第二十話
「藤堂和磨!なんでお前がここに?」
突然現れた和磨さんに対して誠一さんが吠えて立ち上がった。
しかし、和磨さんは誠一さんを一瞥すると、殴った。
綺麗なストレートパンチ。
「ぐぅっ」
お腹に重い拳を受けた誠一さんは、潰れた蛙のような声を出して床にうずくまった。それから念を入れるように、誠一さんをその長い足で踏みつけた。
「その汚い手で冬桜子に触れるな。」
和磨さんはそうやって誠一さんを大人しくさせると、私に近寄って私の手足を縛っていた縄をほどいた。
「冬桜子、遅くなってごめんね。怖い思いをしたでしょう。」
和磨さんが私を抱きしめる。ふわりといつもの香りがした。
本当に和磨さんだった。
どうやってここを探し当てたのかとか、泉さんはどうなったのかとか、色々と気になることはあったけれど。
和磨さんがここにいる事が嬉しくて、安心して涙が出た。
和磨さんは黙って抱いていてくれた。
―――
それからすぐに、警察の人がやって来て誠一さんを連れていった。
警察を呼んでくれたのは、なんと小路さんだった。小路さんは和磨さんと協力して様子のおかしい泉さんを見張っていたらしい。
それで、泉さんが私たちと同じ旅館に入っていったときにおかしい、と思い、更に怪しげな黒塗りの車が走って行ったことから、小路さんは和磨さんに電話をしたそうだ。
和磨さんは、泉さんと偶然会った時から怪しいと思っていたそうだ。そこに小路さんからの電話があり、私の行方を泉さんから聞き出すために泉さんを個室に誘ったらしい。
個室には小路さんも一緒で、二人してどうにかして計画を聞き出し、別荘を探り当てたという。
泉さんと小路さんが関係者として警察署に連れて行かれた。
怪我をしている私は和磨さんと一緒に病院に行く事になって、2人で残っていた。
「和磨さん、ありがとう。助けに来てくれて。」
いつもいつも和磨さんには助けてもらってばかりだ。
心からお礼を言ったけれど、和磨さんは首を横に振った。
「いいや。お礼を言われることじゃない。本来はこんなことは未然に防がないといけなかったんだ。」
和磨さんは悔いるように言った。悲しそうな顔をしていて、私は罪悪感で胸がいっぱいになった。
「そんなことはないわ。私がもっとしっかりしていれば誘拐され無かったのに。和磨さんは助けてくれた。和磨さんのおかげで私は何ともないもの。」
私がそう主張すると、和磨さんはそっと身を離して私の顔を覗いた。
「でも、顔がこんなに腫れている。それに手足だって縛られて赤くなっている。」
頬をなぞられて、私はびくっとした。優しく撫でられたはずなのにとても痛かった。
そんなに腫れているのかしら。気づかなかったわ。
和磨さんに不細工な顔を見せたくなくて手で隠した。
「いやだわ。そんなに腫れていたなら早く言ってくれればいいのに。」
「ごめんね。冬桜子が生きていたことを確認出来て、それで頭がいっぱいになってしまって。他のことに気が付かなかった。ああ、駄目だな。冬桜子のことになると、冷静でいられなくなる。」
意外だった。和磨さんはいつも余裕があって、冷静沈着に物事を判断しているように見えたから。
「和磨さんでも慌てることがあるのね。」
「それはあるよ。特に冬桜子のことは大事だから。失いたくなくて、いつも怯えてる。」
和磨さんが心細そうに私を抱きしめる。
そんなに不安にさせていたなんて、知らなかった。
「私はそんな簡単に消えたりしないわ。」
「知ってる。だけど、冬桜子は魅力的だからいつか遠くに行ってしまうんじゃないかと心配してしまう。これは、私の勝手な気持ちなんだけど。」
「ねえ、和磨さん。
どうしたら和磨さんを安心させてあげられるのかしら。」
私に尋ねられた和磨さんは、暫く黙った。
沈黙が流れる。
和磨さんが緊張した面持ちで、口を開いた。
「冬桜子さえよければ、なんだけど。」
「うん。」
「私と結婚して。」
「え、結婚?」
私は予想外の言葉に驚き、目を瞬いた。
結婚なんて、考えたこともなかった。
というより、誠一さんからの婚約破棄のせいで意図的に結婚のことを考えないようにしていたから。
それに、好きな人と一緒に暮らすのに結婚は必要ないと最近では気づいてしまった。和磨さんと同じ屋根で今も暮らしているように。
私が言葉を探していると、和磨さんの方から切り出した。
「驚かせてごめん。でも、前々から考えていたことなんだ。
それに、今回の件でつくづく思い知った。
今の私の立場では、いざという時に冬桜子を守れないって。」
「どういうこと?」
「もしも、本当にこれはもしもの話だけど、私が事故にあって病院に運ばれたら、誰に電話が行くと思う?」
和磨さんが事故に遭う。そんなことを考えただけで胸が張り裂けそうになる。でも、これは生きている限りあり得る話。飛行機が落ちるよりも自動車事故にあう方が多いと聞くもの。
だから、私は真面目に考えた。
そういう時に誰が連絡先になるかといえば…。
「和磨さんのご家族かしら。」
「そう。社会的には恋人よりも家族が優先される。」
「そうなのね…。」
和磨さんと一緒に暮らしているだけで充分だったけど、その幸せもいざという時には崩れてしまうのだと、知って悲しくなった。
「だから、家族になろうよ。」
和磨さんはニコッと笑う。
「家族になれば、お互いを支え合える。社会的にも認められて、いつでも1番に会えるよ。」
「家族」
私は今まで結婚というものを、家のためとか会社のためとか誰かのためにするものだと無意識に刷り込まされていた。そうじゃなくて、結婚は好きな人と家族になることなんだ。
そう思うと、素敵なことのように捉えることができた。
「和磨さん。」
私は和磨さんに向き合った。
和磨さんの大きな力強い目が私をみつめる。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。一生大切にするよ!」
そう言って深々と頭を下げた私を和磨さんが私を思い切り抱きしめた。苦しくて息ができなくなったけど、幸せだった。
婚約破棄された私は、こうして再び婚約する事になった。
こんどは誰のためでもなく、自分のために。
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