001 女盗賊、苦難の始まり
「素敵な夜だ――なあ、そう思うだろ?」
返答は、恐怖に慄く盗賊たちの悲鳴。
月光すら届かぬ宵闇の中、逃げ惑う男たちの悲鳴と断末魔を一つ余さず味わいながら、シリルは土を踏みしめた。
しわひとつない純白のタキシードに身を包んだ、齢十八前後のシリルは泣く子も黙る特級冒険者。
トレンドマークとなっているタキシードを目にした瞬間、盗賊たちはこぞって踵をかえして逃げていた。
普段の彼ならば、特別な理由がなければ弱者に時間を割くことはなかった。
しかし、今回は違う。
取るに足らない有象無象とはいえ、集まればハエでさえ害悪。
糞にあつまる醜悪な姿を見ればだれだって気持ちわるいと思うはず。その感覚で今、シリルは盗賊団を蹴散らしていた。
「静謐な夜になぜ貴様ら醜い害虫を目にせねばならんのだ。死んで詫びろクソども」
宙を舞う葉が切れ、木々が裂かれ、死に物狂いで走る盗賊を三等分に断ち切った。
宵闇にうごめく複数の気配。
それらはこの森を縦横無尽に駆けまわり、狩りを愉しんでいた。
――たのしいね、たのしいね。
――たのしいっ、たのしいっ。
――うれしい、うれしい。
――ねえ、ねえ、これだけ?
無邪気な笑い声をあげながら、それらが肉を裂き、骨を断つ。
目にみえないそれらは『カマイタチ』と呼ばれる魔物の一種だった。
この世界には存在し得ないはずのそれらがシリルを中心に、半径三キロ圏内において惨殺の限りを尽くす。
鎌風が吹き荒れるこの結界内を逃れらる術を、盗賊たちは持ち合わせていなかった。
ただ一人を除いて――
「このッ、ちくしょうがッ」
怒声を吐いて、赤髪の女がまっすぐとシリルへ向かってくる。
身体中に裂傷を抱えながらも、いまだ存命の女は歩みを止めないシリルへ距離を詰める。
「ほう」
「チッ——気取りやがってクソガキがッ、バラバラに四肢引きちぎって山に埋めてやるッ!!」
「ふむ。その気概は買ってやるが、いったいどうやってこの俺を殺すつもりだ?」
「あぁ……? あ、あ?」
シリルとの距離が二メートルに達したその時、赤髪の女は違和感に気がついた。
握っていた剣の重みが、ない。
恐るおそる右腕に視線を向けると、そこには何もなかった。
すっぱりと肩からきれいに腕がなくなっていた。
断裂面から噴き出す血液を確認した際に、思い出したかのように強烈な痛みが脳に届く。
「がああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
目をおおきく見開き、絶叫をあげる赤髪の女は、しかしそれでも前へと一歩を踏み出した。
「て、めえ――よくもあたしの腕をッ!! 許さねえ、てめえだけは許さねえ!! 殺された仲間たちの人数分、てめえをぶっ殺してやるッ!!」
怒気を孕ませた双眸がシリルを射抜く。対し、タキシード姿の少年はおもしろいものを見たかのように表情を緩ませた。
「いい――いいな、おまえ。美しい」
「——は?」
その不意打ちの言葉に赤髪の女は痛みを一瞬だけ忘れた。
「最近は滅多に見ることのなかった、輝かしい勇気だ。よくぞ吠えた。この俺を殺してやると、死の淵で啖呵が切れるなら本物だ。
気に入ったぞ、俺はおまえがほしくなった」
「待て、てめえとつぜん何言ってやがる、正気か……?」
「人数は多いに越したことはないだろう。あいつらだけでは不安もある。なに、心配しなくとも根性でどうにかなることだ」
「いや、だからてめ――いっでええええええッッッ!?」
甦ってきた痛みに、今度こそ女は膝を折った。
そこへ、眼前までやってきたシリルが赤髪の女を見下ろして、言った。
「共に来い――異論は認めん」
「こ、断る……ッ」
「喜べ、女。復讐の機会は腐るほどあるぞ。いつでも俺を殺しに来い」
――こうして、ヴェルトラ盗賊団副団長のリオンを(強制的に)仲間にしたシリルは、彼女を冒険者ギルドまで連れてきた。
「な、仲間になるなんて一言もいってねえぞ!」
肩から切りとられていたはずの右腕の調子を確かめながら、リオンは手のひらをカウンターに叩きつけた。
痛みはない。何事もなかったかのように腕が復活していた。
「気にするな受付嬢。こいつは巷でいうツンデレってヤツだ」
