ゼロとイヴと
ファンタジアの治める領地の中枢となる都市バーディミアン。君主であるエリオット十二世の居城を中心に、歴史的な建造物が数多く、周りを囲む城壁は高く、虫一匹入る隙間もない。都市にいる人々の顔にはいつも笑いが絶えない。今日は一ヶ月に一度の祭り、感謝祭の日。その賑やかな町中を何の目的もなくフラフラと歩いている男が一人。
男の名はゼロ。腰まで伸びた黒の髪。体を全て覆い尽くすようなマントを纏っている。マントのフード部分にはネコのぬいぐるみが入っている。
「せっかくのお祭りだろ?楽しもうぜ」
ぬいぐるみのネコは喋り出した。しかし、ゼロは何の驚きも見せない。それがゼロにとっては当然のことだから。ぬいぐるみのネコは祭りだ、楽しもう、と言い続けている。ゼロが話を無視しているとポケットから陽気な音楽が鳴り出す。取り出したものは「フォトン」と呼ばれている球体であった。
フォトンとは通信手段として発達した機械であり、特定の人物へメッセージを送ることができる。発信者の名前を見るなりゼロは露骨に嫌な顔を示した。フォトンからメッセージが浮かびだす。それはいつも見慣れた文だった。ゼロはメッセージを読み終えると、ある場所へと向かった。
居城・ヴァルハラ。ファンタジアの最重要拠点である巨大な城。その城の王座の間にゼロはいた。マントは外さないし、頭も下げていない。普通の人間と接するように自国の君主と対面している。王座の間にはエリオット十二世とその側近、カルヴァンが立っている。周りには親衛隊も数人。エリオット十二世は王座に座りながらゼロを見下ろしている。先に口を開いたのはエリオット十二世だった。
「ゼロ。貴公にウォーランド高地にて進軍中のアルカディア兵の討伐を命ずる」
「また討伐か、ちゃんと報酬は払えよ」
その言葉の後、ゼロの首筋に剣の切っ先が向けられていた。カルヴァンが王座の横からここまで一瞬で近づいていた。鋭い眼光でゼロを睨みつける。ゼロは取り乱すこともなく、切っ先を見つめていた。
「貴様、毎度のことながら言葉を弁えろ。なぜ跪かない。愚弄しているのか?」
切っ先は依然として、首に突き付けられたままだった
「カルヴァンよ、別に良い。ゼロは特別だ」
「しかし、国王」
「彼に強要してはいけないよ。彼の前で地位など関係ない」
その言葉で剣を鞘にしまい、不服そうに下がっていく。
「頼んだぞ。ゼロ」
「わかっている」
ゼロは一礼もせず、帰って行った。
ゼロはバーディミアンから目的地のウォーランド高地を目指す。ぬいぐるみはゼロにある提案を申し込んだ。
「別に急がなくてもいいだろ?あそこに行こうぜ、ベルニカ。なぁ、行こうぜ」
ベルニカ。バーディミアンとウォーランド高地の真ん中に位置する工業都市。ファンタジアでもなくアルカディアでもない、ハビリスの領地。このベルニカはアース三大娯楽都市と呼ばれるほどで、種族に関係なくこの都市で有意義な時間を過ごしている者は多い。確かに、今回の任務開始時間までは余裕がある。たまの息抜きと思いゼロは行くことを了承した。
三大娯楽都市だけあってか、日付が変わろうとも全く輝きを失っていなかった。カジノやバー。そびえ立つホテル。通称「眠らない街ベルニカ」の入り口である大橋でゼロはぬいぐるみに話をしていた。
「いいか、今夜泊まるホテルの名前とお小遣いだ。あんまり使うなよ。ちゃんと時間には帰って来い」
「わかってるって、安心しろ。倍にして返してやる」
信じる理由のない言葉を吐きながらぬいぐるみは夜の街に溶け込んでいった。ゼロは当てもなく歩き始めた。
集合時間になってもぬいぐるみは現れなかった。どこかの路地裏で野良犬やらに噛まれているのではないかと思い探し回ったが結局見つかることはなかった。ぬいぐるみの行きそうな場所も探したがいなかった。あるカジノでは大勝した後に何処かへと消えていったぬいぐるみを見たという情報もあった。ダメもとではあったが大橋のほうまで足を運ぶことにした。ぬいぐるみの性質上、決していないと思った。
