第十二話
ホテルにチェックインした後、室町教授に連れられて中華料理店に入った。雑然として、沢山の人で混んでいる。店内は中国語が飛び交っていた。
「ここのピータン豆腐が美味しいんだよ。」
室町教授は店員さんに慣れた様子で次々と注文した。
「最初の一杯はビールでいいよね。」
そう言うと、ビールを私たちのコップに注いだ。
「教授、私がやります!」
「いいって、いいって。今日は私がホストだからね。」
和磨さんのコップにもなみなみとビールが注がれている。
私は心配になって大丈夫?と聞くと、ビール1杯なら大丈夫と和磨さんが答えた。
「藤堂君はビールなら少しは呑めるよね。
じゃあ、乾杯しよう!」
乾杯、と3人でコップを軽くぶつけた。
一口飲んだあと、最初に口火を切ったのは和磨さんだった。
「先生、先程のことですが、誤解があります。
あの発言はあの場を治めるためのもので、私と六条さんが交際している事実はありません。」
和磨さんは先程のことを弁明した。研究室(職場)では恋人のフリをする事について、隠したい、という約束を守ろうとしているのだろう。
室町教授はうんうんと頷くと、ビールを自分のコップに注ぎ足して言った。
「そういうのはいいよ。順を追って聞くからさ。
さて、二人が出会ったのはいつ?どこで?」
どちらも話さないと見ると、室町教授は私に振ってきた。
「私が知らなかっただけで、二人は前から知り合いだったのかな、六条さん?」
「とんでもないです!
かず…藤堂先生と会ったのは先週の木曜日が初めてでした。」
「木曜日というと、藤堂君が来る前日だね。
間違いない?藤堂君。」
「そうですね。その通りです。」
なるほど、と満足そうに頷く教授。
「そうすると、場所はどこ?街中でナンパされたの六条さん?」
藤堂君は軽いからね~と言った。
「違います。藤堂先生とは飲み屋さんで出会いました。私から声をかけたんです。」
「六条さんからだったんだ。積極的だねー。
どこがよかったの?やっぱり顔?」
「ええと、なんていうか…。その場の勢いというか…。」
私がしどろもどろになっていると、和磨さんが入ってきた。
「違います。私が酔い潰れたところを六条さんが介抱してくれたんですよ。」
「そうなんだ。藤堂君、何を飲んだの?」
「日本酒を一杯だけ。
それで、介抱して貰った後に別れましたが、偶然にも研究所で再会したんです。」
「六条さんもその認識で合ってる?」
室町教授に聞かれた私はとにかく頷いた。
家に連れ込んだなんて、とてもじゃないけど言えない。
「なるほど。それで歓迎会の時のお持ち帰りにつながるのかー。」
私は咳き込んだ。お、お持ち帰りって…。
「そうですね。彼女に助けて貰ったお返しがしたい一心で。」
「下心はなかったの?」
「全く無かったと言ったら嘘になります。
六条さんは魅力的ですから。」
そう言ってニコッと和磨さんは笑う。
室町教授もニコニコとしながら、店員さんに何かを頼んだ。
店員さんが持ってきたのは冷たいジャスミンティーだった。
「そろそろビール以外も飲みたい頃かと思ってね。」
そうして、3人の前にジョッキが置かれる。
「じゃあ、2度目の乾杯!」
ジャスミンティーは華やかな香りがして、濃い味の食べ物を食べた後にはちょうどよかった。
ビールには一口くらいしか飲んで無かった和磨さんも飲んでいた。
「それで、藤堂君は六条さんのことをどう思ってるの?」
和磨さんはジョッキを置くと言った。
『死ぬほど愛してる。』
何故か、突然フランス語になった和磨さんは私への愛を吐き出し始めた。
『初めて会った時から君に夢中だ。』
『君は私の全て。』
『冬桜子なしでは生きていられない。』
私はもう恥ずかしくなって、俯いて顔を隠してしまった。
どうしてフランス語になっちゃったのかしら。
なんとか止めようと、和磨さんがフランス語を話していた時の記憶を探っていたら、思い出した。
以前も、お酒を飲んだ時にフランス語になっていたわ。
もしかして、酔っぱらっているの?
私は教授が注文したジャスミンティーをもう一度飲んでみた。うーん、よくわからないけど、アルコールの味がするのかもしれないわ。
ジョッキを睨んでいる私に教授が話しかけてきた。
「私はフランス語に詳しくないんだけど、藤堂君はなんて言ってるの?」
「ええと、うーんと、」
さっきの言葉をフランス語から日本語に訳そうとすると、言葉が具体的に頭に浮かんでますます恥ずかしい。
「なんだっけ。最初は『死ぬほど愛してる』って言ったんだっけ?」
室町教授はさらっと言った。
わかっていらっしゃるじゃないですか!と私は抗議したくなった。
「藤堂君は六条さんのことが好きみたいだけど、六条さんはどう思っているの?」
和磨さんのことをどう思ってるのかしら。
とっても優しくて素敵な人だと思うし、時々からかってきて、困っちゃうし。
「よく、わからないです。」
「じゃあ、藤堂君が他の女性に『死ぬほど愛してる』と言ったらどうする?」
和磨さんが他の人、例えば泉さんに愛を囁くことを想像する。
すごく、嫌だった。裏切られた気がする。
「そんなこと言われたら、たぶん怒ります。」
「それが答えじゃないかな。」
室町教授は立ち上がった。
「そろそろお開きにしようか。
藤堂君は、ほんの少しアルコールが入ってほろ酔いしてるから、六条さんが面倒見てあげてね。
ここは私が払うから。」
レシートを握り室町教授は席を立った。
私は和磨さんと二人で残された。
「和磨さん、起きてください。」
『冬桜子、起きてるよ。』
「じゃあ立って歩いてください。」
『もう眠いんだ…。』
何とか外に出たはいいものの、和磨さんは近くの公園のベンチに座り込んでしまった。
「ホテルまであと少しですよ。頑張りましょう。」
そう声をかけても和磨さんはもごもごと何か言うだけだった。
「なんですか?」
「…スしてくれたら、」
もっと近寄って耳をそば立てる。
「冬桜子がキスをしてくれたら、がんばる。」
「ええっ!」
こんな場所で、人も通るかもしれないのにキスなんてできない。
「誰も見てないよ。」
和磨さんは座ったまま夢見心地で囁いてくる。
キスしなかったら、和磨さんはこのまま動きそうにもない。
「この間のつづきだよ。」
そう言って、和磨さんは待ちの体勢に入ってしまった。
一歩も動く気配がない。
こうなったら、やるしかない。
私は和磨さんの頬に手を添えて覚悟を決めた。
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