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第三十五話


「安里さんって、祐美の彼氏だったの?」


私は衝撃の事実に目を見開いた。祐美と安里さんの顔を交互に見る。もちろん他人なんだから似ているところなんて無いんだけど、共通点を探そうとしてしまった。なぜなら、祐美は大学入学時からずっと同じ人と付き合っているから。長いこと祐美の彼氏の話を聞いていたはず。道理で聞き覚えのある名前だと思った。


「やっぱり、冬桜子は覚えていないと思った。冬桜子、興味のない人のことは名前も覚えないよね。」


祐美は呆れたように言った。私は申し訳なくて、項垂れていた。大事な友達の恋人の名前も知らないなんて、冷たい人だと思われても仕方ない。


「祐美、怒ってる……?」


「もう!別に怒ってないよ。ただ呆れてるだけ。勘違いでここまで(こじ)れちゃったんだから。

だから言ったでしょ、ちゃんと話を通しなさいって。聞いてるの安里?」


「うん。聞いてる。聞いてるよ。

いやぁ、まさか冬桜子さんが全く僕のことを覚えていなかったとは、予想外だったな。悪いことをしちゃったね。でも、祐美が素直に冬桜子さんを僕に紹介してくれていれば、お見合いなんて無理を通すこともなかったんだよ。」


「それは、私が断っていたんです。以前は男性と接触することを制限させられていたので。」


「へー、あーなるほど?以前の人か。」


元婚約者のことをあまり話したくなくてぼやかして伝えたけれど、勘が良いらしい安里さんは察してくれたようだった。


「それより、本題に入りませんか。どうして松浦安里君が冬桜子に会う必要があったのか、説明するんでしょう?」


「和磨さん、でしたっけ。ずいぶん頭がいいんですね。顔だけじゃなくって。」


「ちょっと安里!」


「和磨さん、落ち着いて!」


かなり無礼な発言をした安里さんに、再び手が出そうになった和磨さんを私は必死で抑えた。どうも、和磨さんと安里さんは相当相性が悪いらしい。一方、祐美は安里さんを遠慮なく叩いていた。


「いてて、祐美ちょっとは手加減してよ。」


「安里がアホな発言するからでしょ!

藤堂さん、ごめんなさい。安里は口が悪いだけで性格は――少し曲がってますけど、常識がないだけなので許してください。」


「いいえ、いいですよ。どうぞ続けてください。松浦安里君?」


和磨さんはすごく綺麗な笑顔を浮かべた。これは相当怒っている。普通の神経をしている人なら、警戒するはずのその笑みに、安里さんは相変わらずヘラヘラとしていた。


「あはは。和磨さんは優しいなぁ。

さて、僕が冬桜子さんと会いたかった理由でしたっけ。それは単純です。僕の絵のモデルに相応しいか見極めたかったからです。」


「随分と上から目線な話だね。」


「仕方ありませんよ。モデルになれるかどうかは、会ってみないと判断できませんから。僕はずっと風景画ばかり描いてきました。それは、モチーフに相応しいモデルが見つからなかったからです。祐美から話を聞いていて、冬桜子さんのことはずっと前からモデルになりそうだと気になっていました。それで何とか会う時間が取れないか画策していたんですが、そんな時に父から冬桜子さんとのお見合いを提案されて、まぁいいか、と受けた訳です。」


「それでどうするつもり?まさか、冬桜子をモデルにするつもりなんですか?」


「そのまさか、なんですよ。冬桜子さんをモデルに絵を描きたいんです。今度の秋にある公募展にその作品を出そうと思っています。お願いできませんか?」


「条件は?」


「週に1回程度、東京に来てデッサンをさせてください。」


「それは二人きりで行うのか?」


「心配なら、祐美もいてもらうようにしますが、祐美にも都合がありますからね。絶対は約束できません。」


「冬桜子はどうする?協力できそう?」


私は困って眉を下げた。絵に協力することはやぶさかでないけれど、男の人と二人きりというのは、抵抗があった。あと、ポーズを取るのとても辛いし。


「私にはモデルは難しいと思う。」


「だ、そうだ。という訳でモデルの件は諦めてくれないか。」


「わかりました。それなら諦めます。冬桜子さんのことは。」


意味深な安里さんの言葉に、私は身を固くした。祐美は『何言ってるの?』と安里さんを小突いた。


「和磨さん、モデルをしてくれませんか?

貴方みたいな顔と中身が両立した人を求めていたんです。

絶対に良い作品になると思うんですよ。」


「断る。研究で忙しいし、それでなくても勝手にメディアに取り上げられて迷惑しているんだ。絵のモデルにされて、余計に騒がれたら困る。」


和磨さんは、素気無く断った。だけど、安里さんは諦めず変化球を投げてきた。


「あっ痛い!さっき掴まれた腕が痛いなぁ。これじゃあ作品が描けなくなる。仕事に支障が出ちゃうなぁ。ギャラリーの人が困るだろうなぁ。あとちょっとで完成の風景画があるのに。」


「腕が痛くて絵が描けないなら、モデルなんて必要ないじゃないか。」


「いや、でも、これは名医に診て貰えば描けると思います。例えば、医学の王子様と呼ばれる人とか。」


「それは馬鹿にしているのかな?」


「馬鹿にしてませんよぉ。本気ですってば。和磨さんに診て貰えば、無理せず絵が描けると思います。だから、どうか週に一回だけ、通ってください。」


そう言って、安里さんは正座に座り直し、深々と頭を下げた。土下座だ。美しい土下座だ。言葉はテキトーだけど、気持ちは本気らしい。

流石に心が動かされたのか、和磨さんが口を開いた。


「わかりました。そこまで言うなら、協力します。ただし、回数は週に一回ではなく、月に一回に減らしてください。これが条件です。」


「いいです。それで十分です。やったー!」


安里さんは喜んで両腕を突き上げた。腕は痛くなさそうだった。


「やっぱり、引き受けたのは間違いだったかな……。」


和磨さんが後悔しつつも引き受けたモデルを続けて4ヶ月後、安里さんの作品が公募展で大賞を受賞したと報せがあった。



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