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第4章『解け合う心、手を放す決意』

 目が覚めたとき、俺は知っている場所にいた。


「おお、目を覚ましたみたいだねぇ。」


 目の前には、不気味な目をして俺を見下ろす所長の顔と------さっき俺と友莉奈を襲った黒服たち。


「-----------っ!!」


 とっさに起きあがろうとしてつんのめった俺は、手首と足にくくりつけられた鎖と、同じく傍らで鎖で繋がれている友莉奈を見て、自分が今どんな状況にいるのかを察した。…試しに連中にバレないような簡単な魔法も使ってみるが------だめか、さっきと同じように、何かしようとした側から魔力が消されてしまう。


「…友莉奈…友莉奈!!」


 俺が叫ぶと、それまで床の上でぐったりとしていた友莉奈が、うっすらと目を開けた。どうやら意識はあるらしい。目を覚ました友莉奈は、俺と同じ状況であることに気がつき、周りを見渡して所長と黒服が一緒にいるのを見た瞬間に顔を強ばらせるが、抵抗できないことを知ってか知らずか、なにも言わずに俯いた。


「所長さん…ここはどこだ?俺たちに何をしようってんだよ!?」


 俺が叫ぶと、所長は黒服が俺たちに向けていた銃を下ろさせ、不気味な微笑みを崩さずに言った。


「永流君、ここは君もよーく知っているところだよ。小さい頃、ここに遊びに来たことがあっただろう?君のお父さんと一緒にね。」


 …思い浮かぶところは、あそこしかなかった。


 ここは------父さんの働いていた研究所の中にあった施設の中のどこかだろう。なるほど、臨海区域という町の中心部からは外れたところであり、厳格な警備、施設の複雑さ、いずれを考えても、人を匿う、あるいは今の俺たちのように監禁するにはうってつけの場所だ。


「…そんなところに俺たちを監禁して、一体何が目的なんだ。」


 俺が所長を睨むと、このおっさんはまた不気味な目をして返してくる。


「------ふふふ、やはりあの父親あっての息子か。あの時の君のお父さんの目によく似ている…。」


 所長はそのまま、俺たちに言った。


「君たちを助けたあの男…白州から何か聞いているだろう?奴が裏切ってくれたことで、私たちは動かざるを得なくなった。」


「…。」


 答えない俺に、所長はまた言う。


「本当に聞いていないのか、それとも聞いていて黙っているのか…まあいい。奴が裏切る…いや、私たちの行動を最初から監視などしなければ、少なくとも君だけは平凡な生活が約束されただろうに---」


「…嘘…そんなの嘘です!!」


 友莉奈が叫ぶ。


「あなたたちは…あなたたちは、白州さんが何を言おうが言うまいが、私たちを始末するつもりだったのでしょう!?そうでしょうね…あなたたちが私を探すであろうことは予想していました------私は、それだけのことをして…形はどうあれ、お兄ちゃんを巻き込んでしまったんですから!!」


 …巻き込んだ?


 誰が。


 何に。どうして。


 俺には、友莉奈の言っていることがわからない。


 所長はそれを聞いて何を思ったのか、俺たちに向かってこう言った。


「洞察力はさすがだね。その通り、確かに私たちは君たちを生かしておくつもりはない。まあ、冥土の土産くらいは持たせてやってもいいがね。」


 所長はそこまで言って言葉を切り------こう続けた。




「この際だ。教えてあげよう、私たちの本当の仕事、そして君たちの家族の離反の真実を------」




 そう言って、俺たちはまた、黒服たちに羽交い締めにされ、連中の手の中のハンカチで口を塞がれる。映画で見たことのあるその光景。そのハンカチには、俺の読みが正しければ、睡眠薬の成分が波々と染み込ませられているに違いない。


「…くそっ、放せ------友莉------」


 抵抗も虚しく…俺の意識はふたたび闇に飲まれていった。




 夢を見ていた。


「どういうことですか、所長!?」


 父さんがいた。


 父さんは怒りに任せて、上司へ食って掛かっているようだった。


 上司---俺のよく知る人物。父さんの研究所の所長である下衆野郎。


「…そうは言うがね、小湊博士。君ほどの科学者ともあろうものが、あんな不完全なアンドロイドを作ってしまったのがそもそもの原因ではないのかね?まったく、肝心な部分であるはずの初期頭脳をあえて子供と同じ程度に設定するなど…。我々の信頼を揺るがす事態になりかねないことは、君にだってわかったはずだろう?」


「それは…しかし、それはAIの不具合でもなんでもない、彼女は悪を悪だと正しく判断しただけじゃありませんか!!それに彼女はこの研究所の製品ではない!!それでどうして研究所の信頼に関わるなど!!」


「息子さんと自分の作品を擁護したいと考える気持ちはわかるがね、博士。だが君はその前にこの研究所において第一線の開発者だ。どんな理由があれ、自分のところの開発者の作品が不祥事を起こしたとあっては、私も黙っているわけにはいかないのだよ。非常に残念な人間を手放すことになることは惜しいが…君には退職してもらうしかないようだ。」


「待ってください!!私にも生活があるんです!!妻も、息子も!!-----お願いします、なんでもします!!どんな仕事でも!!私にもう一度チャンスを…!!」


 所長の目が光った。


「何でもする…それは本当かね?」


「-------家族を守るためなら、何でも。」


「--------そうか。」


 所長は父さんに背中を向けて話し始めた。


「----------君は、この研究所がどうやって研究資金を得ているか、考えたことがあるかね?」


「------は?」


「残念ながら、君たち研究チームの稼ぎだけではないのだよ、博士。この研究所の裏の顔は、麻薬取引で金を得る商社だ。・・・無論、君の研究資金や給料の多くもここから出ている。」


「なっ…!!」


父さんが驚く。それを見ている俺も、父さんと同じように絶句するしかなかった。


麻薬取引。


 …おそらく、父さんも初耳だったのだろう。


「…では、私たちは知らぬ間に、あなたたちの犯罪に加担してきたとでも言うんですか!!」


「いや、この取引商社はあくまでも裏の仕事だ。私を含め一部の人間以外はこの事実は知らない。まあ、だから君たちは何も知らされずに、潤沢な資金を以て研究をし、生活をしてこられたのだがね。そういった意味では、我々と君たち職員はもう共犯ともいえるが------」


「-------そんなことを私に教えて、何をしようというんですか。」


「何、今まで表の仕事をしてきただけの君に、裏の仕事も与えてやろうというだけだ。もっと言うならば------君のアンドロイド製作の技術を、裏の仕事のために使え、と言っているのだよ。」


「なんですって…!?」


「我々はブローカーなども持っているが、何しろ彼らは人間だ。裏切りもするし、逃げもする。それでいて金をよこせなどと言ってくるのだから、もううんざりしていたのだよ。だが、アンドロイドは違う。プログラムを書き換えれば所有者の意のままに動き、決して裏切らず、要求はなく、そして万が一の時には簡単に廃棄が利く。なおかつ、君の作るアンドロイドは人間そっくりだ。ブローカーや他のメンバー、そして客にも気づかれることはあるまい。そして仕事を終えたブローカーや口うるさい客の口封じも、アンドロイドならばためらいなくこなせるだろう。------実に便利なものじゃないか。」


にやりと口元を曲げる所長に、父さんが声を上げた。


「----------冗談じゃない!!私が工学の分野を志したのは、そんなことのための技術を開拓したかったからではない!!この世界のため、そしてすべての人の幸せのために、私の知識と技術のすべてを捧げようと思ったからこそ、私はこの道に進む決意をしたというのに!!」


しかし、所長はしてやったりという顔で言う。


「ほう…?では君は、その多くの人とやらを幸せにするために、愛する家族の笑顔や幸せを捨てるというのかね?」


「…!!それは…。」


「君は先ほど私になんと言ったか覚えているかね?『家族を守るためなら、なんでもする』。だがそう言ったのにも関わらず、今君はなんと言った?『すべての人のため』?つまりそこには君の家族は含まれていないと?あれだけの大口を叩いておきながら、結局は自分自身のプライドを優先しているではないか。君の言葉の薄っぺらさには、ほとほと感心させられる。」


「言いがかりはいい加減にしろっ!!所長、あなたは------いや、貴様は------私の家族をどうするつもりだ!!」


「ふん、君の了解が取り付けられれば、そのまま君共々安寧の生活を保障してやろうと思っていたところだったのだがね。この研究所において君以上のアンドロイド開発のできる研究員はいない。特に、世界で君にしか作れないブラックボックスは数多くある。だからこそ真実を伝え、君を裏の仕事に推挙したのだが…どうやら見当違いだったようだな。もちろん、君には消えてもらうとも。君は真実を知りすぎたのでね。当然、君がいなくなったことで、君の家族も被害を被るだろう。一家の大黒柱が突然いなくなるのだからな。幸せなどない、どん底に落ちることになるだろう。あぁ、安心したまえ。君の死因は、君自身の研究の中での不幸な事故、ということにしておいてやろう。研究の中での事故死。研究者冥利に尽きる、いい死に方ではないかね-----我が研究所における世界的権威------小湊 永遠博士?」


「-----貴様…!!」


 父さんが所長を睨みつける。しかし父さんは、苦虫をかみつぶしたような顔を崩さずに言った。


「------私が協力すれば、家族の安全と生活は保障される。その言葉に偽りはないか。」


「----------あぁ、間違いないとも。もっとも、君が一言でもどこかに真実を話してしまったりしたら、その限りではないがね。何も知らないからこそ、君の家族は安泰なのだ------」




 -------父さん…!?


 話の内容を要約すると、つまり、これはおそらくユリ姉が事件を起こしてしまった時の父さんだ。父さんはその責任を取らされ、仕事を辞めさせられそうだった。仕事を失えば、俺たちは路頭に迷う。だが、あの下衆に協力すれば、俺たちの生活は保障される。家族を人質に取られる中、俺たち家族の生活を守るために、父さんは汚れ仕事を引き受けたのだ。




 -------と、ここで画面が切り替わった。そこは、俺のよく知る光景------俺の実家の居間だった。どうやってこんなものをとも思ったが、魔法には心を読んだり記憶をのぞき見したりすることもできるような技術が実際にある。研究所に魔法使いがいないなら、秘密裏に伝手でも使ってその道に詳しい魔法使いを雇い、いつか何かに使うためと父さんの記憶から抜き出しておいたのだろう。


「----------どうしてアンドロイドを作り続けるのよ!?」


「うるさい!!君には関係ないだろう!?研究所のノルマなんだ、仕事なんだよ!!」


 反射的にびくっ、としてしまう。聞き覚えのある------というよりも、俺の網膜と耳朶にこびりついて離れない光景----母さんが出て行く前の日の、父さんと母さんの喧嘩の光景だった。…まさかこの光景をもう一度目にすることになろうとは。そんなことを思っていると、どんどん喧嘩はエスカレートしていく。


「関係ないですって!?あなた、家の周りの落書きやポストを見ていないの!?あなたの作ったもので、これだけ大騒ぎになっているのよ!?普通なら研究所だって何か手を打つはずでしょう!?辞めさせなくてもアンドロイド工学のプロジェクトからあなたを一時的に外すとか!!でもそんな音沙汰もなくて、あなたは毎日毎日朝早くから夜遅くまで出勤して、あの事件のことなんて全く気にしてないとしか思えない…。研究所のノルマ?これが仕事?笑わせてくれるわ!!それとも何、あなた何か研究所から弱みでも握られてるの!?本当のことを話してちょうだいよ!!私はあなたのことを本当に愛しているの、だから心配になるのよ!!」


「失敗作だからという烙印を押されてしまったからこそ、私はこの仕事をしなくてはならないんだ!!何度も言わせないでくれ!!失敗したと言われてしまった研究者が信頼を取り戻すにはそれしか方法がないんだ!!それに私の仕事がなくなったら、君たちだって路頭に迷うことになるんだぞ!!研究所に復権のチャンスを与えられたんだ、それに応えようと努力して何がいけないというんだ!!」


