第8話 再会?もう一人の一ノ瀬勇気
私は真っ暗な中をひたすら歩いている。
あてもなく歩いていると、いつも目の前にあの頃の彼が現れる。
「一ノ瀬くん?」
声をかけるといつのまにか私もあの頃の姿に変わっている。
彼がこちらに振り向くが、足を滑らせそのまま背後にある穴に仰向けに落ちていく。
私は慌てて彼に向かって走り必死に手を伸ばす。
しかし、私の手は彼の伸ばす手を握ることができずに空を切る。
真っ暗で底の見えない深い穴へ吸い込まれるように落ちていく彼を、私はただ見送ることしかできない。
「一ノ瀬くーーーーん」
私の叫び声はその深い穴で反響するのみで消えていく。
ブーーーッブーーーッと音を立てるスマホのアラーム。
またかと天井に向け伸ばす手と、だらだらと流れる汗でそれは夢だったのだと認識する。
この夢を見るようになったのは十年前のあの日からだ。
当時まだ十五歳だった私は全世界同時に起こった大災害に巻き込まれた。
それは、大穴と呼ばれる巨大な穴の出現による大地震とその穴から出でるマモノによる侵略行為であった。
私は母の元へと向かう為自宅へと向かっている途中、マモノに襲われた。
そこを助けてくれたのが一ノ瀬勇気くんだった。
私のせいで彼は左腕を失ってしまった。
それでも彼は私を助けようとし、マモノを倒すために大爆発を起こす。
しかし、そのマモノを倒し切ることができなかった。
そこで彼は、マモノを道連れにし大穴へと飛び込んだのだ。
その後、爆発音に気付いた勇者に私は保護されたのだった。
私は彼の分まで生きなきゃいけない。
この夢を見るのはきっとこのことを忘れられないからで、そして私が一ノ瀬くんにもう一度会いたいと思っていることも関係あるのだろう。
ぼーっとそんなことを考えていると、またスマホのアラームが鳴る。
しまった、今日は校長先生に呼ばれていたのだった。
私は夢だった学校の先生になり、自分の母校である白咲高校の教師として働いていた。
明日には、夏休みも終わり新学期が始まる。
そんな中急遽転校生がくるということで今日顔合わせなのだ
ベットから出て急いで身支度を済ませ、学校へと向かう。
家を出て駅まで歩き電車に乗った。座席に腰掛け窓の外を眺める。
この街もすっかり変わってしまった。
全世界に出現したこの大穴は、各地で甚大な被害を出した。
死者は全世界で一千万人を超え、重軽傷者は四千万人以上、そして今なお行方がわかっていない人の数は、およそ六千万人いる。彼もその一人だ。
この大穴は異世界につながっており、今も向こう側で生きている可能性もあると、勇者達が言っていた。
勇者とは異世界からこの世界を助けにきてくれた人たちであり、その強さはもはや人の領域を超えている。
その力でマモノを殲滅して回り、十日ほどでほぼ全ての魔物を倒してしまった。
その後大穴のおよそ二十キロメートル圏内を戦闘区域かつ立入禁止領域とし、そこを囲むように巨大な壁と結界を張ってマモノから町を守っている。
私の家は立ち入り禁止領域に入っていてもうあそこには帰れない。
ふとそんなことを考えていると学校の最寄り駅に着く。
またぼーっとしてしまった。やはりこの時期になると思い出してしまう。
駅から学校まで少し早歩きで行く。なんとか約束の時間に間に合った。
ふぅ、と一息ついていると校長先生から呼ばれた。
校長先生の待つ校長室に入る、あれっと私は不思議に思う。
転校生であれば面談室に通すものなのだが、今回は校長室にいるのだ。
今回の転校生は何かあるのかもしれないと直感し、少し緊張してきた。
ドアをノックし、返事が返ってくる。
「失礼します」
と、恐る恐る校長室に入る。
正面には長方形のテーブルとそれを囲むように二人がけのソファと一人がけのソファがそれぞれ二つ置いてあり、校長先生と向かい合うように二人の人物が座っている。
一人は、ボサボサの髪で寄れたワイシャツに曲がったネクタイ上にジャケットを羽織っている。
恐らくは転校生の保護者なのだろうが、年は自分と同じくらいに見えた。
もう一人が転校生なのだろう、うちに制服を着ている。
髪は、金髪でこちらもボサボサであり、よく顔は見えないが良く見ると、寝不足なのか目にはうっすらくまができている。
でも何故か懐かしく感じ、落ち着く気がした。
少し観察していると、校長先生が私に座るよう促す。
促されるまま私は校長先生の横に座った。
それと同時に、校長先生が二人を紹介する。
「こちらが、明日からウチの学校に転校してくる一ノ瀬ユウキ君と彼の保護者黒瀬さんよ。お二人は叔父と甥っ子にあたるそうで、勇気君のご両親が海外に行かれている間面倒を見ているらしいわ」
