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009 女盗賊の修行

「亡くなったって……つまり、殺したっていうことか?」



「詳細はわかりません。ただ、シリルさんの手によって亡くなられたと……そう報告をされています」





 詳しくはわからないと、サレンの表情を見て感じたリオンは、後ろを振り返った。





「話は終わったか?」



「なっ……てめえ、いつからいやがった?!」



「今し方だが。なんだ、聞かれてはまずいことでも話していたのか?」



「べ、別になんでもねえよ。ていうかいつまでいんだよおまえ。きょうのノルマは達成したろ? ひとりで帰れるっつの」





 受付に背中を預けて、目前のシリルを睨めつける。



 しかし意に介さずと言った風にシリルは飄々と鼻を鳴らして、





「おまえは俺のモノだ。俺の所有物のそばにいるのは不自然ではないだろう。違うか?」



ちげえよアホか、いつからあたしはおまえのモノになったんだよッ」



「きゃーっ、わたしもシリルさんに言われたいぃぃぃ」



「てめえは黙ってろッ」





 顔を真っ赤にして身をよじるサレンに、リオンは犬のように威嚇する。

 




「それだけ体力があるなら十分だな。さっそく次のステップに向かうとしよう」



「おい無視すんな、否定しろこのクソガキがッ! ほんっと人の話聞かねえなてめえはよぅッ!!」



「ふっ。俺に食ってかかるのはおまえだけだ。うれしいぞ。その調子でついて来い」



「なに気取ってんだよ気持ちわりぃ」





 踵をかえしたシリルの後ろ姿に舌打ちを送って、リオンは嫌々彼の背を追った。



 その隣をついてくるサレンは、小声で言う。





「ちち、ちなみに、シリルさんにたてつく輩はみんな病院送りにされて牙をとことん折られてしまうんです。気に入った相手にしかそういう態度は許されてないんですよっ」



「あんだよそれ。王様気取りかあいつは」



「まあ、そのようなものですし……」



「……あいつ、なんか深そうだな」



「あの人のことを語るなら一日では足りませんよ。さっきも言いましたが、シリルさんと一緒にいれば成功するっていうジンクスがあるほどですからね。あのお方に気に入られてしまえばもう人生勝ち組なんですよっ」