「じゃあそれは何の仕事なのって聞いてるんじゃない!!今まであなたは研究所の仕事でそんなにまでアンドロイドのことについてばかり研究していたわけじゃなかったじゃない!!なのにどうして今になって研究所からそんな仕事が舞い込んでくるのって聞いてるだけでしょう!?信頼を取り戻すとか何とか、そんなことは聞いていないのよ!!あなた最近話をすり替えてばかりじゃない!!そんなことだから家族なのに信用できなくなってしまうんでしょう!?いい加減に気づいてよ!!それとも世間の信頼に応えることと家族の信頼に応えることは違うって言いたいの!?」


 …そうか。


 俺は当時小さくて、父さんの言葉も母さんの言葉もわからなかったけど・・・さっき見た光景を見てしまったからには、どういうことなのかはすぐに理解できた。


 この時の父さんは、人質に取られたような状況にある俺たちを守るために与えられた仕事をこなしていたわけで、母さんはそれを見て何かおかしいと気付いていたんだ。でも父さんはそれを言い出すことはできなかった。口を滑らせて連中の逆鱗に触れてしまえば、俺たちが奴らに何をされるかわからないから。本音を聞きたい側と、本音を言うわけにはいかない立場にいる側。それは近いようで遠い隙間を作り出すには十分だったのだろう。


 ひとしきり怒鳴った後、母さんは父さんに対してそっぽを向いた。


「----------そんなに信用できないなら、私とあなたはもうこれまでね。明日には出ていきますから。永流を連れて。」


「待て!!どうして永流を連れて行く必要がある!?」


「あなたは家族を信じようとしてくれない。そんな父親のもとにあの子を置いておくことは害でしかないと思ったからよ。それともあなたは、そんな父親だからこそまっすぐ育つとでも言いたいの?だとしたらなおさらあなたの側には置いておけないわ。」


「君は永流を幼稚園や学校に行かせない気なのか!?友達とも離れ離れになって、それが君にとってのあの子の幸せなのか!?ユリアとだって-----------」


 --------待て。


 待ってくれ。


 聞きたくない。


 この後、母さんが言う言葉。


 子供ながらに印象が深かった言葉。


 母さんが口を開く。


 体が動かない。


 声も出ない。


 嫌だ。


 言わないでくれ----------


 お願いだから----------


 母さん--------------




「ユリアちゃんの心配なのね…この期に及んであの子の話…そんなに自分の作品が大事?」




 聞いてしまった。 


 また聞くことになってしまった。


 違う------


 母さん、違うよ------


 父さんはそんな人じゃない。


 言わなかったのは…言えなかったのは、俺たちを守ろうと必死だったから…だから。


 俺の叫びも届かず-------------あの時と同じように、ドアが閉まった。




 そうこうしている間に、また場面が切り替わる。今度は、父さんはいなかった。


 母さんは、泣いていた。どうして泣いているのだろう。


「-----おかあさん?どうしてないているの?」


 はっとして俺が振り向くと、そこにいたのは母さんと同じ銀髪の少女。俺が知っている姿よりもだいぶ幼いが、見間違えるはずがない。


 友莉奈-----俺の妹。


 ------そうか、これは母さんが家を出て行った後なんだ。友莉奈がいるってことは、あれから数年は経っているはずだ。俺が今高等部二年、友莉奈が中等部二年だから、歳にすると四つ違う。母さんが出て行ったのが俺が四歳くらいの時だったはずで、その頃はまだお腹も大きくなかったはずだから、友莉奈は出て行った後しばらくして生まれたのだろう。俺は妹がいたなんてことは知らなかった。・・・でも、それは当然かもしれない。父さんと母さんも教えてくれなかったし、俺は喧嘩する父さんと母さんを見るのが怖くて、家の中でもあえてできるだけ二人と鉢合わせしないようにしていたから。


「-------なんでもないわ、友莉奈ちゃん。あっちに行っていい子にしていなさい。もうすぐお母さん、またお仕事に行かなくちゃいけないから。…それから、いつも言っているけれど、お母さんがいない間にドアを開けたり出歩いたりしちゃだめよ。悪い人たちに捕まっちゃうかもしれないからね。あとはコンロで遊んだり、魔法を使っちゃだめよ。ニュースでよく見るみたいに、火事になったら大変だからね。」


「うん!とってもこわいひとたち!!かぎをもっておうちに入れるのはおかあさんだけ!!それから、火はあつくてとってもあぶないの。おうちがなくなっちゃうかもしれない、だからコンロのそばではあそばない、まほうをつかってあそんだりもしない!!ゆりな、いいこでまってる!!おかあさんとゆりなのやくそく!!」


「…そうよ、よくできました。友莉奈ちゃんはいい子ね。さあ、お部屋に戻って。ごはんはいつもの通り、冷蔵庫よ。」


 母さんは幼い友莉奈に笑いかけながら、階段を上がる友莉奈を見送った。


 なるほど、友莉奈はもう自分が炎の魔法使いだっていうことを自覚はしてるんだな。だから母さんはあれだけ時間をかけて言い聞かせているんだ。


 それからドアを開け、鍵を閉め、アパートの階段を下りた時。


 そこにいたのは------黒服の男たち。


 見覚えがある。こいつら------麻薬カルテルの構成員たちだ。直感でそう理解した。


 母さんが黒服の男たちに連れ出されたところで、再び場面が切り替わった。




 切り替わったところは、またしても研究所の所長室だった。いるのは母さんとクソ所長。…待ってくれ、なんで母さんがこんなところにいるんだ?


「探しましたよ、小湊君の奥さん。」


 クソ所長が口を開く。くそ、てめぇ何回出てきやがるんだ。


 母さんがクソ所長を睨みつけながら言う。


「いったい何の用ですか?私とあの人にはもう何の関わりもないんです。それともあの人からもう一度連れてこいとでも言われたんですか?」


「いいえ、そんなことは言われていませんよ。少し確認をしたいだけです。あなたは、ここ何年かの彼の仕事…どのくらい知っていますか?」


「何のことです?」


「知らないはずがないでしょう?あなたのもとの旦那さんがしていた、アンドロイド製作の仕事ですよ。」


「あの人からは何も聞いていません。いったい何だというんですか?」


「ほう、あくまで知らないと…。では教えて差し上げましょう。あなたの元旦那さんがあんなに仕事に躍起になっているのは、一重に私たちに協力しているからですよ。」


「協力…?」


「そう、彼から聞いているかもしれないと思いつつお話ししますがね、この研究所は研究以外に、麻薬売買なんていう少々ブラックなことも行っていましてねぇ。」


「なんですって…!?」


「ほほう、どうやら何も聞いていないというのは本当のようですな。さすがは我が研究所におけるアンドロイド工学の第一人者だ。きちんと家族にも守秘義務を完遂しているとは。これではあなたの息子さん…。永流君でしたかな?彼もまともに話を聞いてはいますまい。子供の情報発信力の高さは称賛に値するほどですからな。そうなっていたとしたら、彼もあなたも、そして息子さんももはやこの世から消さねばならなかったでしょう。」


 …なるほど、さっきの父さんと母さんの喧嘩の映像はこの事実を知った後に記憶から抜き出したものだったのか。


「…まさか、あの人は私たちに黙って…!?」


「まあまあ、そう熱くならないで。あなたは彼についてひとつ勘違いしていますよ。どうしてあなたに何も言わなかったか?決まっているでしょう?彼はあなた方家族を何としてでも守りたかったがために、自ら進んでこの道を選んだのですよ。あなたたちが路頭に迷わないために、自分を犠牲にしてね。ああ、なんという固い家族愛なのでしょう!!」


「--------私にそれを話して、どうするつもりなんですか?」


「いやはや、あなた方を路頭に迷わせないために彼は犠牲になったというのに、結局あなたは自分から路頭に迷うことを選んだ。これでは彼もあなたも浮かばれない。そこで、私があなたにお仕事を紹介して差し上げようと思いましてねぇ。」


「…私にも、あなたたちの犯罪に加担しろとでも言うんですか?」


「あなたにお願いしたいのは、そうですね、一言で言うなら---売り子をやっていただきたいのです。」


「-------どういうこと…!?」


「そのままの意味ですが何か。もっと詳細をお教えするなら、麻薬売買のマーケットを拡大するために、あなたの力を貸していただきたいということですよ。結婚式に呼ばれたときに拝見した時から思っていたことでしたが、あなたは本当に美しい女性だ。あぁ、お世辞じゃありませんよ、本心です。実はこちらも人手が不足していたところでしてねぇ。特にあなたのような女性がね。男ばかりではなかなか事業の拡大は望めない。しかしあなたなら、その辺の馬鹿な男たちを籠絡するには十分すぎる。そして旦那さんと離婚しているときている。結婚したままではさすがに手が出せないと思っていましたが…そうではなくなった。--------今までの仕事より、よほど効率よく稼げると思いますがねぇ。」


「------あなた、いったい自分が何を言っているのかわかっているの!?」


「わかっていますとも。ですからあなたにお声をかけさせていただいたんですよ。」


「…人として最低ね、あなた。」


「何とでも言いなさい。」 


「…嫌だと言ったら?」


 クソ所長は懐から何かを取り出し、母さんに放る。写真のようだ。


 ----------そこに映っていたのは、友莉奈だった。おそらくどうにかして隠し撮りしたに違いない。


「-----------あなた…まさか…!!」


「そう怖い顔をしないでいただきたいですな。まだ娘さんには何もしてはいませんよ。今はあなたの言いつけ通り、いい子で家にいるでしょう。もっとも、あなたが嫌だというならば、ここに連れてきてあなたの目の前で喉を掻き切り内臓を引きずり出すのもやぶさかではありませんがねぇ。


------あぁ、その時についでに息子さんも殺ってしまうのもいいでしょうねぇ。あぁ、もう息子さんはあなたには関係のない人物でしたか。関係がなければ、もっと残虐なやり方にしましょうかねぇ?」


 下衆の顔をする野郎に、母さんが動いた。泣きながらクソ野郎の前にひざまずいて叫ぶ。


「やめて!!私にはもうあの子たちしかいないの!!娘だけじゃない…永流のことだって、私はひと時も忘れたことなんてないわ!!二人とも私の大切な子どもたちなのよ!!私はどうなったっていい、でもあの子たちは…あの子たちだけは…!!」


 それを聞いて、野郎の口元がにやりと歪んだ。




やめてくれ。


 母さん------やめてくれ!!


 父さんも母さんも------こいつの思惑に乗っちゃだめだ!!


 こいつは父さんと母さんの優しさに付け込んでるだけなんだ!!


 くそ、声…なんで出ないんだよ!!出ろってんだよ!!


 そうこうしている間に、また場面が切り替わる。




 そこで俺は、母さんが実際に体験したであろう地獄を見た。




 札束を振り回しながら、薬をよこせと叫ぶ男たち。


 薬を札束と交換し、注射したり飲み込んだりしている。


 しばらく経って落ち着いたのか、男たちが静かになったと思うと、母さんに向かって不気味に笑う。




 まさか------




 やめろ。


 母さんは------父さんと結婚したんだ。俺の母さんなんだ!!


 お前たちが触っていい相手じゃない!!


 母さんに近づくな------


 母さんに触れるな------


 母さんに手を出すな----------------!!


 やめろ・・・やめろ・・・!!やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!




 (「----------------------------------!!!!」)




 声が出ないまま、俺は叫んでいた。


 目をつぶっても、耳をふさいでも------見える光景も、聞こえてくる不気味で不快な音も緩和すらされない。


 やめてくれ。


 俺はこんなものは見たくない!!


 母さんは------綺麗で、優しくて、料理が得意で、甘えたいときには目いっぱい甘えさせてくれて、でも怒らせるとかなり怖くて------そんな俺の自慢の母さんだったのに------


 どうして------どうして母さんが------こんなことにならなくちゃならなかったんだ!!


