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妖精の森と鎮魂歌 4

「立派な樹だけど、外見はただの大木ね」


 樹齢百年いってるかどうかって所の立派な大樹。マナを多分に含んでいる事は、最初に目にした時からわかっていた。


 てっきり妖精に囲まれて育ったから妖精樹に変異でもしたのかとも思ったけど……、違うみたい。こうしてしっかりと観察すればとわかる、大地を介した世界との繋がりを。


「何もこんな朝早くに来なくてもよかったのでは?」

「妖精にまとわり付かれたら調査に集中できないじゃない」


 ホムラと小さな妖精達も起きていない早朝。


 大人な妖精達は静かな森を散歩する時間帯らしい。ここに来るまでに小さくお辞儀で挨拶していく妖精達と何度かすれ違った。


 そんな子供達が寝坊する穏やかな時間に私はアルアを持って、昨日聞いた妖精の生まれる大樹に訪れていた。


「中身はどうなってるのかなっと」


 普段使ってる片眼鏡ではなく、見た目のごつい両眼鏡を取り出す。これもアルアと同時に継承された魔法具で、魔法関連を調査するのに最適なモノである。


「一応あなたの仲間だと思うのだけど……何か知ってる?」


 私は創造主が同じはずの魔導書に話を振りながら、大樹に手を置く。


 しっかりと隠蔽魔法が施されてたみたい。簡易な機能しかない片眼鏡では見通せない中身を、高性能な眼鏡が透視する。


 ――これは一種の芸術品ね。成長も計算して、まるでレンガ造りの芸術建築みたいに組み上げられている。けれど一つでも失えば魔法として崩壊するかと言えばそうでもない。無駄にも見える遊びがそれを支え、これを設計した魔女の腕をありありと主張する。


「残念ながら、これはエマが作った直接のオリジナルというわけではありませんよ」

「――知ってて、今まで黙ってたの?」

「聞かれてませんでしたからね。――アッツイです、ごめんなさい! 話すのが面倒で黙っていました!」


 気が利かない方がまだましだった。意図的に黙ってたなら、当然お仕置きは覚悟してたわよね?。


「はあ……。それでオリジナルとは違うって、これは誰が作ったの?」

「エマもなんで私に痛覚を設定したんですか……。管理樹は経年劣化で限界に近いと判断した時、種子という形で次代へ残すんです。だから、この樹も何代目かの庭の魔女が育てた樹ですよ」


 アルアの言う通りなら、オリジナルはお役目を果たして枯れてしまったと。


 これが劣化して尚ここまでなのか、最適化という進化の果てがこれなのか。『創世』の魔女以外答えは分からず仕舞い……なのね。


 どちらにせよ、これが『創世』の魔女の力……。


「ちょっとマスター、これ跡とか残らないですよね?」

「あなたレベルの魔導書がボヤ程度でダメージを負う訳ないでしょ」

「ダメージは負ってます! 今もなんだか熱い気がするんですが!」


 軽く表紙を炙られたアルアはとち狂って、ふーっふーっと口も無い体で冷やそうとしてる。


 ちょっと炙った程度なら自己修復で勝手に直るでしょ。バカな魔導書は放置して、私は振り返り大樹にやってきた魔女を見る。


「バレちゃったみたいね。隠すつもりなんてさらさら無いんだけど……」

「隠すつもりがない? 教えるつもりしかないの間違いでしょ。妖精に話させたのは貴女でしょ?」

 

 フェイは自分の企みがバレても悪びれた様子はない。むしろよくわかりましたと言いたげだ。


 新緑の瞳の奥にはまだ何か隠してる事がありそうね。


「私は先代の魔女に頼まれてこの子の面倒を見てるの」

「フェイ……、なるほど。あなたが管理してるのは妖精達じゃなくて、こっちだったのね」

「一応、この情報は協会でも上の魔女じゃないと知らないから。――秘密よ?」


 おそらく念を押す為、ここへ寄ったのだろう。


 魔物が居る領域に出かけていたらしいフェイは、手に薬草の詰まった籠と箒を持っている。他にも私がローブの裾に着いた魔物の血を指摘すると、恥ずかしそうに魔法で血痕を分解してしまう。


