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一人の雑兵と一人の騎士と

  ローラン率いる軍団は野営キャンプを張りながらアルカディアの軍の様子を見ている。

一般兵にとってはこの戦場での勝利が自国にどのような影響を与えるかなど知らない。村一番の剣の腕前でもこの国では下っ端もいいところだった。この戦場にも頭数として集められたようなもの。強がりをして村を出てきた手前、そう簡単に帰れる訳ではない。どうにかして手柄を立てなければならない。しかし、配役は見張りばかり。これではいつまでたっても手柄を立てることは出来ない。

 ふと、物見櫓から見える景色の中を何かが動いている。それが何かは分からない。けど確実にこのキャンプ地に向かっているのは確かだった。望遠鏡で見ても何かは分からない。ただ、自分の仕事だけを忠実に守ろう。与えられたのは近況報告のみ。しかし、連絡用のフォトンを忘れてしまったことに気付く。周りを探すがどこにもない。仕方なく望遠鏡でその何かを追うことにした。

 それはもう見えなかった。隈なく探しても見つけることは出来ない。

そして、何かを考えていた矢先に大きな爆音が辺りに響いた。すさまじい爆音と共に数箇所設置されていた物見櫓が次々に破壊されていく。自分の乗っている櫓も例外なく倒されてしまった。


 しばらく意識が飛んでいたが、辺りを見ると凄惨な光景が広がっていた。

 何人もの魔法使いたちが召喚獣を出し、騎士たちは剣を抜いてたった一人に立ち向かっている。だが、その人間にとってはその魔法使いも騎士も雑兵同然だった。

 召喚獣を一蹴し、強制帰還させる。たった一発、撫でたかのような力で、それでも召喚獣は一瞬で次々に消える。騎士たちは剣を粉々に砕かれ甲冑さえもガラスのように簡単に壊された。

 その人間は遊んでいるように見えた。次々と襲ってくる者たちなど自分を楽しませる道具にしか過ぎないというように。

 やがて人手が足りなくなったのか自分と同じ境遇にいる雑兵も戦い始めた。剣も脆く。甲冑などを着させてもくれない雑兵が怯えながらも一人、また一人と挑んでいく。隊列や作戦などそこには無い。ただ、突進するだけ。

 挑んでは倒れ、挑んでは倒れ。その繰り返しも長くは続かない。指揮官のいない雑兵など逃げるほうが多い。挑もうとした雑兵も剣を捨て逃げていった。とうとう自分一人になってしまったが、逃げることも挑むこともしたくなかった。ただ、その人間がどこかに行ってくれることを願うだけだ。

「そこにいるんだろ。出て来いよ」

どうやらばれていた様だ。抵抗もせず、言葉に従い、素直に立ち上がる。自分は目の前の人を見たことがある。

 その人はゼロと呼ばれるファンタジア最高峰の魔法使い。一度だけだが対面したことがある。ただ、ゼロはこちらのことなど覚えていないだろう。こんなどこにでもいる雑兵のことなど。

 ゼロはゆっくりと近づいていき肩を叩いて横を通り過ぎた。

「じゃあな、マルス」

ゼロが自分の名前を呼んだ。振り返ると遠くにあるキャンプの本陣に飛んでいた。すでに肉眼で捉えられないほど遠くまで飛んでいった。

 たった小さな出来事。孤立してしまった部隊で負傷した自分を助けてくれた。その時にしたほんの少しの会話。名前と身の上を話した程度。なのにゼロは覚えていた。それだけで涙が止まらなかった。






 破壊尽くされたキャンプ場には倒れている将校たち。燃えている木々。そして必死にも立ち向かっているローラン。額は割れて血が出ている。しかし、剣を握る手の力は衰えていない。そして、鋭い眼光はただ一人の男を見つめている。最も憎き敵を。

「ゼロ!貴様、祖国を裏切るのか!」

「裏切るわけじゃない。契約破棄だ。エリオットにそう伝えておけ」

その言葉の後に続く言葉はなかった。ローランは殺すつもりで斬りかかり、ゼロはつまらなそうに避け続ける。勝負の分かりきっていることほどつまらないものはない。

 指に何層もの緑色の魔方陣を重ね、徐々に力をためる。ローランの剣戟を交わし続けた後、一瞬の隙を見つけ、もう片方の腕で作った魔方陣をローランに向けて発動する。

「ドルミーレ」

両腕・両足・胴に呪縛の魔方陣をかけられ、身動きを封じられたローラン。一瞬のうちに五つもの呪縛魔方陣をかけるゼロ。人差し指の魔方陣をローランに向けて構える。

「トゥルボー・ガイ・ボルガ」

風を纏った一本槍はローランの鎧をいとも簡単に貫いた。

 鎧は中心から破壊され、ローランの体中を激痛が走る。膝をつき、剣を落としたローラン。しかし、未だ眼光の鋭さは衰えてはいなかった。

「じゃあな」

ゼロはそのままどこかへと歩いていった。ローランは意識を失う寸前までゼロを見つめていた。


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