第9話 波乱の新学期
夏休み明けの教室では、久しぶりに会う友達との楽しそうな話し声で賑わっている。
「俺、休み中海外行っててさ…」
「私、夏休みに彼氏が出来て…」
「やべぇ、宿題終わってない。誰か見せてくれ」
など、各々の夏の思い出を楽しげに話している。
そんな中一人ポツンと席に座り、勉強に励んでいる私は、本間美咲。
今年受験生であり、難関大学を目指しているので一秒も無駄には出来ない。
それに、今日は実力テストがあるので最後の追い込みをしているのだ。
決して友達がいないというわけではない。
すると、朝のチャイムが鳴ると同時に先生が教室に入ってくると、急いでみんなが席に着く。
朝のホームルームが始まる。
「みんな、おはようございます。夏休み中は元気にしてたかな?こうしてみんな登校して来てくれて
先生おても嬉しいです。それで、突然だけど今日このクラスに転校生がきます」
そう先生が言うと、クラスはザワザワとし始めた。
「では、入って来て」
と、先生が告げると教室の扉が開き、金髪の男の子が入って来た。
「はーい、みんな静かに。今日からこのクラスの一員となる、一ノ瀬ユウキ君です。では、一ノ瀬君一言挨拶して」
「一ノ瀬ユウキです。よろしく」
無愛想に自己紹介をした。まばらな拍手が起こる。
この人、転校生だったのか。
昨日も学校の図書室で勉強をしていると、綾瀬先生と一緒に歩いているところを見たのだった。
「じゃあ、一ノ瀬君の席は窓際の一番後ろね」
なんとも気怠そうに歩き席に座る一ノ瀬君。
すると、席についてすぐにイヤホンつけ、カバンからゲームを取り出した。
クラス中唖然としている。学校で堂々とゲームをするなど考えられない。
「ちょっと、一ノ瀬君!?」
先生も驚きだ。当たり前である。
こんなのことする人は見たことがない。常識がないにも程がある。
しかし、何故か不思議そうに彼は顔を上げ、
「なに?」
と、問いかけてくる。
「なに、じゃなくて学校にゲームは持って来てはいけません。常識でしょ」
先生も大変だなと、ひと事のように思っていると、
「常識ってなに?これが俺にとっての常識だけど」
と、とんでもないことを言い始めた。
「この学校ではゲーム機の使用は禁止です。すぐにしまいなさい。今日は初日なので多めに見ます。明日からは持ってくるのもダメですよ」
はぁ、とため息をつきながら先生が言うと、
「じゃあ、帰る」
と言い、席を立って帰ろうとし始めた。
『えっ……』
クラスのみんなが驚き彼を見る。
「ちょ、ちょっと、何をいっているの!?まだ来たばかりよ」
先生も驚きつつ言うが、一ノ瀬君は無視し本当に教室を出て行ってしまった。
この時クラスの全員が思った、やべえ奴きたと…
オホン、と一つ咳払いをして気を取り直しホームルームを再開する。
が、あんな衝撃的な事があった後では話が入ってこない。
「えぇ、ひとまず彼のことは置いておいて、今日は実力テストを行います。その後、全校集会があり、それで今日は終わりです。本格的な授業は明日からなので、また気を引き締めていきましょう。では、ホームルームを終わります」
そう言い終えると、先生は急ぎ教室を後にする。一ノ瀬君の後を追ったのだろう。
本当に大変だな、あんな生徒の面倒まで見なきゃいけないなんて。
そう少し思った後、またテストに向け勉強を再開した。
教室を出て、窓の外を見ると一ノ瀬君が校門に向かっているのが見えた。
走って彼の後を追う。
やっぱり、彼は一ノ瀬くんじゃない。そう思えた。
いくら似ていてもあんなことする人じゃなかった。
しかし、夏休み明け早々全力疾走なんてついてない。
校門を出る前になんとか捕まえる事ができた。
「ちょっと、一ノ瀬君。なんで帰ってるの?まだ、学校は終わってないよ」
息も切れ切れにそう問うと、
「いや、ゲーム出来ないなら帰ろうかなって」
学校でもゲームしたいなんて、なんてゲーム好きなの。
ここまで来ると、起こる気も失せてくる。
「校則で、ゲーム機の使用は禁止されているの。学校では我慢して」
少し呆れたようにそう言うと、
「校則か、俺何かに縛られるの嫌なんだよ」
かなり嫌そうに答えた。少しカチンと来て、
「それでもダメなの、ルールはルール。後、勝手に帰るのもダメ。この後テストあるんだから」
今度は、少し怒ったように言ってみる。彼はびくっと少し驚いた様だが、
「わかった。今日は大人しくしてやる」
少しむすっとした様にそう答えた。私は笑顔で、
「うん、よかった。じゃあ教室に戻ろうか」
と彼を連れて教室へと戻る。
後ろをついてくる一ノ瀬君が、この時すこしだけ笑った様に見えた。
先生が勢いよく出て行ったかと思ったら、その後すぐに一ノ瀬君が教室に戻って来た。
彼が教室の扉を開けた瞬間、彼へと視線が集まる。
が、彼は全く気にする様子もなく席に座った。
窓の外をぼーっと眺めている。
どうやらゲームは取り上げられてしまった様だ。
あんな事があったため誰も彼に近寄ろうとしない。
しばらくすると、始業チャイムが鳴り先生が入ってくる。
「おーい、お前ら席つけ」
テストは担任の先生以外が担当する。
「テストを始めるぞ」
テストが配られる。しかし、彼はテストを解こうとしない。
「おい、君なんでテスト始めないんだ。早く始めなさい」
先生が注意する。
「書くもの持って来てない」
と彼は言う。これには、驚きを通り越し呆れてしまった。
彼は完全に学校というものを舐めている。
「何を言っているんだ。君は学校に何しにきているんだ。まったく、もういい。本間、彼に筆記用具を貸してあげなさい」
と前の席に座る私言ってきた。正直貸したくない。
どうして私がこんなに意識が低い人に貸さなきゃいけないの?
だが、先生から言われたのであれば仕方ない。シャーペンと消しゴムを貸す。
「ほら、これ始めれるだろ。本間にお礼を言っておけ」
「助かる」
一言お礼を言ってきた。
しかし、助かるってありがとうじゃないのか。とも思ったが今はテストに集中する。
テストが始まり十分後、
「先生、終わったので退室していいすか?」
後ろからそんな声が聞こえた。早すぎる。終わっているわけがない。
先生が確認する。
「回答は全て埋まっている様だが。ちゃんと解いたんだろうな?当てずっぽうじゃダメだぞ」
これだけ早いのだ、疑うのも当然だ。だが、
「勿論、真剣にやったよ」
間をおかずにそう言い放つ。
「まあ、いい」
えっ、いいの?内心驚きを隠せない。
「これでひどい点だったとしても自己責任だからな」
諦めた様に先生は言うが、
「いいよ、別に。全部あってるし、このテスト簡単すぎるから」
などと言う。聞いていてムカムカしてきた。
「退出するなら、静かに行きなさい」
と、先生は言い彼は教室から出て行った。
その後、彼は残りのテストも全て途中退出して行った。
全校集会が始まる頃にはすでに学校にはいなかった。
「ふざけた奴……」
それが私が一ノ瀬ユウキという生徒に抱いた印象だった。
それから、彼が学校に来ることはなかった。




