第3章『知りたくて、話せなくて、伝わらなくて』
空気が、また重くなっている。
部屋のベッドに寝転びながら、俺は思った。
あの後から、学園は臨時の休みに入った。
それもそうだ。七不思議調査で俺たちが危ない目に遭ったことで、さすがに学園も重い腰を上げざるを得なくなったのだろう。そういう意味では、俺たちがやったことは無駄ではなかったが---
あれから、ユリ姉と友莉奈の関係はまあまあ良くなったと思う。
喧嘩らしい喧嘩もなくなったし、二人とも部屋に突撃してくることはなくなった。
…だが、それだけだ。
あれから友莉奈は、ご飯とお風呂以外にはリビングにも顔を出さなくなっていた。
何か話そうとしても、途端に目をそらされて逃げられてしまう。
「---何だかなぁ…。」
そんな言葉しか出てこない自分の脳内が、ちょっと嫌だった。
そんな時---
「---お兄ちゃん---いらっしゃいますか?」
とん、とん、と、控えめなノック。間違いない、友莉奈だ。
「開いてるよ、どうぞ。」
俺が声をなけると、ドアが音を立てて開いた。
「…失礼、します…。」
入ってきた友莉奈は、少し困った顔をして俺を見る。何を話していいのかわからない、そんな雰囲気だ。
「---この前のことか?」
俺は少しだけ冷静になって、友莉奈に問う。友莉奈はすこし罰が悪そうな顔をして言った。
「…お兄ちゃん、やっぱり察しがいいのですね。」
それだけ言って、友莉奈は俺に向かって言った。
「お兄ちゃん---どこか、お出かけしませんか…?海の方とか…行ってみたいです。」
「…大丈夫なのか?」
正直、心配だった。
あれから1週間が経つ。
だが、俺はあの日の体験を忘れることはできない。
死にかけたこと。
意志の弱さに気づかされたこと。
自分の中だけでも、数えきれないほどのいろいろな気持ちが、頭の中を駆け巡る。
友莉奈だって同じはずだ。
それに、最後のあれ。
正直、俺は今まで考えてきたが、まったくと言っていいほど意味がわからなかった事柄だった。
俺たちは---どうして生きているんだ。
あそこまで七不思議とやらがオンパレードをかましてきたというのに。
言い伝えの通りなら、そのまま俺たちはあの連中と同じになっていたのだろうに。
最後なんて、質問されるどころか、答えがわからないまま感謝された。
もう意味がわからない。 そんな雰囲気を察したのか、友莉奈が言う。
「私は大丈夫です。…今日、ユリアさんはいらっしゃらないみたいなので、ちょうどいいです。」
確かに、今ユリ姉は家にいない。生徒会役員であるユリ姉は、学園の方でいろいろと後片付けをしなくてはならないらしい。俺も手伝おうと申し出たが、大変だろうから、という理由で断られた。
「…ユリ姉には聞かれたくないこと、なんだな。」
そう言うと、友莉奈はまた、少しだけ目を逸らす。
…よし。
「------わかった、行こう、海の方。」
「…本当ですか?」
「こんな時に嘘ついてどうする。」
…というよりも、俺がとりあえず考えることを止めたかっただけなのかもしれない。友莉奈はそれを知ってか知らずか、いつもの笑顔を浮かべて言った。
「そうですね…ありがとうございます。」
俺たちは家を出て、海に向かう。
…海か。
海の方向に向かって友莉奈の歩幅に合わせて歩きながら、俺は考えていた。
海の方向に行ったことは、実はそれほど多くない。
昔、家族がばらばらになる前。父さんに連れられて、研究室に行ったとき。そのくらいだ。
父さんの働いていた研究所は、水織市の東側---臨海区域にある。
研究室から見える海の景色は、子供ながらにすごく絶景だった。
そんなことを考えているうちに、俺たちは海に着く。
「---綺麗ですね、お兄ちゃん。」
「…まあ、さすがに観光地とかではないから、そっちと比べると…って話になっちゃうけどな。」
「…そんなことないです…------。」
最後の方が聞き取れない。俺がそれを言おうとした時------
「お兄ちゃん------」
友莉奈が、口を開いた。
「ユリアさんは------昔からあんな感じだったのですか?」
「え?」
いきなりの言葉に、思考が追いつかなかった。
「…どういうことだ?」
俺がそう聞き返すと、友莉奈はちょっと考えてから、こう言った。
「私は---あの人のことをよく知りません。…そもそも、知ろうとも思わなかったのです。お父さんとお母さんが別れるきっかけを作った人…そうとばかり思っていましたから。私にとっては、あの人は憎悪の対象でしかなかったはずなんです。…この前ほっぺたを叩かれた時も、正直、この人はやっぱりそういう人なんだ、って思いました。…でも、あの人はその後、こう言いましたよね?『悪い子にならないで』って…。そこで、私はこう思ったんです。『それは、この人の本心なのだろうか』って。もしかしたらあれはAIが弾き出した効率や合理性を考えた言葉なのではないか、って…。」
「…ああ、そういうことか。」
俺は、友莉奈の気持ちを何となく察することができた。
友莉奈は---あの時、ユリ姉に折檻を受けた。そのことを、ずっと考えていたのだろう。
そして、きっとあの時のユリ姉の言葉を、心でわかっていても、認めたくない。
なぜなら、ユリ姉に対する怒りを持って、友莉奈は生きてきたのだから。
だが、あの時、ユリ姉は折檻を与えるだけではなかった。
折檻を与えた上で、力の使い方、思いやり、それらを持つ者の義務。それらを友莉奈に優しく、しかし強く強く戒めたのだ。
だから、友莉奈は俺にこんな話をしたのだろう。その行動は、今まで思っていたユリ姉のイメージと、あまりにもかけ離れたものだったから。
俺は友莉奈に言う。
「一応俺の考えってこと前提で話を聞いてほしいんだけど、ユリ姉はその辺の人よりも下手をしたら感情表現は豊かだ。そんでもって、ユリ姉は性格的に嘘がつけない。素直なんだよ。…まあ、その素直さがたまに傷なところもあるけど…。でも、ユリ姉はそれで信頼を勝ち取ってきたところは間違いないんだ。お前も知ってる通り、ユリ姉は俺を庇って墓穴を掘って、一時期かなりバッシングを受けていた。その中でも、ユリ姉は言い訳ひとつしなかったんだ。言っていたのは、『自分のせいで』ってことだけだ。お前が今言ったみたいに、合理的判断をしたなら、もっといい言い訳を思いつくとか、自分の電源を落としてしまうとか、そういう判断に至ってもいいはずだ。でも、ユリ姉はそれをしなかった。自分から、その痛みを受け入れるっていう道を選んだんだ。そのあと、ユリ姉が俺を守るために行動を起こしたんだってことが知られた後にユリ姉の復権が叶ったのは、ユリ姉がその時、合理的な判断をしないという判断をしたから、っていうのもあるんだと思う。…だから、ユリ姉のAIは、必ずしも合理的な判断を下すわけじゃない。俺はあの時お前にユリ姉が言ったことは、本心なんだって信じてる。アンドロイドだろうがなんだろうが、俺にとってユリ姉はユリ姉だ。」
この言葉は、俺の本心だった。
ユリ姉は---物心ついた頃から、優しい姉さんだった。
あの時のことだって、ユリ姉が俺のことを思ってくれたから、ああいう行動に出たのだ。
俺は、ユリ姉と一緒に育ってきた。
ユリ姉のいいところも悪いところも、本人と美枷のおじさんおばさんに負けないくらい知っている。
だから、俺はユリ姉のことを信じるだけだ。
昔、自分の身を顧みずに助けてくれた、そんな優しいユリ姉のように---
「…そうですか。…やっぱり、ユリアさんは幸せなのですね。」
友莉奈はそう言って、憂いを帯びた表情を浮かべた。
「---やっぱり、私はユリアさんが苦手です。…でも、前ほど嫌いでもないです。」
「…そうか。」
俺がそう言って、今度はこちらの番と声をかけようとした時ーーー
「---話、終わったか?」
「え…?」
飄々としている、以前聞いたことのある声だ。
振り向くと、そこに立っていたのは---
「久しぶりだな、坊主。---いや、小湊 永遠博士のご子息たち、といった方がいいか?」
「…あんた…確かあの時の---」
オールバックの髪型に、黒いサングラスとスーツ。間違いない。俺とユリ姉に、銀髪の女の子を知らないか、と声をかけてきた男だ。周りには見覚えのある黒服が何人かいる。
「二人ともいるのか。ちょうどいい。お前さんら、ちょいと俺と一緒に来てほしいところがある。ついてきてくれるな?」
…は?
