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第二十一話


拉致事件があってから、すぐさま平穏が戻ったわけではなく、私の弁護士である御堂(みどう)先生と話をしたり、病院に検査入院したりと慌ただしい日が続いた。


ようやく落ち着いたある日、改めて警察署に行って事情聴取を受けた。

警察の人からは、誠一さんはしばらく留置所にいることになると教えられた。泉さんはご両親が警察署に飛んできて、実家に戻されたそうだった。場合によっては大学院をやめることになるかもしれないらしい。


どうして泉さんが誠一さんに協力したのかは、分からない。思い上がりかもしれないけれど、和磨さんの恋人である私を恨んでいたのかもしれない。


とにかく、大学院をやめさせるような処分にはしないでほしいと警察の人に訴えた。


和磨さんと私が事情聴取を終えて警察署の出口に向かう途中、予想外の人に会った。


「白条社長…。」


誠一さんのお父様であり、私の元上司でもある白条社長が立っていた。ただ、私の記憶よりもやつれているように見える。いつもパリッとしていたスーツがサイズが合わないのか、ダボついていて、全体的に疲労感が漂う。

目の下にはクマもできていた。


白条社長は私に気がつくと、すぐに土下座をする勢いで頭を下げた。


「愚息が申し訳なかった…!

冬桜子君のような才色兼備で素晴らしい婚約者を捨てて、挙げ句の果てには勝手によりを戻そうと誘拐までするなんて、全て私の教育が悪かった。

もう2度と君には近づかないようにさせる。

だから、頼む。許してくれ…。」


白条社長からは悲壮な謝罪が長々と続けられた。私は慌てて口を挟んだ。


「社長、頭をお上げください。

悪いのは誠一さんであって、社長ではありません。

私は誠一さんに婚約を破棄されて、今では心の底から本当に良かったと思っておりますが、社長に対してだけは、謝りたいとずっと思っておりました。」


私の発言を聞いた白条社長はハッと頭をあげた。信じられない、という顔をしている。


「謝るとは、冬桜子君が、私に?」


「そうです。大学を卒業し、入社してからずっと育ててくださった社長に恩を返すことができず申し訳なく思っていました。」


私がごめんなさい、と頭を下げると困惑したように白条社長は言った。


「それは、私としても冬桜子君が娘になるのをずっと楽しみにしていた訳だが…。思えば誠一の教育を半ば諦めて、君にばかり期待をかけていたのもこうなった原因なのかもしれないな。」


白条社長はしみじみとした様子で言ったけど、その内容に私は驚いた。

私が社長に期待されていたなんて。


「でも、私は社長に叱られてばかりいて、満足に仕事もこなせていなかったと思いますが…。」


仕事で成果を出せていなかったことも、私の心残りの一つだ。だけど、白条社長は私の言葉を否定した。


「それは、ない。冬桜子君には、普通の秘書の範囲を超えた仕事を依頼していた。経営計画やファイナンスの戦略立案などね。

どれも期待以上で、これなら私が引退しても会社を任せられると思っていた。

君の言う恩は十分に返してもらっていたよ。」


社長は笑って見せた。


「だからこそ、改めて残念に思う。

この度は申し訳なかったが、今後、何か私の力が必要になる時は遠慮なく頼りにしてくれ。

まあ、六条家の娘さんにそんな事を言っても仕方ないが。」


白条社長は乾いた笑いを出しながら、私に握手を求めた。


「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします。」


私は白条社長の手を握り返した。白条社長の手には力が戻っていたような気がした。



「冬桜子、あれで良かったの?」


警察署を出てからの帰り道、和磨さんが私に聞いてきた。あれというのは、白条社長のことだろう。


「いいの。社長は私にとって立派な上司だったし、尊敬できる人だったから。」


「でも、」

和磨さんは納得できないようで、何かを言いかけたけど、私が止めた。



「それだけじゃなくて、こんな言い方もおかしいかもしれないけれど、厳しくても優しくしてくれて、お父さんみたいだとずっと思っていたから。だから、これ以上頭を下げてほしくなかったの。」


両親は忙しくて、学校の行事にだって一度も来てくれたことはなかった。だけど、代わりに顔を出してくれたのは白条社長だった。

近くを通りかかっただけだとその時は言っていたけれど、社長秘書をしていた今ならわかる。

あの過密スケジュールを調整して、わざわざ時間を作ってくれていたのだと。


白条社長は私のことを気にかけてくれていた。

そのことは変わらない。


「白条さんは、冬桜子にとって大切な家族だったんだね。」


和磨さんの言葉に、私は黙ってうなずいた。

まぶたを閉じると涙が零れてきた。


「冬桜子…」


涙を見せたくなくて、私は和磨さんの胸元に顔を押し付けた。


「ごめんなさい、誠一さんとの婚約破棄のことで泣くのはこれ限りにするわ。

だから、もうしばらくだけ、こうしていていい?」


誠一さんのことは顔も見たくないと思っている。それでも、誠一さんとの婚約破棄で崩れ去った人の縁のことなどを考えると涙が止まらなかった。

前の婚約者のことで泣くなんて、恋人として酷いことをしていると思う。

だけど和磨さんは黙って、私の背中を撫でてくれた。


それから10分くらいは経っただろうか。日は傾いて、空が真っ赤に染まっている。

私が泣き止むと、どちらからともなく自然と手を繋いだ。

それから、2人で歩き始めた。


続きは書き溜めたら投稿します。

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