「は、はあ……。あの、いつになったら名前をおぼえてくれるんでしょうか?」
「そんなどうでもいいことより先に、このイカれ野郎をどうにかしろッ」
日付が変わってもまだ賑わう冒険者ギルド王都支部兼酒場にて、リオンはメガネをかけた受付嬢に詰め寄る。
しかし地味な受付嬢は、おろおろと視線を彷徨わせながらも超高速で書類にサインしていた。
クレームの対処に困りながらも、仕事を並行してこなす受付嬢ことサレンである。
「はあ……あの、ですが、あの、このまま野晒しにしておくわけにはいきませんので、はい……」
「ここで冒険者登録をして、俺の傘下に加わらなければ今すぐ豚小屋行きということだ。当然だろう、悪名高い盗賊団の副団長さまなのだから」
「で、ですです。そういうことですっ」
「はぁん? てめえの下につくぐれぇなら豚小屋のほうがマシだよッ! つうかそんな権限持ってんのかよてめえはようッ!」
「と、特級冒険者サマのシリルさんには、王族並の権限を与えられておりますので……はう」
恐縮したかのように視線を俯かせ、書類にサインする速度をあげるサレン。次からつぎへと先輩受付嬢から渡される書類のせいで、仕事が片付く気配はない。
「てめえ、いったい何者なんだ?」
「特級冒険者シリルだ。召喚士をやっている――さっきも名乗っただろう?」
「んなの知ってんだよッ!! 山籠りが趣味のあたしら盗賊だって知ってらあッ!!」
曰く、「死神タキシード」――数ある異名の中でも特に有名なのはこれだろう。
年中着飾った純白のタキシードというスタイルで、その場から動かずして標的を一掃する姿は死という概念そのもの。
出会ったら死ね。——それがここ「メンカリナン王国」周辺で悪事を働く者達の共通認識だ。
「依頼成功率百%。受注依頼数は驚異の千件越え――
どのような難関な依頼でさえ成し遂げ、討伐にこそ、い、至りませんでしたが第六位魔王を撃退したのはあまりにも有名ですっ」
饒舌にシリルの情報を連ねていくサレン。山積みになった書類から視線をそらして、一息ついたサレンは一枚の羊皮紙をリオンに差し出した。
「ち、ちちなみに、三番目に知名度の高い異名は『強欲』ですですので、もう諦めたほうがい、いいいいですよっ」
ドぎつい目つきをさらに悪くしたリオンの目を見ないようにして、サレンが震える手で羽ペンをそっと差し出した。
「強欲だあ?」
「欲しいものはなんでも手に入れる。それが俺の流儀だ」
「ち、ちなみに、さいきん住み込みで働いているというメイドさんは帝国から無理やり連れてきたそうですっ」
「あの冷めた瞳が気に入った」
「噂では許嫁がいるそうですですっ」
「知らん」
「さいきんシリルさんを崇拝する輩が勢力を拡大しているそうですっ」
「くだらねえ……暇なのかよそいつらは……」
おおきくため息を吐いて、さてどうしたものかと考える。
家族同然の仲間たちの仇であるシリルとこれからを寝床を一緒にするなど、死んでも御免だ。それなら豚小屋に放り込まれたほうがまだマシで、結果死刑になっても構わないと思える。
だが、よく考えてみろ。
『喜べ、女。復讐の機会は腐るほどあるぞ。いつでも俺を殺しに来い』
つい半刻まえの言葉が脳内でよみがえる。
「――それで、どうするんだ? 俺と来るのか? 来ないとは言わせぬぞ」
「わ、わたしも言われたいです、です」
「おまえには興味ない」
「はぅ」
自分よりも背の低い、年下の少年。
自信に溢れ、己が強者だと信じて疑わない黒の双眸を見やり、リオンはほくそ笑んだ。
「ああ、いいだろう。てめえの軍門に下ってやるよ」
「いい返事だ。これからよろしく頼むぞ――リオン」
差し出された手を弾いて、湧き上がる感情を押さえ込む。
今すぐにでも嬲り殺してやりたいが、真正面から行っても勝ち目はないだろう。
だが、少年のそばにいて、彼の信頼を得たのなら、わずかにでも隙が生じる。
勝機はその瞬間――そこを狙う。
「おい、地味メガネ。代筆しろ」
「あ、は、はい少々お待ちを――」
仲間達の仇を討つために、リオンは悪魔に魂を売った。
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