何だ。この人は何を言っている。
ついてこい?
「…そもそもあんたは誰なんだよ。知らない人間について行くなってのは小学生でも知ってる常識だろ。人さらいか?俺たちに何の用事だ?」
俺が睨むと、目の前の男は頭をかきつつ、困ったような口調で言った。
「参ったな…そこまで警戒されてんのかよ俺は。…まあ当然か、お前さんらの身分やら何やら、勝手に調べちまったことは確かだからな。だがまあ、俺も少なくともここじゃ身分は明かせねぇんだ。大丈夫なとこまで行ったら教えてやる、ってことじゃだめか?」
「ふざけんな。子供騙しにも限度ってもんがある。」
「…そうかい。…職務上、あまり手荒なことはしたくなかったんだがなぁ…。」
男はそう言ってサングラスから見える目をすっと細め、拳銃を懐から取り出した。
「---やめてっ!!」
友莉奈が魔法を行使しようとした瞬間。
「あぅっ…!!」
銃声が一発。
その数瞬後、友莉奈が右手を押さえて蹲る。その手に形作ろうとしたらしいあの炎の剣が、おそらくあの銃から撃ち出された、紫電をまとった銃弾によって弾かれ、そして火の粉となって跡形もなく霧散したのだと知るまでに、それほど時間はかからなかった。
「…あんた…何のつもりだ!!」
俺の怒りの声を前に、男は真剣な目をして言った。
「抵抗を考えたから、こっちもそれなりのことをさせてもらっただけだ。安心しろ、この弾は俺の魔法で作ったもんで、一言で言えばスタンガンみたいなもんだ。ちぃと痛いだろうが、食らったところで死ぬことはねぇよ。」
…安心しろ、かよ。
つくづく意味がわからねぇ。
この男は、弾を魔法で作ったと言った。ということは、この男は魔法使いということは間違いない。だが、そもそも魔法使いから恨まれるようなことをした覚えもない。だが実際、俺たちはこの男に銃を突きつけられている。そして、魔法の構築速度すら軽く上回るあの抜き打ち。かなりの手練れであることは間違いない。おそらく、抵抗は無理だ。
俺がその結論に至った時------
「------やめて!お兄ちゃんまで巻き込まないで!あなたたちが探しているのは、私でしょう!?」
友莉奈が、渾身の声で叫んだ。
何だ。
どういうことだ。
友莉奈は、何を言っている。
友莉奈の言葉に、男が言う。
「…まあ、確かに俺たちが探していたのは嬢ちゃんだけだ…だが嬢ちゃん、お前さんの兄貴がお前さんと一緒にいる…そのことでどうなるかを考えたことはあったか?その言葉を言うなら、迷惑をかけると思ったなら、なぜお前さんはお前さんの兄貴の前に現れた?」
だが、友莉奈は一瞬言葉を詰まらせたが、何を感じたのか、ゆっくりと、しかし強い口調で言った。
「------連れていくなら、私だけにしてください。」
「友莉奈…!?」
間違いない、友莉奈はこいつらのことを知っている。それで、俺を庇って自分だけ犠牲になろうとしている。話の内容は未だによくわからないが、とにかくロクな連中ではないのだろう。男はまた困った声で言う。
「…嬢ちゃん、さすがにそりゃ無理ってもんだ。言ったろ?お前さんが坊主といる時点で、俺たちはお前さんだけじゃなく、坊主も見とかなきゃならねぇんだ。」
「白州!!もう話す必要はない!!二人とも捕まえろ!!」
後ろの黒服が叫んだ。その瞬間、黒服たちが俺たちを取り囲み、四方八方から襲いかかる。
捕まる。
捕まったらどうなる。
殺される。
何もわからず。
きっとそうだ。
何もできない。
嫌だ。
何もわからず死ぬのは嫌だ。
せめて------妹は、妹だけは------
そうだ。
俺は、この子の兄貴だ。
あの時---はじめて会ったとき---友莉奈はこう言った。
一人ぼっちだった。
辛かった。
寂しかった。
俺は、妹にそんな苦しみを味わわせてしまっていた。
それを償えるのかどうかは、俺にはわからない。
だが---それなら。今からでも。
「---俺は、この子の兄貴だ------たった一人の肉親だ------
俺は------今度こそ守る…守らなきゃならないんだ-----------!!」
俺は叫んだ。
友莉奈を守れるのは----------俺だけだ。
絶対に、俺はもう、この子を一人ぼっちにはしない。
その覚悟を持って、俺は魔法を行使する。
なんでもいい、守るための力が与えられれば。そう強く願った瞬間---------
俺の手に、紅蓮の炎が瞬いた。
「えっ--------!?」
傍らの友莉奈が驚くのも無理はない。俺の魔法の特性は、その場にあるものから物を創るというもの。だが、俺の右手には、確かに炎が宿っている。周りに火種などないにも関わらず。
炎は勢いを増し、ひとつの形を作る。
あの時-------友莉奈が形作った、炎を纏った十束剣へと。
「友莉奈に------俺の妹に------近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺も訳がわからなかった。だが、そんなことは関係ないとばかりに、俺は炎を纏った剣を薙いだ。
型やら何やら、そんなものは知らない。ただがむしゃらに、剣を振り抜いただけ。
だが、それでも、その場にいた黒服たちの度肝を抜くには十分だったようだった。
剣から吹き出した凄まじい熱量をまとった炎は、黒服たちを焼き払うことはなかったが、俺たちを取り囲む壁となって、伸ばされる手を片端から阻み、指一本触れることを許さない。
「------坊主、よく言ったぜ。」
白州と呼ばれていたあの男が言った瞬間------
数発の銃声の後、俺たちを取り囲んでいた黒服たちが、まとめて倒れ付した。それを皮切りにして、炎は勢いを弱め、火の粉となって霧散する。
「------あんた、何だよ…どういうつもりなんだよ…。」
俺は、仲間を撃ったこの男に向けて、声を絞り出す。男は銃をしまい、それからにかっと笑って、こう言った。
「すまんな、演技は下手くそなもんでな。こいつらがいる手前、あんな下手な芝居を打って連中の仲間を装うしかなかった。だがまあ、お前さんらのおかげで上手いこと気を引いてもらえた。痛い目に合わせちまったこと、本当にすまんかった。」
男はサングラスを外し、外の胸ポケットから何かを取り出して、俺たちに向ける。それは身分証のようだった。
「俺は白州邦彦。アメリカ連邦捜査局…お前さんらからすると、FBI、っていった方が伝わりやすいか。そこで潜入捜査官をしてる魔法使いだ。とりあえずは、お前さんらの味方だ、と思ってくれりゃいい。」
とりあえず、家まで帰ってきた。
