002 冒険者登録
冒険者登録を済ませたリオンは、新品の冒険者プレートを眺めた。
銅色の長方形には己のなまえと、「三級冒険者」を表す文字が記入されていた。
「は、はじめは三級からです。依頼の達成件数などによって二級、一級、最高の特級へ昇格しますです。と、等級が上がれば様々なサービスや特別な権限を与えられますので、が、頑張ってくださいり、リ、リオンさん……っ」
ところどころ声を震わせて、視線を右往左往させるサレンに舌打ちをかえしたリオンはポケットにプレートを突っ込んだ。
幼い頃、冒険者になるのが夢だったリオンは、このようにして冒険者になることが悔しかった。
「では帰るとしよう。ついて来いリオン。家へ案内する」
「あいよ。つうかその前に、腹減ったんだが。なんか奢れよ、ご主人」
「いいだろう」
一言頷いて、シリルはテーブルへと歩を進めた。
席に座っていた四人組の冒険者がこちらに歩み寄ってくるシリルの姿を認めると、「チッ。ついてねえ」と酒瓶を持って席を立つ。
「どうぞ。ちょうど空いたぜ特級サマ」
「ああ。気が利くな。ついでにきれいにしてもらえるか、二級冒険者クン」
「はあ?」
露骨に顔を歪めた男が、左右の仲間と顔を合わせる。
「おいおいおい、そりゃあ俺たちの仕事じゃねえぞ。給仕にでもやらせろよ」
「いや、俺はおまえたちにやってもらいたいんだ。どうせ暇だろう? いい経験だとおもってやれよ」
鋭くなった語尾を受け、二級冒険者のパーティは口角を痙攣させながらため息を吐いた。
「おいそこの。清掃用具持って来い」
「何見てんだ、ああ?」
「チッ、くそったれ」
口々に文句をいいながらも掃除を終え、こちらを睨めつけながら酒場を出て行こうとする冒険者パーティ。
戸に手をかけた直前、シリルが「こんなものか」と呟いてテーブルに手をかざした。
つぎの瞬間には新品同様に輝くテーブル一式が再誕していた。
「チッ、見せつけやがって」
「クソ、腹立つぜなんなんだあのガキはよう」
冒険者たちの苛立った声とともに戸が閉まる。
満足気に席に座ったシリルが、リオンに視線を向けた。
「座ったらどうだ? 腹が減ってるんだろ?」
「……いや、食欲が失せたわ」
「わがままな女だな。おまえのためにきれいに掃除したというのに」
「おまえ、ちょっと頭おかしいだろ?」
一部の空気が凍りついた。
聞き耳をたてていたサレンと、ふたりがこれから座ろうとしていたテーブルの周囲の人間が、頬をひきつらせた。
「言われたことがないな。どこら辺がおかしいと感じた?」
「さっきの全部だよ。なんで先に座ってたあの連中を無理やり退かしたんだ? しかも掃除までさせて、最後のアレはなんだよ? 当て付けか、趣味が悪ぃ」
「ふむ」
「ふむ、じゃねえよ澄ました顔してんじゃねえ。なんか言えよッ」
シリルに詰めよるリオン。巻き込まれるのを恐れて周囲の人間は撤退を開始した。
「おかしなことだな。盗賊のおまえが、奪うことに怒りをおぼえているのか?」
「奪う相手は選んでんだよ。こっちにもやるからにはやるなりの流儀がある。そのルールの範囲でやってんだ。てめえらから見たら汚え仕事だろうがな、こっちには誇りだってあんだよ。
――だがてめえのはなんだよ。アレには正当性もクソもねえッ! 金持ちが気まぐれで弱者を甚振ってんのと一緒だろうがッ」
記憶がフラッシュバックする。
横を通り過ぎただけで、痛めつけられた幼少期の記憶。
ただ身なりが汚かった――ただそれだけのことで虐げられたあの頃を思い出して、リオンは顔をしかめた。
「そういうのは我慢ならねえ。職権乱用も甚だしいぜッ! 胸糞悪りいことしてんじゃねえよッ」
新品に生まれ変わったイスを蹴り飛ばしたリオンは、荒い呼吸を落ち着かせるために隣のテーブルから水をとって呷った。
「確かに、あたしはてめえに下った。だがなんでも『はいそうですか』って肯定してやるわけじゃねえ。気に食わねえとおもったらぶん殴ってやる。それが嫌なら今すぐあたしを殺すか絞首台にでも送りやがれ」
静まりかえったギルド内で、純粋な怒りをぶつけられた本人は、なぜか上機嫌に鼻を鳴らした。
「いや。いやいやいや、殺すには惜し過ぎる女だ。ますます気に入った。なんとしてでも己の口から愛をねだらせてやる」
「……は?」
「……はぅ」
何言ってんだこいつ、と露骨に顔を歪めたリオンと、色々と想像を弾ませたサレンが変な声をあげた。
構わず席を立ったシリルは、ポケットに手を突っ込むと出口に向かって歩いていく。
「帰るぞリオン。腹が減ったなら家で食わせてやる」
「おい、話はまだ終わって――オイ待てやてめえッ」
聞く耳持たんと出口へ向かう少年の後ろ姿を見やりながら、リオンは舌打ちを響かせた。なぜだか敗北した気分だった。
一発殴られることも、最悪ここで殺されることも覚悟していたのに、実際のところ喧嘩にすらなっていなかった。
ただ飄々と、言われたことを受け入れるだけで考えも反論もしない。相手を観察しているだけ。
もしかしたら、あの少年は自分がどういう反応をするのか確かめるためにやったのではないだろうか――そこまで考えて、頭が痛くなってきた。
「気持ち悪りぃ。変なやつに目えつけられたもんだな」
これなら死んだほうがマシだ――いや、と首を振って、このチャンスをなんとしてでも生かさねばと気を引き締める。
死を考えるのはまだ先だ。今は、あの化物につけ込むことだけを考えろ。
「何をしている。置いてくぞ。それともここで何か食っていくか?」
「……いや、なんでもねえよ」
そう返答して、リオンは止まっていた足を動かした。
召喚士 は 盗賊 を お持ち帰り した 。