紅色の道化師と
突然、後ろから手を叩く音が聞こえた。振り返ると男が一人立っていた。道化師のような真っ赤な男。リンガーの言っていた男にそっくりだった。
ゼロは気付いていた。この男こそ、リンガーの力の元凶。そっくりではない、コイツだ。指先に力を込め、男に向ける。
「待て、待て。私は君の敵ではない」
男はそう言い放ち、徐々に近づく。
「動くな、それ以上近づいてきたら撃つぞ」
ゼロの指先は、男に向けられたままだった。
「私はね、常に強い者の味方だ」
ゼロの警告を無視して、男は一歩足を進めた。それをゼロは見逃さなかった。躊躇せず、空気弾を放つ。それは男に当たらなかった。男の体をすり抜け、後ろの壁が壊れた。なぜか、男には命中しなかった。ゼロは目を離さずに距離を取った。
「賢明な判断だ。一回当たらなければ何回撃っても当たらないもの。戦闘慣れしているようだね」
ゼロは確かではないが、男の正体が分かりかけてきた。リンガーの体に起こった出来事。明らかに異質な能力。実在しない存在。最後に後一つ。
「ひとつ、聞いてもいいか?」
「質問の多い方だ。何でしょうか?出来る限り答えますが」
「なぜそんなに真っ赤な衣装を着ている?好きだからか?」
「えぇ、そりゃあもう。何よりも赤をこよなく愛していますからね」
その言葉で確信した。
「お前は『七人の道化師』か?」
それを聞いた男の表情が変わった。真剣な顔つきとなりこう言った。
「よく、ご存知ですね。私のこと」
「道化師の格好をして、その衣装の色が何よりも好き。そして、この世に存在しない存在。それが『七人の道化師』なのだろ」
「そこまで知っていましたか。しかし、その事をどこで?」
「『七輪の書』に全て書いてあった」
男は腕を組み、少しの間考え始めた。ゼロには聞こえない声で呟いた。ヴァン新族か、と。
「あの書物を持っているとは、よほど高貴な方と見受けられる。どうでしょう?私を扱ってみはいかが
ですか?」
「願いが叶うのか?」
「良くご存知で。しかし、いささか解釈がずれていますね。願いを叶えるのは全ての道化師を集めなけ
ればなりません」
「七輪の書」に書いてあった事と、この男の話の辻褄があった。本当に願いが叶う。ゼロの旅の目的が目の前にいた。迷うことなく男に告げた。
「いいだろう。交渉成立だ」
「では、契約の簡単な説明を。私を扱うと決めたら死ぬまで一緒に存在します。それでも、良いと?」
「あぁ、かまわない」
その言葉を聞いた男は手を天に向け、呪文を唱え始めた。全く聴いたことのない言語だったため、ゼロには何を言っているのか分からなかった。そして、男から強烈な光が発せられた。目を背けたゼロの脳裏にある声が聞こえてきた。私たち七人は、ある感情を司っている。私は、憤怒。つまり、怒りを司っている。それを良く覚えているように。