004 因果応報の応え
朝食を終え、冒険者ギルドにやってきたシリルとリオン。
道中に立ち寄った武具屋でボロボロだった装備を一新させたリオンは、首を鳴らしながら依頼ボードのまえを陣取る。
依頼を受ける冒険者たちで溢れかえっているはずのそこには、現在リオンしかいない。
その理由は単純で、赤髪の彼女はあの冒険者の連れだから、である。
「おいみろよ、死神タキシードだ……」
「特級冒険者……久々に見たな」
「はあ……ステキ」
タキシード姿の少年を視界に移した冒険者たちは端へと避け、遠巻きに観察しているようだ。
五人しかいない特級冒険者のうちのひとりであるシリルは、憧憬と畏怖の対象なのは致し方ないことであり、その連れもまた同様の扱いを受けるのは当然だった。
「おっし、決めたぜ。これにする」
そうとも知らず、じっくり熟考したリオンは一枚の羊皮紙をボードから剥ぎ取った。
「何にしたんだ?」
「オーク狩り」
本当ならば、一級以上から受けられる《ワイバーンの駆除》を受けたかったのだが、移動だけで三日かかる。
半日でさえ共にいたくなかったリオンは、短期で終わりかつ適当に体を動かせる《オーク討伐》の依頼はちょうどよかった。
「上等だな」
三級冒険者が受けるには少々難易度の高い依頼ではあるものの、特級がいれば受注可能だ。
受付嬢のもとへ行き、依頼を受注した二人はさっそく徒歩で王都デネボラを出た。
「……なあ。今さらだけどなんで徒歩なんだ?」
衛兵に冒険者プレートをみせ、通門の許可をもらったリオンが言った。
「おまえけっこう金持ってんだろ? なら馬車なりなんなり使わねえのかよ。そういや、召喚士だっけ? 使役してる魔物の背に乗ったりとか、そういう移動手段はねえの?」
隣を馬車が通り過ぎていく。
幌の隙間からこちらを伺う冒険者風の若者たちが、ヒソヒソと何やら囁いていた。
「あたしゃあ盗賊だからよ、よく見かけるんだが……新米冒険者ですら馬車を借りてたぜ? 特級のあんたが借りられないっつうことはねえだろうよ。それとも何か理由でもあんの?」
できれば肩を並べて歩くのは避けたかった。
同じ時間を共有するのも嫌だが、この少年と仲が良いと思われるのも嫌だった。
そんな思いをうちに秘めたリオンに、シリルは何も不思議なことではないと砂利を踏んだ。
「俺は歩くのが好きなだけだ」
「は……はあ」
「別段、遠い距離というわけではあるまい。視界に入る自然や空気を堪能しながら目的地に向かうのは、案外悪いものではないぞ。
それに――」
一旦区切って、タキシードの少年は昨晩のことを思い出す。
「――交わるはずのなかった人間との出会いもある」
「……ふん。せめて、おまえが馬車に乗っててくれればよかったんだ。そうしたら、あたしたちは……」
ヴェルトラ盗賊団は、襲う相手を選ぶ。
それが新米冒険者や明らかにヤバそうな馬車は襲わぬよう、中身を遠見の魔法で吟味する。
襲う相手はもっぱら貴族。最近は著しく減ったが奴隷商人もその対象だ。
貴族といっても見境なく襲うわけではない。
予めリストアップしてある、貴族にはあるまじき人格破綻者を狙うようにしていた。
領民から評判のいい貴族は襲わない。ヴェルトラ盗賊団はそういう盗賊だった。
「たとえ馬車に乗っていたとしても、俺は同じようにおまえたちを皆殺しにしていた」
「……なんだと?」
眉を潜めたリオンが、シリルを睨めつけるように見遣った。
対し、シリルは飄々と、朝食をオーダーするかのような気さくさで告げた。
「俺は仕事をこなしただけだ。ヴェルトラ盗賊団の壊滅――あの夜、俺が受けた依頼だ」
「んな……っ」
リオンの表情が驚愕に固まる。
しかし、なぜ……なんで、という言葉は、不思議と出てこなかった。
「当然だろう、盗賊なのだからいつかはこうなる。だが小規模の集団でガキのようなおままごと程度ならば俺が出張ることはなかった。――おまえたちは派手にやり過ぎたんだよ」
因果応報。ただただ、今まで行ってきたことのツケがまわってきただけ。
それがたとえ、正義を執行してきたとしても。
側から見れば悪となんら変わらないのだから。
「許せないか? 悪を降して何が悪いと、方向性の間違った正義を貶されて悔しいか? こんなの理不尽だと、おまえらが野放しにしている悪を代わりに制裁してやっているのだから、黙認して欲しかったとでも?」
「うるせえ……」
「否定はせんよ。己の信じた正義が、世間とズレていることなんてザラにある。所属する場所によっては悪が善になることも多々あるのは、俺もこの目で何度も見てきた」
「うるせえよ……っ」
「だからこそ言えるのは――おまえたちは、滅びるべくして滅んだのだよ」
「――るせえんだよクソがッ!!」
耐えきれなくなったリオンが、鞘から剣を抜いた。
抜剣された刃がシリルの首を狙って瞬き、刹那、甲高い音と共に刃がはじかれた。
腕に走る痺れを無視して距離をとったリオンは、買い換えたばかりの剣が刃こぼれしていることに気がついた。
なぜ、今の一撃で刃が欠けた?
