第十九話
予想通り、私を誘拐したのは誠一さんだった。
しかも、突然に結婚を迫ってきた。
私は訳が分からず黙っていた。
「ん?どうした?
俺の言葉が聞こえなかったのか?
結婚しようと言ったんだぞ?」
誠一さんは重ねて言った。
聞き間違いではないことがわかり、私は怖くなって再び逃げようとした。
けれど、縛られた足がもつれて芋虫のように蠢くことしかできない。
「なんだ。怯えているのか。
そうだよな、冬桜子は初めてだよな。
大丈夫、心配しなくていい。すぐに気持ちよくなるから。」
誠一さんが、猫撫で声で私に囁く。
誠一さんの手が、ドレスの裾をめくり私の太腿を撫で回した。
鳥肌が立った。そして、これから何をされるのかを私は悟った。
誠一さんは、私の初めてを奪おうとしているのだ。
私は必死で逃げようとするけど、誠一さんの強い力の前には無力だった。組み伏せられてベッドに押さえつけられる。
「逃げたって無駄だ。俺たちは一つになるんだ。そうすれば、誰も結婚を邪魔する人はいない。」
誠一さんが酔ったように言った。
なんでこんな事になってしまったの?
本当なら、今頃は和磨さんと一緒にいたのに。
「和磨さん…。」
会いたくなって思わず愛しい人の名前を呟くと、鋭い痛みが頬を襲った。
誠一さんが平手打ちしてきたのだった。
「俺の前で他の男の名前を呼ぶな!」
ぶたれたせいで、口の中を切り、血の味がした。
悲しくて涙が出た。
「なんだ?15年も過ごした俺よりもあの男の方がいいのか?
だが、あの男は冬桜子のことなんてなんとも思っていないぞ。
ちょうどさっき面白い話が聞こえたんだ。
お前にも聞かせてやる。」
そう言って、誠一さんがスマホを私の耳に近づけてきた。スマホからは男の人と女の人の話し声が聞こえる。
「藤堂先生、奇遇ですね。先生も温泉に入りに来ていたんですかぁ?」
「泉さん。あなたも来ていたんですね。
ちょうどよかった。
いまから私の部屋に来ませんか?」
「えっ!いいんですかあ?
でも、誰かと一緒じゃあないんですか?」
「いいんだ。1人になったから。
泉さんとゆっくり話したいこともあるし。」
「ふふふ。じゃあ、少しだけですよ。」
泉さんと和磨さんだった。和磨さんが泉さんを
自分の部屋に誘っていた。
「聞いたか?さっき冬桜子がいなくなってから直ぐの出来事だ。今頃、あの男も冬桜子のことなんて忘れて楽しくやっているだろうよ。
冬桜子はあの男に利用されているだけだ。
本当に冬桜子のことを幸せにできるのは俺だけだぞ。」
追い討ちをかけるように誠一さんが言ったけど、私は信じられなかった。
「そんなの、合成でなんだって作れるわ。
私は、和磨さんの口から聞かされるまで信じない。」
「馬鹿だな。合成だって手間がかかるんだ。
それにこれは俺の協力者である泉華凛のスマホを盗聴した音声だ。なんなら、いまから泉華凛に電話をかけて聞かせてやろうか?」
なんと、泉さんは誠一さんと繋がっていたらしい。それでは、泉さんの新しくできた彼氏というのは誠一さんだったのだろう。
なら、私のことなんて筒抜けだったはず。
私は自分の間抜けさに愕然とした。
その時、いかにもタイミング良く、誠一さんのスマホが鳴った。
「その泉華凛から電話だ。ちょうどいい、真実を教えてやる。」
誠一さんはスピーカフォンにして電話に出た。
「もしもし?俺だ。」
「誠一さま、突然すみません。いま、どこにいますか?」
泉さんは上擦った声で話していた。
心なしか震えているようだった。誠一さんはそんな泉さんの様子に気づかずに答えた。
「どこって、予定通り別荘にいるが。」
「別荘の寝室ですか?」
「そうだ。二階の寝室にいる。華凛はどこにいるんだ?」
「…そこに六条さんはいますか?」
泉さんは自分の居場所を答えない。誠一さんは一瞬だけ眉を潜めたけど、それでも気にせずに、むしろ自慢げに言った。
「冬桜子なら俺の横にいる。俺のそばで大人しく寝ているよ。
それより、そっちはどうなんだ?
あの藤堂という男と一緒にいるのか?」
「ええ、まあ、はい。」
なんとも煮えきらない返事をした。いつものハッキリと自分の意見を言う泉さんの姿からは考えられなかった。しかし、誠一さんは一方的に自分の要求を泉さんに押し付ける。
「それなら、このまま藤堂との会話を聞かせろ。
冬桜子に現実を教えるんだ。
あいつがいかに軽薄で信用ならない奴だということをな。」
誠一さんは自分の考えに酔ったように笑う。
それに対して、泉さんは何も答えなかった。
そして、スピーカーからは何の音もしなくなった。
「おい、どうした?華凛?
聞こえなくなったのか?クソっ電波の調子が悪いのか。」
誠一さんは悪態をつきながら、何度も電話をかけ直したけど、反応はなかった。
それに、誠一さんは気がついていないようだけど、廊下からは足音がしていた。私はもしかして、と期待して黙っていた。
もしかして、和磨さんが助けに来てくれたのかも。
ほんの僅かな可能性だけど、私は信じていた。
扉が開き、人が入ってきた。入ってきた人物は私の想像していた通りだった。
「どうも。軽薄で信用ならない藤堂です。」
無機質な声が部屋に響いた。
そこには和磨さんが無表情で立っていた。
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