 しかも、似た光景は一度じゃなかった。


 繰り返し、繰り返し続く。


 毎日、仕事と偽って友莉奈に行ってきますを言う。カルテルの構成員と合流する。車の中で薬のようなものを飲む。何とは考えたくもないが、おそらく仕事をしたことによるデメリットと呼ぶべき現象の発生を軽減させるためのものだ。一日ごとに行く場所が違う。でもすることとされることは変わらない。薬を渡し、金を受け取り、薬をやって落ち着いた奴ら・・・男だろうが女だろうが、そんなことは関係ない。そいつらの餌食に自分からなりに行く。それが終わると今日の儲け分と称して渡された金を受け取り、心身共にボロボロになって、夜遅くの家路につく。その繰り返し。


------------吐き気が止まらない。


 やめろ。


 もう充分だろ。


 もう俺にこの光景を見せるな。




 再び場面が変わる。次は父さんか。


 父さんは無精ひげをそのままに、俺が小さい頃、母さんがまだいた頃に父さんに連れてきてもらったことのある本館にある研究室とは別の研究室------おそらくここが、本館とは違うところにあったという父さんの第二研究室、開かずの間と言われたところなのだろう------その机の上に突っ伏していた。


 そう思うと、おもむろにむくりと起き上がり、「---朝か。」と一言つぶやく。


 研究室には、ユリ姉とはパターンの異なる女性型のアンドロイドが四体。


 父さん------完成させてしまっていたのか。


 ドアが開く。


 入ってきたのはクソ野郎だった。


「おぉ、ついに完成したのかね!!これはこれはご苦労様。」


 父さんは喜ぶ所長に対し、目も合わせずに言う。


「-------勘違いするな、これはまだ未完成だ。貴様の注文したセーフティはまだついていない。もっとも、セーフティをつけずに運用して、こいつらが暴走して貴様の首を間違ってねじ切るかもしれないことを許容するならば話は別だがな。」


「ずいぶんと焦らすねぇ。もっとテキパキできないのかね?」


「これでも十分急いだ。貴様の要求したハードルが高すぎただけだ。」


「まあいいだろう。では早く起動実験ができるようにするのだね。」


「セーフティを取り付けたらすぐにでも始めてやる。貴様は黙っていろ。」


「はいはい、わかりましたよ、小湊博士。」


 …記憶にある父さんの態度だ。


 ほとんど家に帰らず、俺を美枷家に預けっぱなしにしていた父さん。たまに帰ってきたときに、俺が何を話そうとしても目を合わせず、何を考えているのか、子供のころの俺には分からなかった。


「あぁ、そうそう。」


 立ち去ろうとしていた野郎がおもむろに声を張り上げる。




「実験が終わったら、君はもう用済みだから。製作段階ならばともかく、メンテナンスは我々だけでも十分できるようだからね。」




「-------なんだと-----------?」


 父さんが叫んだ。


「貴様、その後の息子の生活はどうなる!?------まさか、私だけでなく、息子を殺すつもりか!?」


「おお怖い。安心したまえ。君はほとんど帰らずに、息子さんのことは隣の…なんと言ったかな?君があのポンコツのアンドロイドを作って差し上げたというお宅…そこに預けっぱなしにしているらしいじゃないか。一応私は君のことを信用しているのだよ?その証拠に、君がこんなにも黒いことをしているというのに、誹謗中傷はどんどん減ってきているはずだ。それに君はどうやら守秘義務をきちんと守ってくれているようだからね。誹謗中傷を止めるために一芝居打ったときは骨が折れる思いだったが、君が黙ってくれているおかげで、君の息子さんやそのご近所さんは何も知らない。何も知らない人間に何かするほど、私だって鬼じゃないからね。君が死んだあとでは、何も知らない子供に利用価値などない。君の作ったポンコツだってそうだ。完璧なAIを組み込むことなく、子供のような不完全なAIなどを組み込んだことがようやく日の目を見たな、博士。つまりあのアンドロイドだけは我々に使われることは絶対にないということだからね。まあ、それも我々がAIを乗せ換えれば済む話なのだがね。」


「貴様…!!私の魂に泥を塗る気か!?」


「安心したまえと言っているだろう?そんなことができていたら、我々は君をすぐにでも切り捨てて独自の製作に従事しているさ。だが君の作ったアンドロイドには君にしかわからない部分が多すぎる。しかも彼女は我々の意のままには動いてはくれない。まったく、天才というのはどうして自分の世界を作りたがるのか。だからあのポンコツには我々も手出しができないし、そもそもしたくはないのだよ。我々としても、そんな危なっかしいものを捕まえて調教を施そうとするほど愚かではない。何も知らないことをいいことに暴れられても面倒だ。何も知らないならば知らないで、周りの一般人と大差はない。ならば泳がせておいたところで何の問題もないさ。そんな危険な橋を渡らなくても、替えはまだあるのだからね。」


 クソ所長はニヤニヤ笑いながら父さんの研究室から出て行こうとする。


「-----------そうそう、君の元奥さんね…今私のところで本当によく働いてくれてるのだよ。」


「---------------何!?」


 …何だって!?この野郎、このタイミングで…!?


 父さんが、出て行こうとした野郎の胸ぐらをひっつかみ、背中から壁に叩きつけて叫んだ。


「貴様…私をペテンにかけたな!!貴様はあの時私に言った、私が言うことを聞けば家族には指一本たりとも触れることはないと!!それを貴様は…!!」


「心外なことを言うものだな、博士。君は今家族と言ったな?彼女はもう、奥さんではないのではなかったのかね。まあ、どこかの男とちゃっかり再婚でもしていたなら私も迂闊に手出しができなかったところだがね。足取りをつかむのには本当に苦労させられたんだ。」


 奥さんではない。その言葉に、父さんは言い返す言葉を持っていないようだった。所長の言葉は続く。




「君は奥さんが出て行ったと言っていたが------家族のためと言いながら、研究ばかりを考えて、奥さんを君自身の手で捨てたのではないのかね?」




「違う------------------------!!」


 父さんが、腕の力を強めた。所長が、また壁に叩きつけられる。何度も、何度も------


 クソ所長は気味の悪い薄ら笑いを浮かべて、父さんに視線を突き刺して言った。


「君はあの時覚悟すべきだった。我々に協力するのなら、研究と家族、どちらも同じように大事に考えなければという覚悟をね。君は家族の無事だけを考えるあまり、我々に協力して研究はしてくれたようだが…ただ安全や生活を守ってやることだけが思いやりと勘違いしていたのではないのかね?」


「違う……違う違う違う!!私は------私は家族の幸せを願って------」


「幸せとはなんだ?金を稼ぎ安定した生活を送らせてやることだけが幸せか?では君は一人ぼっちでいる息子さんにも、自分が金を稼いでやっているからお前は幸せに暮らせているだろうとでも言って聞かせるつもりなのかね?遊び盛りの子供だというのに、ただ一人の父親である君はキャッチボールやサッカーの一つでもして遊んであげたことはあるのかね?学校の宿題で分からないことがあって聞きに来た時に、少しだけでも手を止めて一緒に考えてあげたことがあるのかね?そもそも-----」


 クソ所長は不敵な笑みを崩さずに、父さんに向かって言う。




「君は----------あれから息子さんと、どのくらい会話を楽しんできたのかね?」




「----------喋るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ---------!!!!」


また、父さんが壁にクソ所長を叩きつけた。


「……ははは…!!どうやら図星のようだねぇ。」


「黙れ--------黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


 そして----------------クソ所長は、父さんに向かってこれがとどめだとばかりに言い放った。




「---------君は研究者としては一流だが、人としては三流だった--------最初から一家の大黒柱の器ではなかったのだよ。」




 この時の父さんの目を見たら、二文字しか思い浮かばないに違いない。


 『絶望』という二文字だ。


 当たり前だ。自分がこうあるべき、そのためにはこれをしなくてはならない、という考えを信じてきたというのに、それを一瞬でぶち壊しにされたのだから。


 違う。


 父さん、そんな顔をしちゃだめだ。


 父さんは俺たちを守るために、自分から危険な道を歩いてくれたんじゃないか。


 確かに寂しかったことはある。遊んでほしかったことも、勉強を教えてほしかったこともある。でも、父さんが一生懸命働いてくれてるから、俺たちは生きていられるんだってことを、俺は子供ながらに感じていた。それに、側には美枷家の人たちがいて、父さんが魂を込めて作り出し、出会わせてくれたユリ姉もいて------だから俺は寂しい時も耐えられたんだ。


 それに、俺のわがままを聞いていたら、父さんの仕事に差し障ることになる。俺だって父さんを困らせたくなかったんだ。


 父さんは悪くない。


 だが、俺の言葉は届かない。


 力尽きたように床に崩れ落ちる父さんを高みから見下し、クソ所長は言った。


「そういうことだ。早いところアレらを完成させて…消えてしまえ、小湊 永遠博士…いや、夫失格で父親失格で偽善者の、マッドサイエンティスト------と言った方が正しいかな?」


 クソ所長が研究室を出て行く。


 父さんは膝をついて俯いていたが、ふらふらと立ち上がり-----------------




「----は------はは------ははははははははははははははははははははは!!!!!」




 天を仰ぎ、血走った目をかっと見開いて、涙を流しながら、狂ったように笑い出した。


「はははははははははは!!そうだ、私のせいだ!!私が仕事などに、研究などに執着したせいだ!!ユリアがあんなことをしてしまったのも、妻が出て行ったのも、永流を不幸な目に遭わせたのも、すべて…すべて私のせいだ!!私は鬼だ!!悪魔だ!!疫病神だ!!嘘つきだ!!臆病者だ!!偽善者だ!!何が仕事だ!!何がチャンスだ!!何が復権だ!!やめろと言われたときにやめればよかっただけじゃないか!!選ばなければ食べていける仕事などいくらでもあったというのに、家族を思っているならそのくらいはできたはずなのに------それなのに私は------自分の欲得のため、自分の保身のために、大切な家族を犠牲にしただけじゃないか!!」


 やめてくれ。


 やめてくれよ、父さん!!


 父さんは悪くないって言ってるじゃないか!!


 父さんは嘘つきでも臆病者でも偽善者でもない、そんなに追い詰められても俺たちのことを想ってくれていた、世界一の父さんじゃないか!!


 そんな俺の声が届くことはない。口角と頬の筋肉を不気味につり上げ、瞳孔はほぼ完全に開ききり、涙も唾液も鼻水も流しっぱなしにしながら、父さんは高らかに笑った。ひとしきり笑った後、父さんは虚ろな目をして呟いた。




「研究室で生涯を終える…。呪われすぎて狂いに狂った研究者には…確かにお似合いの死に場だな…。」




 死に場。


 父さんは確かにそう言った。


 父さんはそのまま、四体のアンドロイドの入った水槽のようなケースに歩み寄り------何かボタンを操作した。けたたましいアラートが響き渡り、四体のアンドロイドの瞳が、ゆっくりと開いてゆく。そして、四体は同時に、同じ言葉を発した。




『------動力炉臨界。セーフティシステム検索、該当なし。動力炉暴走、自律制御不能。エマージェンシーレベル、レッドゾーン突入。爆発及び延焼の危険があります。ただちに、当該機体よりできる限り離れるか、身を守ることのできる場所へ避難してください。繰り返します、ただちに当該機体よりできる限り離れるか、身を守ることのできる場所へ避難してください------』




 爆発…!?


 まさか…そんな…!!


 ようやくわかった。さきほど父さんが操作したのは、動力炉に火を入れるスイッチのようなものだったのだろう。動力炉はおそらくユリ姉に搭載されたものとは違う、魔力で動くものではなく、従来の何らかのエネルギー資源を用いたもの。それは当然だ、ユリ姉の魔力消費だって、俺がそういった芸当をしてもなお日常生活に支障がないほど大きなリソースを持っていたからこそ実現できたものだったから。


 父さんは力なく微笑みながら、棚を崩し、机をひっくり返し、いたるところから書類や冊子、道具などをかき集めて自分の目の前に積み上げて言った。


「-----この研究室には私のアンドロイド研究のすべてがある------そしてこの頭脳には…文字や表には決してできないものが詰まっている------


 そしてそれは、今日ここですべて消える。私と共に…私の研究成果だ…科学の素晴らしさと可能性がわからん連中には…決して渡さない…渡してなるものか…!!」


 そう言っているうちに、アラートはどんどん大きくなっていく。


 俺は理解した。父さんは研究中の事故で死んだ、アンドロイド関係の研究成果はその時にすべて失われたと聞いていた。だが違った。父さんは、自分の研究成果や製作技術をこれ以上連中に悪用させないために、研究成果とともに自らも命を絶つことを決断したのだ。


 父さん--------


 嫌だ-------‐


 逝かないでくれ--------!!


