第三十二話
「じゃあ、冬桜子の着替えが終わるまで、私はラウンジでお茶しているわね。」
そう言い残して蓮子おばあさまが部屋を出ていくと入れ違いにプロのヘアメイクの方々が入ってきた。
見るからにテンションの低い私に対してプロの方々は色々と気遣ってくれて、優しく声をかけてくれた。
「お肌綺麗ですね。ファンデーションもほとんどいらなくらいです。」
「まつ毛長いですね!それに目の形もスッキリ綺麗なアーモンド形で。他のパーツも整っていて美人さんですね。」
「黒くてツヤツヤ、さらさらなストレートヘアですね。もったいないけどアップにするため、巻かせてもらいます。」
褒めてもらうのは、あまり慣れていないので、私はひたすらに「ありがとうございます」とだけ返した。
そうこうしているうちに、私の意思を挟む余地もなくヘアメイクが終わって、振袖の着付けが終わる頃には開始から2時間が経っていた。午後の講義はとっくに始まっている。
私は黙って出てきてしまった罪悪感に苛まされていた。せめて、和磨さんに連絡を取れればよかったけれど、荷物はクロークに預けられていた。
「あらまあ、冬桜子さん。とっても綺麗ね。」
おばあさまが、笑顔で私を褒めた。おばあさまは嘘をつかない人だから、本当に綺麗なのだと思う。私は、曖昧に笑みを返した。
「ほら、そんな顔をしていたら相手に失礼でしょう。笑顔でいなさい。」
おばあさまに叱られて、私は理不尽だ、と思った。私はおばあさまに言われてここにきたのに。
「私は冬桜子にお見合いを強く勧めたけれど、断らなかったのは貴女自身よ。お見合いの場にでる以上、六条の名前に泥を塗るようなことはしないでちょうだいね。」
言われてみればそうだ。逃げもせず、断りもしなかったのは私だ。理由はどうであれ、私が選んだことは、私が責任を持つべきだ。……やっぱり理不尽だと思うけれど。
「……申し訳ございませんでした。」
「いいのよ、これから気をつけてくれれば。
あと30分くらいで先方も着くからそれまでお茶してましょうね。」
おばあさまは余裕でいらしたけれど、私はいよいよ緊張してきた。松浦安里さんには悪いけれど、全部お話しして断らないと行けない。
時間になって、私はおばあさまに連れられてホテル自慢の庭園にある茶室に向かった。松浦家はすでに茶室に入っているらしい。襖が開けられるとき、鼓動がうるさいくらいに速まった。
どうか、私のことを一目で気に入らないといってくれればいいんだけど……!
そんな都合の良いことを考えていたけど、現実はそう上手くいかない。普通に席に着いて、普通にお互いの紹介が始まった。
松浦家からは、松浦理事長とその奥様と、それから安里さんが来ていた。松浦理事長は上機嫌で色々なことをおばあさまに話していた。
「息子は幼い頃から絵を描くのが好きでね、それでアートスクールに通わせるようにしていたんですよ。そうしたら絵の先生に薦められたとおりコンクールに出展したら初めての挑戦で大賞をもらっちゃって!天才だと言われたんですよ。」
松浦理事長による安里さんの華麗な経歴紹介が続く。そんな凄い人がどうして私なんかとお見合いをしているのだろうと、不思議に思った。
スーツを着た安里さんは写真の通り、繊細な眉と薄い唇をしたアイドルのように甘い顔立ちだった。女性だったら儚げな美人になるかもしれない。ただ、写真と違っていたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを観察するように見ている。不躾というには素直すぎる視線に私は戸惑っていた。
「あの、何か?」
「お綺麗な人だな、と思って。」
安里さんがあまりにもあっさりと言うので、それがお世辞ではないと自然と納得できた。お世辞ではなくても、私に対して好意があるようにも見えない。ただ花を見て綺麗と言っているだけ、そのように聞こえた。
言葉の違和感に首を捻りながらも、お礼を返す。
「それは……ありがとうございます。」
「あらあら、早速2人で秘密のおしゃべりかしら?
それでは年寄りたちの無駄話はこれくらいにして若い2人に任せましょうか。」
松浦理事長はまだ話足りない様子だったけれど、おばあさまに押し切られると渋々ながら話を止めて2人きりにすることを認めた。おばあさまが露骨にワクワクしながら、私と安里さんを庭園に送り出した。おばあさまの方がずっとお見合いを楽しんでいるようだった。
「行きましょうか、冬桜子さん。」
安里さんが私に向かって手を差し伸べてくれた。振袖は歩きにくいからありがたい。だけど、初対面の人の手を取っていいものか悩んだ末に断った。
「お気遣いありがとうございます。でも、着物は慣れていますから大丈夫です。」
「そうですか。」
断っても安里さんは気分を害した様子はなかった。むしろ気を遣わなくていいと分かると、スタスタと気ままに庭園を歩き始めた。私は断ってしまった手前、歩く速度を落として欲しいと言えずに、必死について行った。
「この庭園には来たことがあります?
僕はたまに来るんですよ。いいモチーフがあったりするので。」
「そうなんですか?確かに都会とは思えないほど緑豊かで絵になる庭園ですね。」
「でしょう。それにここのアフタヌーンティーは女性にも人気だそうで。庭園を色々な角度から見たくて彼女と一緒にラウンジのアフタヌーンティーにも行ったことがあります。多分、冬桜子さんもご存知だと思いますけど。」
「ちょっと待ってください。彼女とおっしゃいました?
失礼ですけど、安里さんもお付き合いしている方がいらっしゃるのですか?」
「そうですよ。僕には長く付き合っている彼女がいます。てっきり気づいていると思ったんだけどな。
冬桜子さんも彼氏さんがいますよね?」
「なぜそれをご存知なのですか?」
「彼女から聞きました。あれ?本当に僕が誰か気がついていないのかな?これは予想外だなぁ。」
そういえば、安里さんの名前をどこかで聞いたことがあったけれど、知り合いだったりするのかしら?
私が記憶を掘り返していると、安里さんが続けて言った。
「念のため誤解がないように言っておきますけど、僕はこのお見合いを断るつもりです。お見合いに前のめりなのは、僕の父だけで僕はお見合いを断る前提で来ました。」
「それなら、お見合い自体を断ってもよかったと思いますけど。」
「それは、父の熱意がすごくて面倒だったのと、あとは冬桜子さんに興味があったからです。彼女から話を聞いていたので会ってみたかった。」
「会ってみたかった……って、それはどうしてです?」
「うーん、教えてもいいけど、冬桜子さん全く僕のこと覚えていないみたいだし、簡単に話したらつまらないよね。しばらく時間あります?ここに彼女を呼びますから。」
「ええ!?」