「妄信しすぎだろおまえら。率直に気持ち悪いぞ」



「まあまあ、そう言わずに。リオンさんも、嫌いならきらいで利用できるところは利用した方がいいと思いますよ」



「それ、おまえが言っていいやつなのか? あいつの信者だろ」



「え、えへへ。確かにそうなんですが、数少ない友達ですので、お、応援したいんですよ」



「……そうかい」





 サレンの率直な言葉に歯痒さをおぼえながら、彼女から目線をそらした。



 きっとこの先、自分のことを友達と呼んでくれた彼女から軽蔑される日が来るかもしれない――そう考えると、一抹の寂しさが襲ってきた。



 シリルを介さないでサレンと出会うことが出来たのなら、きっと〝友達〟になれたはずだった。





「――それでは、リオンさん。シリルさん。またのご来店をお待ちしております」





 恭しく頭を下げたサレンに見送られ、リオンとシリルはギルドを後にした。



 それから一ヶ月の間、ふたりの姿は街から消えた。





 ◆





 鋭い切先が頬を掠める。




 薄皮一枚を引き裂かれ、そこからつーっと赤い滴があごを伝う。




 月明かりすら差さぬ宵闇のなか。痛いほど鼓膜を刺す静寂にさらされて気が狂ういそうだった。




 どれほどの間、ここにいただろうか。




 もう王国を離れて何日が経っただろうか。




 もはや日付感覚は失われ、軽い脱水症状と疲労に苛まれながら、刀だけは離すまいと握っていた。




 ドクドクと脈打つ心臓の根を沈め、呼吸を整える。




 音を殺せ。生を殺せ。己は存在していないのだと、己自身に言い聞かせろ。




 さもなくば、





「―――」





 髪が散る。宙を舞う赤髪をソレが奪いさっていき、声が出そうになるのを必死に堪えた。




 ちょっとやそっとのことでは驚かない胆力は着実に身についていたが、この瞬間だけはヒヤリとする。




 これだけは何度経験しても慣れることはないだろう。そして、もうソレに怯える必要はない。




 感覚は覚えた。その驚異的な速度も、薄い気配も、何もかも感覚に刷り込ませた。




 あとは、やるだけだ。




 最初で最後。成功するか失敗するかにより生死が分かれるが、どのみちこの恐怖に怯える必要はなくなる。





「―――」





 少しずつ空気を肺に送り込み、満たしていく。




 覚悟を決めて、リオンは柄を強く握った――刹那、頬を伝った滴が、あごから離れた。




 地面へと墜落したその瞬間、背後から迫るプレッシャー。




 ソレが驚異的な速度で彼女の体を引き裂くその前に、刀が鞘から解き放たれた。





「――らあッッッ!!」





 裂帛の気合と共に迸った剣閃が、硬い甲殻を斬り裂いた。




 リオンの左右へ流れていく巨体。血飛沫をその見に受けながら、長い間堰き止められていた感情が爆発した。





「う――おっっっしゃあああああああああああッッッ!! みたかこの野郎、ぶっ殺してやったぜこんちくしょうぅぅぅぅッッッ!!」





 視力を失われてしまったのかと錯覚するほどの闇の中で、リオンはガッツポーズをとった。



 極度の疲労や空腹さえ消し飛んで、この地獄から解放されたことを喜んだ。





「早かったな。もっと時間がかかると思っていたが……さすがは俺の女だ」




 

 いつの間にか背後に立っていたタキシード服の少年は、素直な称賛を並べた。



 彼の登場とともに暗闇が晴れていき、久しく感じていなかった日光が目に焼き付いた。





「ハッ、楽勝だぜこんなもんッ! 生温いぜッ」



「ふっ、その割には苦戦していたようだがな。まあいいさ、倒せたのならば合格だ。喜べよ、これでまた一つ、おまえは強くなった」



「あたしは元から強えんだッ――ていうかコイツ、こんな見た目してやがったのかよ気持ちわるッ」





 地面に打ち捨てられていた異形の魔物の姿を見て、リオンはうげーと顔を歪めた。



 ソレは体長二メートルに匹敵する巨大なカマキリのような姿をしていた。



 左右に伸びた特大のデス・サイズに線の細い体躯、ギョロリとした拳大の双眸。 



 こんなものに長い間追い詰めらていたのかと思うと身の毛がよだつ。





「サイレントダーク・マンティス――視力が悪い代わりに微弱な音すらも感知し、素早い動きで標的を仕留める狩人だ。その鎌の殺傷力はミスリルすらも紙のように裂くと言われている」



「へ、へえ……聞いたことねえぜ。じゃああの対処法は完璧だったわけだ」



「いささか思いつくのが遅すぎたな。序盤に余計な体力を使い過ぎだ」



「うるせえバカヤロウ、上げたり下げたり、なんなんだてめえは文句あんならかかってこいッ!!」





 死の淵から奪還したことにより、多少ハイになったリオンは刀をシリルに向けた。



 対し、シリルは薄く笑うと展開された魔方陣の中に手を突っ込み、麻袋を取り出して投げた。





「いいだろう。次は俺直々に相手してやる。だがその前に食って寝ろ。コンディションを最高潮にしておかないと、五分も持たないぞ」



「ハッ、だから舐めすぎなんだよあたしのことをよっ! 多少休むだけで十分だぜッ、すぐに泣き言吐かせてやるッ」



「そういう威勢の良いところも含め愛しているぞ、リオン」



「——気持ちわる」





 そう吐き捨てて、麻袋をあさり食糧を取り出したリオンは、久々の食事に齧りついた。



 水で食事を胃に押し込み、空腹感を満たしたリオンは大の字になって仰臥する。数秒後、気持ち良さそうな寝息が聞こえてきてシリルは苦笑した。





「なんて豪胆な女だ。こういう輩は初めてだな……ああ、待ち遠しい」





 毛布を取り出してリオンに被せる。 



 寝顔すらも気の強さを発揮しているリオンを見つめながら、シリルは半ば無意識に呟いた。




「早くおまえが欲しい――この手で抱きしめさせてくれ、愛しいリオン」



クソ、てめえ、気持ち悪い——この単語だけでリオンの会話が作れます。

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