 父さんは、すでに臨界の限界に達し光を放ち始めているアンドロイドたちから目をそらし、天を仰いで言った。




「-----------莉香、永流、ユリア-------すまなかった。…私は先に行くかもしれない、残った君たちには、苦しい日々が待っているかもしれない。だが------君たちは生きてくれ。私は駄目な夫であり父親であり製作者だが…いつまでも、君たちの幸せを---祈っているよ------」




 研究室が、眩い光に包まれる。


 父さんの姿が、その光の中でだんだん見えなくなっていく。


 瞬間、その白い光の中で、大きな爆発音が轟き、続いて紅蓮が瞬いた。四体のアンドロイドたちのボディが同時に火を噴いたのだ。その爆発は凄まじく、アンドロイドたちの体を文字通り跡形もなく吹き飛ばし、辛うじて残った部品の一つ一つにすら、紅蓮の炎は手を伸ばした。一瞬でアンドロイドたちのすべてを焼き尽くした炎は、もっと食い物をよこせとばかりに燃え上がる。手近にあった燃えやすいものを舐めにかかり、それよりさらに勢いを増す。炎は今度は無機物へと手を伸ばし、片端から壁を焦がし、机を溶かし、ガラス製品を叩き壊す。炎は部屋全体に達し、そして、ついにその場に立っていた父さんにも、炎の腕は伸ばされた。父さんは逃げなかった。ただそこにいて、自分を焼き尽くそうとする紅蓮の死神の抱擁を受け入れた。炎が体中に燃え移った時、父さんはいつか見た穏やかな表情を浮かべた。熱いだろうに、苦しいだろうに、そんな顔は一切見せなかった。


 轟音を響かせて、研究室の天井が崩れ落ちる。




(「父さん------------------!!!!!!」)




 俺の叫びが父さんに届いたかどうかなど、自分でもわからなかった。




 そして、その次の場面に変わる。あんだけトラウマ植え付けようとしてたくせにまだ続くのか。今度はまた母さんだった。


 出て行ってから何年後のことだろう。母さんは俺が見た時よりも、いくらか年老いていた。そして、この日も仕事と称して友莉奈に行ってきますを言っていた。友莉奈もまた、まだ少し幼さが残るものの、立派な少女に成長していた。だが、あの無邪気な笑顔は、母さんが本当に文字通り身を粉にしてあいつらの言いなりになっているなんてことは知らないことだろう。友莉奈はこの日も、何の疑いもなしに母さんを送り出したようだった。


 しかし、構成員に連れられてきたのは、いつものように埠頭でも倉庫群でも廃墟でもなかった。


 そこは------父さんの働いていた研究所。


 その所長室では、相も変わらずクソ所長が高そうな椅子にふんぞり返っている。


 母さんが口を開いた。


「…話ってなんです。」


「あぁ、よく来ましたね。実は折り入ってあなたに頼みたいことがあるんですよ。」


 所長は不気味な笑みを浮かべたまま言った。




「そろそろ、あなたには役者を降りてもらおうかと思いましてねぇ。」




 …なんとなく、こうなるだろうとは思っていた。


 母さんが食って掛かった。


「-----どういうこと!?私ではもう役立たずだってことなの!?」


「そういうことです。あなたももういいお歳ですからねぇ。お客やほかの商社からもクレームが来ているんですよ。若い女をよこせとね。お客様は神様ですからね、ご要望には可能な限り従わなくてはならない。さあどうしましょう?------そこでねぇ、私は閃いてしまったんですよ。あなたにはそれはそれは可愛らしい娘さんがいるでしょう?あなたを切り捨てて、あなたの娘さんをいただきましょうかね、とね。」


 母さんが爆発した。


「話が違うわ!!あなたは私が犠牲になることで娘は平穏な生活ができると言ったじゃない!!」


「はぁて、そんなことを私が言った証拠がどこにおありかな?嘘はいけませんねぇ、お母さん?」


 …この野郎。


 どれだけ下衆になれば気が済むんだ。


 そんな俺の想像は、このおっさんには届いてはいるまい。こいつはまだしゃべり続ける。


「ご安心なさい。実際にいろいろなことをするのは私ではなく部下です。部下をお父さんとお母さんの知り合いということにしますので。何かあった時に面倒を見てくれるようあなたから頼まれたとでも言えば通じるでしょう。だって事実ですからねぇ。あなたも彼も、私の手駒という知り合いです。それはそれは純粋な愛を受けて育ったのでしょうから、こちらから愛情ある言葉をかけてあげれば、ホイホイついてきますとも。ご安心なさい、今すぐどうこうはしませんよ。あなたの代わりのお仕事に従事させるのはこちらの思うように動くようにしてからです。」


 所長はデスクの引き出しから拳銃なんか取り出し、絶望の表情を浮かべる母さんに向けて構えやがった。発砲音を聞かれるのを避けるためだろう、ご丁寧にサプレッサーまでついているやつだ。


 やめろ。 


 その物騒なものを下ろせ。


 母さん------逃げてくれ、母さん!!




「いままでありがとう、助かりましたよ。では、さようなら。」




 そんなうわべだけの言葉をこぼしつつ、所長は母さんに向けてトリガーを引いた。もう一発。続けてもう一発。合計三発。


 俺の視線の先に、鮮やかな赤が飛ぶ。


 三発の凶弾は、無防備な母さんの胸に吸い込まれ------体組織に致命傷を与えただけでなく、家族を想った母さんの優しい心すらも、木端微塵に打ち砕いたに違いなかった。


 ------ごぶっ、と、肺腑から血が逆流する嫌な音を吐き出しながら、母さんが床へと崩れ落ちた。


 高笑いをしながら、母さんを撃ったクソ野郎が部屋を出て行く。さっき言った通り、友莉奈を連れ出す算段を下の連中に指示するために違いない。


 待ちやがれ。


 俺の目の前でよくも------よくも母さんを!!


 ドアが閉まる。


 誰もいなくなった部屋の中で、母さんが何か言おうとしている。


 母さん、何を言いたいんだ。


 俺はここにいる。


 言ってくれ。


 母さんは、俺を見ていないのだろうが、かすれた声で言った。


「---------永流、友莉奈ちゃん、…寂しい想いをさせてごめんね…ユリアちゃん---ひどいことを言って---ごめんなさい…あなた…ごめんなさい---私、馬鹿だよね…。あなたが苦しんでいるのに、勝手に勘違いして、勝手に出て行って-----本当に…ごめんな…さい…。」


 -----母さんは謝る必要ない。


 悪いのは全部あいつじゃないか。


 あいつがあんなことを言わなきゃ、俺たちは一緒に暮らせたんだ。


 母さんは悪くないんだ!!


 母さんは、最後の力を振り絞るようにして、こう言った。




「---これで、みんなといつも…一緒…。見守ってるわ…あなた…あい------してる------」




 その言葉を最後に、母さんはもう、動くことはなかった。


 ただ、閉じられた眼からは、つうっ、と、一筋の涙が零れ落ちていた------




「---------------------!!!!!!」


 叫び声で、俺の意識は強引に呼び戻された。


「……っ…はぁ…はぁ・・・・!!」


 叫び声のした方を見ると、先に見た通り俺と同じように手足を拘束された友莉奈が、俺の隣で息を荒げている。


「…お父さん…お母さん…まさか…そんな--------」


 うわごとのように繰り返す友莉奈。そこで、俺は父さんと母さんの記憶を見せられていたことを思い出した。友莉奈がこんな状態になるのも当然だ。俺たちの父さんと母さんがあんなことをしていたことなど、友莉奈は知らなかっただろう。そして、それが本当ならば、自分がずっと信じていた、ユリ姉が原因で家族が引き裂かれたのだということも、半分は事実と違うということ。そして父さんと母さんがあんなむごい最期を迎えていただなんて------


「--------てめぇ・・・よくも父さんと母さんを…体のいい道具として使いやがって!!しかも俺の妹まで…!!」


 俺はクソ所長に食って掛かった。父さんと母さんを利用し殺しただけでは飽き足らず、残された友莉奈をも道具として使い捨てようとしたという事を知った今、俺の頭はとうに沸点など振り切れていた。


 所長は気色悪い笑みを崩さずに俺に言う。


「永流君、君は何か勘違いしているようだ。道具として使った?違うね。彼らは私に『道具として使われることを選んだ』のだよ。君や妹さんを生かすために。私は彼らに道を示しただけなのだよ。それに乗ってホイホイついてきて自滅していったというのに、君たちはそんな穀潰しにすら労いをしろと言うのかね?さすがはあの父親と母親から生まれた長男だ。きちんと考えようともせず、感情論から来る薄っぺらい正義感のみで物事を語る…血はやはり争えないということだろうねぇ。」


「父さんの苦しみも…母さんの痛みも…何もわかっていなかったくせに!!」


「わかるわけがないだろう?そもそも彼らと私は違う人間だ。その痛みを共有したり、誰かがそれを肩代わりすることなどできない。そしてしようとも思わない。なぜかわかるかね?それは人という生き物は自分の利益を真っ先に考える生き物だからだよ。君たちの両親だってそうだ。君たちの苦痛を肩代わりしようとした結果、結局は自分の利権のために動くことになり、そしてそれに気づいたときに死んでいったのさ。自業自得というのは、本当に便利な言葉であると、私は思うよ。」


 …なんでもかんでも自分の良いように解釈しやがって。


「-----------てめぇは…絶対に俺が許さねぇ---------------!!」


「ほう、ではどうするつもりかね?その拘束具は戦闘員たちに渡している装置と同じもの…魔法を打ち消す波長を散布している、君たち専用に作られたものだ。君の作り出す魔法も妹さんの炎も、我々には無力だ。」


 …そんなもんは最初に試した。何度も確認させんじゃねぇよ。


 所長はニマニマ笑いながら続ける。


「本当にここまでの設備にするためには時間が必要だったのだよ。君の妹さんが持ち逃げした金…あの日本円にして10億があれば部屋ごとその設備が作れたかもしれんがね。」


「--------持ち逃げ…10億だと!?」


 俺はこれを聞いて耳を疑った。と同時に、今まで考えもしなかった違和感に気が付いた。どうしてこんな単純なことに気が付かなかったのだろう。


 俺たちに会った頃、友莉奈は手持ちの財布の中に結構な金額を------しかもクレジットなどではなく現金で所持していた。最初に会った頃、友莉奈と俺とユリ姉で日用品を買いに行ったときに、俺が似合うなって言ったから友莉奈が自分の財布からお金を出して買った、今友莉奈が着ている服一式。あんな値段のものをポンと買えるくらいの金額をだ。




『お母さんが私に残してくれたものだって、親戚の方からは聞いています。』




 そう言っていたので、おばさんからの押しに負けてお小遣いをもらうようになるまで、てっきり俺たちの見ていないうちに口座から引き落としていたのだろうとでも思っていたが、さっきの映像から察するに、父さんと別れた後の母さんは、連中の食い物にされている時期、すなわちそれなりの金額を稼げている時であっても、あの生活を維持することだってやっとだったはずだ。いくら母さんが出て行ってから俺と友莉奈が会うまでの期間が長いとはいえ、そんな大金がヘソクリ感覚程度で積めたとは到底思えない。


「…………。」


 隣にいる友莉奈を見る。友莉奈は、しばらく目を伏せていたが、やがて消え入りそうな声で言った。




「------ごめんなさい…お兄ちゃん…。私は------嘘をつきました…。」




 それだけで十分だった。友莉奈は本当に、この連中からそれだけの金額を分捕って行方をくらましたのだろう。友莉奈の魔法の力は炎。それをうまいこと使えば、連中から金を脅し取るなんて造作もないことだっただろう。


「…しかしねぇ、永流君。君の妹さんは他にもとんでもないことをしでかしてくれてねぇ。」


 所長はまた続ける。




「妹さんは------人殺しを働いてくれたんだよ。」




 人殺し。


 それを聞いた瞬間----俺はまた自分の耳を疑った。


 人殺し。


 誰が。


 妹が。


 何のために。


 わからない。


「-------でたらめを言うんじゃ------」




「お兄ちゃん------!!」




 友莉奈が叫んだ。ぼろぼろと涙を流しながら。


「---------それも本当…私は親戚の人に連れられておうちを出てアメリカに行って…優しい人だったから、本当にお母さんの親戚だって思い込んでいて…ある日その人と出かけたと思ったら、行った先には怖い人がすごくたくさんいて、その時、その場にいたこの人が言ったんです…。ここから先は自分たち組織の仕事だ、お前はこれから麻薬カルテルの一員として、食べさせてやった恩を返すために働け、そしてそのために学ぶことがあるって…。私、そんなことそれまで知らなくて------」


「そう、それだよ、君の罪と言うのは。まあ、君のお母さんと同じ仕事を覚えてもらうために、私たちはまず我々の子会社経由で集めたお客を相当数、あの場所-------アメリカでの我々の隠れ家の一つに呼んでおいたのだ。そこにはその持ち逃げしてくれた金の入った金庫もあったのだけどね。いやはや、そんなところに置いたのは失敗だった。まさか君がすべてを吹き飛ばして逃げるとは思わなかったのでね。あの母親の娘だから、さぞや扱いやすいと思っていたら…とんだじゃじゃ馬だったわけだ。」


「私…怖くて…そうしたらこの人が言うんです…!!さあ、もうお金はもらって金庫の中だ、この娘は好きにしろ…そうしたら周りからたくさんの人が襲い掛かってきて…気がついたら魔法を暴走させていたんです…。私が正気に戻った時は、もう周りは瓦礫と炎しかなかった------」


 -----------瓦礫と…炎…?


