に消えゆくこととなった。古き神は力を落とし、長きに渡る時間の中で多くは己の強大な力を抑えきれず、己が力によって食われ、消えていった。今そなた等の前にいる我らとて、概念が未だ残るがゆえに、辛うじて存在できているに過ぎぬ。」

 白い玉がここまで言うと、それを引き継ぐとばかりに青い玉が言う。

「だが、存在は許されても、我らの運命がそれを許さぬ。幾星霜もの長きに渡り存在してきた我らにも、寿命の時が訪れようとしている。我ら生き残りし古き神々は新たな転生を強いられた。だが、我らとてこの世に生きる者。死して転生を行うならば、黄泉の鬼どもにでも転生することもできよう。だがそれではこの世に我らの力を残すことはできぬ。我らはこの世にて転生を行い、力を受け継がせた後に黄泉へと向かうことで、この世を成り立たせてきた。しかし、力を落とした我らでは、転生を行うこともままならぬ。だが我らが消えようとも、この世を成り立たせるに足る術はあった。それは人にその力を与えるということ。…かと言うて、今を生きる人間どもにその業のすべてを受け継がせるとなれば、神の力は概念の薄い今を生きる人間どもには強大に過ぎる。だからこそ、我らは力を小さく削り取り、多くの人間どもに分け与えることで、神としての概念、そして存在したことの証と己の力の一部のみでも残そうと考えたのだ。そして、神の力を得た人間は、与えられし我らが力の一部を発現させるに至った。もっとも、神々の象徴とも呼ぶべきもの…これを我らは『神器(じんぎ)』と呼ぶが、力が広く分かたれしことにより、力を残しそれを人が顕現させることはできても、神器まで顕現させることはできなくなってしまったがな。」

「…じゃあ、今いろんな人が魔法を使える理由って…。」

 友莉奈が言うと、今度は赤い玉が答えた。

「そなたの思うておる通りだ。天鈿女(あめのうずめ)の力を得たものは芸に関する術に秀で、天手力男あめのたぢからおの力を持つ者は己が力に秀でた。そなた等の言葉では魔法、あるいは才能とも呼ぶべきものだが、これは我らの力の一部が漏れ出しているが故の現象に過ぎぬ。そなた等を救いし建御雷(たけみかづち)の力の一部を受け継ぎし者の、武術に秀で雷を操る力は、あくまでも力の片鱗。ゆえにかの者は、力を使うことはあろうと神器を使うことはなかったのだ。」

 一言置いて、赤い玉が続ける。

「我らが力はこの世の構成に必要不可欠なもの。特に、我ら一族が持つ天地人の力、これらがもし一つでも欠ければ成り立ちが崩れ、我らの父と母の創り給うたこの国自体の存在も消える。さればこそ、我らは力を人間どもへと分け与える決断をした。そなた等は、そのように我らが力を受け継ぎし者が増えればそれこそ成り立ちが崩れると考えるかもしれぬが、それは違う。人が成長し老いていくように、我らが力も世を経るごとに成長し、そして衰える。与えられたものが子を産めば、その子にまた力の一部が受け継がれ、歳を経るごとに成長し、またその子の血潮へと力の一部が受け継がれる。その力は成長するごとに増し、死という一つの区切りを以て、分け与えしすべての力が次の世代へと受け継がれるのだ。その成長と衰えという概念により、分け与えし力は血が絶えぬ限り衰えることなく、また巨大になりすぎることもない。こうした力の継承を、我らは『静かなる血の継承』と呼ぶ。」

「静かなる…血の継承?」

 俺が聞き返す。それに、白い玉が答えた。

「そうだ。人が生まれれば血は継承され、多くの場合父母や一族の持つ技や業を受け継ぐことになろうという可能性を秘めることはそなた等も知っておろうが、それは表立つ血の継承だ。静かなる血の継承は、この世を成り立たせるための一手段に過ぎず、そして表立つ血の継承は、静かなる血の継承により、力の一部を受け継いだがための副産物に過ぎず、受け継ぎし者に自覚やその業を受け継ぐ覚悟がなくばそのままその世代には忘れ去られる運命にある。」

