妖精の森と鎮魂歌 2
魔女の家――というよりも妖精の家じゃない。見える場所には生活空間しかなく、ここにも妖精が居座っている。
魔女なら持っていて当然なアトリエはどこかに隠しているのだろう。
「ようこそー、新しい魔女さん。私は妖精の森の管理者、『新緑』のフェイよ」
ちょこんとお辞儀して、のんびりとした挨拶をするのはホムラより少し背の高い魔女。
唐突に魔女の黄金に輝く眼が視界に入り込み、一瞬身構えた。黄金の眼は魔力を多く使っている証。
きっと今の私も少し金を帯びていたに違いない。目の前に爆弾が現れたら、反射で構えるのは仕方ないじゃない?
「――『創造』のセラです」
「はい。どうせなら中にいらっしゃい」
そんな私に彼女は気にせず――いえ、分かってて家の中に入るよう小さな手で手招きして誘う。
私が緊張で固まってる間に、ホムラは魔女の家にわくわくとした顔で入っていく。魔女の助手ならば、黄金の眼に警戒する意識くらいは持ってほしいのだけど……。
「お客さんが来たから場所を空けてね」
「……あと10分」
「はいはい」
連れてこられた場所には妖精が重なって椅子のクッションで寝ていた。魔女は私達にどうぞと、その妖精を退けて椅子を引く。
「先に依頼品の受け渡しを済ませておくわ」
椅子に座る前にアルアの中から依頼の品を取り出し、近くに積み上げる。フェイは袋を開けて中身を嗅ぎ、「いつものね」と小さく頷いた。
「はい、たしかに。魔女会へ受領証を出しておくわね」
机の上に置かれた書類に、羽ペンがひとりでにサインを書く。最後にフェイが魔力で封をして窓から放り投げると、それは鳥になって世界の外へ飛んでいった。
「こっちは写し」
「ありがとう。しばらくこの世界に滞在してもいいかしら?」
仕事を終えた私は自分の個人的な趣味のためにそう言うと、フェイが声の高さを一段上げて答える。
「もちろん! あなたも妖精のすばらしさが分かるの?」
妖精が好きで好きでたまらない。彼女の早口で私に詰め寄る姿に、隣で妖精にちょっかいをかけられていたホムラを驚かせる。
残念ながら、私は特別妖精が好きというわけではない。ただ妖精が森で暮らす姿を、旅行の記憶として残しておきたいのだ。
「観光する分には絵になる景色だとは思うわよ」
「なるほど、あなたは妖精好きじゃなくて旅行好きってわけね」
「ふふ、そっちが正解よ」
同類ではないとわかりフェイが少し残念そうにする。けれど、すぐに気を取り直して話に戻る。
「宿泊場所はどうする? 別に妖精達と一緒でもいいなら部屋は貸すけれど?」
「場所さえ指定してもらえれば、自前で用意するわ」
「そうだったね。さすが『創造』の二つ名を頂いてるだけはある。――場所は何もない場所ならどこでも、うちの傍なら基本的に問題ないと思うわ」
「なら適当に開けた場所を借りるとしましょう」
フェイは創造魔法を得意とする私に関心を寄せ、鞄代わりの亜空間から植物の種を取り出した。その種を何も植えられてないプランターに植え、私が持ってきた依頼品――肥料を少量混ぜて魔法を使う。
「私の『新緑』は植物を操る魔法からきてる。――これは妖精達を楽しませてくれたお礼よ」
魔女の眼の色はさらに深く輝く。
プランターに植えられた種はみるみると育ち、一つの大きな実を付けた。フェイがその実を取ると、植物は急成長の反動かそのまま枯れてしまう。
植物を意のままに操るだけじゃいない、変異もできる魔法でしょうね。そうでなくては、あの大き過ぎるカカオの実は説明できない。
「これって食べられるですか?」
「チョコやココアの原料よ」
「チョコレート!」
甘いお菓子になると教えると、ホムラが期待で目を輝かせる。
「はいはい、作ればいいのでしょ? 主人を使う助手ってどうなのかしらね」
「ありがとう! あるじ様!」
私の皮肉もホムラには通じない、無垢って無敵。
一方で、フェイは目の前で創造魔法を観察したいらしい。その好奇心で瞳孔が開く目は――とても魔女らしい。
「砂糖は必要かしら?」
「調味料は少量なら持ち合わせがあるわ。それに創造魔法は魔女の生産とは違う。材料が足りなかったら、魔力かマナで代用できる――」
