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アンリの思い

 暗く重々しい曇天(どんてん)から白い結晶が落ちてくる。路地の奥、隙間なくレンガ造りの家々が続く先にアンリとルイの住む家はあった。


「もうすぐこの街に来て7度目の年明けを迎えます、アンリ様。今年は成人の年となりますね」


「中央山脈を追われたのが三つのとき、デリーにたどり着いたのが八つ、そしてもうすぐ十五(とおいつ)つ。これまでありがとう、ルイさん」


 暖かな火を焚く暖炉の前の安楽椅子の上で白髪交じりの頭をなでながらルイは少しはにかむ。


「いえ、神々に仕える聖職者の一人として幼いアンリ様にご奉公できましたのは光栄でありました。成人なさり、自らできることが増えますが、私には少し寂しいような気もします」


「この12年、多くの困難があった。肉親を失い天涯孤独となった俺だが、共に乗り越えてきたルイさんのことは本当の親のように思っているよ」


 ギィーギィーと規則的に鳴っていた安楽椅子のきしむ音が突然に止まった。ルイは少し顔を曇らせ、鉛をぶら下げられたように錯覚する上唇を上げた。


「……アンリ様、成人の儀を迎えるまでは伏せておこう思っておりました」


 ルイは重々しい表情で、しかしまっすぐな目でアンリの顔を射す。


「お母上――ニーナ様は生きておられます」


 夜明けを告げる鐘が鳴り、新たな年が始まった。祝いの歓声と酔っ払いたちの歌がデリーの街を包む中、この(いおり)だけは静寂が支配していた。はっとしたような、歪んだような表情で、アンリはルイを見つめ返す。


「確かな筋からの情報です。中央山脈のあなた様の生家は既に灰となりましたが、ニーナ様は燃え尽きるよりわずかに早く逃れ、中央山脈のさらに奥地に籠り他の神々と共にダーガによる攻囲に耐えているそうです」




『――きて、アンリ』


 燃え盛る家。必死に走る男の腕の中で火柱にかこまれた母へ短い手を伸ばす。


『絶対に――きて』


 涙をあふれさせ、力いっぱい泣き叫んでも、その手は届かない。12年前と今が交差する。後悔、かなしい、切望、いたい、ぐちゃぐちゃの感情が喉を乾かす。


『戻ってきて!』





「機会を待つのです。いつか必ず来る、帰途へ発つ日まで」

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