 それに続いてまた、青い玉が言った。

「たとえこのまま我らが死んだとしても、力の一部が残ればこの世の存在は保たれる。概念が残る限り、我々の力が完全に滅することはない。しかし、一人一人に分け与えし力は一部分とはいえ、本質は我らの力。受け継ぎし者が人である以上、なんらかの不都合により血が途切れることもあろう。その折に不具合が発生することは避けようもなかろうが、それでもこの世をできうる限り存続させるにはそれ以外に方法がなかったのだ。」

 …なんとなくだけど、わかってきた。

 この神様たちは、魔法は自分たちの力だって言ってきた。魔法使いはつまり、神様たちの生き残り戦略のようなものによって力を与えられた人たちであり、その魔法が多岐にわたり、得手不得手があるのは、神様というのは一人じゃなく、たくさんいるから、ということなのか。

 赤い玉が、また一拍置いて言った。

「そうして、己が力に食われず存在し続けた神々は人に力を分け与え、存在した証を残し消えて行った。そして、我ら天地人の力を持つ神の一族が残された。我らも、そうして力を与え、消えゆくことができるならば、今頃は他の神々の待つ場所へと旅立つことが赦されたであろう。だが懸念があった。我ら一族の力を分割して受け継がせてよいものか、というものだ。新しき神はすべてを司る神であるようだが、これはあくまでも人に都合の良い神を人が創り上げ祀りあげたが故の現象に過ぎぬ。奴らの概念は己が力を一人あるいはその周りの人間にのみ与え、己やその力を分け与えられたものを信ずるものと信じぬものに対し異なる審判を下す。だが我々は違う。贄を差し出し、荒御魂(あらみたま)を祀り和御魂(にぎみたま)と成すということを人がいかにしようとも、人の創りし新しき神のような万能の存在とまではゆかぬ。これは我らには表と裏が必ずあるが故だ。強すぎる光の力は時に決して消えぬ影を生み出し、炎や水、そして土の力は命を生み出し人の糧となることもあらば、命を奪い、人の営みを奪う破壊の力となる。相反する特性を持つ力は我らですら扱いきれぬものだ。事を誤れば、我らであろうと、無論そなた等であろうと、たちまち強大な力の奔流によって食われて消え去るであろう。そして我らが天地人の力は概念そのものを扱う力であり、その強大さゆえ、分割をしようなどと考えればそれだけでこの世を破壊するに足る力となりうる。そこで我ら一族だけは、この強大な力を受け入れることのできるだけの器を持つ者らに、他のもののように分割せず、我らが父と母がそれぞれ一人に、残る我ら人界の三神の力を一人にとし、力のすべてを受け継がせることが必要とされた。だが、我らの力を受け入れることのできるほどの器を持つ者が、果たして今を生きる者たち…神なき世となりつつあるところに生きる者たちの中から生まれ出づるであろうか…しかし、そなた等三人が生まれることが決まったことによって、状況は変わった。なぜなのかは我らにもわからぬ。しかしそなた等、そして、そなた等の血を受け継ぎし各々の子らは、今を生きる者としてはあまりにも大きな------神の力を受け入れようとも余りあるほどの大いなる器を持って生まれ出づる運命だった。そのうちの一人…そなた等の姉子(あねご)は、生まれる前に命尽きてしまい、やむなく力を与えることはできなかったがな。これが、そなた等二人のみがあれほどまでに強大なる力を持つという所以ぞ。」

 ここまで言って、赤い玉はまた一瞬の間を置いた。俺たちが理解を示したかどうかを確認しているのだろう。俺と友莉奈が顔を見合わせて、それから一緒に首を縦に振ると、赤い玉はまた話し出した。

