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第八話


家に帰って遅い夕食を軽く済ませた後、お茶を飲みながら和磨さんが切り出した。


「そういえば、話したいことがあったんじゃなかった?」


「そうです。あの…。」


「今朝はごめんなさい。和磨さんが頑張って恋人の振りをしてくれたのに、合わせられなくて。」


和磨さんは拍子抜けたような顔をして、私を見てきた。


「今朝のこと?」


「そうです。バスでのことです。

本当は私のためにしてくれたことで、嬉しかったのに。

あんな風に大切にエスコートされたのは初めてで、緊張してしまって、失礼な態度をとってしまったと思います。

その上、私が人目ばかり気にして。

和磨さんは気を使って恋人らしく振る舞ってくれていたのですよね。それなのに私ったら…。」


私は放流されたダムのように一気に(まく)し立てた。和磨さんは私の話を黙って聞いていた。

それから静かに口を開いた。


「嬉しかったって本当?」


「ええ。」

私は頷いた。すると、和磨さんが抱きついてきた。


「よかった。冬桜子に嫌われたかと思った。」


和磨さんの体温といい匂いがして、私はドキマギした。頭に血が上って落ち着いて考えられない。


「まさか、和磨さんみたいな素敵な方を嫌うなんて思いつきませんよ。」


「冬桜子、私を素敵だと思ってくれてるの?

最初はお酒飲んで泥酔していたのに?」


体を離して私の目を見て和磨さんは、ききかえした。


「それは、確かに最初は驚きましたけど…。

でも、和磨さんは紳士ですし、私を助けてくださいました。」


「どうしてそう思うの?会ってたったの数日しか経っていないのに。」


「そういえば、何ででしょう。」


なんで、和磨さんのことをこんなにも素敵な人だと思っているのかしら。


「冬桜子はまだ、答えが分からないかもしれないけれど、私はもうとっくに見つけてるよ。

だからこそ、冬桜子の力になりたくて、恋人の件も承知したんだ。もっと頼りにしてくれていいんだよ。」


「いいの?」


「もちろん。冬桜子は危なっかしいからね。」


茶目っ気のある笑みを浮かべる和磨さんを見て、この人がいてよかったと思った。


「和磨さん、ありがとう。」


「当然のことだよ。

それに、今日一日過ごしてみて、冬桜子の言う事も最もだと思ったんだ。

私の行動はどうやら日本では浮くみたいだね。」


「でも、和磨さんはその方が恋人らしいと考えていたんでしょう?」


「そう。特に冬桜子が恐れている相手-多分男性でしょう?-に対しては、牽制になると思ったんだ。

だけど、この研究所って想像よりも狭いコミュニティだった。

この点について方向性を冬桜子に確認したい。」


「それって…」


「はっきりいってしまえば研究室で公にするか、しないかってことなんだけど。」


どうしたい?と和磨さんは私に尋ねた。

私は悩む。

昨日までの私だったら、研究室では仕事優先!絶対隠すと即決しただろうけど、不思議と今は簡単に決められなかった。


世間知らずでつまらない私に、こんなに格好良くて、何でもできて、優しい非の打ち所の無い和磨さんが付き合ってくれることが奇跡みたいなもの。

期間限定でも、和磨さんが私の恋人です、と言ってみたかった。

その反面、やっぱり仕事の支障になるからと言いたくない気持ちもあった。


それに、仮初の恋人なんだから、和磨さんが本当に好きな人ができた時に和磨さんを困らせるようなことはしたくない。


「和磨さんはどうしたいの?」


質問に質問に返すのは礼儀に反するけど、どうしても聞きたかった。

和磨さんは満面の笑みを浮かべて言った。


「もちろん言いたい!だけど、仕事のことを考えたら言わない方がいいと思う。」


和磨さんも客観的には仕事に影響がでると考えているのね。


「なら言わないことにします。秘密にしましょう。」


「わかった。研究所では二人だけの秘密だね。」


「はい。」


和磨さんが秘密というと、なんだかとてもいけないことをしているような気がした。 


「そうだ、仕事中にスマホでメッセージを送ってもいいよね?今日みたいに遅くなると待たせちゃうことになるし。」


「もちろん。」


そういうと、和磨さんはスマホを取り出した。

ここ数日一緒にいたから気が付かなかったけれど、まだお互いの連絡先も知らなかったことに気が付いた。


「これでいつでも連絡できるね。」


屈託なく笑う和磨さんに私は頷いて返した。



―――


それからも色々と話して、少しは和磨さんのことを知ることができた。

年齢は私の2つ上とか、出身は東京とか。年の離れた弟がいるとか。


「ご出身が東京なら、今週の東京出張も大丈夫ですね。」


「そうはいっても、久しぶりだから電車の乗り換えが不安だな。渋谷駅は完成したの?」


「渋谷駅ですか?私はあまり使いませんけど、行く度に出口が変わっていますね。」


「不思議なダンジョンみたいだね。」


私が良くわからずに曖昧に反応していると、和磨さんが驚いたように言った。


「不思議なダンジョン知らないの?ゲームなんだけど、そうか。冬桜子はお嬢様だからね。」


ゲームは確かに両親から禁止されていて、一度もやったことがない。

せっかく実家から離れたんだから、遊んでみたい。

そう、和磨さんに伝えると、それならそのうち届く荷物に入っているはずだからといった。


「届いたら一緒にゲームやろう。」


和磨さんはゲームが好きらしい。意外な一面だな、と思った。


結局、この間の歓迎会のことは大してわからなかった。

和磨さんが酔いつぶれた私を介抱するため、私の家に戻ったこと。


「もし気になるなら、院生の一生(いっせい)君とか、博士課程(ドクター)賀久士(がくし)君とか他の人に聞けばいいよ。」


和磨さんのことを信じていないわけではないけど、もしかしたら、和磨さんの口から言いにくいこともあるかもしれないし、聞いてみようと思った。



―――


次の日も一緒に出勤した。昨日の出勤も見られているんだから、急に変えるのは返って余計な憶測を生むだろうということで。

誰かに聞かれれば、たまたま同じアパートに住んでいるだけと答えることにした。



今日は東京出張のために過去の資料をまとめている。今までの室町教授の講義資料を読み解いたり、委員会の議論の整理をしたり。

調子が乗って、キーボードをバシバシ叩いていたところに声がかけられた。


「六条さん、お昼どうかしら?」


秘書仲間の真中(まなか)さんからだった。時計を見るとちょうど12時になりそうだった。


真中さんから声をかけられるのは珍しい。


私が勤め始めたことに真中さんが親しくしている人たちとランチをご一緒したことはあったけれど、華やかな話題ばかりで私は全くついていけなかった。

1度だけ参加して、それ以降は仕事を除いて声をかけられることがなかったのに。


珍しいことに驚いたけれど、せっかくのお誘いだから私は参加することにした。


「お誘いありがとうございます。ご一緒させていただきます。」


珍しいことが起きるには理由がある。

社長秘書をしていた時なら目ざとく気が付いたはずなのに、この時はどんな目的で真中さんが誘ったのか考えもしなかった。

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