興味
彼女を連れて来てから3日程経った。早馬で届けた手紙の返事がきたが、その内容はまた無茶なものだった。5日後には此方へ戻ると書かれた手紙を握り締め、深い溜息を吐く。気丈に振る舞う姿は健気だが、少しずつ疲労の色を見せ始めた。ここへ来て10日足らずで、あいつと会わせる事が出来るのは彼女にとっても良い事だと思う。
新選組はと言えば、躍起になって彼女を捜している。監察方は優秀な人材が揃っていると聞く。探り当てられるのは時間の問題かもしれない。だからと言って、押し入ることは無いだろう。尊攘派の巣窟と言っても過言ではないはずだ。
奴の命により、彼女は殊更丁重に扱われている。そろそろ手足の拘束も外さねばならない。
見張り役とは名ばかりの護衛や、食事時に僕と少しだけ会話する程度で、何もする事がないまま1日を過ごすのはどれ程退屈な事だろうか。行動範囲を制限した上で、彼女のしたいようにさせるのも良いかもしれない。自分の置かれた状況を正しく理解している彼女なら、下手な真似はしないだろうと思う。
「失礼するよ」
返事を待たずに戸を開ける。手足が拘束されている状態では着替えなどしようもない為、彼女は警戒はするが返事をしない。無言の肯定と受け取り、僕も形だけの声掛けのみだ。
「5日後、君を連れて来るよう命じた奴が戻ってくるそうだよ。僕にとっては頭の痛い話だけど、10日足らずで君に会わせてあげられるのは良かったと思う」
「そうですか」
手の拘束を解きながら話せば、簡潔な返事が返ってくる。続けて足の拘束も解いていると、
「…………あの、足も外してくださるのですか…?」
戸惑いながらも問いかけてくる。
「うん。行動範囲は制限させて貰うけど、何もせずぼんやりと過ごすのは退屈でしょう?ここに来てから、僕や部屋の外の奴と少しだけ会話する程度だったし、もうすぐあいつも戻ってくる事だし、制限付きで自由にして貰っても良いかなって」
「お気遣いありがとうございます……。でも、本当によろしいのですか……?」
「構わないよ。とりあえず、食事しながら話そうか」
そういうと、『いただきます』と手を合わせる。僕もそれに倣う。
「君は新選組の屯所では何をしているの?」
「食事の準備と、幹部の居住区………と言っても廊下だけですが、そこと玄関先のお掃除、歳三様の衣類のお洗濯や、隊士の皆さんの繕い物等ですかね」
「結構色んな事をしているんだね。ここで出来そうな事ねぇ……」
今までと全く同じ事をとは言えない。彼女がここに居る事を新選組に悟られるような真似は出来ない。故に洗濯や外の掃除はさせてやれない。彼女はそれを理解していた。
「私は外に出ない方が良いのでしょう?ならば、お洗濯や玄関先のお掃除は無理ですね。お料理は………しない方が良いですか?」
「料理ねぇ……。それなら、僕と君を含む数名の食事なら作って貰おうかな。食事も、この部屋ではなく、そいつ等と同じ場所ですればいい。どうかな?」
「具体的な人数を教えてください」
「多くても10人程かな。戻ってくる奴も含めてね。君に作ってもらうのは夕餉のみだから、会合や仕事で居ないこともあるし、必要な分はその都度言うよ。あと繕い物が出来るなら、裁縫道具も準備させるよ。下手な奴に任せるより、君にお願いした方が確実でしょう?」
そう言うと、苦笑いする彼女。幾分か晴れやかな顔になったように見える。
さて、どこまで本来の彼女を引き出せるか。僕らは新選組に居る時の彼女を知らない。本当は着替えたいだろうし、湯浴みだってしたいだろうに、彼女はそれを口にする事は無かった。着替えも湯浴みも出来るよう手配はしてあったのだけど、僕から提案する訳にもいかず、今日まで彼女に我慢させてしまったが、もう良いだろう。
「あ、そうだ。少し待ってて」
そう言って部屋を出ると急いで自室に戻り、彼女の為に用意した着替えを数枚手にして、再び彼女の部屋へと戻る。
「お待たせ。これ、君の着替えね。食事が終わったら、湯浴みも出来るよう手配はしてあるから。護衛兼見張り役として、湯殿の外に僕が待機してるから、ゆっくり入ると良いよ」
「はい、ありがとうございます!」
ぱぁっと花開くような笑顔を見せる彼女は、とても可憐で、もっと見ていたいと思った。
話をしている間に運ばせた食事を共にしてから僅かな間を置いて、彼女は言った。
「今更ながら、貴方と、私をここに連れて来いと命じた方のお名前をお伺いしても?
敢えて名乗らずに居ましたが、貴方はきっと私の名前も知っているのでしょう?」
ひゅっと空気を吸い込む。実に聡明な女性だな。
「君には敵わないな……。
改めまして、僕は桂小五郎。君を連れて来るよう命じた奴は、高杉晋作という。そして、君の名は都倉梓紗で間違い無いかな?」
「間違いありません。
桂さん、今暫くお世話になります」
そして彼女はまた微笑む。
もしかしたら、新選組の元に返してあげられないかもしれない。返したとして、ことある事に新選組にちょっかいを出すかもしれない。そのくらい彼女は、僕達の興味をそそる存在だ。
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─高杉視点─
やっと土方の許嫁殿に会える。見つけ、藩邸に連れて来たと連絡が来たのは、つい先日の事。早く京に戻らねばと気持ちが逸る。触れたら、どんな声で啼いてくれるどろうか。どんな表情で迎えてくれるか、楽しみでしかない。俺の興味は尽きることなく、あの女にのみ向かう。触れたい、抱きたい、口付けたい。滾る欲望を抑え、彼の者へと想いを馳せる。
史実通りの時系列では無く、多少の矛盾も生じてるかもしれませんが、これで良いのです。これから梓紗にも過酷な運命を背負わせてしまいますが、幸せにしてあげられるよう、精一杯書かせて頂きます。