あの後、警察車両がたくさん来て、転がっていた黒服たちをしょっぴいて行った。この男------白州さんが何やら警官の人たちと話をしていたが、警官の人は白州さんのことを知っていたようで、それで一気に白州さんに対する警戒は解けた。その後、白州さんが警視庁にいた頃からの友人という刑事さんの運転で、俺たちは帰ってきた、というわけだ。…覆面パトカーとか、はじめて乗ったぜ。
先に帰っていたらしいユリ姉が、覆面パトカーから出てきた俺と友莉奈、そして白州さんを見て怪訝な表情をしたのは言うまでもない。当然だ。ユリ姉は前に一度俺と一緒に白州さんに声をかけられた時でさえ、あんなぶっきらぼうな対応をしていたのだ。だが、刑事ドラマで見るように身分証を見せて対応する白州さんを見て、ああ、ヤーさんっぽいのは見た目だけで、やっぱ警察関係の人なんだな、と思った。そこまでしてようやく、ユリ姉も白州さんが怪しいもんではないと理解したらしく、来客用のスリッパを持ってきて白州さんを家に招き入れた。
「…あの…あの時は本当にごめんなさい…。私、すごく感じの悪いことを言ってしまって…。」
「なあに、あの時の俺は奴らに怪しまれるのを避ける必要があったからな。他の人間に怪しまれちまうのも仕方がねぇさ。それよりも、小湊博士のアンドロイドか…まさかとは思ったが、この町にいるとは思わなかったぜ。…しかし嬢ちゃん、このお茶はそれなりに値段がするやつだろ?香りが全然違う。」
「いえ、近所のスーパーの一番安いものなんです…ごめんなさい、もっといいものをお出しできればよかったんですが…。」
「何だって!?…ということは淹れ方か…それとも安い茶葉の中でもいいものなのか…どちらにせよお見事だな。」
そんな会話をする白州さんとユリ姉。…何だろう、すっかり打ち解けていらっしゃる。
「…ええと、白州さん…。」
俺はとりあえず、白州さんにいろいろと聞きたいことがあった。
「とりあえず、白州さん、FBIなんですよね?確かFBIって、アメリカ国内の事件でしか動かない、って聞いたことがあるんですけど…。」
「ああ、それをまず説明せんといかんか…。」
白州さんはお茶をすするのを止めて、俺に向き直る。
「一応な、俺たちも元々はアメリカ国内のある事件を追ってたんだ。そうしたら…元凶がこの日本にあることを突き止めたわけだ。」
「…その事件って…?」
「…ああ、すまん、それを言ってなかったな…まあ、所謂違法取引ってもんだ。」
「…違法…取引、ですか。」
「そうだ。だが、連中がそんな大がかりなことをしてる割に、一向に尻尾がつかめねぇ。そんな時に、銀色の髪の少女…要は、坊主の妹の嬢ちゃんのこったが、何か関係があるらしいっていう情報を耳にしたんだ。…だから、俺は何としても、この事件を解決するために、嬢ちゃん、お前さんを追う必要があったってことだ。」
それを聞いた友莉奈が、びくっ、と肩を震わせる。
白州さんは、友莉奈に近寄っていって、目線の高さを合わせて言う。
「…嬢ちゃん、利用しちまったみたいで、本当にすまなかった。それで、なんだが…俺たちの捜査に、協力してはくれねぇか?一応潜入である程度のことはわかったが、それでもまだ足りない。少しでも情報が欲しい。連中のアジト、他にしていること、何だっていい。俺に話しちゃくれねぇか?」
「………。」
友莉奈は、口をつぐんだまま。
白州さんの追求は続く。
「…何か、言えない理由があるのか?連中からの口封じ…それとも別の理由か?安心しろ、悪いようにはしない。」
そこまで言うと、友莉奈は諦めたように、口を開いた。
「……できれば、お兄ちゃんにだけは知られたくありませんでした。」
そう言って友莉奈の流す涙を見たとき。
「…あの…白州さん…友莉奈も。」
俺は声を上げていた。
「…友莉奈。お前が言いたくないなら、俺はそれでいい。白州さん、俺、席を外します。」
白州さんは不思議そうな顔で、俺に言う。
「いいのか?お前さんは肉親だろう?知る権利はちゃんとあるんだぜ。」
「…確かに、それで俺の知らない妹はわかるかもしれません。…でも、俺はもう、妹の泣き顔は見たくない。俺に話したことで、それで妹が辛い思いをするなら、聞かなくていい。…俺の子供の発想かもしれませんけど…でも、それでも、せめて俺の前でだけは------この子には笑っていてほしい。そして…いつか話したいと思ってくれたときに話してくれればいい、ずっと仕舞っておきたいと思うなら仕舞っておいてくれていい、それが、俺の本心なんです。」
そう言って、俺はリビングを出た。
「お兄ちゃん------」
友莉奈の声が聞こえたが、あえて俺は聞かなかったふりをしてドアを閉める。
友莉奈は、どう思うのか。
俺にはそれはわからない。
だが、さっきの言葉は、飾らない俺の本心。
それだけは、誰がなんと言おうと変わらないのだ------
夜。
あの後、ユリ姉も俺と同じく席を外したらしく、友莉奈は白州さんと二人でいろいろ話をしたみたいだった。その後、おじさんとおばさんが帰ってきたところで、白州さんから家の周囲に魔力防壁を設置する提案があった。
俺と友莉奈に配慮したのか、俺と友莉奈が暴漢に襲われて、たまたま通りかかった白州さんが助けてくれて、学園が休校の間、もしもまたこんなことがあるかもしれないので、念のために、というシナリオになっていたけれど、実際事実なのでそこは目をつぶる。また、休校が解除された後も、安全が完全に確認できるまでは毎朝白州さんの仲間が送り迎えをしてくれるらしい。…またあの覆面パトカーじみた車に乗せられるのかとも思ったが、どうやらそうではないようで安心した。もしもあんな車で送り迎えなんぞされた日にはまた学園で一世を風靡してしまうだろう。まあ、魔力防壁の維持は俺や友莉奈みたいな魔力持ちがいなくてもできるから、それほど苦ではないだろう。
「…まあ、魔力防壁はあくまでも念のためだが、俺たちが見てないときに外に出ちまったら、さすがにフォローできるかどうかは怪しい。だから、お前さんたちには安全を確認できるまではできる限り家から出ないようにしてもらわなきゃならん。不自由をかけるようだが、我慢してくれ。妹ちゃんからはいろいろと有益な情報をもらえたからな。もうしばらく辛抱してくれや。」
防壁の準備が終わった後、白州さんはこう言って帰っていった。
俺は晩ご飯が済んだ後、部屋でスマホを片手に調べものをしていると------
「…ん?」
通話アプリのメール機能が着信を知らせた。差出人は------
「------友莉奈か。」
俺はアプリのメール画面を開く。
『お兄ちゃん、今日はありがとうございました。
私のことを気遣ってくれたのですよね?