「はじめまして、勇気の叔父にあたる黒瀬と言います。こいつの親は私の兄なのですが、出張で海外に行ってましてね、代わりに私が面倒を見ることになりまして、保護者代理というわけです。まあ、卒業まで短いですが、よろしくお願いします」
と、彼の叔父が挨拶をしていたのだが、私の耳には届いていなかった。
その転校生が、彼に似ている気はしていたが名前まで一緒なのだ。
「綾瀬先生?綾瀬先生!」
そう二度呼ばれ、はっと意識を戻す。
「どうしたんですか?具合でも悪いんですか?すごい汗ですよ」
校長先生からそう尋ねられる。
「い、いえ大丈夫です。すいません、申し遅れました。私が一ノ瀬君の入ることになるクラスの担任をしています、綾瀬彩音と申します。よろしくお願いします」
自己紹介をするが、しかし、頭の中は混乱したままである。
まずは冷静になる。落ち着いて考える。十年前の彼と目の前にいる彼は、別人だ。
そもそも年齢が違う、もし彼がここにいるとしたら今は二十五歳の筈である。
それに彼は異世界へと言ってしまった筈、戻ってきているのだとしたら大事件である。
何故ならいまだに誰一人として向こうから帰ってきた人はいないのだから。
そのことから彼は別人であると判断する。他人の空似なのだ、そう自分に言い聞かせる。
朝、夢で見ていたから混乱したのだと、そう思うことにした。
それからは、明日のことの確認と学校生活での諸注意を行い、顔合わせを終了する。
「せっかく学校に来てるのだから、学校の中でも見てきたら?」
校長先生がそう提案すると、
「あぁ、良いじゃないか。ユウキ見学して来いよ、俺は先に帰ってるから。一人で大丈夫だろ?」
黒瀬さんもその提案に賛成する。
「では、綾瀬先生。一ノ瀬君を案内してあげて」
その後、一ノ瀬君に学校内を案内する。誰もいない校舎を二人で歩く。
「ここが食堂ね、昼休みなんかは結構混むから利用する時は早めに利用することをお勧めするよ。そしてこっちが……」
と、案内をしていくが一ノ瀬君は返事をしない。結局最後まで喋ることはなかった。
「じゃあまた明日ね、一ノ瀬くん。遅刻したらダメだよ」
そういうとペコりとお辞儀をして帰って行ったのだった。
はぁ、と思わずため息を吐いてしまう。今日はびっくりするようなことが起こった。
チラッと一ノ瀬君の後ろ姿を見る。彼と重なって見える。
やっぱりそっくりだな……
私は頭を振り、それ以上考えるのをやめ、職員室に戻り仕事に戻る。
授業で使う教材の準備をしていると、目がシパシパしてきた。
腕を上に伸ばし背伸びをする。
朝から仕事を始めてもうお昼をまわっている。
少し休憩をしよう。
机に顔を埋め、目を瞑る。スーッと暗闇を落ちていく感覚がある。
ああ、またこの夢か、すぐに理解する。おそらく彼に似た少年にあったからだろう。
もう一度会いたいよ、一ノ瀬くん……
「綾瀬…綾瀬、綾瀬!」
「綾瀬先生!!」
耳元で名前を呼ばれ、はっと顔をあげる。
どうやら寝てしまっていたらしい。横を見ると校長先生が立っていた。
「綾瀬先生大丈夫ですか?さっきも様子が変だったように思いましたが、疲れておられるのですね。今日はもう帰られたらどうですか?」
と、心配そうに言われてしまった。
「いえ、すいません。大丈夫です。もう少しで終わりですので終わらせて帰ります」
時計を見ると、三時間ほど寝てしまっていたようで職員室には私一人となっていた。
「そう。じゃあ綾瀬先生が最後ですので戸締りの方よろしくお願いしますね」
「わかりました。お疲れ様でした」
と、校長先生は帰っていった。
よしっと、気合いを入れ直し再び机に向かい仕事を進めていく。
ふぅと、一息つく。ようやく終わった頃には外も暗くなっていた。
時計の針は、もう七時を回っている。
「あっ、もうこんな時間。早く帰らないと」
私は帰り支度を済ませ、戸締りをして学校を後にする。
駅に着くと、ちょうど次の電車が来ていた。
電車に乗り時計を見る。家に着くのは八時を過ぎそうだ。
八時から観たいテレビがある。これじゃダメだ。
私は駅に着くと、自宅まで近道をしようと駅近くの公園を横切る。
ここを通れば八時前にはつきそうだ。
本来は、夜の公園というのは不気味であまり通りたくはないのだが、今回は仕方ない。
早足で公園内を歩いていく。
すると突然、茂みから何かが飛び出してくる。
ビクッと、体が反応する。
なんと茂みから出てきたのは、黒い執事服を着た黒髪の男だった。
