第2話 へーデル・ヴァン・グランザム
俺たちは彼女の住むマンションを目指し走っていた。
もう10分以上走りっぱなしで息も上がっている。
街中に入ってからは街の惨状に驚愕してしまった。
家屋は倒壊し、焦げ臭い匂いが立ち込めている。
マンションはあの穴の近くだった。
もう少し。俺の前を走る彼女の速度も一段と速くなる。
その時、穴の方からとてつもなく大きな叫び声が聞こえた。
俺たちは走るのを止め、穴の方を見る。
すると、穴から黒い生き物のようなものが勢いよく噴出した様に見えた。
「なんだ、あれ」
するとそのうちの一匹がこちらに向かって飛んできた。速い!
どうやら綾瀬を狙っている様だった。俺は慌てて、
「綾瀬!!」
そう叫び、綾瀬を突き飛ばす。
直後に右腕に激痛が走る。俺は飛んできたものに噛みつかれた様だ。
「くそがっ。痛えだろうが!!」
そう言いながら、左手で噛み付いているものの顔を力一杯に殴りつけた。
俺はその場に片膝をつき座り込み腕を抑える。
離れた相手の顔を睨みつけると俺は、驚きを隠せなかった。
口から犬のように鋭く伸びた犬歯を覗かせ、耳は先端が鋭く尖っている。
顔は、雪のように白く、背中からは蝙蝠のような羽が生えている。
服装は西洋の貴族が着てそうな雰囲気である。
正しくそれは、ゲームや漫画などでよく目にする化け物ドラキュラそのものである。
それが自分の腕に噛み付いてきた。
どうか夢であって欲しい、心からそう思った。
だが、激しく痛む左腕がこれは現実だと教えてくる。
「大丈夫!?」
綾瀬が心配そうに駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だよ。これくらい、突き飛ばして悪かった」
そう言ったが血は止まらずかなり腕が痛い。
「ううん、ありがとう。また助けられちゃったね。私のせいでごめんね」
綾瀬を落ち込ませてしまった。
しまったなと思うものの、俺の方は頭までクラクラしてきた。
腕には力が入らなくなってきたし、変な汗までかいてきた。
このままじゃやばいな。そう判断し、
「気にすんな。無事なら良かった、それより綾瀬はまだ走れるか?ここは逃げろ」
「えっ、一ノ瀬くんはどうするの?」
心配そうな顔をして聞き返してくる。
「少し休んでから追いかけるよ、それにあいつが追ってこない様に足止めする。どうやら狙いは綾瀬みたいだから」
「ダメだよ。おいてなんて行けないよ」
「ダメだ!!君は逃げてくれ!君はこんなところで死んじゃいけない」
声を張り上げてそう言った。心配してくれて嬉しいが今はそんなこと言ってる場合じゃない。
だが、そう簡単には逃がしてくれそうにはなかった。
ドラキュラが俺の顔を蹴り付けてきた。
俺は咄嗟に両腕でガードするが踏ん張れずに後方へ飛ばされる。
蹴りを受けた腕が痛い。
「一ノ瀬くん!!」
綾瀬が駆け寄ってきてくれる。俺は上体を起こし、
「大丈夫だ。下がっててくれ」
綾瀬に後ろに下がる様に伝える。
こちらに近づいてくるドラキュラは額に青筋を浮かべているのがわかる。
どうやら相当ご立腹のようだ。
まあ殴られたのだから当然といえば当然なのだが。
だが俺だって噛みつかれた挙句、顔を蹴られたのだからこっちだって怒っているのだ。
俺が睨みつけていると、ドラキュラが口を開き、
「貴様、よくも私を殴ったな。この上級貴族であるへーデル家次期当主へーデル・ヴァン・グランザム様と知っての狼藉か。貴様楽に死ねると思うなよ。」
何か怒鳴りつけられたのだが、全く意味が理解できない。
どうやら言語が違うらしい。
わかったのはかなり頭にきているということだけだ。
言い終えたかと思えば、腹部に衝撃と激痛が走る。
何をされたのかわからなかったが、どうやら腹を蹴られた様で俺は地面を転げ回った。
飛ばされた先で蹲りその場で嘔吐してしまった。
痛みで立ち上がることが出来ず息を吸うことも出来ない。
グランザムがこちらに向かって歩きながら、
「貴様は楽には殺さんと言ったであろう。生まれてきた事を後悔するほど無残に殺すことにしよう。まずは私を殴ったその左腕だ」
そう言ったのだがやはり理解できない。
何言ってんだこいつと思っていると、グランザムは腰にさしていた剣を引き抜いた。
キラリと光る剣先が俺の横顔を照らす。
「一ノ瀬くん!!」
綾瀬がこちらに駆け寄って来ようとするが、
「こっち来んな!!」
俺は声を張り上げそう叫んだ。
そしてグランザムは躊躇する事なく俺の左腕めがけ剣が振り下ろす。