 どこかで見たことがある光景に聞こえる。


 どこだ?


 どこで見たんだ?


 思い出せない。


「そうだよ、友莉奈ちゃん。君はそうやって人を傷つけた。」


「--------------!!」


 所長の言葉に、俺は怒りを爆発させた。


「あんた------今言ったこともう一度言ってみろ!!それが本当だとして、その原因を作ったのはあんたらじゃないか!!」


 その言葉にも、所長は鼻で笑って答えた。


「何を言っているんだね?私たちだって立派な被害者だ。その爆発に巻き込まれた私や、我々の手下やお客、彼らがいなくなったのは多少なりとも痛手ではあるのだよ?私はまだよかった方だ。とっさに君を育てた彼が私の盾になって、私は命からがら逃げおおせることができたのだからね。せっかくリピーターになってくださるかもしれないお客様を抱えたというのに、一気に水の泡になったのだ。それに、君の妹さんにはお母さんから受け継ぐ予定だった仕事以外にも諜報員としていろいろなところに飛んでもらう予定だった。若い女の子は実に使い勝手がいいからね。そのために妹さんを養っていた者には、スパイのイロハ、すなわちどこに行っても通用する学力、どんなところでも踏破できる運動能力、どんな窮地においても冷静に対処する応用力、そしてどんな指令でも唯々諾々と従う忠誠心を身につけさせるように振る舞い、知らず知らずのうちに頭と体にそれを覚えさせるようにという指令を出しておいたのだよ。ついでに言えば、あの君たちの姉というポンコツアンドロイドが君たちを引き離すきっかけになったということも我々の刷り込みだ。兄がいるということはお母さんから聞いていたようだから、どうしてその兄が自分の周りにいなかったのか、信じ込ませるには苦労もあったそうだが、我々はついにその記憶すらも改竄することに一度は成功したのだよ。その彼の努力も、その場所で彼が死んだことで水泡に帰したがね。」


 ----------なるほど、合点がいった。


 友莉奈がやたらと勉強ができたり、手先が器用だったり、逃げたり隠れたりがやたら上手かったりというのはそのせいもあったのか。自覚がないところを見ると、おそらく寝てる最中などに、その道に詳しい魔法使いを雇うかなにかして催眠の魔法あたりを使って覚えさせたに違いない。


「しかしまあ、どういうことなのだろうねぇ?記憶の操作、事実の改竄、あらゆる手段を使ってその娘は我々の言う事に唯々諾々と従うお人形さんになったはずだった。しかしあの時------その娘は突然我々に、そして状況に怖れを成し、反逆し、我々の手を離れた。なぜだ?どうしてそうなった?私にはわからない。」


 所長がこう言った時------




「---------------あなたに…あなたにわかるものですか!!」




 友莉奈が、涙を浮かべた顔で、しかし所長の言葉をかき消さんばかりの声で叫んだ。


「…私は…私は…お兄ちゃんのことをお母さんから教えてもらった…。お父さんのことは話したがらなかったけれど、お母さんはお兄ちゃんのことを話すときは、いつも少しだけ笑っていて…でもその後いつも泣いていて…私は小さかったから、その涙の意味はわからなかった…。でも、お母さんが死んでしまって、私は一人ぼっちになって…あなたたちに育てられて、優しくしてもらったけど、でもやっぱり家族が恋しくて------お兄ちゃんなら、いつか本当の家族として受け入れてくれるって、ずっと思っていたんです!!…その時にはもう、お兄ちゃんのことしか考えられなくなってて…お兄ちゃんの出てくる夢もたくさん見て…お兄ちゃんのことを考えると、胸が締め付けられるくらい痛くて…!!顔もわからない、声も聞いたことがない、どこに住んでいるのかもほとんどわからない中で------私はお兄ちゃんに心から会いたくて…家族にしてほしくて…大好きって言ってほしかったんです!!魔法が暴走したときだって、私はお兄ちゃんに助けてって言ったんです------お兄ちゃん以外の男の人に触られるなんて------そんなの…絶対に嫌だったんです!!だから、魔法を暴走させてしまったあのとき…私は自分のしてしまったことの恐ろしさを嘆くことはできなかった…自分でも驚くくらい冷静だった…だって、自分を守ることができたことが…好き勝手にさせなかったことが嬉しかったから…!!」


 -----------俺は、友莉奈の言葉を、ものすごく間抜けな表情をして聞いていたんだろう。


 正直、本気で何を言ってるのかわからなかったからだ。


 この話を聞くに------友莉奈は俺に会う前からずっと、顔も知らない俺に対する家族への憧れと、もっと言えば恋心を抱いていたんだ。確かに兄妹かもしれない、本当に結ばれることはありえない、しかし、それでもなお、人を愛してしまった以上、止まることはできない。そんなことをずっと思っていた矢先に、そんな事件に遭遇してしまった。その時、友莉奈はもう洗脳を受けた後であり、連中の本来のシナリオならば、母さんがやらされてきた役割を引き継ぎ、命令に従うだけの、それこそ機械のようにふるまうようになっていたはずだったのだ。しかし、どんなに洗脳を施しても、友莉奈の心の中にあった俺への気持ちは消えなかった。魔法の暴走は、友莉奈が俺以外の男から身を守りたいと考えたがゆえに起きた------友莉奈の想いに、魔法が応えたということなのか…。


 そして俺は------友莉奈の言った一言に違和感を感じ------瞬間、軽い頭痛と共に、頭の中に映像が伝わってきた。


 映画のセットのような、燃え盛る炎に巻かれ、焼け落ちた廃墟に佇む、銀髪の少女。




 -------------そうだ、夢だ。




 友莉奈とはじめて出会った朝に見たあの夢。そして、いつも内容は忘れても必ず残っている「お兄ちゃん」という一単語。あのとき見た少女は…友莉奈だったのか。


 そして今、友莉奈も、俺が出てくる夢を何度も見たと言った。


 俺たちは、夢で繋がっていたのか----------?


 夢見の魔法を使っていたわけでもないのに?


 ------いや、違う。


 俺たちは、実の兄と妹だ。だからこそ、俺たちは---------離れていたとしても、お互いが知らなかったとしても--------家族の絆という魔法で繋がっていたんだ。


「友莉奈…。」


 俺は泣いている友莉奈の方を向いて、こう言った。


「…ありがとうな、ずっと俺のことを想ってくれていて。それから…お前が大変な時に助けてやれなくて、本当にごめんな…。」


「お兄ちゃん…信じて…くれるのですか…?」


「お前の兄貴は俺だ、妹を信じない兄貴がどこにいるんだよ?」


「私、いっぱい嘘つきました…。」


「冗談くらい言わなきゃやってらんないことだってある。」


「いっぱい迷惑かけました…!!」


「妹の迷惑は兄貴にとっちゃご褒美だ。」


「…ふ…うぅ…ふえぇぇぇぇぇぇ……!!」


 堪えきれないというように、友莉奈が泣き出した。




「---------告白の時間は終わりかね?」




 今まで黙っていた所長が、不気味な笑顔を浮かべたと思うと、突然声を上げて笑い出した。


 「ふはははははははははははは!!君たちはこのような場所で何を世迷言を言っているのだね!?まるでここから逃げ出して幸せに暮らしました、というオチがつきそうな話じゃないか!!そのようなことを私が赦すと思うのかね?いやはや、子供の発想というのは本当に素晴らしいくらいに現実逃避の甚だしいものだ!!魔法も使えない中で、魔法も使わずにここから出る?そんなことは不可能だ。そして君たちはここで死ぬ。兄は真実を知りすぎた者として、妹は組織を裏切った重罪人として・・・。君たちも両親のように、絶望のままに死して------あの世で永遠に結ばれるがいい!!」


 周りにいる黒服に、所長が俺たちへの発砲許可を出そうとした瞬間-------




 ドガァァァァァァァァァァァァン!!




 耳をつんざく爆発のような音が轟き、頑丈なドアが吹き飛んだ。


 驚愕の表情を浮かべる所長と黒服。その隙を見逃さないとでもいうように、何かが投げ込まれたような金属音がした。 


「------------伏せろ!!」


 俺はとっさに、後ろ手に縛られた状態で隣にいる友莉奈を突き飛ばし、もろともに倒れこんだ。途端に煙によって視界が遮られ、息が詰まりそうになる。


「---------エル!!友莉奈ちゃん!!無事!?」


 聞き覚えのある声が聞こえた。


「--------ユリ姉!?」


 ユリ姉がどうしてこんなところに!?


「おう、坊主ども、無事だったか。待ってろ、今助ける!!突入隊、総員突入しろ!!」


 この声…白州さんだ!!


 煙が徐々に晴れる中、盾を持った警官のような人たちが次々に倉庫の中に突入してくる。その中に白州さんの姿もあった。白州さんは前に俺たちが見た拳銃を構え、前列に展開した盾の隙間を縫って、ためらいなくトリガーを引く。銃口が火を噴いた。俺たちに銃口を向けていた一人の黒服の肩を唸りを上げて銃弾が貫き、黒服が悶絶しながら銃を取り落とすのを確認しないうちに、白州さんはすかさず照準を変え、間髪入れずにトリガーを引き絞る。二発。三発。四発。


 おそらく、白州さんは魔法を消す装備をこいつらが持っていることを知っていたのだろう。銃口から立て続けに撃ち出されたのは、俺たちの見たことのある、非殺傷武器として使える雷の銃弾ではない。鉛で作られた実弾だ。少しでも照準がずれればそれだけで命を簡単に奪うことのできるその手の銃を、白州さんはまるで自分の手足を動かすかのように自在に操り、戦闘員たちの利き腕の肩を、肘を、利き足の膝を過たず撃ち抜き、敵を殺すことなく無力化していく。完璧としか言いようのない銃の制動技術を駆使した早撃ち。以前、詳しく見ることのできなかったそれは、この人の強さだけではない、何かの芸術作品を見ているかのような美しさまでも感じるようなものだった。


 俺たちの周りにいた黒服を排除した後、盾を持った人たちが俺たちを奴らから保護するため、俺たちを背にして壁になってくれる。


「二人とも、少しじっとしてて!!」


 ユリ姉の声がしたと思うと、俺たちの後ろに回り込んだユリ姉が、俺たちの手足を拘束していた枷を、アンドロイドならではの力技でねじ切った。


「---------ふざけた奴らめ、ここまでだな。」


 白州さんが、所長に銃口を突きつけて言う。


「な…なぜだ…なぜこの場所が!!白州、貴様はこの研究所の敷地には立ち入っていないはず…!!内部の立地など知らんはずだ!!それなのになぜ、これほどまでに早く…!!」


「ふん、そんなもんはこのアンドロイドの嬢ちゃんに聞くんだな。俺たちはこの嬢ちゃんについてきただけだぜ?」


 白州さんが、ユリ姉に目を向けた。ユリ姉が口を開く。


「…私はエルと魔力バイパスでつながっているの。小湊博士…おじさんでありお父さんでもある人が、私に与えてくれた大切なもの…。」


「…まさか、流れてくる魔力を辿ってきたというのか!!何をバカなことを!!それならば拘束具の力によってリンクを打ち消せるはず…まさか、あの狂った大天才…!!」


「どうしてなのかは私にもわからない。きっとこれからもわかることはないと思うけれど------でも、確かにエルと私との魔力リンクは正常に働いていた。きっとこれはおじさんのおかげ…。おじさんは何らかの魔力に対する妨害をさらに妨害することのできる機構を、私に組み込んでおいてくれたのね…。エルの魔力は…私にとって生命線だから。」