「男子よ、そなたの持つ天より光差し存在を生む力、これは我らが父、伊耶那岐(いざなぎ)の残ししものだ。娘子よ、そなたの地の底の無間にて燃え盛る炎を纏い亡き者と語らう力、それは我らが母、伊耶那美(いざなみ)が残ししものに相違ない。我らが母は国生みの後に迦具土(かぐつち)を宿し、そして死んだ。父は死した母を取り戻すべく黄泉に向かい、そこで鬼のような姿に転生し変わり果てた母を見て逃げ出した。母の存在が許されるのはこの世で父の側のみであったにも関わらず、父はそれを拒んでしまったのだ。父と母は石の扉のこちらと向こうに分かたれた。母はこの世にて存在を許される場所を失ったことを大いに嘆き、その場所を奪った父に向かって言った。『そなたの国の者どもを一日に千人、我が憎悪の炎にて焼き尽くしてくれる』。父は返した。『ならば、そなたの国へと我が国の者どもが向かうたび、我が創造の力によって千五百の者どもを生み出そうぞ』。この言霊により、元々、国を、神を、人を創りし二つで一つの神であった我らが父と母は、そうして別の力を宿せし神となったのだ。その時に分かたれし力が、そなた等に宿りし力の正体であり、そなた等双方が我が父の(つるぎ)、「天之尾羽張(あめのをはばり)」を顕現させることが叶いしことは、かの神器が父と母双方に対し結びつきの深き神器ゆえだ。そして我ら------人の世を輪によって結ぶための力と神器は、いまだ我らの中にある。もっとも、そなた等の持つ父と母の力も、そなた等が人という器にある以上、本来の神の力を受け継ぎしそなた等と言えど、父と母が御業を完全なる形で扱えているとは言えぬ。それは、本来あるべき我らが父の無より有を創造せし力、我らが母の黄泉より死すべき運命の者どもを呼び戻さんとする癒しの力は、我らが創りし理の内において、人が持つべきものではないという掟として厳格に取り決められているが故。唯一その理を打ち破ることが叶いし時は、分かたれし父と母の力が一堂に介し、そしてかつて失われし絆を取り戻せし折のみ。」

 イザナギとイザナミ------この国を作ったとされる一対の神々だ。

 ---------しかも、あの炎を纏った剣って、そんなにすごいものだったのか…。確か、イザナミがカグツチを生んだことが元で死んだとき、それを咎めたイザナギがカグツチを斬ったという剣だ。そうか、イザナギにとってもイザナミにとっても、自分の子供を斬った剣だから、ということか。同じものであるからこそ、俺たちはあの剣を顕現させることができただけでなく、あれを使って同じようなことができたってことなのだろう。なおかつ俺たちは完全な力を受け継いでいた。だからこそ、それを完全な形で行使することができただけでなく、イザナギとイザナミの象徴である神器の一つであるあの剣を使うことができたのだ。

 そして、友莉奈のあの行動。

 学校で幽霊騒ぎが起こった時、友莉奈は幽霊と話し、その幽霊は安らかな顔で成仏し、生霊たちも元いた場所に帰っていったようだった。また、ユリ姉の部屋で父さんと母さんの幽霊に出会った時も、俺は友莉奈と一緒だった。イザナミは黄泉の国の神だ。友莉奈が持つイザナミの力は、炎を操る力だけでなく、黄泉の国に関わるものに対して効果を発揮するものでもあったのだろう。きっと、あの女の子の霊が言っていた「ヒ」とは友莉奈の持つ力であるイザナミの炎のことであり、それは時に人を傷つけ、地獄の罪人に罰を与える断罪の炎であるだけでなく、時には霊魂を心安らかに極楽へと送り、人の内に宿る苦しみや痛みを癒す浄化の炎という二つの側面を持っていたのだ。

 俺の力は、そんな友莉奈の力に比べれば、いささか地味なものだ。だが、俺はなんとなく、自分の力の本質について理解することができたような気がした。

 イザナギという神は、国を作り、人を作り、この国におけるすべてを生み出した神だ。それには、有機物、無機物、あらゆるものが含まれている。そして、さっきも神様たちが言っていたことだが、イザナギは、一日に千五百もの人間を生み出す------つまり、命をも生み出すことのできる神だ。そして、命とは、生み出すものという言い方もできるが、言い換えれば誰かから与えられるものとも考えることができる。


