一流の殺し屋と最強の英雄と
シャクラムスを後にしてからゼロの様子がおかしい。イヴはそう思っていた。近づけないような、そんな感じがしている。何か思いつめているような表情をすれば、途端に怒った様な顔にもなる。同じ街にいるのに一緒にはいない。
一人にさせてくれ。そう言ってこの街のどこかへと消えていった。
「何やってるんだよ、アイツは」
隣にいるジブリールもゼロの様子を不思議がっていた。せっかくジブリールがゼロの大事にしている本を持ってきたというのに会えなければ意味がない。ジブリールは先程からその事に対しての愚痴以外を口にしていない。
「俺のいない間に何かあったのか?」
イヴはシャクラムスでの事件のことをジブリールに話した。
街の雑踏のなか、頭を抑えて歩くゼロ。体に力は入らなく、頭痛と吐き気が酷い。歩くことも楽に出来ない様子だった。
「なんだ、体が言うことを聞いてくれない」
「ソレハ、私ガイルカラデス」
声の主、紅色の道化師が話しかけてきた。ゼロは辺りを見渡したが、道化師の姿はどこにも無かった。
「お前、どこにいる?」
「貴方ノ心ニイマスヨ。交渉成立後、私ハ貴方ノ心ヘト住ミ着イタ。ソレガ、私ヲ扱ウトイウモノデ
ス。前ノリンガーモ同ジデシタ」
「そうか。で、それがなんで俺の体の異変と繋がる?」
「貴方ト私ヲ同調サセルタメデス。心ガ一対ニナラナケレバ、私ヲ使ウ事ハ出来マセン。前ニ言イマシ
タガ、私ハ『憤怒』トイウ怒カリノ感情ヲ司ッテイマス。貴方ノ精神状態ガ『憤怒』トイウ偏ッタ感情
ノ導入ニヨリ、不安定ニナッテイルノデス。安定スルマデハモウ少シ時間ガ掛カリマス」
「わかったよ、何とか我慢する」
ゼロは当ても無く街を歩き続ける。イヴに会わない様に。街の中心へ来ると様々な店が立ち並ぶ。その中の一つ、コーヒーショップのオープンカフェに目が留まった。一人、優雅にコーヒーを飲む男。別段、何の変哲も無いスーツ姿の男がゼロは気になっていた。
一瞬、瞬きをしたほんの一瞬の間に男は姿を消した。
「お前が、ゼロだな」
声を聞き、後ろを振り返ると先程までコーヒーを飲んでいた男がいた。そして、首筋をナイフで切り付けられる。切り傷は深く、大量の血が流れた。たまたま、ゼロの横にいた女性の服に流れた血飛沫がかかる。それを見た女性は大きな悲鳴を上げる。男は悲鳴を上げている女性の首にナイフを飛ばす。女性はそのまま地面に倒れこみ、死亡した。それを見た人が次々と悲鳴を上げる。騒ぎは徐々に広がり、街の人々は逃げるようにその場から走っていく。混乱した街の中、男はゼロに止めを刺すべく、ナイフを刺しにかかる。ゼロは力を振り絞り、風の魔方陣により自身を後ろへと吹き飛ばす。後方のコーヒーショップの店内まで自身を吹き飛ばす。窓を割り、テーブルや椅子、植木鉢などに躊躇することなく店内を壊していく。優雅にコーヒーを飲んでいた客も先程の悲鳴の原因がいきなり飛び込んできた男と判断したのか、一目散にコーヒーショップから逃げ出していく。
「何だよアイツ。いきなり切りかかりやがって」
「私ガ居ナケレバ、貴方ハ死ンデイマシタヨ」
道化師はゼロの体外へと上半身だけを出し、ゼロに言った。
「どういう事だ?」
それを聞いた道化師は自分の首元を見せ付けた。ゼロが切られた場所と同じ場所にキズが出来ている。
「貴方ガ刺サレル一瞬ノ隙ヲ突イテ、死ニ至ラヌヨウニ私ガ傷ヲ負イマシタ」
ゼロは不思議に思いながらも道化師を見ていた。それを見た道化師はゼロにこう言い放つ。
「私タチ道化師ハ、主ヲ守ルノガ使命デス。不思議ニ思ウカモシレマセンガ主トナッタ者ガ死ネバ私モ
死ニマス。ダカラ、貴方ヲ守ル義務ガアリマス」
「なるほどね。それで命拾いしたわけか」
ゼロは起き上がり、体のゴミを払う。軽く肩をまわし、首を鳴らす。目付きが変わった。
「そういえば、お前に名前無かったな。だから、たった今考えた」
「私ニ名前デスカ?」
「あぁ、いつまでも道化師じゃあ呼びにくいからな」
「ソレハ嬉シイデスネ。シテ、名前ハ?」
「アイギス。どうだ?いい名だろう」
「エェ、『盾』デスカ。良イ名ヲ貰イマシタ」
「さぁ、反撃と行こうか。アイギス」
「カシコマリマシタ」