第1話 終わりの始まり
「大丈夫? ねぇ大丈夫?」
身体を揺さぶられながら、何度も呼びかけられる。
重い瞼を持ち上げ薄っすらと目を開く。
頭が良く回らない、ぼやけた視界で周りの状況と自分の状態を確認していく。
周りはとても騒々しい。
何かを焼いたような臭い、町中で鳴り響くサイレンの音、人々の悲鳴や何かから逃げているのだろうか。
バタバタと足音が聞こえる。
耳はちゃんと聞こえるし、鼻も問題無いようだ。
そう思い身体を起こそうとすると頭に痛みが走る。
痛みが引くに連れて段々と鮮明になっていく。
そうだ、町中に穴が空いていたと思ったら、直後に地震が起こったのだ。
電車の中では、スマホの災害アラームが鳴り響き、悲鳴をあげる人もいる。
揺れの強さに立っていられなかった。
俺はパニックに陥りかけていたが、隣で不安そうにしている綾瀬を見て、
「大丈夫か? すぐに治るさ」
そう言って落ち着かせようとした。自分自身のことも。
自分もかなり不安だったのだが、綾瀬の前なので強がった。
だがその時、荷物棚からカバンがずり落ちそうになっているのに気付く。
「綾瀬危ない!!」
綾瀬は上を見上げるが、それに覆い被さるように守ろうとした。
直後カバンが俺の頭に直撃し、激しい痛みが走るその後の記憶がない。
どうやらそのまま気絶してしまったようだ。
2、3分くらいの気絶だったようで既に地震は収まっていた。
綾瀬を庇い気を失っていたのだと思い出した。
ハッとして綾瀬が無事か確認せねばと周りを見渡すと、隣に綾瀬がいた。
「綾瀬大丈夫だったか?怪我してないか?」
そう聞きながら、綾瀬の方を見る。
俺は、ギョッと驚いてしてしまった。
綾瀬は目に涙を浮かべながら、今にも泣きそうな声で、
「もう何してるのよ!!もう起きないかと思ったじゃない!!」
そう怒られた。俺は慌てて、
「ご、ごめん。綾瀬に当たると思ったら体が勝手にさ、でも怪我がないみたいでよかったよ」
と、笑顔を浮かべながらそう言った。
こういう時は笑顔でごまかす。
「うん、一ノ瀬くんのおかげで大丈夫だよ。ありがとう」
涙を拭いながらそう言われた。
人に感謝されるのはいつぶりだろうか、とても照れくさくなった。
しかし、状況はやばそうだ。
お互いの無事は確認できた、ここは離れたほうがよさそうだ。
「そ、それより、ここを離れよう。ずっとここにいるのも危なそうだ」
「そうだね。ふふ、なんか一ノ瀬くん頼もしいよ」
めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか。
こんな状況なのにそんなことを思ってしまう。
「そうかな?そんなの初めて言われたよ」
また顔が赤くなっているんじゃないか、そう感じて顔を隠そうとする。
この子は必ず守らなければ、そう自分の命に変えてもと心に誓った。
電車から降り、街を見渡す。
そこには、見慣れた街はなかった。
街のあちこちから火の手が上がり黒煙を撒き散らし、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
町中に響く消防車やパトカーのサイレン。
道路はひび割れ、ガラスの破片でも散らばっているのかキラキラと光っている。
だが、それよりも目につくのは街の真ん中にぽっかりと空いている巨大な穴である。
大きさはわからないがとてつもなくデカイ。
あれが原因で地震が起こったのか、地震が原因で穴が空いたのかはわからない。
だが、とても不安な気持ちになった。
今はそんな事考えても答えは出ない、そう結論付け今は避難することだけを考える。
綾瀬の方に目を向けると、両手で口を押さえ目を見開いている。
「どうしたんだ?」
素直にそう聞いた。
「わ、わたしのうちから火が出てるの」
すごく小さな声でそう言った。
彼女の見つめる方を見る。
20階建くらいのマンションの10階部分から火が上がっている。
あそこが綾瀬のうちなのか。
「お母さん……」
聞こえるどうかわからないくらいの声でそう呟いた。
すると、彼女はマンションの方へと走り出した。
彼女を追いかけるように俺も走り出した。
ここからマンションまでは、歩いて20分くらいはかかりそうだ。
流石に部活をしているだけはあるな。
かなり速い。
帰宅部である俺には、この速さはきつい。
でも休んでもいられない、俺たちは、マンションへと全力で向かう。
ーー地震直後の大穴付近ーー
穴を不思議そうに覗き込む人がいる。
深過ぎて全く底が見えず、ライトで照らすも中は真っ暗である。
穴の中で何か動いた気がした。よく見ようと目を細める。
ヒューと風の音がしたと思ったら、視界が歪み地面が近づいてくる。
体を動かせない。
それもそのはず、彼の首と体は切り離されており切断面からは噴水のように血が吹き出ている。
周りで彼を見ていた人々は悲鳴をあげる。
彼の首を切り落としたのは、穴から現れた異質なものだった。
それは、頭からは2本のツノが生えていて、背中からは2枚の大きな翼をはためかせ空を飛んでいる。
手には、身長と同じくらいの大きな鎌を持ち、刃には血が付いていることからこれで首を切ったのだと分かる。
脚は筋肉質で爪はとても長く、お尻からは尻尾のようなものが生えている。
正しく悪魔と表現するに相応しい。
それは、突然大きな叫び声をあげる。
すると、穴から勢いよく黒い何かが噴き出した。
それは、あの悪魔に似たものだった。
現れると人々を襲い始めた。
あちこちから聞こえる悲鳴に、泣き叫ぶ声、悪魔たちの高笑い。
大穴の周りは一瞬にして見るに耐えない惨劇と化し飛び散る血により地面は紅く染まる。
そこで突如始まった悪魔達による蹂躙を目に人々は一目で理解する。
あれは人類の敵なのだと。
この日、世界の平和は突如終わりを迎える。