アルアから皿と砂糖を取り出し、カカオの実と一緒に机の上に置く。
カカオは本来果肉を取って乾燥させる必要があるけれど、創造魔法にそんな過程は要らない。もちろん材料を揃え、加工を済ませた方が消費する力は少なくて済むのだが。
「あるじ様のお菓子は他の魔女様からも人気なんですよ!」
「ホムラは先輩方から可愛がられてたわね。私は便利屋かお菓子屋に使われてるだけなのに」
先生以外の魔女からもお菓子の催促はよくされた。その代わりに創造魔法のバリエーションを増やす協力をさせてもいたから、収支で言えばプラスではある。
一番利益を享受してたのは、ただでお菓子を貰っていた子供に違いない。
「カカオの種を持ってるのだから、自分でお菓子は作ってたのでしょ?」
「時間はいくらでもね。だから妖精達がお昼寝してるタイミングを見計らって、時々……ね」
黙って作業するのも退屈だからと私はフェイに話を振る。その間にも果肉を魔法で剥ぎ取り、必要な部分だけを取り出す。
チョコは作り慣れているけれど、カカオから作るのは初めて。なので、完成までの手順をしっかりと思い出しながら魔法の準備を整える。
「妖精さん達にはあげないのですか?」
「駄目なのよ、チョコは妖精達の体が受け付けないの。妖精達には専用に調整した食べ物を別に作ってあるのよ」
何度も駄目だとフェイに言われ続けたのか、妖精達は諦めて不貞腐れてる。今は頭を撫でろとフェイとホムラの膝に座っていた。
妖精にずっと纏わりつかれてるホムラは、疑問を感じながらフェイに尋ねる。
「『ご飯が溢れる木』ですか?」
「あら、妖精達から聞いたのね。――そうよ、妖精達の主食は空気中に漂うマナ。妖精達が『ご飯が溢れる木』って呼んでるのは特別美味しく食べられるマナを生み出す、私が作った植物なのよ」
妖精達は森を育て、魔女は妖精を守り、森は妖精を守る魔女にマナを差し出す。この世界はそうして成り立っている。
大抵の異世界はそんな風にマナや魔法に使う素材を生産する代わりに、魔女の庇護下に入って安寧を保っていた。
「始めるわよ?」
「あら、ごめんなさい。お話は次の機会にしましょう」
私が二人に声をかけると、フェイは胸元にぶら下げた眼鏡を手に取る。あれは私の片眼鏡と同じ魔法具なんでしょう。
「――形は適当で、シンプル イズ ベスト……」
創造魔法を使うとは言っても、ちょっとお菓子を作る程度で派手な演出はない。これじゃあ三分クッキングどころか、三秒クッキングがいい所。
数秒の間、魔力が渦巻くと材料は消えていた。代わりに市販されている形のチョコが皿の上に残る。
「……もう、終わりなのね」
「見世物にはならなかったかな?」
私の挑発に、フェイは「降参よ」と両手を上げて白旗を上げた。
「真似出来ないかと思ったけど、創造魔法は根底が違う。それは貴女だけに許された魔法みたいね」
「伊達に、歴代で二人しかいない希少な創造魔法じゃないわ。私自身『創世』の魔女が残した資料から手探りで使ってるにすぎないし」
魔力やマナの動きから創造魔法をコピーできないか欲張っていたフェイは、これは無理ねとすぐに諦めた。
もし可能性の芽でもあるなら、魔女の街にいる魔女達がとっくの昔に解析を済ませているわ。そんな事は最初からわかっていたから、フェイの表情にショックはない。
「でも見世物としてはなかなか面白かったわ。これも持っていきなさい」
「チョコ?」
「即席で作ったカカオじゃなくて、私が本気で作ったカカオを材料にしたチョコなの。街にいる魔女には秘密よ?」
私ではなくホムラへ袋に入ったチョコを渡す。魔女と妖精が育て上げたんだから、その美味しさは魔性を秘めてるでしょう。――甘党の魔女たちが殴り合いの喧嘩をしかねないぐらいには……。
「善意か悪意か、判断に困る贈り物なことで」
「ふふふ、どっちでしょうね。魔女としては醜く争う同胞の姿も見たくはあるわね」
「そうなったら、真っ先に貴方の元へ襲撃者が来るんじゃないの?」
「……街に帰る前に食べきってちょうだい」
面倒事を見てる分にはいいが、巻き込まれるのは御免だとフェイはチョコの一つをホムラの口に放り込んだ。