 俺の魔法の本質。

 今まで、魔力の量以外何の取り柄もないと思っていた、俺の力。

 魔力をダイレクトにものに変換することはできず、その場にあるものを作り変える必要があるという、あまりにも局地的で中途半端な、作り出すための魔法。

 しかし、「作り出す」とは、ゼロから一を生み出すことだけではない。

 作り出すこととは、ものの形を変え、そのものの一生すらも変えることでもある。


 それは、数々のものに対し、今までとは別の新しい命を吹き込むという力だったのだ。


 俺は確かに、ユリ姉に魔力を与えていた------ユリ姉に命を吹き込んでいた。

だから、俺はユリ姉のリンカーとなることができたんだろう。

 だって、俺の力は、他の魔法使いには絶対に真似できない力だから------


 俺たちは人間で、神にあらず。神の力を受け継いだと言っても、人として生まれた以上、神のルールには逆らえない。ゆえに、俺は魔力そのものを物質に変換することはできない。無から有を生み出すのと同じ意味のそれは、本当の神の力だから。友莉奈の魔法だって同じだ。友莉奈が神でない以上、地獄の閻魔大王のごとくかつて罪人だったものに裁きを下す炎を纏ったり、また遠い未来、世界の終末に現れるという弥勒菩薩のごとく救いを求める魂を極楽へと送る手助けはできるが、それは一旦命を落とした者を蘇らせるというものではない。俺たちの魔法は、二面性があれどあくまでも一方通行なのだ。

 だが、俺たちは知っている。

 作り出す魔法は「科学」。

 死者に手向ける魔法は「宗教」。

 それは、神ではなく、人であるがためにできることなのだ。

 …しかし、一つ気になることがある。

「…俺たちは…本当の神になるっていうことなのか?」

 俺は、今までの言葉の中で気になっていたことを聞いてみる。

 そりゃそうだ。いきなりそんなことを言われてしまったのだ。お前たちは神の力を受け継いだだの、完全に受け継いだのはお前たちだけだの、人だからリミッターがかかってるだの、二人揃えばリミッターは外れるだの、そんなことを言われたら、つまり『自分たちに代わる新しい神になってくれ』とでも言われているように聞こえる。ひょっとしたら、この俺たちの意識も、すでに神様のものとなっていて、神様の思い通りに動かされているのではないかという懸念もあった。それがもしも本当なら、俺たちは本当にとんでもないことになる。おそらく、普通の人にはもう戻れないだろう。

 赤い玉が言う。

「父の光を宿せし男子よ、そなた等に我らが与えたのは己が力と神器のみ。我らが父と母の意志はすでにない。力をどのように使い、どのような運命を歩むかはそなた等次第。我らに代わりこの世を統べる新たな神となるも、人のまま葦原中国にて生き、静かなる血の継承により、生まれいづるであろう己が子らに力を託し、人として生涯を終えるもよかろう。己が心に従うがよい。」

 ちょっと待ってくれ。これまた意味がわからない。要は後はお前らで勝手にしろってことだろ?俺と同じことを友莉奈も思ったらしく、

「…あの…でも、そんな大事なことを、私たちに教えてもよかったのですか?…私は、自分の意志ではなかったり、身を守るには仕方がなかったとはいえ、魔法を使ってたくさんの人を傷つけてしまいました。その上、そんなにすごい力だって言う事を理解してしまったら…。----怖いんです…。自分の力が…!!その力で、また人を傷つけてしまったら…また悪い人に利用されてしまったりしたら--------また、お兄ちゃんと離れ離れになってしまったら------」

 …友莉奈の懸念はもっともだと言えた。

 俺たちがとんでもない魔法の資質を持ってしまっていることは自覚していたし、周りだってある程度はそれを理解しているはずだが、神の力だのなんだのという話を聞いてそれを信じたとしたら、驕りだって生まれるかもしれないし、衝突だって起こるかもしれない。しかも、俺の力は作り出す力、友莉奈の力は死者と交信し、黄泉の炎を操る力。どちらも、いろいろなところで悪用するにはもってこいの力なのだ。厳密には魔法的技術とは少し違うが、父さんの事例を見れば明らかだろう。なぜなら父さんは他人には作れないものが作れてしまう知識や技術を持っていたがために利用されてしまったのだから。それに、友莉奈の場合、親戚を名乗る麻薬カルテルの構成員に引き取られて洗脳を受けただけでなく、初仕事を与えられた折に魔法を暴走させて、不可抗力だったとはいえ、人を傷つけてしまう大惨事を引き起こしてしまったという過去がある。俺以上に自分の魔法の力を悪用されるかもしれない恐ろしさをまじまじと知っているのだ。未来のことはわからない。そして彼らの話を聞くに、俺たち二人が揃った今となっては、そのリミッターとやらは外れっぱなしになっているのと同じだ。ゆえに、俺たちがまたそんな状況に陥ってしまうことだって、否定できるものではないだろう。正直、この神様たちの言っていることは、とんでもなく無責任な言葉に思える。

