第二十七話
藤堂家でなごやかな時間を過ごしていたら、あっという間に日が傾き始めた。
「そろそろ新幹線の時間だから、もう帰るよ。」
「ああそうね。もうそんな時間なのね。」
時計を見ると、予定していた時間が迫っていた。
「それでは本日はありがとうございました。」
「また来てね。」
一美さんの明るい声に包まれながら私と和磨さんは藤堂家を後にした。
「どうだった?」
「素敵なご家族だったわ。」
「普通の家だったでしょう?」
普通かしら?と首を捻ったけれど、確かに私の家に比べれば普通かもしれない。勝手に呼び出して、大勢の前で婚約を宣言されるよりは。あれはいくらなんでもおかしい。非常識が過ぎる。
私は和磨さんの質問に無言で頷いた。
「でも、しばらくはY研究所にいるから実家と関わることも少ないと思う。気楽にやっていこう。
……ああ、両家顔合わせもセッティングしないと。それとも結納の方がいいのかな。」
「そうね。六条にも聞いてみるわ。結納をするなら、それなりの場所を用意しないといけないでしょうし。」
「それなりか~。六条家のそれなりって庶民からすると想像つかなくて緊張するな。どんな物を用意すればいいか、教えてね。」
「もちろん。だけど、そんなに気構えなくても大丈夫よ。顔合わせとか、お食事会ならゆっくりお話しできる個室であれば文句はでないだろうし。でも、話のタネになるような、景色が綺麗な場所だと会話が盛り上がるかもしれないわ。」
「なるほど。参考にするよ。候補を探しておくから意見をくれる?」
「ええ。」
私は頷いた。
両家顔合わせにしろ、結納にしろ、ドキドキする。一歩一歩着実に結婚に向かって進んでいる気がする。
「式は1年後だよね。式場とか決めないと。」
「そうよね。場所は東京かしら?2人とも実家は東京ですものね。パンフレットとか取り寄せたらいいかしら。」
「ウェディングフェアとかあるらしいよ。……あ、ちょっと待って電話だ。」
和磨さんはスマホを取ると、話し始めた。論文に関する電話らしい。込み入った内容らしくて私は少し距離を取った。
新幹線の発車までにはまだ時間がある。近くにあった駅ナカの雑貨店を覗いていた。駅限定のグッズが置いてあって面白い。いままで東京駅をゆっくり見ることもなかったけど、駅の中で快適に列車を待つための工夫があるみたい。何のために使うのか分からないけれど、お洒落で可愛らしい雑貨を眺めていると、声がかかった。
「六条さん?六条さんでしょ?」
声をかけられた方を見ると、確かに見覚えのある人がいた。明るい茶髪に強く巻かれた華やかな髪型。気の強そうな顔に最新のメイクを施して、ハイブランドの服とバッグを持っている。フランスの有名ブランドのバッグには誰でも知っているロゴが大きく描かれていた。視力が0.1以下でも判読できそう。
ハイブランドで全身を固めた彼女は積極的に会いたい人ではなかった。中高の時のクラスメイト。だけど、何かと私に――というよりも六条の名前に敵対心を向けてくる人だった。
「成登さん……。お久しぶりね。」
「お久しぶり!高校の同窓会以来?六条さんとこんなところで会うなんて思わなかった。
私は新しくできた東京駅限定のお菓子を買いに来たところなの。六条さんは?」
成登さんは、笑顔を全開にしてマシンガンのように話しかけてきた。私は、肉食獣は牙を見せるために笑うという与太話を思い出していた。
「これから新幹線に乗るところよ。」
「そうなんだ~!意外ね。あの六条さんでも新幹線に乗るのね。」
「ええ。」
嫌みのように「あの六条さん」を強調してくる。成登さんを刺激したくなくて、言葉少なく答えた。
だけど成登さんはそんな私に構わず会話を続けた。
「そう言えば、友達から噂を聞いたよ。
六条さん、あの白条さんから婚約破棄されたらしいじゃない。まぁ、白条さんと六条さんは似合ってなかったものね。仲も良くなかったでしょう。社交的な白条さんじゃあ六条さんもつまらなかっただろうし、六条さんだって白条なんて成り上がりの家に嫁ぎたくなかったでしょう?よかったね。」
勝手なことを嬉しそうに話してくる。成登さんは、私が困った顔をするのが見たいだけ。だから、あいまいに笑うだけにして、静かにこの場を去ればいい。
だけど、それは別の人物の登場によって妨げられた。
「麗華、どこ行ってたんだよ。人に並ばせるだけ並ばせておいて。あれ、そこの人は誰?知り合い?」
これまた全身をイタリアの高級ブランドに身を包んだ派手な格好の男性が現れて、成登さんに話しかけた。
「ああ、一樹きたの。ごめーん。友達を見かけたから声を思わず声をかけちゃったの。
この子は六条さん。高校が同じなんだ。」
「へぇ、麗華と同じ高校ってことはお嬢様じゃん。
地味な格好してるけど、結構美人だな。
割とこういうタイプもイケるかも。」
一樹と呼ばれた男の人は私を値踏みするようにジロジロとみてきた。まとわりつくようなその視線は正直に言って不愉快だった。視線を避けるように身をよじる。
