飛竜襲来
開けた広野、転がる戦友たちの屍体。後背から吹く微風に乗って新緑の木々の匂いと血の香りが混ざりあう。青年アンリの眼前には体躯6メートルを超す飛竜がはばたき戦友の血にまみれた頭をこちらに向けている。デリー騎士団の鎧を身にまとい、両手剣を構えながら、目の前の脅威にアンリはただ立ち尽くすしかなかった。戦友たちの仇であるこの恐怖すべき存在を討つ方法を思索する刹那、飛竜はとびかかり、その鋭い牙が迫る――
その日は初夏の訪れを感じるいつもと変わらない日だった。
「ルイさん、市場へ行ってくるよ。塩と油を買ってくる」
「今日から秤の市でしたね。気を付けていってらっしゃいませ、アンリ様」
にこやかな表情をむける初老の男ルイの言葉を背にアンリは着る服の粗末さと不釣り合いなほど美しく輝く黄金の髪をなびかせながら家を出た。レンガ造りの建物の密集する路地を抜け、定期市の開かれる中央広場へ向かう。
「よ、アンリ!」
「エイモンか。お前も市場に?」
途上、赤みがかったくせ毛の髪を持つ小柄な青年エイモンは人のよさそうな笑顔でアンリに話しかけると、二人は共に中央広場へ足を進める。
「聞いたかアンリ、エドワードさんとこ、また赤ん坊が生まれたらしいぜ」
「そりゃめでたいな。これで何人目だ?」
「ついに10人だぜ。騒がしくなるな」
路地の終わりに近づくにつれて喧騒もまた近づく。薄暗かった路地を抜けると、そこは日のさす中央広場。デリーの街中から人々が集まり、今日最も騒がしい場所である。秤の市が始まり、豪奢な噴水を中心に塩や油、香辛料を売る行商人に加え家畜や雑貨などの露店も並ぶだけでなく、大道芸人や見世物小屋にも老若男女の市民が集い、さながら祭りの渦中である。
「やあ、アンリ」
騒がしい中央広場の中で緑がかった髪を持ち、腰には騎士階級の証しである剣を下げた体格の良い青年はアンリに近づいて第一声を放った。
「ああ、昨日ぶりだな」
「おお、ダニエル!よく俺たちを見つけたな」
「エイモン、君が相変わらず騒いでいるからね。すぐにわかったよ」
中央広場に集まったこの三人は服装こそ違えど胸には共通してデリー騎士団第三分隊所属を示すバッジが下げられていた。
「最近は槍術の訓練をしているんだがね」
新緑のような髪が揺れる。
「どうにもうまく扱えないんだ、槍が重くてね。もっと鍛えなきゃなあ」
「既に俺より一回りもでけぇ図体してるくせによくいうぜ」
「アンリ、君が羨ましいよ、体格はエイモンとそう変わらないのにあんなに重い両手剣を自在に操れて。やはり君の、その血筋は――」
その時だった。カーン、カーンと街中に警鐘が鳴り響く。
「敵襲、敵襲!」
市場は途端に恐慌状態となった。突然の危機の報せに市民はパニックに陥り喧騒は騒然へと変わった。そんな彼らを横目に第三分隊員たちは走っていた。警鐘を理解した瞬間既に彼らは自分たちが向かうべき場所、第三分隊が属するデリー騎士団第一駐屯地へ急いだ。
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