正直なところ、まだ私は落ち着いているとは言えないと思います。
だから、明日まで待っていただけますか?
私も、優しいお兄ちゃんにだけは隠し事はしたくありません。
それをお話しするのは怖いです。
でも、だからこそ、お兄ちゃんにだけは聞いてほしいのです。
それから、その時にもうひとつ、お話ししたいことがあります。
とてもとても大事なことです。私は眠れないかもしれません。お部屋に行くので、待っていてください。
寝不足のままでお兄ちゃんとお話しするのは恥ずかしいので、そろそろお布団に入ります。おやすみなさい。』
丁寧な文面が、画面の中にあった。
きっと、今日白州さんに話したことを、俺にも話してくれる------その覚悟をした、ということなのだろう。
なら、俺はそれを聞くだけだ。
いろんなことを、一緒に考えるだけだ。
…ユリ姉には、この話はしたのだろうか。
…いや、それは考える必要もないだろう。
友莉奈は、ユリ姉をあまりよく思っていない。今日話したことで多少なりとも誤解は解けただろうが、それでも多くを認めるには時間もかかるし、二人ともお互いを知っているわけでもない。
…少しずつ、仲良くなっていければいいのかな。
そう思って、俺は布団に入った。
(another view“Yurina”)
メールを送った後、私はぼふっ、とベッドに転がった。
本当ならば、直接会って、お話をするべきなのだろう。
だが、いきなりお話をするのは、やっぱりちょっと怖い。
そんな状態でお兄ちゃんと話したところで、お兄ちゃんを心配させるだけで、お話したいことの半分もお話をすることができないだろう。
…私にも、落ち着く時間が必要だ。
今日、お兄ちゃんとお話ししたこと、白州さんとお話ししたことを、心のなかで反芻する。
私は、ここに来る前に、取り返しのつかないことをしてしまった。
その時思わなかったことが、あの幽霊探しの夜------お兄ちゃんが危険な目に遭って、そしてその時私がしたことをユリアさんに咎められて、はじめていけないことだってわかった。理解してしまった。
私のしたことは------私の力は、恐ろしいものなのだということを。
ユリアさんの「悪い子にならないで」という言葉は、飾らない本心だったということを。
…でも、だからこそ、認めたくないことがある。
ユリアさんは------アンドロイドだ。
確かに、人と同じような不合理な考え方をすることもあるということはわかった。
だが------それはあくまでも、一般論における話。
人間には------それ以上に尊くて、そして捨てることも、忘れることもできない感情がある。
私がここに来る前からずっと持っていた、お兄ちゃんに対する感情。
この世の中における、最大の不合理といってもいい、そんな感情。
それを持っているのは------持つことができるのは------人間だけだ。
機械に、それは絶対にわからない。わからないはずなのだ。
だから、私は、あの人とは違う。
お兄ちゃんに…私の大切な人に、好きという感情を持っているのは------私なのだ。
多分、このタイミングでなければ、すべてを…この気持ちですらも、私は打ち明けることはできないかもしれない。
ならば、私はそれに賭けたい。そう思った。
(another view “Yuria”)
私は考えていた。
友莉奈ちゃんは、あのあと白州さんとどんなお話をしたのだろうか。
それは、次の日、目が覚めてもなお、消えることはなかった。
あの時、エルは自分から進んで、席を外す決断をした。
私は、それを見て、多分、私も聞かないほうがいいかな、と思った。
…でも、本当に私は、そう思ったのか。
エルが聞かないなら、と、ただその場の空気に耐えかねただけなのではないか。
あの時、友莉奈ちゃんは私に対して、話を聞かないでほしいとは言わなかった。
私は、その時に聞かないという判断をした。
…それなのに、今、私はあのこの子に話してほしいと思っている。
辛いことを思い出させるかもしれないのに。
白州さんに話すのだって、勇気がいることだったろうに。
…決めた。
あの子のお部屋に行こう。
私は、あの子のお姉ちゃんだ。
話してくれるかはわからない。私のわがままかもしれない。
でも、だからこそ私は知りたい。
あの子の今までを。
私の知らないあの子を。
そう思って、お部屋の前まで来たとき------
「…大丈夫…大丈夫…。」
声が聞こえた。
私は、開いているドアの隙間から、中の様子をみる。
友莉奈ちゃんは、そこにいた。
でも、雰囲気はまったく違う。
あの服は------来たばかりの頃に買っていたあの服だ。
どうして。
私の知る限り、あの後、あの服を友莉奈ちゃんが着たことはない。
なのに、どうして今になって------
友莉奈ちゃんは、私にはまったく気づいていないのだろう。ぶつぶつと呟き続けている。
「…言いたいことは整理しました…。おめかしもしました…。…あとは気持ちだけ…。」
…友莉奈ちゃんの言っていることが、耳に入ってくる。
…まさか。
…まさか?
私は、何を考えた?
あの子が、これから何をすると考えた?
白州さんとの約束で、私たちは学園に行く以外の外出はしばらくはできないと言っていい。
ならば、必然的に家の中にいることになるのは避けられない。
なのに、あの子はおめかしをしている。
エルとの買い物の時に買った------
…エル?
ピースが、繋がる。
あの子は------エルが好き。
はじめて会ったときから、なんとなくわかってはいた。
友莉奈ちゃんの気持ちは、多分、本物だ。
それは、兄妹としてのものでは、多分、ない。
それだけ、あの子はエルが好き。
私は------
そこまで考えて、私は気がついたーーー気がついてしまった。
あの子たちは、血の繋がった兄弟だ。
私は、止めないといけない。
なぜ。
法で認められていないから?
世間体を気にしなくてはいけないから?
…いや、違う。
私は------エルに貼りつく友莉奈ちゃんに対して、何て言ってきた?
「離れなさい」
「エルにくっついていいのは、私だけ」
そう、言っていた。
世間体や法で認められていないから、という理屈では、この言葉は決して出ては来るまい。
あの時、私はどう思った?
嬉しかった?悲しかった?
…そんなわけない。
心が、締め付けられるように痛かった。
なぜ?
怪我をしたわけでもないのに。痛い思いをしたわけでもないのに。
ただ、エルにくっつく友莉奈ちゃんが、エルをどこか遠いところに連れていってしまうのでは、そう思っただけ------
あぁ、ようやくわかった。
あの子と同じ気持ちを、私は持っている。
だから、認めたくない。
たとえ、わかり合おうとした妹であろうとも。
嫌だ。
このままでは、エルが遠くに行っちゃう。
私の手の届かないところまで。
そんなのは嫌だ------嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!
