闘いの決着と
徐々に地面に近づいているリンガーは別段、取り乱している訳でもなかった。むしろ余裕さえ見られる。
「どうする?やっぱり戦う?」
リンガーは声に語りかけた。
「当タリ前ダロ。アイツハ危険ダ」
「そうと決まれば反撃するか」
地面に直撃する寸前で、リンガーの落下スピードは急ブレーキがかかったように止まった。そして、ゆっくりと地面に降り立った。
依然、ゼロの目にはリンガーの背後にいる亡霊のようなものが見えている。形がはっきりとしておらず蝋燭の火のように揺れ動いている。
「それが、お前の力の正体か?」
ゼロはリンガーの背後を指差して言った。リンガーは後ろを振り向き、なんとなく理解したのかこう告げた。
「コレ、見えているの?やっぱり英雄と言われるだけあるな」
リンガーは依然、軽い笑みを浮かべながらゼロを嘗めきった態度を取っている。
「見えていても、絶対アンタには負けないよ」
「そうか、なら少しだけ本気を出そう」
ゼロは腕を前に出し手を組み詠唱を唱える。ゼロの下に魔方陣が出来上がる。
「何ダ、アレ」
声の主はその魔方陣に違和感を覚えた。魔方陣の文字列などは知っているが、色が奇妙だった。黄色の魔方陣など見たことがなかった。
「行くぞ」
その言葉の後、ゼロを見失った。リンガーは周りを見るが、どこにもいない。突如、家の壁に亀裂が入る。それも一つではない。今度は反対側の壁に亀裂が入った。徐々に亀裂が増えていく。
「何が起こっているのだ」
リンガーが一歩足を下げた瞬間、地面にも亀裂が入った。声は何が起きているのかを徐々に理解し始めた。
「空ニ飛ベ」
リンガーは言われた通り、空へと飛び上がった。地上にはゼロの姿は見えない。
「どこに行った?あの野郎」
声はリンガーなどにも目をくれず地上を見つめ続けていた。無数の亀裂、その亀裂に小さいながら硝煙が立っていた。それを見たとき、声は全てを理解した。しかし、リンガーはまだ気付いていない。早く伝えなければならないと思った瞬間、リンガーの目にゼロが映っていた。自分の目の前にいる。リンガーは間髪いれずに殴りにかかった。ゼロは一瞬のうちに背後に回った。両手を組み頭上高く掲げリンガーの頭部へと振り下ろす。防御する術もなくリンガーは地面に叩き落される。リンガーの体に殴打以外に電撃のような衝撃が走った。必死に体勢を立て直し着地しようと試みる。それすらもゼロに見抜かれていた。再び目の前に現れたゼロは両の拳を握り締めていた。
「腕ヲ前ニ出セ!」
リンガーはゼロに恐怖を覚えた。体が固まって言うことを聞かない。声はゼロの能力が全て分かっていた。しかし、声自体には何も出来ない。リンガー自身が対応しなければならない。それが出来ない状態である。
「オラオラオラァ」
すさまじい速さのラッシュをリンガーの体に打ち込む。悲鳴を上げる間もなく壁に叩きつけられたリンガーは口から血を吐き、地面に倒れる。骨が数本折れるほどの衝撃だった。瓦礫をどかし、必死に立ち上がろうとする。体を起き上がらせたリンガーの目の前にゼロが立っていた。冷酷な目をしており、ゴミでも見るかのような目で見ている。完全に腰が抜けたリンガーは必死に後退りをする。無言で首を横に振りながら
「どうした。俺を倒すのだろう」
「もう、止めてくれ。骨が折れた。俺の負けだ」
「勝ちとか負けとかそういう問題じゃあない。お前は裁かれなければいけない」
やめてくれ、お願いだ。必死に命乞いをするリンガー。
「お前にいくつか質問がある。しっかりと答えろ。まず今まで何人、殺した?」
「千人以上は・・・・殺してきた」
「次の質問だ。その力はどこで手に入れた?」
「二ヶ月前位に・・・・・奇妙な男に出会ったのだ」
「奇妙な男?」
「あぁ・・・・変なメイクに道化師のような真っ赤な服装をした男だった」
リンガーはそのことについて全てを話した。
夜、いつものように仕事から帰ろうとしたとき、目の前にその男は現れた。怖がらなくてもいい、私は君と友達になりたい。男はそう言ってきた。リンガーは理由も分からず、その男に恐怖した。そして、その場から逃げだした。しかし、どこに逃げても男は自分の目の前にいた。リンガーは恐怖以上のものを覚えた。男は口を開きこう言った。リンガー・ノイット君、仕事をしながら盗みや詐欺紛いのことをして生計を立てているね。女房や子供に暴力を振るい、酒におぼれる毎日。その生活に満足を覚えている、そんな腐った自分が好きなのだろう。なぜかその男は誰にも話したことのない自分のことを知っていた。徐々に男は近づいて顔を優しく掴み、続けて言った。しかし、その反面自分を変えてみたいと思っている。どうだい、私と友達にならないか。リンガーは自分にさえ恐怖を覚えていた。次の瞬間、腹に衝撃が走る。男がナイフを刺していた。腹から溢れる血で現実に戻ってきたかのように大声を上げて叫んだ。男に殴りかかろうとしたが、その男はどこにもいなかった。周りを見てもいつも のように静寂な夜だった。腹から血は出ておらず、ナイフの切り傷もなかった。 それからリンガーの体に異変が起きたという。まず、自分の体が若返っていった。そして、知らないところから声が聞こえ、自分の力以上に何でも出来た。家々の上を自由に飛ぶことも出来た。自分の倍以上の岩さえも簡単に砕けた。それから妻子を殺し、犯罪に手を染めていった。
「なるほど、その力は奇妙な男のせいということか」
自分のことをすべて話した。だから、助けてくれ。リンガーは最後の命乞いを始めた。
「最後の質問だ。お前はそう言ってきた人間に、何をした?」
手を前に出し、魔方陣を造り、詠唱を唱える。リンガーは逃げようとするが後ろ壁で逃げることは出来なかった。
「おい!どこにいる!返事をしてくれ!俺を助けてくれよ!友達だろ!」
どうやらいつも聞こえてくる声に助けを求めているのだろう。しかし、遅かった。
「ボルテック」
リンガーを電撃が襲う。悲鳴を上げながら倒れこむリンガー。黒く焦げ、焼けた匂いが辺りに漂う。もはや人の形を留めていなかった。