夜勤怪談 灰色の鶴
皆さんは陰摩羅鬼という妖怪をご存知でしょうか?妖怪を扱ったゲームや漫画や小説にも登場したことがありますし、それなりに知名度はあるのではないかと私は思っていますが如何でしょうか?
とりあえず、説明しますと、姿は火を吐く灰色の鶴で、昔、お寺で怠けていた男のところに現れて、怠けているのを咎め立てたという妖怪ですが、実は私、この妖怪を見た人を知っているんです……。
しかも四年ぐらい前の話です。この話を「夏のホラー2019」に投稿すべきかどうか悩みましたが、妖怪だってホラーだと思いますし、現代に妖怪が生き残っていることを知らしめるべく筆を取りました。
私は病院に併設されている介護老人保健施設で働いている介護福祉士です。今から四年ぐらい前ですが、当時、うちの施設では夜勤中、認知症の利用者がいるフロアに別のフロアから助っ人として職員を一時間だけ一人送るということをしていました。
当時、認知症利用者のフロアを仕切っていた上司の発案だったそうですが、はっきり言って他のフロアのことを考えていない自己中心的な愚策です。それで一人欠けたフロアの方も大変になるのですから……。まあ、愚痴です。すみません。話を続けます。
それで、私はその夜勤の夜も別のフロアから助っ人としてそのフロアに来たわけです。主な仕事はナースコール対応でした。フロアが違うと利用者の状態もわからないというのに対応しろというわけです。オムツ交換もやらされました。酷使されました!
まあ、愚痴です。すみません。話を続けます。それでその日もナースコール対応をしました。その利用者はフロアはその時は違えど以前に介護したことがある利用者さんでした。オムツ交換か眠れないという訴えかと思って行きましたが、違っていました。
その利用者さんは言ったのです。「部屋が燃えとる。部屋が燃えとる」と。私は認知症による幻覚だと思いましたが、話を傾聴すると、単に部屋が燃えているというわけではなかったのです。
「ほら、そこに灰色の鶴がおるやろ! 灰色の鶴が火を吐いとるやろ! ほら、部屋が燃えとる!」
利用者さんはそう訴えていました。もちろん部屋は燃えていませんし、灰色の鶴なんかいません。時刻は深夜で部屋は小さなライトがついているだけ。しかも利用者さんは小さなライトのことを言っているわけではないようでした。
私はゾッとしました。「火を吐く灰色の鶴」というキーワードを聞いて。そんな具体的な特徴を言われたら陰摩羅鬼が出たとしか……。とりあえず、私は、話を傾聴して、入眠を促すという一般的な対応をして退室しました。
かつてあの人を介護した時はそんな訴えをするような人では無かったはずですし、スタッフルームに戻ってカルテの記載も読みましたが普段はそんな言動は無いようでした。やはり、あの夜、あの部屋に現れたとしか……。
考えてみると当時の認知症利用者のフロアは、怠け者を咎め立てた陰摩羅鬼が出る条件は揃っていたように思います。シフトも職員も。あの妖怪よりもあの妖怪を出現させてしまったフロアの状況の方が私は怖かったです。
その後、やはり問題があった夜中の助っ人も無くなり、認知症利用者のフロアは一気に五人も職員が辞めて、私は人事異動で正式に認知症利用者のフロアに配属されました。今のところ、陰摩羅鬼を見た利用者は皆無です。
あと、陰摩羅鬼を見た利用者さんは今はもう亡くなりましたが、私はあの夜のことを一生忘れません。あの夜の出来事を自己への戒めにして、私は今も働いています。