「…ごめんね、友莉奈ちゃん------嫌なお姉ちゃんで、ごめんね------」
私の足はすでに、エルの部屋へと向いていた------
「…エル…ちょっとごめんね。」
ドアがトントン叩かれた。
「…ユリ姉?」
俺はすぐにドアを開けて、ユリ姉を部屋に入れる。
ユリ姉は震えていた。寒さなど感じないであろう体なのに、病気も知らない体のはずなのに------それでも、ユリ姉の体は小刻みに震えている。まるで、これから何かが起きることを予感して、それに怯えているように------
「…ユリ姉?どうしたの?」
俺がベッドに腰掛けて言うと、ユリ姉は一瞬びくっとしたが、深く深呼吸をして、ベッドに腰掛ける。そして、ぽつりと言った。
「…ねえ、エル。…友莉奈ちゃんのこと…どう思ってる?」
「え…?」
いきなりの質問だった。
…好きか、嫌いかってことか?兄妹として?それとも異性として?
そんな解答に対して、俺はまったくと言っていいほど解答を用意できていない。
「-------答えて。」
何を言っていいのかわからない俺に、ユリ姉は強く言ってくる。
俺は、正直に答えることにした。
「…わからない。ずっと兄弟っていう認識だったし…そういう意味では…大切なんだと思うけど。」
そんな言葉しか返すことができない俺だったが、ユリ姉は「…そっか。」と言って続けた。
「…正直なことを言うとね、私、怖かったんだ。私はアンドロイドで、エルと一緒に成長していくことも、老いて死ぬこともできない。確かにエルの魔力がなければ私だって動くことができなくなってしまうけれど、それは人のような完全な死じゃない。いつかはエルは大人になって、おじいちゃんになって…私の前からいなくなっちゃう。…それでも、私はエルと一緒にいたかった。大切な弟の成長を見守って、一緒にご飯食べて、一緒に学校に行って…エルがいなくなっちゃうことがわかっていたから、辛いとわかっていても、それでも、エルと過ごしたかけがえのない日々を過ごして…思い出をたくさん作りたかった。…変だよね、アンドロイドなのに。私の思考なんて、プログラムでしかないはずなのに。」
ユリ姉は一度言葉を切って、俯いて小さな声で続けた。
「…友莉奈ちゃんが来なかったら、この思考の正体に気づかなかったんだろうね。」
「ユリ姉…?」
「あの子が来てから、私の思考が少し変化したの。エルを…大切な弟で、いつもそばにいてくれた…私の大好きな人を…あの子に取られたくないっていう思考に------」
…何だって?
ユリ姉の言葉は続く。
「あの子は…可愛いだけじゃなくて、私よりずっと強い子よ。意志だって、魔法の力だって。それに…あの子は人間。アンドロイドの私とは違う。エルと一緒に生きていくこともできるし、どちらが早いかはわからないけれど、寿命だってきちんと来る。…正直、あの子に比べたら、私は敵わないものだらけ。…それでも、私はあの子にエルを渡したくなかった…。あの子にエルと過ごす時間を取られたくなかった…。プログラムされてるわけでもない…おじさんの組み込んだ私のAIが…私が、エルを男の子として好きなんだって学習して、理解してしまっていたから------」
…何を言えばいいのか、正直わからなかった。
ユリ姉のAIは自律思考学習型。父さんが組み込み、ユリ姉自身の努力によって心まで獲得するようにまでなったそれは、ユリ姉に「人を愛する気持ち」さえも学習させていたのか。
そして------ユリ姉が愛したのは------俺だったのか。
俺は今までのユリ姉の行動を、思い出せるだけ思い出した。朝起こしに来るユリ姉、ご飯をよそってくれるユリ姉、通学路で俺と話すユリ姉。正直、俺も姉という認識でいた。くっついてくるのも、姉のスキンシップのひとつだと思っていた。
だが、違う。
以前、俺はクラスの連中に囲まれたときにこう言われた。
「ユリ姉と付き合ってるのか」と。
あの時、俺がそれを否定した時のユリ姉の悲しそうな表情。
それは------ユリ姉が俺を、異性として愛してくれていたからだったのか?
「…ねえ、エル。もう一度聞くね。友莉奈ちゃんのこと…妹としてじゃなく…女の子として、どう思ってる?」
「それは------」
俺は答えられない。
「もしも------」
ユリ姉が、俺をうるんだ瞳で見つめる。
「もしも…友莉奈ちゃんを選ぶつもりがないなら----------私を選んでくれる…?」
「ユリ姉―――--」
ユリ姉が俺の肩を掴んで、強引に俺をベッドに押し倒した。俺は抵抗する間もなく転がってしまう。
「ごめん…ごめんね、エル…。でも---------私、もう限界なの…。エルを好きな気持ち…止まらないの…!!心が痛いって、こう言うことなの…。人を愛おしく思う気持ちって・・・こんなにも止められないものなんだ…!!」
ユリ姉は何もできない俺に顔を近づけて、張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「…私は…エルが好き。友莉奈ちゃんもエルが好き…。私は、エルをあの子に取られちゃうのが嫌…!!私だけを見ていてほしいの!!」
「---------お兄ちゃん…ユリアさん…?」
声が聞こえて、俺ははっとしてドアの方を見る。
友莉奈が--------そこにいた。
-------美枷家に居候することになった次の日、あのブティックで買った服を着て。
「友莉奈ちゃん------」
ユリ姉が声を出した時------
「…っ!!」
友莉奈は最初は顔を青ざめて立っていたが、途端にくるっと向きを変えて部屋を飛び出した。階段を一気に駆け下りて、あの時に服と一緒に買ったストラップシューズのままで玄関から飛び出していく。
「友莉奈!!」
「友莉奈ちゃん!!」
俺とユリ姉は友莉奈を追って家から飛び出した。ついでに白州さんに連絡を入れる。
「白州さん!!友莉奈が家を飛び出して…!!」
『あぁ!?何だと!?ちっ、防壁の中から出るなって言ったろうに…!!』
「すみません、俺とユリ姉で先に手分けして探しますから!!じゃあ!!」
『あ!?おい坊主!!お前らは------』
白州さんの返答を待たずに通話を切る。
俺たちは白州さんたちに守られている身。危険なことは百も承知だ。止められることはわかっている。だが、俺は放っておくことはできない。
友莉奈は、俺に待っていてほしいと言った。
それは、伝えたいことがあったからではないのか。
なら、どうして友莉奈は逃げ出した?
------まさか。
俺が、そういわれていたにも関わらず、ユリ姉を部屋に受け入れたからではないのか?
…俺は馬鹿だ。
俺の選択は、他人を不幸にさせるばかりだ。
くそ…くそっ!!
だが、悔やむのは後だ。
それよりもまずは友莉奈を連れ戻すことが先決だ。
見つけて、そして謝らないといけない。
「ユリ姉、俺は駅前の方を探す!!ユリ姉は逆を頼む!!」
「うん…!!見つけたらお互いに連絡ね!!」
俺たちはそう言って、逆方向に散っていった。
…しかし、どこに行けばいいんだ。
友莉奈の足取りは、正直まったくわからない。あの学園での肝試し風鬼ごっこの最中にも思ったことだが、友莉奈は足も速く、軽業師じみたことだってできる。あの気配に鋭いはずの万渡さんですら容易に探知するのも難しい気配遮断スキルだって持っている。もしも隠れられてしまえば、俺に見つけることはおそらくほぼ不可能だ。
くそ…とりあえず、ありえそうなところを探してみるしかない…!!