 赤い玉が、その言葉を待っていた、とでも言うように瞬いて言った。

「さればこそ、我らはそなた等には話さねばならぬと考えたのだ。我らの力には二つの側面があることは語ったな。すなわちそれは、良き志を持つ者あらば良きに転び、悪しき者の手に渡れば悪へと堕ちるということ。また、そなた等の懸念通り、光を持つ者が突然闇に呑まれることもあるであろう。その責を負わせてまでそなた等に伝えるか否か、我らの意見が割れたこともあった。だが、そなた等は違った。そなた等はどんな絶望の中でも希望を捨てることはなく、互いの絆を以て、その絶望に立ち向かい、打ち勝つ強さを持つ者。そして、我らが力の本質を知ってなお、それに驕りを持たず、悪に染まることなく、我らが力を正しき道へと導かんとする者ぞ。そなた等が今申した、力を持つことへの怖れを見れば、それは明白。怖れとは、力を持つ者こそが自覚せねばならぬものだ。ゆえに己が力に溺れしものは、己が力に怖れを抱くことは決してない。それは、今まさに悪に染まらんとしているものも同じ。しかし、そなた等は今、怖れを抱いた。娘子よ、過去に罪を抱えしそなたならば、そなたの兄以上に己が力に対する怖れを知るであろう。それを忘れぬ限り、そなた等は力に溺れることはあるまい。我ら一族より受け継ぎし天地人の力を、そなた等は真に正しき力として使うことができよう。我らの意見は、ここに一致したのだ。」


 …俺たちは、たぶん、今までにないくらい間抜けな顔をしていたんだろう。

だって、本物の神様に認められたということなんだから。


「そなた等は、何を望む?」

 赤い玉が、続けて言った。

「そなた等は、分かたれし我が父と母の権能のすべてを受け継ぎしものであり、分かたれし父と母の力を受け継ぎし者がここに再び相まみえしこと、それはすなわち、命すら生む一対の神々の力が、悠久の時を越え、再び一堂に介したということ、そして、それはそなた等が、我が父と母が象徴の一つであり、別天津神(ことあまつかみ)の一柱、天之御中主(あめのみなかぬし)より受け継ぎし天地開闢の神器を操る資格を得たということ。そなた等二人の望むものあらば念じよ。そして天地開闢の神器を取りて、そなた等の心の奥底に眠る強き願いを解き放つがよい。必ずや、それは奇跡として、そなた等の前に現れるであろう。」

 俺たちの望み------

 ----------決まっている。

 俺たちは声をそろえて言った。

 

「ユリ姉に、もう一度会いたい------」

「ユリアお姉ちゃんに、もう一度会いたい------」


 瞬間、光が満ち溢れた。

 光は矛の形を持って、俺たちの前に姿を現す。俺たちはそれをしっかりと握りしめ、一気に天を突いた。

 この国における天地開闢。

 かつて、イザナギとイザナミ、命すら生み出す神と命を奪う神が一対であった時、アメノミナカヌシより受け継いだ、二人でなければ使えない神器。混沌をかき回した後そのしずくを垂らし、この国におけるすべての始まりを生み出したと言われる、奇跡すら起こす天地開闢の神器------

其の銘は------天沼矛(あめのぬぼこ)


 暗黒の世界に------光が差し込んだ。

 

 三つの光は、満足そうに瞬いて、こう言った。

「そなた等ならば、そう答えると思っていた。我らの寿命も残り少なく、これ以上の長きに渡る存在は許されまい。-----そなた等の望みがそれとのことであれば、よかろう、残りし我らの宿せし人の輪を生み出す力と神器は、我らの考えの通り、そなた等の姉子へと託す。------かつて生まれ出ることができず、人の手により創られ、それでも存在が許されることのなかったあの幼子が、己が身を挺して守りし男子と娘子の願いにより、そなた等のもとに再び存在を許される…絆とは、なんと強固にて、なんと美しきものか------」

 三つの光の輝きが増した。

 俺たちは矛を持つ手を握り合ったまま、その光を受け入れる。


 --------はじめまして?ただいま?ありがとう?


