ヤマトとアオバと
物語はゼロとイヴの視点から少し離れてもう一人の重要な人物であるヤマトという青年の視点で描いています。
場所は変わり、ファンタジア領の小さな町、ムーヴ。街中を一人の少年が全力で走っている。
「なんだ?また遅刻か。ヤマト」
「うるせぇ、分かってるならわざわざ言うな!」
少年の名はヤマト・リージック。この街で暮らしているごくごく普通の少年。遅刻とは、毎日広場で
習っている剣術の訓練のことだった。
ようやく広場に着いたときには十分の遅れだった。広場ではすでに師匠のインフと同じ弟子であるアオバが訓練をしていた。ヤマトが到着したことに気付いたインフは訓練を止め、ヤマトに歩み寄った。
「まったく、いつになったら治るのだろうな。その遅刻癖は」
「すみません」
「本当に。ヤマトってばいっつも遅刻するんだから」
アオバもヤマトに近づき文句を言う。
「うるせぇな。分かってるよ」
同じ弟子のアオバとは子供の頃からの知り合いで、剣術の訓練を習い始めるとき、自分もやると言い出し、今まで一緒に訓練をしている。
「ちょうど二人揃ったところだ。二人で実践訓練しようか」
師匠であるインフは以前、ファンタジアの騎士をしていたが、戦場で大きな傷を負い、辞職する。現在はこうして、ヤマトとアオバの剣の師匠をしている。
「よし、今日こそ勝ってやる」
ヤマトはインフから訓練用の木刀を貰いやる気を見せる。
「いつも言ってるじゃん。その台詞」
しかし、アオバは吸収が早く、ヤマトよりもかなり上達している。そのためか、ヤマトは訓練で一度もアオバに勝てたことは無い。
今日もいつも通り、アオバに勝てないまま訓練は終った。
「師匠、お疲れさま」
訓練が終わり、アオバが帰った後もヤマトは剣を振り続けている。
「あまり練習するものでもないぞ」
インフはヤマトの訓練に付き合った後、ヤマトにあるモノを渡した。
「ヤマト、受け取れ」
ヤマトが受け取ったのは小さな球体だった。淡い水色に光っており、様々な紋章があることから高級感が出ている。
「それはフォトンの一種で『複数武装』と言ってな、武具をそれに記憶することで記憶した武具を使う
ことが出来るようになる特殊なフォトンだ」
フォトンと言えども様々な種類があるが、このように武具を収めることが出来るフォトンは高度な技術を必要とする。インフは騎士だけではなく、技術士としてもファンタジアに貢献できるほどの腕前だった。
「師匠、何でこんなものを」
「訓練を見ているうちに、お前とアオバの違いが分かったんだ」
「俺とアオバの違い?」
「アオバは剣の特性をよく分かっている。剣の振り方。捌き方。この二つが良く出来ている」
ヤマトは言葉が無かった。訓練をしているとインフの言っていることがよく分かる。常に的確に攻撃をし、こちらの攻撃を軽く捌く。
「対してお前は、何か剣に対する不満が見える」
「不満?」
インフは訓練用の木刀ではなく本当の剣を手に取り、ヤマトに向ける。
「リーチの長い槍。破壊力のある斧。遠くの敵を射る弓。お前はその戦闘において状況にあった武具を
使いたいと思っている筈だ」
確かに、訓練中でも剣に不満を持ったことはある。その原因をインフは正確についている。
「お前がコレをうまく使いこなせればアオバよりも強くなれるだろう」
「はい!頑張ります」
ヤマトはインフの言葉を絶対と信じている。師匠としても男としても尊敬できるインフの言うことは間違いでないと信じている。
次の日。ヤマトは珍しく遅刻しないように広場へと向かった。昨日インフから貰った「複数武装」の効果を試すため、訓練用に武具屋においてある木で作った槍を昨日のうちに登録しておいたのだ。これでアオバに勝てるかもしれない。そう思い急いで広場へと向かった。
広場にはアオバがいた。そして、もう一人の男。インフのはずだった。しかし、インフではなかった。赤黒い衣装に身を包み、目深に被った帽子。口を覆い隠すマフラー。肌寒い季節でもないのに明らかにおかしい服装だった。そして、両手に持っている紅い双刃も。アオバの様子もおかしい。木刀ではなく、剣を持って、男と対峙している。
「誰だお前!」
その言葉に振り返ったアオバ。ヤマトに聞こえないように
どうして
と呟いた。男はその隙を逃さなかった。両手の刃でアオバの体を切りつける。アオバは力なくその場に倒れこんだ。
「アオバ!」
ヤマトはアオバに駆け寄り、身を起こす。すぐにアオバの体の異変に気付いた。切りつけられた後はあるのに、血が出ていない。微かに、アオバが口を動かす。
「ヤ・・マト・・」
「アオバ!しっかりしろ!アオバ!」
「ダ・・・メ・・・」
それから、何が起きたか分からなかった。アオバの体が光に包まれ、氷が砕けるように一瞬の内に消えてなくなった。そこに、アオバという存在が無かったかのように。
「ア、ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ヤマトは何も考えていなかった。ただ、男を殺すためだけに走った。木刀を持つことさえも忘れて。
男はヤマトを待つことなく消えた。ヤマトはそれでも諦めなかった。街の隅々まで走り回って男を探し出した。しかし、見つかることなく、息を荒立てて周りを見渡すヤマト。再び、大きく叫ぶ。自分の虚しさを否定するように。