俺はまずは駅に向かった。電車でどこかに行ってしまっているならこれもまた追いかけるのは難しくなってしまう。顔見知りの駅員さんがいたので、俺は大声で呼びかけた。
「すみません!!妹を…銀色の髪の女の子を見ませんでしたか!?」
「銀髪の女の子?さあ…僕はずっとここにいるけど、見なかったなぁ。」
「…そうですか…ありがとうございます!!」
俺は駅員さんの返答を待たずに回れ右をして走り出す。
駅に来ていないということは、電車に乗った可能性は低い。お金はかなり持っているはずだから他の交通機関を使って出て行ったかもしれない、そうなればさらに追いかけるのは不可能になるだろう。駅の改札前から飛び出した直後にそう思った俺は、スマホを取り出して片っ端からこの辺のバス会社やタクシー会社に連絡して、駅に停まっているタクシーやバスの運転手さんにも片っ端から声をかけ、もしも友莉奈らしき女の子がいたら連絡してほしい旨を伝えた。
「次は…ショッピングモールか…?」
ここからあのショッピングモールまでは近い。とにかく行ってみるしかないと、俺はまた走り出す。
ショッピングモールは、あの日と変わらず繁盛していた。当てはなかったが、とりあえずあのブティックへと行ってみよう。俺はブティックへと走り出した。よし、開いている。前に友莉奈のあの服のコーディネートを考えてくれた店員さんもいるようだ。俺は店員さんを捕まえて、前に来たことのある銀髪の女の子は来ていませんか、と聞いてみた。しかし、結果は「来ていない」だった。
このまま学園にも行ってみたが、たまたまいた用務員の先生に聞いても、これまたはずれ。
くそ…。どこだ…どこにいるんだ、友莉奈…!!
あきらめるな…考えろ…考えろ…!!
まだ水織市に詳しくないはずの友莉奈が知っている場所・・・それはどこだ?どこなんだ!?
「--------------。」
------------いや、一つある。
俺もユリ姉もよく知る場所。
俺はつま先をその方向に向け、一直線に走り出していった。
-----------友莉奈、待ってろ。
夕暮れ時ではなく、日中にここに来たのは初めてかもしれない。
ここは、父さんの墓前。
-----------友莉奈は、やはりここにいた。
あの時買ったあの服を着て佇んでいる友莉奈は、ここが墓地であるという異様な風景の中でも…いや、異様な風景だからこそ、童話に出てくる、ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込んでしまった少女、アリスのような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「友莉奈…。」
俺は声をかける。
「----------お兄ちゃん…。」
友莉奈は涙をいっぱいに湛える両目でこちらを一瞬振り返ったが、すぐに顔をそらしてしまう。
「心配したんだぞ、ほら、帰ろう。ユリ姉も白州さんも心配してたぞ。」
俺はもう一歩踏み出そうとして------
「-----------来ないで…!!」
友莉奈の叫びに、足を止めてしまう。
「お兄ちゃん----------」
友莉奈はもう一度こちらを、今度はしっかりと見つめてくる。
「…ユリアさんは…アンドロイドなのですよね…?」
そして、こんな質問を、俺に投げかけてきた。
「…どういう意味だ?」
「私は------人間です。アンドロイドではありません。機械の体も、高性能な人工知能も持っていない、普通の、お兄ちゃんと同じ人間です。しかも、ユリアさんは…見た目も性格も、悔しいですがすごく素敵な方です。それでも…ユリアさんには負けることはない、実の兄妹とか関係ない、お兄ちゃんが好きなのは私なんだっていう、絶対の自信があったんです…。だって…。」
友莉奈は一度言葉を切る。そして、墓地に響き渡るくらいの声で叫んだ。
「---------だって、人には心があるんです!!ゼロと一のプログラムでの思考じゃない…どうしようもない思考…心の中の気持ち…喜ぶことも、悲しむことも、人を好きになることも嫌いになることも、一緒にいたいと思うことも、離れていきたいと思うことも…それは、人だけのもののはずなのですから!!…でも…どうして…どうしてあの人には…お兄ちゃんを愛する気持ちが宿っているのですか…?どうして…私が心に持っている痛みと同じものを持っているのですか…?さっきあの人は言いました…。お兄ちゃんが好きな気持ちが止められない…心が痛い…人を愛することはこういう事なのねって…なんで…どうしてそれを理解できるの…!?どうしてそれを知っているの…!?私が…人だけが持つはずのその気持ちを…どうしてアンドロイドであるはずのユリアさんが持っているの…!?…わからない…わからないわからないわからない!!ユリアさんがその気持ちを持っていないと思っていたからこそ、私には勝算があった…。でも…気持ちが同じだったら…私がユリアさんに勝てるところなんて何もない…!!容姿も、性格も、周りからの信頼も、お兄ちゃんと過ごした時間も、思い出も…!!行動を起こすのだって、ユリアさんはいつも、どんな時だって早かった…。今日だって…!!私はメールを使った回りくどいことしかできなくて、お洋服を着替えた後も、嫌って言われたらどうしようって、ずっと悩んで悩んで…。そうしたら…ユリアさんに先を越されちゃった…。私は何をしてもこの人には勝てないんだって、それを目の前で思い知らされてしまったのです…!!」
俺は、何も言う事ができなかった。どんな言葉をかければいいのかがわからなかった。
会った頃から、友莉奈の俺に対する好意が尋常じゃないことはわかっていた。
しかし、それを俺は妹だから甘えたいんだろうと、それだけの理由で友莉奈の気持ちを押しこめていたのではないのか?
心の中で、ユリ姉には勝てないとささやく弱い自分に負けるのは嫌だと、必死に自分と戦おうとしていた友莉奈に、俺は何をしてやれた?
何もしてやれていないじゃないか。
俺は、本当に馬鹿だ。阿呆だ。間抜けだ。クソ野郎だ。
俺の度重なる優柔不断さが、ユリ姉だけでなく、友莉奈までをも傷つけた…。
「帰ろう、友莉奈。もう一度、今度はユリ姉と一緒に話そう。」
…これ以上、友莉奈の心の叫びを聞きたくなかったのかもしれない。俺はそんなことしかいうことができなかった。
…そうだ、ユリ姉と白州さんに連絡しなくちゃな。忘れてた。スマホを取り出し、ユリ姉の番号をコールする------
「おやおや、久しぶりだね、永流君。」
俺の知っている男性の声だった。
「…所長さん?」
俺が振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
俺より背が低く、全体的に丸い見た目。この人を俺は知っている。父さんの研究所の所長さんだ。小さい頃、研究所の本館にあった父さんの第一研究室に連れて行ってもらった時に会って、父さんの葬式にも参列してくれた人の一人だ。
「少し見ないうちに、大きくなったものだ。」
「ええ、まあ。最後にお会いした時は、確か数年前でしたし、その時はまだ中等部生になったばかりでしたから…。」
「ところで、その隣の女の子は…。」
「あ…忘れてました。俺の妹です。生き別れになっていたんですが、ちょっと前に偶然再会しまして。友莉奈、こちら、父さんの研究所の所長さんで------」
俺は、友莉奈に所長さんを紹介しようとして------
「---------------。」
怯えた表情をして固まっている友莉奈に気がついたのは、その時だった。
「…友莉奈…?」
「…どう…して…どうして…。」
友莉奈の目は、所長さんのある一点に注がれている。
黒いスーツの襟元。そこにあって、俺も見たことのある光るものは、研究所職員がつけている------かつて研究員であった父さんがつけていたものと同じ、緑色のバッジ。
「ほほう…妹さんか…。ふふふ…ようやく白州の…あの裏切り者の張ったバリアの外に出てきてくれたか…。」
何だ。所長さんは一体何を言っている。
まさか、友莉奈や白州さんと面識があるとでもいうのか?