 光の中で、そんな声が聞こえた気がした。

 

 寝ぼけ眼を開ける。

 -----------なんだこれ、何も見えん。

 どうしたんだろう、俺はさっき夢で見た光で失明でもしたということなのか?それともあの自称神様連中、力与えてやったんだからとか言って等価交換の原則とばかりに俺の目ん玉をすっぽ抜いていったのか?

「う――――――ん…?」

 ちゃんと目があるか確認しようとした時。

 ふにゅん。

 ------ん?なんだこりゃ?

 なんかやたらとやわらかくて温かいものに手が触れた。

「ひゃ!?…もう、エル、おいたしちゃめっ!!」

 -----------え?

 耳を疑う。聞き覚えのある声だ。

 そういえば、後頭部もなんだかすごくすべすべしててやわらかい。しかもなんかこれ、頭撫でられてる…?


 まさか、本当に----------


 俺は満を持して、少し身をよじって位置を変え、膝枕をしている本人の顔が見える位置に移動した。


「-----------おはよう、エル。」


 ユリ姉が、そこにいた。

 いつもと変わらない、優しい顔を浮かべて。

「ユリ姉------」

「心配かけちゃってごめんね。それから、連れ戻してくれて、ありがとう。友莉奈ちゃんもね。」

 見ると、壁に背中を預けているユリ姉の肩に、友莉奈がよりかかるようにして眠っている。そうと思うと、いきなりぱちっと目を開けた。それからここがユリ姉の部屋で、いなくなったはずのユリ姉がいて、おまけにユリ姉の肩にもたれかかって眠っていたことを一瞬で理解したようで、しばらく目をぱちくりさせていたが、

「……ユリア…お姉ちゃん…?」

 …さすが俺の妹、俺とおんなじような反応をしている。

 

「ただいま、友莉奈ちゃん。…心配かけてごめんね。---もう一回会いたいって言ってくれた時、すごく嬉しかったよ。」

 

「-----お姉ちゃん----------」

 友莉奈は目に涙を浮かべて叫んだと思うと、ユリ姉の胸に飛び込んで、今まで見せたこともない勢いで泣き出した。

「お姉ちゃん------お姉ちゃん…!!ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい!!私、お姉ちゃんにいっぱいひどいこと言いました…!!私、どうしてあんなこと言えたの…?お姉ちゃんは、私がいない間もずっと、私たち家族のことをずっとつないでくれていたのに!!」

 ユリ姉は最初は少し驚いていたが、すぐに穏やかな表情で友莉奈の頭を撫でる。

「友莉奈ちゃん…ありがと。私もごめんね、言うだけ言って、勝手にいなくなったりして 。そばにエルがいて、友莉奈ちゃんがいて、お姉ちゃんはすごく幸せだぞっ♪」

 ユリ姉はそう言って、先んじて体を起こしていた俺もろとも、自分の胸の中にぎゅっと抱え込んだ。いつものユリ姉の抱きしめ攻撃---------

 -----あれ?

 いつもと様子が違う。

俺は何度もユリ姉からこの手の攻撃を受け続けてきたが、こんなにも甘い匂いがしたことはなかった。それに--------


 -------とくん、とくん------


耳を疑ってしまった。今までユリ姉の抱きしめ攻撃をくらってきて、一度も聞いたことのない音。それもそうだ。ユリ姉はアンドロイドなのだから、こんな音が聞こえてくる体組織など、そもそも持っていないはずなのだ。

でも、この音は------命あるものとしての証である鼓動は、確かにユリ姉の胸から聞こえてくる。

「ユリ姉------この鼓動って------」

俺が言う前に、ユリ姉はにっこり笑って言った。


 ------もう、壊れたりしないよ。

 私は、アンドロイドとしてじゃなく、人間として、二人とずっと一緒にいるからね。



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