自覚した気持ち
土方視点入るかもです
総司くんからの告白から1ヶ月程。特に何も無いまま過ぎた。変わらず優しく、返事を欲しがる様子もなく、ただただ甘やかされる日々。
今日もそれは変わらない。ただ1つ変わったのは、以前は巡察に出た日だけだったのが、最近は毎日何かと持ってきてはお茶に誘われる。
それから、歳三様も少し変わったように思う。私の部屋は相変わらず歳三様の隣だけど、襖1枚隔てただけの続き部屋になった。歳三様から打診があったと、近藤さんがこっそり教えてくれた。
部屋を移った事は、幹部達のみが知る。続き部屋である事も。
手隙になり部屋で行李の整理をしていると、外から声が掛かる。
「梓紗ちゃん、ちょっと良い~?」
「はい、何でしょう?」
障子を開けながら、何の用なのかと聞くと、それに対して総司くんは答える。
「逢瀬のお誘いに来たんだ♪」
「逢瀬って…………。からかわないでよ、もう……」
「半分冗談。梓紗ちゃんと出掛けたいのは本当だから、僕に時間をくれると嬉しいな♪」
総司くんに返事をしようと口を開きかけた時、襖越しに歳三様から声が掛かる。
「少し良いか?」
「はい、どうぞ」
返事をすれば、当たり前のように歳三様は襖を開ける。そして私達の会話も聞こえていたのだろう。
「出掛けるなら、ついでにこれを松本先生に届けてくれ」
「あれ、良いんですか?梓紗ちゃんと僕が出掛けても」
ニヤニヤと歳三様を煽るような発言をする総司くん。
「あぁ?良いも悪いも、それは梓紗が決める事だ。それに、たまには外にも出たいだろ」
頭をポンポンと撫でる歳三様と、されるがままの私を見て、
「梓紗ちゃん、行こう?」
と手を引いて歩き出そうとする。チラリと歳三様に目をやると、行ってこいと言わんばかりに頷いてみせる。
「では、お荷物お預かりします」
「ああ、頼んだ。それから総司、信用して預けるんだ。傷物にしてくれるなよ?」
「………解ってますよ。僕が一緒に居るんだから、梓紗ちゃんに怪我なんてさせませんよ」
「当たり前だ。最近尊攘派の奴ら、過激になってきてやがるから、用心に越したことはねぇ。梓紗、なるべく総司から離れるんじゃねぇぞ?」
「………はい、歳三様」
「じゃあ、行こうか」
「うん。行ってきます」
繋がれた手は解かれることなく歩き出す。外が危ないということは解ったけど、手を繋いでなくても問題ないのではなかろうか?そう思い口に出してみる。
「総司くん、わざわざ手を繋がなくても平気だよ?」
「ん~?さっき土方さんも言ってたでしょ、なるべく離れるなって。だから、この手を離さないよ?」
ドキッとした。一瞬覗かせた雄の顔。いつも穏やかな笑顔の総司くんからは想像し難い顔に、目を奪われる。巡察中の彼はきっと、こんな表情なのかもしれない。
「とりあえず、土方さんのお使いを済ませちゃおうか。ずっと持たせたままでごめんね、僕が持つよ」
そっと荷物を取り上げる。大して重くはないから大丈夫だと言っても、総司くんはダメだと聞き入れてはくれなかった。仕方なく隣をただ歩く。その歩調は、私に併せてゆっくりとしたもので、ただの手繋ぎデートのようだ。
きっと何を言っても譲らないであろう事は解り切っているから、
「ありがとう、総司くん」
と、ただお礼を言うだけに留まる。滅多に外に出ない私は、限られた場所でのみ歳三様の許嫁と知られてはいるが、一般的には全くと言って良い程知られてはいない。故に現在向けられている不躾な視線は、『沖田様と仲睦まじい女は誰だ』というところだろう。何せ女性からの視線が痛いのだから。花街では、原田さんか歳三様が人気だと聞いてはいたけど、おそらく総司くんも人気なのではないかと思う。市井の女性でさえ、これなのだから。