しかし、ぬいぐるみはゼロの予想を簡単に裏切った。大橋にいたのだ。それも様子がおかしかった。小さな女の子に抱きかかえられている。銀色の短い髪が夜の闇で一層目立っている女の子は黒いワンピースと真っ黒な靴だけを身に着けていた。その、全てを黒で包んだ少女はやけに美しかった。最初はそれしか思えなかった。そして、少女の腕の中で全く動かないぬいぐるみ。
「どうしたんだい、おまえ。ご主人様はいないのかい?」
少女はぬいぐるみを撫でながらそう言っていた。そして、ゼロが近づいたのに気付いたのか、そっとゼロのほうに向き直った。
「そのぬいぐるみ、俺のなんだ」
「あ、すみません。そこに落ちていたから。でも持ち主が見つかって良かった」
少女の手からゼロの手へとぬいぐるみが移動する。少女はゼロを見ながら笑っていた。
「ありがとう、えっと」
「あ、申し遅れました。イヴと申します」
「イヴ。お礼に今から食事でも、どう?」
「いえ、そんな大層なことしていませんから。お礼だなんて」
「コイツは大切な奴なんだ。お礼は絶対にしたい」
「そうですか、でも今日は遅いからまた明日にでも」
その後、お互いのフォトンの自分のナンバーを交換し、別れ際イブから一言。
「よかったら名前、教えてくれますか?」
「ゼロだ」
少女は小さく微笑み、また質問した。
「変わった名前ですね。そのぬいぐるみにはあるのですか?」
「こいつのほうが変わっている。ジブリール」
「本当に。面白い名前ですね」
イヴが笑うと、ジブリールはゼロの腕から飛び出し、イヴの目の前に立った。
「面白い名前とは失敬だな。この名前には誇りを持っているのだよ」
イヴは目の前のぬいぐるみが喋りだしたのに対して驚きを隠せないでいた。ゼロは素早くジブリールを持ち上げて口を塞いだ。
「ちょっと変わっていてさ、意思を持っているのだよ。コイツは」
「本当に面白いですね」
それから二人は程なくして別れた。あの後、イヴはジブリールのことをそれ以上聞こうとはしなかった。かなり珍しい生き物だが、召喚獣と間違えたのだろう。そのほうがゼロにとっても、ジブリールにとってもかえって都合が良かった。イヴもベルニカのどこかで泊まっている。観光客だろうか。この街では別段、女の子が一人で歩いていても違和感はない。ゼロは帰り道、ジブリールにこう問いかけた。
「お前さ、約束くらい守れよ。何であんな所にいた?」
「野良犬との死闘の後、大橋で寝ているところを彼女に拾われたのだ」
ゼロは心の中でやはり、と思った。
「顔はかわいかったなぁ、でも胸が全くなかった。残念だ」
「は?」
ジブリール曰く、彼女・イヴの胸はまったくないらしい。つまり「ぺったんこ」という事らしい。
それから二人は毎日のように連絡を取り合った。他愛のない話や日々の出来事を話し合った。暇なときは一緒にベルニカの街で遊んだりもした。ベルニカの街が昼から夜に変わるまでずっと二人で。
「今日は楽しかった。また、明日会える?」
ゼロのその言葉にイヴはすぐには返事をしなかった。時間をおいてからゆっくりと口にした。
「明日は、ちょっと用事があるから、もし会えるなら電話するね」
「あぁ、わかった」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
そして、二人は別れた。その後すぐにゼロのフォトンに連絡が入る。今回の任務の総司令官からであった。
今回で第二話となった「二人の英雄と七人の道化
師と」で、まずは主要なキャラクターのゼロとイ
ヴとの出会いを書いたんだけど
この二人が最初に出会う場面が一番困った。
どう考えてもこれ以上は考え付かなくなった結果
ゼロが軟派なキャラになってしまった。
まぁ、愚痴ってもしょうがないので次回予告V(^-^)V
「ゼロが討伐に向かったアルカディア軍。若き騎士ロ
ーランの指揮の下、一気呵成に攻め込む。しかし、
ゼロは戦場で意外な再会を果たす」