「ちょっと、私がいるのに何言ってるの。
それより、六条さんは最近婚約破棄されてかわいそうなのよ。誰かいい人を紹介してあげてくれない?」
「マジで?俺の友達でいまフリーの奴が何人かいるからセッティングしようか。」
2人と話したくなくて口を閉じていると、勝手に会話が進んでしまった。私の意思を無視して、知らない誰かを紹介されることになっている。
私は嫌なので、断った。
「いいえ、結構です。」
「なんでー、断ることないでしょ。これを逃すと結婚できなくなるかもよ?親切で言ってるのに。」
成登さんは親切と言っているけど、そんな訳がないのが目をみればわかった。嬉しそうにいやらしく目が細められている。
「連絡先教えてよ。あ、写真撮ってもいい?友達に見せるからさ。」
スマホのカメラが私に向けられた。私は逃げようとしたけれど、成登さんが私の腕をつかんで離さない。
「綺麗にとってよね。ほら、六条さんもポーズ取って。」
勝手に写真を撮られたら何をされる分からない。せめてもの抵抗で、私は思い切り顔を伏せて目をつむった。だけど遠慮なくカメラのレンズは私の顔の方を向いてくる。
「はい、取るよ~。」
不躾なその言葉に私は覚悟した。だけど、幸いな事にシャッター音は鳴らなかった。
「何しているんですか?」
男性が持つスマホの目の前に和磨さんがその長い腕を差し込んでいた。
「アンタこそなんすか?ちょっと、見えないんですけど。今から写真を撮るんで。」
「でも、彼女はどう見ても嫌がっているでしょう。
カメラを下ろしていただきたい。」
「和磨さん……!」
成登さんの私の腕をつかむ力が緩んだのを察して、成登さんを振り切り、和磨さんにしがみついた。
「冬桜子、大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう。」
和磨さんは私を抱き寄せると、「行こう。」とここから離れるように促した。私も一刻も離れたかったので、立ち去ろうとした。
「おい、待てよ。誰だか知らないが俺の彼女の友達を勝手に連れ去ろうとするなよ。」
「冬桜子、知り合いなの?」
私は当然ながら首を横に振った。成登さんはともかく、男性とは知り合いと呼べるほど会話もしていない。
「そこにいる私の高校のクラスメイトの、彼氏さん?だと思う。」
「つまり他人ってことか。」
和磨さんは一言で切り捨てると、男性に向き直った。
「私の婚約者になにかご用ですか?」
「はぁっ?婚約者?だって麗華は婚約破棄されたって言ってたぞ……。おい、麗華どうなんだよ。」
成登さんは男性に声をかけられたけれど、反応しなかった。成登さんは和磨さんだけをずっと見ていたからだ。陶酔した心地で瞬きするのも忘れて見つめている。顔を少女のように赤らめていた。
成登さんは和磨さんに恋をしたようだった。無理もないかもしれない。その派手な男性だってイケメンと呼ばれる見た目をしているけど、身内びいきを差し引いても和磨さんの方が百倍は素敵だった。それとも流石に百倍は惚れた欲目かしら。
成登さんが陶酔している一方で、和磨さんはその様子を酷く冷めた目で見ていた。
「君、彼氏に呼ばれているよ。」
和磨さんに声をかけられた成登さんは我に返った。
ああ、と小さくつぶやき横目でちらりと男性を見てから、和磨さんに甘えた声で話しかけ始めた。
「えっと。すっごくイケメンですね。名前は?彼女はいるんですか?」
成登さんに対して、和磨さんはいつもの怒った時に現れる笑顔で返した。
「生憎だけど、可愛い婚約者がいるんだ。君だって彼氏がいるみたいだし、誤解を招きたくないから名乗るのは遠慮するよ。じゃあ行こう、冬桜子。」
和磨さんがそういうと、今度こそその場を離れることができた。
「冬桜子、ごめん。電話が長引いて一人にさせちゃったね。」
「和磨さんのせいじゃないわ。私がしっかり反論しなかったのが悪いのだもの。」
「よく分からないけれど、あんな風に嫌がらせをされることってあるの?」
「六条の名前が気に入らない人が一定数いるだけ。でも、滅多にないことだから大丈夫よ。」
「そうか。」
和磨さんは難しい顔をした。それから暫く黙っていた。
こういう時は何か考え事をしていると経験上わかっていたので、そっとしていた。だから、話題が飛躍しても驚かないつもりでいた。だけど、流石に次の言葉は予想外だった。
「冬桜子、婚約指輪を買おう。」
「ええ?いいわよ。婚約期間が1年と短いし、結婚指輪があれば十分よ。」
「いや、やっぱり冬桜子と婚約している証として指輪は必要だ。家に戻ったらすぐに知り合いに連絡を取るよ。大丈夫、こう見えても貯金は結構あるから。」
「でも、いいの?」
「むしろ遅すぎたくらいだ。冬桜子も、どんなデザインがいいか考えておいてね。」
和磨さんの右手が私の左手をそっと掴んだ。私は和磨さんの手を握り返した。
「それなら、私も和磨さんにお返しを準備するわ。何がいいかしら。時計?」
和磨さんはほころんだように笑った。