「ば…馬鹿な…!!」


 所長が目を見開いてうめいた。


 俺もそんなことはまったく知らなかった。父さんも教えてくれなかったことだ。だが、ユリ姉が作られた当時、魔法というものはまだ知られたばかりのものだった。


 父さんはわかっていたのだろう。


 この便利な力が、何かの拍子に悪用される時代が来てしまうであろう、ということを。


 父さんは、そんな時代になってしまうであろうことを承知した上で、できるだけの手を打ったのだろう。世界でただ一人、父さんにしか作れないブラックボックス。これは、きっとその一つなのだ。


 白州さんが、先ほどと変わらず銃を突きつけたまま言う。


「所長さんよ、あんたやその仲間のしてきたこと、もう全部公になってるんだぜ?人を脅し、命を弄び、麻薬取引なんていう下らんことへと足を突っ込ませた挙句、そのかわいい子供たちまでをも利用して、私腹を肥やそうなんざ言語道断だ。ったく、連邦捜査局の仕事だって言ってアメリカで起こった事件を追っていたら、その発端が自分の故郷の日本に行きつくとは思わなかったがな。だがもう終わりだ。インターポールも動いてる。ここにいる俺たちは、警視庁と合同で事態の収拾を行うことになってるんでな。麻薬取締法違反、殺人、傷害、詐欺、名誉棄損その他の疑い、及び青少年拉致監禁、殺人未遂の現行犯で、あんたらを逮捕する。この上は、潔くお縄になって、法の裁きを受けやがれ。」 


 すると、所長は高笑いをして言った。


「---------はははははははは!!それで勝ったと思うのか、白州!!」


「何だと------?」


 聞き返す白州さんに、所長は高らかに言う。


「こんなこともあろうかと用意していたものが役に立つときが来た。なぜ私がここから動かなかったかわかるかね!?足元にあった自爆装置のスイッチを作動させるためだよ!!そしてそのスイッチはもう作動している。たとえ法が裁こうとも、もはや私は死んだ後…。君たちも後から地獄に来るがいい---」


 銃声が二発。


 所長の両足の膝頭に弾丸が突き刺さり、膝の皿を砕く。所長はもんどりうって倒れた。


「--------------犯罪者が、今さら死ぬ潔さを語るんじゃねぇよ。てめぇは生きて、その罪と一生向き合いやがれ。」


 白州さんが銃を下げると同時に、轟音が轟いた。 


「ちっ、自爆装置はブラフじゃねえのか!!容疑者を確保、被害者及びその縁者を保護、その後全員退避しろ!!急げ!!」


 白州さんの指示が飛ぶ。盾を持った人たちは倒れて呻く所長を取り囲み、爆発物などを隠し持っていないかを確認した後、手錠とバンドで拘束し、担架に乗せる。周りに転がっていた黒服たちはもう救急車やパトカーの中らしく、作業はすぐに済んだようだった。


「さあ、君たちも早く!!」


 警官隊とは違う服を着た外国人らしき人が、流暢な日本語で俺たちに声をかけてきた。おそらく、白州さんの仲間---FBIの人だろう。


「行こう、エル、友莉奈ちゃん。」


 ユリ姉が言った。俺たちは警官の皆さんに連れられて、爆音を響かせる倉庫から出た瞬間――


「-----------危ない!!」


 どんっ、と、背中に衝撃が走る。地面を転がって、物陰に突き飛ばされたことがわかった時----鈍く重い銃声とともに、傍らを銃弾の雨が切り裂いた。


 重苦しく空気を切り裂くローター音がして、建物の陰から一機のヘリコプターが躍り出た。ミサイルや機銃を持っていることから見るに、おそらく軍用の戦闘ヘリだ。先ほどの銃弾の雨は、あの鼻っ面についた機銃によるものだろう。白州さんの仲間の人に突き飛ばされていなかったら、一瞬で俺たちは物言わぬ肉塊へと変貌していたに違いない。…おそらく追い詰められた連中のイタチの最後っ屁というやつだろう。あくまでも俺たちを逃がさない気か!!


 物陰を縫って、歩兵用のミサイルランチャーを使って何人かが応戦している。警官隊の装備はあくまでも犯罪者を制圧するためだけの装備だ。大型兵器に対する装備など持っているわけはないので、警官隊も分散して物陰に隠れてやり過ごしているだけだ。となると、あれは白州さんの仲間だろう。だが、ヘリのパイロットもなかなかの手練れのようで、フレアを巧みに散布してミサイルのことごとくを攪乱、回避し、さらに的確に照準、発砲、移動を繰り返し、彼らになかなか追撃を許さない。


「坊主ども!!無事か!!」


 物陰に隠れていた俺たちに、遮蔽物を巧みに利用して、白州さんが駆け寄ってくる。


「ちっ、あんな切り札隠し持ってやがったとはな。だが幸い、この研究所はこの手のものの宝庫だ。今仲間が動かせる大型兵器を探してる。そうなればこっちのもんだ。---------おう、見つかったか!!すぐ行く、それまでに動かせるようにしとけ!!…あぁ!?増援だと!?ちっ、しゃらくせぇ!!警官隊と協力して、できる限り食い止めろ!!」


 白州さんが耳のイヤホンに手を当てて言った後、俺たちに言った。


「使えるハインドが見つかった。自衛隊にも要請は出すが、おそらく間に合わんだろう。俺は今からあのヘリとドンパチおっぱじめる。警官隊もあのヘリにビビっちまってる上に、増援が来た今、連中だってお前さん等を心配する暇なんぞないだろう。ここにいたら危険だ、無線機を渡しておくから、お前さんたちは裏の山にでも隠れてろ。裏山には連中の基地らしいものはなかった。火山性の裸山だが、隠れられる洞窟や切通しは多い。増援があったとしても、少しは時間稼ぎができるはずだ。こっちがヘリと増援をできる限り引き付ける。おそらく外からの別働隊が追ってくるだろうが、俺が迎えに行くまで持ちこたえるんだ、いいな?」


「---------はい!!」


 俺が答えると、白州さんはにかっと笑って言った。


「いい返事だ。じゃ、また後でな!!」


 白州さんが、物陰から飛び出していく。すぐさまそれを追って機銃が掃射されるが、白州さんはそれを別の建物の陰に飛び込んでやりすごし、新たに取り出したか持ってきたかしたらしい、先ほどとは大きさも口径も違う、おそらくアサルトライフルというものだろう、それを掃射が途切れたタイミングを縫って的確に発砲し牽制しながら進んでいく。それもあって、ヘリの注意はうまく白州さんの方に流れたようだった。それに、おそらく白州さんの仲間なのであろう人たちが、そこかしこから白州さんの援護を始めている。手練れのパイロットと言えども、さすがに多勢に無勢、四方から飛び交うロケットランチャーの砲弾をかわしたり、マシンガンの銃弾が急所に直撃しないように立ち回るのに精いっぱいのようで、飛び交う弾幕も少しずつ厚みが減っていっている。低空ではさすがに分が悪いと判断したのか、ヘリは高度を上げ始める。そこを見て白州さんが物陰から一気に飛び出した。白州さんは敵の航空戦力のひとつを奪い、空中戦を仕掛ける気だ。俺たちを巻き込まないように戦うことになるかもしれない。そうなれば、俺たちがこのままここにいればむしろ邪魔になる。


「ユリ姉、友莉奈、行こう!!早く!!」


 俺は真剣な顔でうなずくユリ姉の右手と、恐怖で声も出せず、動くこともままならない様子の友莉奈の左手をつかむと、裏山に向かって駆け出した。


 ----------頼みます、白州さん!!




「はぁ…はぁ…!!」


 俺たちは、研究所の裏山を駆け上がる。案の定、白州さんの言うとおりに追手がかかったようだったが、これまた白州さんの言うとおり道には切通しが多数あるようで、俺が魔法を使ってその穴を塞ぎ、追手はその壁を破壊したり迂回したりしながら進まなくてはならないために、俺たちは何とか逃げおおせることができていた。


「--------洞窟がある、少し休もう…。」


 俺が言うと、ユリ姉は「…そうね、二人とも大丈夫?」と言ってきた。さすがアンドロイドの体力は底なしだ。しかし、友莉奈は体力の消耗以外にも、精神力の消耗が特に激しいようだった。


「…はぁ…はぁ…お父さん…お母さん…。死んじゃう…怖いよ…誰か…!」


 友莉奈は走っている間、ずっとこの調子だった。無理もない。父さんと母さんのむごい最期、利用されそうになった時の恐怖、自分のしでかしてしまったことに対する後悔、そんな恐ろしい話や記憶を聞きたくないのに聞かされて、覚えていたくないのに思い出させられて、そして直近では命の危険に対する恐怖に見舞われた。友莉奈はまだ中等部生。成長してもまだまだ子供だ。俺たち以上に、恐怖の念は強いだろう。


 ユリ姉もそれを察したのか、友莉奈に向けて両手を広げて、こう言った。




「友莉奈ちゃん------こっちにおいで。」




 友莉奈はびくっ、と肩を震わせた。無理もない。友莉奈は心底ユリ姉のところを敵視していたからな。怖くても、意地のようなものが働いているんだろう。ユリ姉もそれに気づいたのか、今度は友莉奈の方に自分から近づいていって、ぎゅっ、と友莉奈を抱きしめた。


「……苦しいです、ユリアさん…。」


 友莉奈が言う。


「…省しは落ち着いたみたいね?よかった。」


 返すユリ姉。


「逆に別な意味で落ち着かないです。」


 どうやら、本当に落ち着いてきたようだ。ユリ姉の包容力、相変わらずすげぇ。


 ユリ姉に抱かれながら、友莉奈はぽつりと言った。


「…怒っていないんですか?」


「どうして?」


 頭を撫でながら優しく言うユリ姉に、友莉奈は言う。


「だって…勘違いでたくさん喧嘩して…たくさん嫌なこと言って…勝手におうちから出て行って…お父さんやお母さんがいなくなったのだって…あの人たちに見せられたんです…。本当のこと。お父さんとお母さんは------あの人たちに殺されたんだって!!なのに私はそんなこと知らなくて…あの人たちの言うとおりにして、優しさに甘えて------みんなを傷つけてしまったんです!!でも…あなたは私たちを助けに来てくれて…不安な時にはこうやって不安を取り除こうとしてくれて…どうしてそこまでするんですか!?」


「---------そう。」


 ユリ姉は、抱きしめることをやめずに、こう言った。




「でも、友莉奈ちゃんは知らなかったんでしょう?」




「え…?」


 友莉奈が顔を上げる。


 ユリ姉は------いつものにこにこ顔で言った。


「知らないということは、そういう危険があることもわからないということなの。私もね、昔エルのクラスメートさんたちに乱暴なことをしちゃった。その時のことは、AIの機能不全だって思ったこともあった。出来損ないだって言われて、そうに違いないって思ったこともあった。だけどね?今はこう思うようになったの。それは------わからなかったからなんだ、って。考えてみて。絶対に間違えない人が、この世にいると思う?叱られないで育った人って、果たしているのかしら?あの時、私はお姉ちゃんだから、弟を守らなくては、っていう思考をした。そこまでは合っていたんだと思う。ただやり方をすこし間違えてしまっただけ。だから私は、周りの人たちに叱られてしまったんだと思ったの。それで、私は覚えたの。お話し合いが必要な時もある、力が必要な時もある。だから、必要な時に必要な方を選ぶことが必要、っていうことを。そして、今回はお話し合いでは解決しない、だから私はここに来たの。かつて人を傷つけてしまった私の力で、今度こそ、大好きな弟と妹を守るために。」




