第十五話
とうとう誠一さんが私の居場所を突き詰めた。
婚約破棄をされてから誠一さんと顔を合わせるのは初めて。
誠一さんに会ったら怖くて逃げたくなると思ったけれど、恐怖よりも怒りが沸き起こった。
私を迎えに来た?冗談じゃないわ。
「貴方と話すことなんてありません。お引き取りください。」
「なあ、それが婚約者に対する態度か。冷たいじゃないか。」
「<元>婚約者でしょう。お話があるなら弁護士を通してくださいませ。」
「何言っているんだ。君と俺の仲じゃないか。弁護士を通す必要がなんである?」
「何度でも申し上げますわ。貴方は婚約者ではないのです。赤の他人です。私とかかわらないでください。」
そういうと、誠一さんはふっと笑った。
「そう言って俺の気を引くつもりだろう。いいぞ。俺は今なら君を無条件で迎え入れる用意がある。」
話が通じない。まさかここまで人の話を聞かない人だったなんて。
今更ながらこの人と結婚しなくて本当によかった。結婚生活を考えただけでゾッとするわ。
「失礼します。」
こんな人と一緒の空間にいたくない。私はその場から離れたくて、背を向けた。
しかし、それは止められた。
腕を掴まれたのだった。
「待てよ。俺と一緒に東京に帰ろう。」
「貴方には比呂さんがいらっしゃるでしょう。」
「あいつは…いいんだ。妊娠は嘘だった。比呂は俺をだましていたんだ。それに都合が悪くなるとどこかに消えた。俺の母親と同じで比呂は俺を捨てたんだ。だから、俺には冬桜子しかいない。冬桜子が必要なんだ。」
誠一さんは私が必要だと言うけれど、それが自己保身から出た言葉だと分かっていた。
そうですね。私がいないと会社を継げないものね。
ただあの白条社長なら、私が戻って来ても継がせることはないと思うけど。
私が必要だと迫る誠一さんは私の腕を更に強く握った。
「やめて。離して。」
「嫌がらなくていい。拗ねてないで早く東京に戻ろう。」
「痛いわ。離して。」
振り解こうとしてもびくともしない。
学生時代にスポーツをしていただけあって、力が強い。
私は今更ながら怖くなった。
この人は私を本気で連れ戻しにきたんだ。
揉め始めた私たちを見て、流石に守衛さんが止めに入った。
「君、やめなさい!」
「なんだよ。俺を誰だと思っているんだ!馬鹿にしやがって!」
誠一さんは肩を掴んできた守衛さんを思い切り振り払って、それから私に向かって腕を振り落そうとした。
だけどそれは、隣に風のように現れた人影によって遮られた。
「何をしているんですか。」
和磨さんだった。珍しく、表情に出るほどに怒っている。
「何って、邪魔だったから腕を振り払っただけだよ。」
「そうですか。ならさっさとその左腕を離しなさい。」
「なんでだよ。アンタに指図されるいわれはないね。」
「奇遇ですね。私も貴方に言うことを聞いてもらうつもりはありません。」
そう言うと和磨さんは誠一さんの右腕をひねり上げた。
すると、どうやったのか分からないけれど、誠一さんの体が崩れ落ちた。
やっと右腕が私の腕から離れた。
「何したんだ!痛いぞ。」
「痛くしましたからね。さあ行こう、冬桜子。」
「和磨さん…。」
和磨さんは護身術でも習っていたのかしら。あの力の強い誠一さんをあっという間に無力化してしまった。
そのカッコいい姿に、とっても惚れなおしてしまった。
「そうか、お前が藤堂和磨だな。俺の女を奪った男!」
誠一さんは応援を呼んだ守衛さんたちに取り押さえられていた。
地面に這いつくばってもなお、声を張り上げ叫んでいる誠一さんを和磨さんは見下ろしていった。
「冬桜子は誰かの所有物ではないよ。」
―――
和磨さんと私は人気の無い廊下を歩いていた。
「冬桜子、ごめんね。肝心な時にいなくて。」
「いいえ。和磨さんが助けに来てくれたおかげで助かったもの。」
「でも、怖かったでしょう。」
私は躊躇いながら頷いた。
「はい。少しだけ。」
「遠慮しなくていい。」
「…ほんとはとっても。」
私がそういうと、視界が真っ暗になった。和磨さんが抱き着いてきたのだった。
和磨さんの匂いに包まれて、安心して、涙が出てきた。
「和磨さん…。怖かったの。」
「いいよ。好きなだけ泣いて。」
優しい和磨さんは私を抱き留めてくれた。和磨さんに出会えてよかった。
今日はもう、全然仕事にならないので、そのまま早退した。
和磨さんも心配だからと一緒に帰ってくれた。
帰りながら、和磨さんが尋ねてきた。
「あれが冬桜子が心配していた誠一さんだね。」
「はい。」
「何があったか、話してくれる?」
私はぐっと奥歯をかみしめて頷いた。
いよいよ、向き合わないといけない。
―――
私はこれまでのことを話した。
15歳の時に婚約したこと、それから誠一さんの女性関係に悩まされてきたこと、そしてついに、浮気相手が妊娠して婚約破棄されたこと。
私の話を聞き終えた和磨さんが放った第一声は物騒だった。
「控えめに言って、5回くらい心臓を止めておけばよかった。」
「そんな危ないことを言うのはやめて。」
「大丈夫。ちゃんと蘇生させるから。私は医師免許を持っているんだよ。」
なんてこと、そういう意味ではないの。
誠一さんと関わると話が通じなくなるのかしら。
「和磨さんが心配なの。」
「冬桜子…優しいね。」
和磨さんは私をあやすように頭を撫でた。
「あの手の人間は諦めが悪いからね。」
「そうなの?」
「そうだよ。次は何をするのかな。」
ゆっくりとのんびりした話しぶりだったけれど、こういう時にこそ、和磨さんは考えを巡らせていることを最近わかってきた。
考えに耽る和磨さんが頭を撫で、髪をいじるので、大人しくされるがままになる。髪が一房取られ、それに口づけられた。
「いいにおいがする。」
甘い声で囁いてくる。
体が熱くなってゾクゾクとした。
耐えきれなくなったので、マタタビを与えられた猫のようにうっとりとしている和磨さんをどかそうとすると、逆に腕を取られて押し倒された。
「冬桜子、約束して。」
真剣な瞳で和磨さんが私を見つめてくる。
「何があっても、私のことを信じてほしい。」
私は頷いた。
それから、和磨さんは私の額にキスを落とした。
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