高杉という男
手足の拘束を外され、ある程度の制限はあるものの、恙無く過ごしている。着替えも湯浴みも出来るようになり、数人分の食事も作る事を許可されたのは大きい。ただぼんやりと過ごすだけの時間はとても長くて、退屈を通り越して『無』だった。
数日もすれば高杉という人は戻ってくるらしい。桂さんは会合やらで忙しくしている。私を連れて来てからの数日は、予定を多少変更して私の事にも心を砕いてくれていたようだ。ここが藩邸であるが故、無駄に情報を与える訳にいかず、また私の存在を知られない為に拘束をしていたとも教えてくれた。暗に私の命を守ってくれていたと。
今日は武市瑞山様が私の護衛兼監視役だそうで、知り過ぎない程度に情報を与えてくれる。前情報ではあるけれど、高杉さんについても色々と教えてくれた。
英国公使館焼き討ちのように苛烈な一面もあるし、池田屋事件で吉田稔麿を、禁門の変で久坂玄瑞を亡くしたと知り、誰に知られることなく涙したという逸話も聞かせてくれた。奇兵隊を創った人というのは歴史で学んだけれど、やはりそれだけの人ではないようだ。
「今日はこのくらいにしておきましょうね。そろそろ貴女も夕餉の準備に取り掛かる時間でしょう?」
「はい、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いしますね」
「もちろん。貴女の作る物はどれも美味しいので、今日も楽しみにしてますね」
笑みを交わして台所へと向かう。桂さんは夕食は要らないと言っていたので、今日は私と武市様、岡田以蔵、中岡慎太郎、坂本龍馬の5人分。
材料は何を使っても良いと言われているので、今日は軍鶏とネギを煮て卵でとじてみた。所謂親子丼なのだが、気に入ってもらえると良い。それにお味噌汁と副菜を二品付ける。
出来たものを運ぼうとしたら、武市様も手伝おうとしたので驚いた。
「た、武市様、私がやりますのでお構いなく!」
「いつも貴女任せですから、今日はお手伝いさせてください」
「でも……、こんな事で武市様のお手を煩わせるのは………… 」
「構いません。私がしたいからするのですから。早く運んでしまいましょう」
「……ありがとう、ございます。では、お願いしてもよろしいですか?」
コクリと頷き微笑む武市様と一緒に、皆さんの待つ部屋へと急ぐ。
どんな心境の変化なのかは聞かない。でも、武市様が手伝ってくれた事が嬉しいのも事実。食事中はとても賑やかだし、今日の料理はこの時代には存在しない物というのもあり、大いに喜ばれた。
その様子を見て、私は途端に寂しくなった。泣きそうになったのを悟られないように俯き、食事に集中しているフリをしたのだけど、武市様には気付かれてしまった。背中をポンポンと叩いて宥めてくれる。絆されてはいけないと思いつつ、そのさり気ない優しさに感謝する。武市様に感謝の意味を込めて微笑むと、安堵の表情を浮かべる。
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─桂視点─
会合などと嘘を吐いてまで、僕を呼び出した理由はなんだろうかと、目の前の人物に問う。
「藩邸に戻るのは明後日と、そう聞いていたんだがな?」
「ああ、間違いねぇよ。少し早く戻って来ちまったんで、新選組の動向を探ろうと思ってな」
「そんな事はしなくて良い。さっさと戻って、彼女を解放してやれ」
「………解放する気は無ぇと言ったら?」
「何故そこまで執着する!?お前には奥方も居るし、彼女には許嫁が居るだろう!」
「そんな事はどうでもいい。おそらくあの娘は…………いや、何でもない」
「どうでも良くはない!とにかく、なるべく早く解放してやれ。気丈に振舞ってはいるが、彼女の居場所は我々の元ではないのだから」
チッと舌打ちする高杉。そんな事されても、僕は彼女を解放してやれとしか言えない。あんなにも気丈に振舞っては、僕達に迷惑や心配をかけまいと笑いかけてくれる姿は健気で、その内側に寂しさを抱え込んでいるのではないか。僕が藩邸に居ない時間は、なるべく武市殿か龍馬君に彼女を見ていて欲しいと頼んである。彼等ならば、彼女の機微に気付いてくれるだろうから。
このまま何も無ければ良い。異常なまでに執着しているから、彼女の身が危ないかもしれない。何事もなく無事に、新選組の元へ帰してあげたいと思う。美しい彼女の笑顔が、高杉のせいで曇ることが無いように、誰かに監視して貰おうか。僕のそんな思いや願いは、高杉本人の手によって潰される事になるとは、知る由もなかった。
少し短めです。
高杉が梓紗に対してやらかす事を、どの程度の表現にしようか悩んだ結果、一旦ここで区切るのが良いと判断しました。