相手は、ただ突っ立っていただけだというのに。
しかし、わからないものはわからないと思考を放棄して、激情にまかせて地を蹴り上げた。
「てめえは、組織に入れなかった奴らの気持ちがわかんのかよッ!!」
袈裟に振り下ろされた剣は、またもや彼に届かない。
何か得体の知れないものが少年を守っているかのように、刃が手前で拒絶されてしまう。
「要するにてめえは、やる場所を考えろ、ってことを言いてえんだよなッ!? もっとうまく立ち回れって、そう言ってんだろッ!?
できるなら盗賊なんてやってねえ――組織(世間)からはじかれたから盗賊やってんだろうがあたしたちはッ!!」
守ってくれる人もいない。与えてくれる人もいない。
ましてや身分も戸籍も持ち合わせていない奴隷が、まともな職につけることなんてできやしない。
「お高くとまってんじゃねえぞ……そういうのはな、生まれたときから持ち合わせてる人間が言えることなんだよッ!!」
都合十回目の剣撃で、とうとう刃が中間部分で折れた。
地に突き刺さる鈍色の切っ先に、顔をおおきく歪めた赤髪の女が映る。
「――どうすればよかったんだよ。世界からはじき出されたあたしたちは、どうすれば生きられたんだ? どうすればみんな幸せになれたんだよッ! あたしバカだから……そういうのわッかんねえんだよッ!!」
悲痛に叫び散らす赤髪の元盗賊。
頬をながれる涙が地に落ちて、地面に染みをつくる。
その姿を、ただ棒立ちとなって見ているだけだったシリルは表情を変えずに、吐き捨てた。
「知ったことか。俺はまだ十八だぞ――それを知るほど年老いていない」
「なっ……」
その無慈悲でいて辛辣なことばに、呆気にとられたリオンはしばし固まったあと、折れた剣を強く握り締めた。
「て、てめえ……ッ! 言うに事欠いて、それかよッ」
「だが、これだけは言える。おまえたちは滅びを避ける力がなかっただけだ。どうせ甘んじていたのだろう? 未熟者が集まって完成したと思い込んでいただけに過ぎない。だから俺に対抗する術を持たなかった。
おまえらだけが特別不幸だったわけじゃないんだよ。そこら辺に転がった、ありきたりな話に過ぎない」
宵闇を照らす戦火をおぼえている。
一面が炎の渦に呑まれ、そこから発せられる幾つもの叫びをおぼえている。
絶望の淵にたたされ、大切なものを失い、それでも生にしがみ続けた人間を、知っている。
だからこそ言えるのは、
「おまえらのしてきた努力は、俺がしてきた努力量を上回ることができなかった――ただそれだけのことだ」
「んだよ、それ……あたしらは、仲良しこよしで浮かれてたから悪ぃっつうのかよ……ッ! てめえにあたしらの、何がわかるんだよ……ッ!」
「……行くぞ」
その問いに答えるつもりはないと踵をかえし、悠然と歩を進めた少年の背を睨めつけたまま、リオンはしばらくの間そこに留まった。
ディズニーランドで彼女と喧嘩した時、お互い無言の中適当なアトラクションに並んだんですけど、三時間待ちで最悪な空気の中ポップなBGMにさらされてました。辛かったです。
あっ、結婚しました。