所長さんが指を鳴らす。
すると、あらかじめ配置についていたのだろう。俺たちの周りの墓石の影から、所長さんと同じような服を着た------白州さんが俺たちの味方だということがわかった時。その時に俺たちを襲ったのと同じような黒服の男たちが次々に躍り出た。------見ると、こいつら全員、所長さんと同じバッジをつけている。つまり、研究所の職員だ。…だが、その手に黒光りする銃器たちを持っているということは、明らかにそんな平和的な人たちではないんだろうということは、俺は前回の白州さんに会った時のことをもとに分析していた。
…なんだ、いったい何が起こっているんだ?
「探しましたよ、お嬢ちゃん。まったく、鬼ごっこはここまでだ。」
所長さんが言う。
「所長さん…あんた、何者なんだ…?」
俺は所長さんを睨みつける。鬼ごっこ?何だそれは?
「ほう…その目、あの時の君のお父さんの目にそっくりだ。」
あの時?あの時とは何だ?この人はそんな目を父さんに向けられたことがあるってのか?
俺は訳が分からない。
「はぁ------あぁ------」
-----------友莉奈の呼吸がどんどん荒くなっていっているのにようやく気がついた時。
「---------------いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
友莉奈が、墓地を通り過ぎて水織市全体に反響するような声で叫んだ。
友莉奈の声に呼応するように、紅蓮の火の粉が友莉奈の全身から噴き出す。
何だ。どういうことだ。誰か説明してくれ。
友莉奈は、何に怯えている?
いや、それよりもまずは友莉奈を落ち着かせなければ…今回はあの時------友莉奈とはじめて会った時とは違う。めちゃめちゃ怪しいとはいえ、人が大勢いるんだ。こんなところ、そしてあの時の規模で魔法を暴発させたりしたら、下手をしなくても死傷者が出る…!!
「友莉奈!!いったいどうしたんだ!!友莉奈!!」
俺は声をかけ続けるが、それでも友莉奈の慟哭は収まらない。目を固く閉じて、火の粉を纏い、空気を灼熱に変え、体を抱えて全身を震わせる友莉奈。
…だめか!!
こうなれば、一か八か、友莉奈の魔法が完成してしまう前に被害を最小限にするために行動するしかない。それができるのは、唯一、友莉奈と同じかそれ以上の資質を持つ俺だけだ------
そう思った直後----------
「-----------あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
友莉奈の渾身の叫びが響き渡った瞬間、目に映った、大きく膨れ上がった炎の玉が空に浮かび、友莉奈の魔法が完成してしまったことを告げた。------くそ…間に合わない------!!
友莉奈が掲げた右手を思い切り振りおろす。支えるものを失った炎の玉が自由落下を始め、俺たちを押し潰しもろともに爆発------------しなかった。
「-----------え…?」
友莉奈が驚愕の表情を浮かべる。当然だ。自分の渾身の魔法が、俺たちに届く寸前に紡いだ糸が解けるようにばらけ、呑みこもうとした俺たちを避けるようにしながら霧散したのだから。
友莉奈の魔法は、俺から見ても完成度はピカイチだった。あの規模であれだけ完成された炎の魔法は例がない。こんなイレギュラーじみたことがなければ、炎は確実に俺たちだけでなく、この墓地のあるお寺をもろともに焼き尽くしていただろう。
…だが、おかしい。
前にこの場所で友莉奈が魔法を使った時は、今のよりもはるかに小規模とはいえ爆発が起こった。確かに、マギアフロート‐魔力浮遊地帯と呼ばれる、自然界でありながら魔力が噴出している場所のことだ‐に行けば、魔力関係の力は浮遊する自然界の強力な魔力に妨害されて今と同じようなことが起こる場合があるのだということは、学園でも勉強することもあり割とよく知られている。だが、そういった場所というのは基本的に自然のエネルギーが多く存在する高い山脈や海溝などで、世界でも知られているところはそう多くない。少なくともこの辺の山や海や川はおろかこんな街中にはそんなもんはないことを、俺は経験上理解していた。
自然的なことじゃないとしたら、残る可能性は一つ。
「所長さん…あんた…何をしやがった?」
俺は友莉奈の発狂に多少なりともビビるわけでも、炎に怖気づいて逃げるというような素振りすら見せることのなかった所長さんを見て言った。
所長さんはその問いに、今までではじめて見る、気味の悪い笑顔を浮かべて言った。
「ははは…!!その娘にはいささか手を焼いたのでねぇ。友莉奈ちゃん、私たちが君の魔法をどうにかして対処すると考えなかったのかね?それともそんなことを考える余裕はなかったかね?まあ、いずれにせよ、我々に囲まれている限り、君たちは魔法を使うことは不可能なのだよ!!」
…やっぱりな。
今は世界中で魔法を使った犯罪や戦争の抑止のため、魔法使いが犯罪者や兵士であることを想定した装備が開発されているということを聞いたことがある。おそらく、こいつらはそのうちの何かを持っているのだ。
『…エル!?友莉奈ちゃん、見つかったの!?』
ようやくユリ姉が電話に出たらしい。スマホからユリ姉の声が響いてくる。
それを見て、黒服たちが動いた。四方から数人で俺と友莉奈を羽交い絞めにしてくる。
「いやぁぁぁぁぁっ!!離して・・・!!離してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
叫ぶ友理奈。くそ…身体強化だけでも使えれば…!!