思わずその男を凝視してしまう。
向こうも気づきこちらを見て、
「ここから離れなさい」
と大声を上げた。次の瞬間、巨大な拳がその男を殴り飛ばす。
殴られた男は、地面へと叩きつけられ、激しい砂埃を上げる。
叩きつけたれたところの地面が割れていた。
しかし、私の視線はそこではなく、殴りつけた方へと釘付けとなり、驚きでその場に座り込んでしまった。
「マ、マモノ?」
そこに立っていたのは、体長四メートルほどの人型のマモノであった。
額は大きな一本の角を生やし、その腕は大木のように太く、大きな手は人一人を簡単に握りつぶせそうである。
その姿はまさに鬼というにふさわしい。
どうしてこんな所に、ここは戦闘区域の外だし、壁からもかなり離れている町中なのに。
呆然としている私に気づいたマモノがこちらに迫ってくるが、腰が抜けてしまい立ち上がることができない。
そして、魔物がその大きな手を握りしめ、私に向かい振り下ろしてきた。
私は目を瞑って、その衝撃と痛みに備える。
が、衝撃も痛みも感じることはなかった。
恐る恐る目を開けると、マモノの拳は私に当たる寸前で止まっていた。
そこには、マモノに地面に叩きつけられたはずの執事服の男がマモノの拳を受け止めていた。
「申し訳ございません。貴方様を巻き込んでしまいました。たいへん申し訳ないのですが、少しの間そのまま目を瞑っていてはいただけませんか?」
そう尋ねられ、私は目を瞑り、耳を塞いで地面に伏せる。
その直後、鳴り響く凄まじい戦闘の音は耳を塞いでいても聞こえた。
最後にドンッとお腹の中にまで響いてくる音を立てて静かになった。
ゆっくりと目を開けると、そこにはもうマモノの姿はなかった。
ホッとした。すると目の前に手が差し伸べられる。
この人もこのような格好をしているけどおそらくは勇者なのだろう。
差し伸ばされた手を掴み立ち上がる。
「本当に申し訳ございませんでした。貴方様を今回の戦闘に巻き込んでしまいました。深くお詫び申し上げます」
と執事服の男が謝罪をしてきた。
「こちらこそ助けていただきありがとうございました。でもなんでこんな町中にマモノが出ていたんでしょうか?」
そう尋ねるが、
「申し訳ありません、それは現在調査中ですのでお答えすることができないのです」
まだはっきりとした原因はわかっていないということなのか?
もしまた町中にマモノが出るのだとしたら、子供たちが危ない。
これは高校の教師として見過ごせる事態ではない。
「では、またこのようなことが起こるかもしれないと?ならばこのことを町の方達にも注意喚起するべきではないのですか?」
「それは出来ません。情報も不確かなままに伝わってしまえば大きな混乱を招きかねません」
「それは、そうかもしれませんが……」
この人のいうことは正しいかもしれない。でも…
「でも、このことを知っていれば、被害が…」
フッと、意識が薄れる感覚に襲われた。
なに?急に体が金縛りを受けたように動かない。
すると、耳もとで指を鳴らす音が聞こえる。
ハッと意識が戻る。
「あれ?私なんで公園にいるんだっけ?」
記憶が無くなったかのように、ここにいる理由を思い出せない。
あっと時計を見る。もう八時を過ぎている。
観たいテレビが始まっている。
私は急いで公園を横切り家に向かって走っていく。
それを木の上から見送るものが一人。
執事服を着た男、名を勇一と言う。
勇一は耳に手をかざし誰かと連絡をとっている。
「申し訳ございません。一般の者に戦闘を見られてしまいました」
電話の相手は、
『そうか、怪我はしてないんだろうな』
「はい、怪我はしておりませんでした。多少腰は抜けている様子でしたが」
『まあいい、それより記憶は残してないんだろ』
「はい、記憶は消去しました。ここで見たものも聞いたことも忘れています」
『そうか、なら早く戻ってこい。仕事はまだある』
「かしこまりました。ご主人様」
そう言葉を残し闇に消える勇一。
後に残るのは夜の静寂のみ…
家に着くなり着替えもせずにテレビの前に座り込む。
テレビを見終わると、お風呂に入り、明日の準備をしてベットに入る。
もう夏休みも今日で終わりだ。明日からは新学期が始まる。
「一ノ瀬くん……」
つい名前を読んでしまう。
これで彼のいなくなってから十回目の夏が終わる。
そして、この世界の平和な日々は徐々に音をたて崩れていく。
前回から少し時間が空きました。
仕事をしながらだとどうしても投稿頻度は週一くらいになりそうです。
これからもこのペースでやっていこうと思うのでよろしくおねがします。