 友莉奈は静かに聞いていたが、やがて口を開いた。


「…許してくれるのですか…?」


「もちろん。」


「もっとたくさん喧嘩するかもしれないのですよ…?」


「その分、新しい友莉奈ちゃんを知れるもの。どんと来い、よ。」


 研究所の倉庫での俺と友莉奈のやり取りをそのまま繰り返したかのような、二人の会話。


ユリ姉は、それからまた続ける。


「…友莉奈ちゃん…私こそごめんなさい…私、友莉奈ちゃんがエルに何かを伝えようとしてたこと、知ってたの。その時、エルを取られちゃうかもしれない、そんなの嫌だ…そう思ってしまった…ずっとエルのことを想い続けていた友莉奈ちゃんの気持ちを、全然考えようともしないで…。」


友莉奈は、ユリ姉の背中に両手を---自分から回して言った。




「------じゃあ、お約束です。


私とユリアさんは、お兄ちゃんを取り合うライバルさんです。


だから、もうお互いに抜け駆けはなしです。お兄ちゃんに好きって言ってもらえたら勝ち。恨みっこなしです。------ユリアさんが私のことを許してくれたのですから、私もユリアさんを許さなくてはフェアじゃないです。」




その言葉に、ユリ姉の瞳から涙がこぼれる。


 俺だって、ユリ姉の泣き顔を見たのは数えるほどで、それでいてそれは、大抵悪いイメージでしか捉えられなかった。


だが、今回は違う。


これは、仲直りの印の涙。


友莉奈にやっと認めてもらえたという、嬉しさの涙だ。


 …もう、大丈夫だな。


 そう思った時。




「追え!!ガキどもを逃がすな!!」




 遠くから、たくさんの足音が近づいてくる。


「------まずい、追いつかれたか…。」


 俺が様子を見ようと洞窟から少し出た瞬間。


「------------ぐ、ぅあっ!!」


 数発の銃声とともに、俺の右肩に一発の銃弾が食い込んだ。流れ弾に当たってしまったようだ。たまらず俺は洞窟の中にぶっ倒れる。


「----------------いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 友莉奈の叫びが洞窟に木霊する。それに驚いたのか、洞窟に巣を作っていたらしいコウモリが、何匹かバサバサと外に向かって飛び去った。


「エル、大丈夫!?」


 ユリ姉が自分の服の上着を脱いで、止血を試みてくれる。


「…弾は抜けてるみたいね、動脈も外してる…よかった…でもそのままにはしておけない…!!」


『---------------こちら白州だ!!でかい音が鳴ったみたいだが、何があった!?』


 無線機から白州さんの声が聞こえる。


「ユリアです!!エルが肩を撃たれて…!!」


『なにぃ!?…こっちも敵のヘリに思いのほか手こずってるとこだってのに!!わかった、できる限り急ぐ!!坊主、それまで生きてろよ…!!』


 白州さんからの通信が切れる。


「----------いたぞ!!あの洞窟だ!!男のガキは肩をやられてる!!早く仕留めろ!!」


 -------------見つかった…!!


 すぐに追手が追い付いてくるだろう。もはやこれまでだ…!!




「--------来ないで-------」




 友莉奈が、細い声で言う。


「お願い------来ないで-----」


 友理奈が、洞窟の入り口へと近づいていく。体の周りには、ゆらゆらと揺れる陽炎と紅蓮に瞬く炎が舞い踊っている。


「いたぞ!!娘だ!!」


 友莉奈が敵に見つかった。----------友莉奈が危ない!!


「友莉奈!!だめだ、戻るんだ------!!」


 俺の声にも反応せず、友莉奈はふらふらと入り口を出て行く。そして------




「------------来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」




 叫んだ友莉奈の手に、刀身が紅蓮に燃える十束剣が現れる。半分以上無意識のうちなのだろう、それを渾身の力で振り抜いた瞬間------友莉奈の全身から噴き出した炎が、山の斜面をものすごい勢いで流れ下った。


 凄まじい熱量の紅蓮の雪崩は、飛んでくる銃弾を一瞬で蒸発させ、迫ってくる戦闘員たちを呑みこみ、裸山にぽつぽつとある木々を焼き尽くし、麓で爆発によって延焼している研究所のフェンスをかすめて、そのまま研究所が隣接している海へと達した。麓で轟音が響き渡り、巨大な水柱が上がった。急激な沸騰を余儀なくされた海水が、炎をそこで押しとどめると同時に水蒸気爆発を起こしたのだ。


 そんな圧倒的熱量に呑みこまれたはずの戦闘員たちは------


「魔法による攻撃だ!!ひるむな!!所詮は魔法の炎だ!!」


 --------------やはり、魔法から身を守ることのできる装備を持っていたか!!


 所詮は人が作ったもの、ある程度打ち消せる限度は決まっているだろう。だが、友莉奈はどうする?あの調子で魔法を乱発し、その限度を超過したとして、ほぼ無尽蔵と言える魔力は無事でも、それを支えるはずの友莉奈の体力と気力が持つのか…。俺たちが連中に対抗できるのは魔法以外にはない。俺はまともに動けない。動けたとしても、友莉奈がこの熱量をばら撒き続けている間は外に出るのは危険すぎる…どうすれば…どうすれば------!!




「--------------?」




 俺は、特徴のある臭いで我に返った。


 -----------温泉地などでよく鼻を刺激する、この臭い------


 そういえば、この山は火山みたいなことを、白州さんは言っていた。それに、先ほどコウモリが…もしかしたら!!


 俺は周りを確認する。


 ------傍らに、黄色のかたまりがあった。


「-------よし、ユリ姉…それ持ってこっちに…。」


「え…?う、うん…。」


 ユリ姉が怪訝な表情を見せるが、俺は撃たれた肩をかばいながら、コウモリが飛び立ったところまで移動した。


 ------やっぱりだ。


 やはり巣がある。ということは-----------------いける!!


「ユリ姉、その上に、その黄色いの乗せて・・・。」


「う…うん…。でも、どうするの?」


 俺は、積まれた黄色い物質の上に手を置いた。


瞬間、洞窟内に光が満ちる。光が消えると、そこには小さなボールのようなものがころんと転がっていた。


 俺はそれを無事な左手でひっつかむと、右肩の痛みに構わず、洞窟の入り口に向かって走り出した。熱がだんだん近づいてくる。外では未だに友莉奈が、連中に向かって炎の雪崩をまき散らしているのだろう。徒労だとわかっていても、自分にはそれしかない、そう思ってか思わずか、着々と登ってくる奴らに向かって、友莉奈は炎の奔流をぶちまけ続けていた。だが、額には汗がいく筋も浮かび、呼吸も荒くなっている。限界ギリギリ、下手をすればいつ倒れてもおかしくない状態だ。


 友莉奈が、最後の力を振り絞り、涙を流しながら叫んだ。




「--------お願い…もう…近づかないで------


私の家族を-----大切な人たち-----傷つけないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」




 凄まじい爆風が巻き起こる。ここまで消耗してもなお衰えることなく、むしろ友莉奈の慟哭に応えるように、さらに勢いを増す炎。それが巻き起こった瞬間------


「--------------------おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 俺もまた、力を振り絞り、手にしたボールのようなものを投擲した。投げたのは利き腕ではない。一歩場所を間違えれば、これは友莉奈も巻き込む危険なものだ。だが、俺は奇跡的に友莉奈が立っている場所から見て斜面の下側、これから起こるであろうことに友莉奈が巻き込まれることなく、登ってくる追手に痛撃を加えられるであろう位置へと、それを投擲することができていた。


 友莉奈の灼熱の炎に当てられたボールはたちまち引火し、その瞬間-----------大量の煙が、そのボールからもくもくと立ち上る。その煙は山肌から吹き降りる風によって、雪崩落ちる炎と共に、戦闘員たちを襲った。


「な…なんだ、この煙は!?」


「ぐあっ…息…息が…助け…!!」


「魔法による攻撃じゃない!!逃げろ!!逃げるんだ!!」


 戦闘員たちが総崩れになる。ある者は逃げる途中に足を滑らせ、ある者は何かに蹴躓き、ある者は激しく咳き込みながら、次々に戦闘力が奪われていく。


 俺は、この短い時間の中で思い出していたんだ。


 まだ母さんと喧嘩してない頃に父さんから聞いた、研究者としての心構え。




(「------いいかい、永流。ものを作るときは、まずは理解しないといけないんだ。どんな素材を使っているか、どんな部品が組み込まれているか、どんな燃料を使えばいいか。それをどう組み上げれば、思い通りに動いてくれるのか、動かなかった時、どこが悪かったのか。何に強いか、何に弱いか、あらゆる視点で見て、あらゆる方法を試して、そこではじめてより良い一つの作品ができあがるのだということをだ。そうすれば、あとは作り出すのは簡単だ。そして、理解するということは、それによって起こる危険を予測できることにもつながるんだ。物質には、そのままでは何の問題もないものでも、混ぜ合わせると危険なものもある。逆に、そのままでは危険なものも、何かと混ぜ合わせると無害になったり、ね。」)




 白州さんの言葉を聞いて、俺はヒントを得た。


 幼い頃から実家の父さんの書斎兼研究室で論文や本を読んでいたおかげか、知識もあった。


 この場には、材料もあった。


 使いこなすだけの環境もあった。


 ならば、作り出すのは俺の十八番だ。


 友莉奈の炎や白州さんの雷の弾丸は魔法の本質そのものであり、だからこそ魔法を打ち消す装備によって無効化できてしまう。


 だが、俺の魔法は、必ずしも本質そのものをぶつけなければならないものではない。


 考えてみれば、なぜ俺が魔法で道を塞いだことで、連中の足を遅くすることができた?


 ------それは、魔法で作ったものではあっても、それはただ単にその辺の岩や土を壁として作り変えただけであり、魔力を原料として作ったものではなかったからだ。


 そこに、俺たちの勝機があったのだ。


 俺が作ったのは、火山にふんだんにある硫黄、その化学変化を用いた武器------硫黄を有機物と混合し燃焼させ、体中の粘膜や呼吸器官を犯す物質である二酸化硫黄を瞬時に、かつ大量に発生させることにより、魔力に頼らずに戦闘力を奪うことができる、即席の催涙ガスだったのだ。


 俺は今日、確かに、二度も父さんの知恵によって救われたのだ---------------




「----はぁ…はぁ----------------。」


 魔法の乱発でついに体力が尽きたのだろう。倒れこみそうになる友莉奈を、出てきていたユリ姉が支える。


「-------白州さん?聞こえますか?白洲さん!!追手の追撃を振り切りました!!」


 外に出て、追手が散り散りになったのを確認した俺は無線機に向かってがなり立てた。


『-------でけぇ声出すんじゃねぇよ!!耳持ってかれんだろうが!!』


 白州さんが応答する。よかった、無事だったか。


『こっちもさっき片が付いたとこだ。今から向かうから、そこで待機しろ。』


「はい、お願いします。」


『…しかしまあ、よく生きてたな。』


「…どうも。」




「------------エル!!」




 ユリ姉が、俺と友莉奈を抱えて山肌に倒れこんだ。銃弾の雨が、俺たちの傍らを駆け抜ける。


 山肌を大きく迂回して、戦闘ヘリが現れた。白州さんが戦っていたヘリとは別のもの。


『------どうした!?』


 無線機から、また白州さんの声が飛んでくる。


「ヘリです!!さっきのとは違う…!!」


『何だと!?お前さんら、直近に隠れられる場所はあるか!?』


「すぐ近くに、洞窟があります!!」


『ええい、めんどくせぇ…!!その洞穴に逃げ込んで、俺が行くまで何とか凌げ!!』


 言っている間に、ヘリは大きく迂回し、またこちらに機銃の照準を合わせている。ミサイルなどは持っていないようだが、それでも機銃を防げるほどの壁を作ろうとすれば間に合わない。


「------------走って!!」


 ユリ姉が、右肩を俺、左肩を友莉奈に貸して走り出した。


 機銃の弾が、唸りを上げて地面に何度も突き刺さる。俺たちは必死の思いで走る。もう少し・・・もう少し---------------!!