「友莉奈!!くそ・・・ユリ姉――――――――ぐっ…!!」
正面の黒服から鳩尾に当て身を食らい、意識が朦朧とする中、
『エル!?友莉奈ちゃん!!どうしたの!?いったい何が------』
落としたスマホから聞こえるユリ姉の声が、靴底でスマホを踏みつぶされる音と共に途切れた。
(another view“Yuria”)
いきなり切れた電話。自分のスマホをじっと見て、私は焦りの表情を浮かべる。
さっきの叫び声の主は、確かにエルと友莉奈ちゃんだった。
二人に何かあったんだ。
震える手で、白州さんから教えてもらっていた番号をコールする。白州さんはすぐに電話に出てくれた。
『…美枷の嬢ちゃんか?どうした、何があった?』
「…白州さん…!!二人が…エルと友莉奈ちゃんが…!!」
『落ち着け。とにかく俺たちと合流しよう。それから一つずつ、俺の質問に対して丁寧に答えてくれ。坊主からさっきあった電話では、妹ちゃんとお前さん等が家をすっ飛び出していったことしかわからなかった。嬢ちゃん、今お前さんはどのあたりにいる?』
「ええと…私のおうちを中心として、駅の方角から逆方向…北町団地公園です…。」
『わかった。今から俺が向かう。そのままそこに待機しといてくれ。』
その電話から10分ほど経って、白州さんが到着する。
そこで、私は今までに起こったことを、ひとつひとつ丁寧に説明していった。
友莉奈ちゃんが家を飛び出していったこと。
エルと私は、駅前の方をエルが、団地の方向を私が手分けして探したのだということ。
そして、スマホを家からずっとポーチに入れていたせいか、エルから電話がきたのになかなか気づけず、気がついたとき、エルと友莉奈ちゃんの叫び声を最後に、電話が切れてしまったのだということを。
私が、もっと早く電話に気づいていたら------エルと離れることがなかったら------
よく考えれば、こんなことになってしまった発端は私だ。
私が、エルに自分の気持ちを伝えたからだ。
友莉奈ちゃんの気持ちを、まったく考えていなかったからだ。
私は知っていた。
友莉奈ちゃんが、部屋であの服を着て深呼吸しているのを。
その時にわかった------わかってしまった。
あの子の気持ち。妹としてではなく、エルに一人の女の子として見てほしい、という気持ち。
そして------それは私がエルに抱いている気持ちと、ほぼ同じ気持ちだということを。
そして思った。思ってしまった。
それは、このままでは、エルがあの子に取られてしまう、そんなのは嫌だ、ということ。
そして気がついたら------エルの部屋にいた。
自分の気持ちを、友莉奈ちゃんより先に打ち明けてしまっていた。
それを聞いて、友莉奈ちゃんは家から飛び出してしまった。
私と同じ気持ちであったなら、さぞ心が痛かったことだろう。絶望させてしまっただろう。
しっかり計画を立てて、不安とずっと戦って、しかし、それをすべて、目の前で私が勢いに任せてさらっていってしまったのだから。
謝って済むような話じゃない。
「------私は------なんてことをしたの------?」
あの時と同じだ。
エルの幼稚園のお友達に乱暴なことをしてしまった時…あの時と同じだ。
あの時、私は本当に辛かった。出来損ないの烙印を押されて、周りからも白い目で見られて。
――でも、あの時、きっと一番辛かったのは、私じゃない。
きっと、エルのおじさんと、そして、エル自身だ。
おじさんは、私を作ってくれて、アンドロイドとしての命を与えてくれて、エルと------弟であり大切な人と出会わせてくれた、かけがえのない恩人。
おじさんは、私を作ったことで学会からも世間からも白い目で見られることになってしまった。
エルは、そんなお父さんと、不完全なアンドロイドである私がいたという二重の苦しみを背負ってしまった。きっと、あの後も、自分のお父さんと私のことでからかわれたり、いじめられたりしただろう。辛かっただろう、苦しかっただろう。
私が起こすのは、こんなことばかりだ。
私が泣きながら言うことに、白州さんはただ何も言わずに、しっかりと聞いてくれていた。ひとしきり聞き終わると、白州さんは私に向かって言った。
「嬢ちゃん…よく話してくれた。お前さんは、弟でありお前さんの好きな人である坊主以外にも、恋敵であるはずの妹ちゃんのことも大切に思っているんだってことがわかったぜ。」
白州さんは、泣きじゃくる私にハンカチを渡してきて、それからこんなことを言ってきた。
「お前さんは強い。自分も悲しいだろうに、それでもなお、坊主と妹ちゃんを心配して、その痛みを分かち合おうとすることのできる、強くて、そして心優しいあいつらの姉ちゃんだ。それは誰だって持ってるものじゃない、もちろんアンドロイドならなおさらだ。そうそう真似できるもんじゃない。それを持ってるお前さんは、自信を持ってもいいところなんだ。」
「でも…でも…あの子たちは…私のせいで…!!」
「嬢ちゃん。」
白州さんが、私の肩に手を置いて言う。
「あの時と同じ…それは、お前さんが起こしちまったっていう事件のことか?お前さんはそれをずっと、もう何年も心の中で抱え込んでいたんだな…。こんな風に、過去と向き合い続けることだって、誰にでも出来るもんじゃねぇんだ。大抵はそれを思い出すのが嫌で、それをいろんな拍子に忘れようとする。そして本当に忘れちまうんだ。だがお前さんは違う。今も自分のしてしまった失敗に、ずっと向き合い続けている。自分のせいにするってのはな、吐き出して楽になりたいと思ってすることとは違う。悩んで、悩んで、その上で自分に多少なりとも非があることを理解するから、ついつい自分のせいにしちまうんだ。」
「…理解…?」
「そうだ、理解だ。そんでもってな、理解ってのはそれ以外に、いつもとんでもない置き土産を置いて行く。そんでそれが、その後起こる大惨事において、役に立つことだってあるんだよ。そいつはな…成功や失敗、経験、ってシロモノだ。嬢ちゃん、お前さんには、そういう置き土産はなかったか?」
「私が…私があの時…理解したこと…経験したこと…。」
メモリーに記録された記憶の糸を辿る------
「あっ…!!」
あった。
「…どうやら、思い当たるもんがあったみたいだな。」
…あの時私は、エルを助けたかった。守ってあげたかった。
だから、あの場でエルのお友達に手を上げた。
それが、正しいことだと思っていた。
実際のところ、それは間違いだった。
それでも、私がエルを守ってあげたいと考えた気持ちは本物だった。
あの時、どういう力を使えばよかったのか。その時使った力は、どんな時に使えばいいのか。どうして間違ってしまったのか。私はこの時、確かに失敗を経験し、理解していたのだ。
「嬢ちゃん、お前さんはどうしたい?
自分の思ってることでいい。自分の意志で決めるんだ。
アンドロイドだからとか、人じゃないからとか、そんな考えはほっとけ。
昔の経験でお前さんが理解したことを、あいつらのために------お前さんの大好きな弟と妹のために、今こそこの場で役立ててやるんだ。」
白州さんが真剣な顔になって、私に向き直る。
私は------
「私は------二人を助けたい…エルと友莉奈ちゃんを…あの時に使い方を間違えてしまった力は---今、この時に使うべきものなんです!!
だから------あの子たちのところに…一緒に連れて行ってください!!」
白州さんは私を見て、優しく、しかし強い意思を持った声で言った。
「よし…ただな、俺が抜けてから、連中はアジトを転々と変えてやがるらしい。もし足がついたとしても、いつになるかはわからねぇ。ひょっとしたら、手遅れになるかもしれん。それでもか?」
「…あの子たちが何をされるかはわからない…。私は間に合わないかもしれない…でも…あの子たちを守れるかもしれないとき…助けてあげられるかもしれないときなんです。私は…自分の判断を、間違いだったと思いたくないんです。」
白州さんはそれを聞いて、にかっと笑って言った。
「嬢ちゃん、よく言った!!早速連中の足を洗いに------」
「いいえ、その必要はありません。」
ぽかんとする白州さん。だが、本当にその必要はなかった。冷静になって気づいたが、私の動力炉は、まだどこからか、エルの魔力を吸い上げている。そしてそれは------
私は白州さんに向き直って言った。
「白州さん、今すぐにできるだけの人数を集めて、私の後についてきてください!!」