「世界の核となる存在を公表するつもりはないわ。やる意味もないし、なんなら契約書を使いましょうか?」

「そこまでしなくてもいいのよ。あなたを送り込んだ協会の魔女を信用します」


 信用……ね。その顔は他にもありそう。


 私の顔より上にある視線を籠の中に下げると、入っているのは麻薬の一種だ。


「セラはいつまでこの世界に滞在するのかしら?」

「二日……かしら。それだけあれば最低限の記録は出来ると思うけど」

「優秀ね。記録するのに一週間は掛かると思ってたのだけど」

「――こんなのでも、この魔導書は優秀なところがあるのよ」


 私はフェイへ見えるようにアルアを叩く。


 不本意ながら、ええ不本意なんですが、アルアは真面目に働かせれば優秀だ。魔法の構築の設計図を正確に記録したり。だからここで完全に解析する必要はない。


「なるほど、それは頭になかった」

「フェイにも挨拶するのが面倒で黙ったままだったわね」

「私はただの魔導書――道具ですよ。挨拶する必要がありますか?」


 普段は道具扱いを嘆く癖に、都合よく道具であることを主張する。ダブルスタンダードを平然と使いこなす、表紙より厚い面の皮なことで。


「セラはよくそれを持ってられるわね……。私なら一日で焼き払うかしら」

「私は半日で焼却したくなったけど?」


 ムードメーカーであるホムラが不在で、魔女しかいないのは分が悪いと察したアルアはただの本になってやり過ごそうとする。それを私とフェイは顔を見合って笑った。


 私は沈黙を保つアルアの大樹の傍に魔法で固定する。


 言われなくてもわかってるでしょ? 魔法の記録はよろしく。


「――二日後、あなた達が帰る前にここへ寄っていきなさい。良いモノを見せてあげる」

「良いのかしら」


 フェイは箒に乗って、帰る前に私へそう伝える。それが私の予想が合っているなら、たしかに良いモノではある。


「ええ、元々決めてたことよ。それが数日早まっただけ」

「……そう」

「それと勘違いしてそうだから一つだけ訂正しておくわ」

「勘違い?」


 私が聞き返すと、フェイは悪戯っぽい笑みでにっこりとして答える。


「……私は妖精ちゃん達を守る為に管理樹のお守をしてるだけよ」

「それは天邪鬼でしょ?」

「ただの樹に愛着なんて持ってるわけないじゃない」


 そんな温かい表情で言われても誤魔化せるわけ無いわ。何百年と自分で育てた樹が大事じゃないわけがない。


 そしてフェイが逃げるように飛び去るのと入れ違いに、元気な子供の声が近づいてきた。


「あるじさまー」

「――起きたのね」

「置いていくなんてひどいです」


 寝ぼけたホムラが私に抱き着いたまま、二度寝に入ろうとしている。


「置き土産は不満だったかしら?」

「……起きたら、一緒に寝てたあるじ様が妖精になってました」


 置き土産(妖精)の抱き枕に満更ではないらしい。ホムラは妖精の抱き心地を思い出して、至福な表情で目を瞑っている。


「僕は酷い目にあったさ。危うく抱きつぶされるところだった」

「あら、あなたも来たの」

「助手ちゃんが迷子になっても困るだろ? 家の方はどうせ荒らされて困るモノは、最初から置いてないだろうし」


 子妖精の見張り役である若い妖精の推理に、私は微笑みで答える。たしかにあそこに置いてある物はアルアが記録してるので、創造魔法で簡単に補充できる。


「そっちは朝の散歩って感じじゃないね。――昨日の話で調べに来るとは思ってたけど、随分せっかちで」

「調べると言っても、中の魔法を書き写すくらいしかできないもの。それならあれで十分よ」

「あれで記録はできるのかい?」


 呆れ顔の妖精が見てるのは、紐で木の枝に吊るされたアルアの姿。


「別に問題はないけど? 本に三半規管も血も無いのよ」

「そういう意味じゃなかったんだけど……」

「追いつめないと、サボるバカじゃなかったら良かったのだけど」

「納得した。……人工精霊のくせに面倒くさい性格してるね」


 アルアの性格を知らない妖精は何か言いたげに私を見るが、理由を話すとあっさり手のひらを返す。


 妖精も寝て遊んでお気楽に見えるが、それは子供の妖精に限った話だ。大人達は森を維持するためにしっかりと働いている。


「あなたが代わりに精霊になってくれないかしら?」

「残念ながら、僕は今の姿が気に入ってるんだ」


 半分冗談で提案した誘いに、妖精は少し距離を取って答える。


 もし彼が頷いたら、アルアの記憶を残して人格を移せないか本気で考えたのに。


「そう、本当に残念ね。気が変わったら、いつでも言ってちょうだい」

「……悪趣味(魔女)に効く薬ってあると思う?」


 二度寝に入ったホムラを適当に創造した毛布に寝かせて、私は悩む。


「私なら――それより、バカを治す薬を優先して開発するわね」

「それは悩ましい問題だ――、どっちのほうが重症なんだろう」


 私達はぶらぶらと風に揺れる魔導書の作業を見守りながら、溜息をついた。

何度もアルアをアルマと打ち間違える。駄目神は引っ込んでてください。

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