 その瞬間------


 ふわりと、俺と友莉奈の体が宙に浮いた。


 二人して洞窟の中に倒れこむ。ごつごつした岩の感触がすごく痛かったが、よかった、無事に逃げられたんだ…しかしさっきの浮遊感は一体----




「---------------え?」




 転がった時に気がついたのだろう、友莉奈が目を見開く。何を見ているのか------


「--------------------------」


 俺も、たぶん友莉奈と同じ顔をしていたんだろう。


 洞窟の入り口に、ユリ姉がまだ立っている。


 外に背を向けて、立ちはだかるように-------------------




 また銃声。


 ユリ姉の体が大きく揺らぐ。


 唸りを上げて飛んでくる機銃の弾を、ユリ姉が俺たちを庇うように、自分の背中で受け止めているということに気付いたのは、その時だった。


「ユリ姉-------------------」


「--------------二人とも、よかった…無事…みたい…ね。咄嗟に投げちゃったけれど…痛くなかった…?」


 その言葉で、俺はどうしていきなり自分の体が宙に浮いたのかを察した。


 ------ユリ姉が、俺や友莉奈からなんとかヘリの照準をそらすために俺たちを洞窟の中の岩の段差がある部分に投げ入れ、それでも段差の低さから逸らしきれなかった銃弾から俺たちを守るために、体を張って盾になってくれたんだってことを。


 ヘリの銃口がまたこちらに向く。ユリ姉は逃げない。俺は叫んだ。魔法で遮蔽物を作るという考えも、完全に忘れていた。


「ユリ姉------やめてくれ!!ユリ姉------!!」


 また銃声が轟いた。弾がユリ姉の肩を突き抜け、膝を砕いてもなお、ユリ姉は倒れない。


「------------止めなイよ…私の大切ナ…家族だもノ…。」


 ヘリが照準を変えたようだった。人であれば確実に死に絶えるであろう、体の中心へと。


 だが、弾が胸を貫き、腹部を抉り、人の血液と同じ色をした人工血液がどれだけの量飛び散ろうとも、ユリ姉は倒れない。父さんがユリ姉に与えた、あのやわらかく華奢なはずの体は、実際どれほどまでに堅牢に作られているのか、ユリ姉の背中に突き刺さる銃弾は、一発たりとも俺たちに届くことはない。


「ユリアさん…やめて!!やめて-----------------!!」


 友莉奈が、涙をぼろぼろと流しながら叫んだ。


「-------ごめンネ-----いくら二人ノお願いダろうと------そレだけは聞けなイよ------」


 ユリ姉は、俺たちに向けて、こう言った。


「私ハ------二人のお姉ちゃんダから。お姉ちゃんハ、アナタたちを守らナイとイケナいの-------」


「ユリ姉-----------------」




「ダかラ------今度こそ私ハ、大好きなアナタタちを------守ル------!!」




「-------ユリア・・・お姉ちゃん------」


 友莉奈の、きっと無意識に出たのであろう「お姉ちゃん」という言葉。


「------お姉ちゃん------嫌です…!!いなくなっちゃやだ…お姉ちゃん------!!」


 何度も何度も、今まで言えなかったのであろう「お姉ちゃん」という言葉を叫びながら、友莉奈はユリ姉に向かって泣きながら手を伸ばす。


 ユリ姉は少し驚いた顔をして、しかしすぐにいつもの笑顔に戻って、友莉奈に笑いかけた。


「ふふ…ようヤく…お姉チャンって呼んでくレタネ…友莉奈チャン------」


 泣きじゃくる友莉奈に、変わらない笑顔を作ったまま、ユリ姉は小さく口を動かした。




「------ワタシハ------生マレテコラレテ-------ミンナト会エテ、幸セダッタヨ----------------


ダカラ----二人トモ----幸セニナリナサイ------」




 ユリ姉が呟いた瞬間------何度目かもわからない銃声が轟いた。


 銃弾が、今まで奇跡的に被弾してこなかったらしいユリ姉の動力炉を貫き、被弾してもなおユリ姉の体を支え続けていたユリ姉の左腕と右足の関節がついに限界を迎えたように、鈍い金属音を響かせて千切れ飛ぶ。


 ユリ姉の体が崩れ落ちると同時に------ユリ姉と俺とのリンクが切れた。




「---------------うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ-------!!!!」




 俺は洞窟のどこまでも反響しろと言わんばかりの声で絶叫した。


 ユリ姉。


 ユリ姉-----------------


 ユリ姉-------------------!!


 その時、外で爆音が轟いた。見ると、俺たちに銃口を向けていたヘリが、ボディから炎を吹きあげてきりもみを起こしながら落下していく。そのまま山肌にぶつかったと思うと、弾薬に誘爆したのか、ヘリはクレーターを作る勢いで大爆発を起こした。遠くから、別のローター音とともに、側面が見事にデコボコになったヘリが近づいてくる。それだけで、敵のヘリとの戦いがいかに苛烈であったかを考えることができた。


『坊主ども!!生きてるか!?白洲だ!!生きてたら返事しろ!!』


「------白州さん------」


『おう、生きてたか!!待たせたな・・・どうした?』


 白州さんは、俺の声に違和感を感じたんだろう、そう聞き返してくる。


「--------ユリ姉が…ユリ姉が------」


 いかん、いろいろとありすぎて頭に回る血が本気で足りなくなったらしい。


「------お兄ちゃん?…お兄ちゃん----------!!」


『おい坊主!!アンドロイドの嬢ちゃんがどうした!?何があったんだ!!』


 友莉奈と白州さんの声を聞きながら、俺の意識は闇に呑みこまれていった。




 目を開ける。


 知らない天井だった。


「あ・・・お兄ちゃん---------気づかれたのですか!?」


 聞き覚えのある声。


「-------友莉奈…?」


「-----------------お兄ちゃん!!」


 ぼふっ、という衝撃。


どうやらベッドに寝かされているらしい俺に、友莉奈が抱きついてきたようだ。


「お兄ちゃん…よかった…よかった!!このまま目を覚まさなかったらって思ったら…!!」


俺の胸に顔を埋めて、友莉奈はとめどなく涙をこぼす。


「-----おう、妹ちゃんの泣く声が聞こえたから気になって来てみたが、気がついたか、坊主。」


部屋のドアが開いて、白州さんが入ってきた。


「白州さん…ここ、どこなんですか?」


「俺の日本での知り合いが理事をしてる病院だ。魔法関係の事件で、なおかつ少々危ない案件だったからな、さすがに他の病院にねじ込むわけにもいかん。そういうちょっとばかりヤバい時にいつも使わせてもらってんのさ。まさか俺以外にその手の急患で駆け込んでくるやつがいるなんてな、なんてそいつは笑ってたが。」


 言われて、俺は肩をやられていたことを今さらながらに思い出した。まだ少し右腕の感覚が曖昧なようだ。


 そんなことを考えていると、


「連中の掃討はほぼ完了した。元凶の所長の野郎だけじゃない、その部下連中も可能な限り無力化して、警察への引き渡しが終わってる。逃げた残党どももいるが、規模が規模だ、インターポールから各国の警察組織に指名手配するように指示があった。日本国内については警察だけでなく、特別に自衛隊も共同で捜索及び確保のための作戦を行うらしい。そんでまあ、妹ちゃんの方は…麻薬取引の仲介現場への居合わせ、殺人、傷害、窃盗と、まあ、本当なら結構な罪になっちまうはずなんだが、未成年な上に自分から足を突っ込んだわけでもないことは周知済みだし、連中のアジトを爆破しちまったことだって、FBIからの報告によれば焼け残ったカメラ映像と音声データが回収されたらしくてな、その結果、国際魔法関連法第329条17項にある個人の正当防衛による魔法使用が成立することが明白になった。ただまあ、なんだかんだで妹ちゃんは執行猶予数年つきの保護観察処分という形で、少し窮屈にはなっちまう。連中から分捕った金のことはさすがになかったことにはできんしな。…まあ、お前さんたちやお前さんたちの親父さんとおふくろさんがどんな目に遭ったか、連中がどんなことをやらかしてたのか、連中にさせられた仕事とやらの報酬は見合うものだったのか、ってことを総合して、親父さんやおふくろさんの稼ぎを連中がネコババしたのは事実で、巡り巡って、それが本来のとこに行っただけだろうが、ってことにさせてもらったから、そのくらいで済んだんだがな。本当なら坊主、妹ちゃんから話を聞く限りではお前さんもあの山で危険物製造をやらかしてくれてるらしいからそのくらいは必要なはずなんだが、そもそも証拠も不十分だし、二酸化硫黄は一応自然発生する可能性もある物質だ。お前さんたちが立て籠もってた洞窟やその近所に硫黄や有機物が存在してたことも確認済みだし、あの時妹ちゃんがまき散らしてた炎で偶然その辺にあった硫黄が化学反応を起こしたんだろ、っていうことで、警察の意見もまとまりつつある。二人とも感謝しろよ?そういうことに落ち着かせるのだって、けっこう苦労したんだからよ。まあそんなわけで、お前さんたちはある程度安心して元の生活に戻れるはずだ。…完全に元通りとはいかなくなっちまったけどな…。」


 白州さんはそこまで言うと、唇を噛みしめながら、俺に頭を下げる。


「…すまない、増援の中にもう一機ヘリがいることを予測せずに、見晴らしのいいところにお前さんたちを向かわせたのは俺のミスだ…!!」


 -----------------。


「…そうだ、ユリ姉は・・・ユリ姉は!?」


 俺はまだ痛む肩に構わず、体を起こして白洲さんに詰め寄った。


「----------歩けるか?」


「え?」


 白州さんの言葉に一瞬ぽかんとする。


「歩けるなら、連れて行く。…お前さんには辛いだろうがな。」


 俺は友莉奈と目を一瞬合わせて言った。


「…お願いします、連れて行ってください。」


「…わかった。ついてきな。」


 俺は友莉奈に肩を貸してもらい、ベッドから体を離す。そして、病室を出る白州さんについていった。


「ここだ。」


 エレベーターで地下まで降りた後、白州さんはある一室で足を止める。




 第一霊安室。




 廊下に突き出している文字は、俺にはそう読めた。


 白州さんがドアを開ける。


 部屋の真ん中には寝台があり、そこに誰かが横たえられている。


 「……っ。」


 隣にいる友莉奈が、嗚咽を堪えている。俺は部屋の中へと足を踏み入れた。


 寝台の上の少女------ユリ姉の目は閉じられ、顔だけ見たら眠っているだけのように見えた。


 しかし、千切れ飛び機械の骨格が見える手足や、弾が突き抜けた跡である各所の損傷を見たとき---ユリ姉は本当に俺たちを庇って、ヘリの機銃の前に決死の想いで立ちはだかったのだということを、俺は認めざるを得なかった。


 白州さんが口を開いた。


「俺たちも、何とか直せないかと手を尽くした…。だが…俺達にはお手上げだ…。この嬢ちゃんはその辺のロボットとは違う。心を持ち、知識を吸収し、自分の意志で学習、判断、実行し、なおかつ既存の燃料を用いない。アンドロイド工学界きっての天才、小湊 永遠博士の残した、人型アンドロイドのプロトタイプであり、本当の最高傑作…。それゆえに、彼でなければ作れない、理解できない部分のオンパレードだ…。そして、研究成果も残っていないとなってはな…。」


 白州さんが、悔しさを滲ませた顔で唇を噛む。


 俺はふらふらと寝台へと向かう。


「ユリ姉---------」


 伝えないといけない。


 ユリ姉。


 聞いてたよな?


 白州さんが、ユリ姉は父さんの最高傑作だって。


 あのクソ所長め、


 父さんをバカにしたクレーマーどもめ、


 父さんの葬式でユリ姉をバカにした奴らめ、ざまあ見やがれ。


 ユリ姉は不完全なポンコツアンドロイドなんかじゃない。


 俺たち兄妹の、自慢の姉さんなんだ。


 だから----------------


 ユリ姉は動かない。俺は右腕を庇いながら、残った左腕で寝台からユリ姉の上半身を起こす。魔力の吸収もやはり止まっているようだった。


 何だよ。


 いつもは俺のこと、そんなことしなくていいって言ったって起こしにくるくせに。


 たまには弟にも起こさせろよ。


 あれだろ、恥ずかしがって寝たふりしてるだけなんだろ?


 どうせ俺が知らない間にひょっこり起きてきて、また俺の部屋に起こしにくるんだろ?


 だったら今起きろよ。


 いつもみたいに人前も構わず抱きついてくりゃいいじゃないか。


 今だけは恥ずかしがったりしないから。


 だから---------------




「…ユリ姉--------頼むよ-------目を開けてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」




 俺はただ、動かないユリ姉の体を抱きしめて、声を上げて泣くことしかできなかった------

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