それでも総司くんは私の手を離す事はないし、周囲の視線すら気にしない。
「ごめんね。土方さんから頼まれちゃったから、なるべく怖い思いをしないで済むようにするから、屯所に戻るまで我慢してくれるかな?」
「此方こそ………。折角の外出なのに、護衛をお願いしてしまってごめんなさい」
「ん~……、僕にとっては寧ろ役得だから問題ないよ。それに、お使いはこのお出掛けのついでだからね」
そうしているうちに、松本先生のお宅に着いたらしい。半分診療所のようになっている。そしてそこには山崎さんが居た。歳三様からのお届け物を山崎さんに渡すと、
「沖田さん、梓紗さん、ありがとうございます。これは俺が副長にお願いしたものです。取りに戻る時間が惜しく、お2人にご足労掛けました」
と畏まってお礼を言う。
「気にしないでください。どうしても必要な物だったのでしょう?」
と聞けば、コクリと頷く。
「そんな大事な物を、無事にお届け出来て良かったです」
安堵の笑みを浮かべると、山崎さんも微かに笑みを見せる。それを見られただけで、ついでだからと言っても、このお使いを引き受けて良かったなと思う。
「梓紗ちゃん、そろそろ行こう。丞くんの邪魔になっちゃうから」
「そうだね。山崎さんが任務を終えて帰ってくるのを、お待ちしてますね」
「……ありがとう。では、また」
1つ頷いて、私達は町の散策に繰り出す。いつものお団子屋さんまでの道を、少し遠回りしながら歩く。普段、歳三様と散策に出る時には通らない道を行く。近くの橋に差し掛かった時、何やら人集りが出来ているのに気付く。
「たくさん人が居るけど、何かあったのかな?橋を渡る感じもないよね」
「ちょっと行ってみようか」
そう言った総司くんの眼は鋭かった。人集りに近付くと
「また制札が引き抜かれてるわ。これで2度目やなかった?」
「そうや。誰がやったんかは知らんけども、ようやるわ」
「どうせ不逞浪士あたりやないん?ほんまに迷惑やわ」
そんな会話が聞こえてくる。
「少し詳しい話を聞いてくるから、ここで待ってて」
「わかった」
私から離れて聞き込みに行く総司くん。これが間違いだった。
「悪いが、少し眠ってもらうぞ」
その台詞の直後に殴られ、私は意識を手放した。一連の行動は、あれだけ人が居るにも関わらず誰も、総司くんでさえ気付いてはくれなかったようだ。
私が目を覚ました場所は、何処かの御屋敷みたい。手足は縛られているけど、轡は噛まされていない。
「ここは………………」
「お目覚めかな?」
「ここは何処ですか…………?」
「それは教えられないかな。君を解放するつもりは無いけど、万が一の事があれば君を殺さなきゃいけないから」
それだけで、私は尊攘派に攫われた事を悟る。いつも歳三様に護られていた。今日は総司くんに。現状私に出来ることは、何も言わない事、しない事。
きっと心配してるだろう総司くん。傍を離れた事も悔やんでいるに違いない。もう歳三様の耳にも入っているかもしれない。歳三様も、心配してくれているだろうか。ただでさえ忙しい人に、私はなんて迷惑を掛けているのだろう。歳三様の事を考えていると、知らぬ間に涙を流していた。
「泣かないで。大人しくしていてくれれば、君に危害は加えないよ」
恐怖で泣いていると思われたのだろうか。さらりと脅し文句を言いながらも、気遣いは見せてくれる。
「僕は失礼するよ。だけど、部屋の外には見張りが居るから、変な気は起こさないでね」
そう言うと、すぐに部屋を出て行く。何も出来ないもどかしさ。胸の中には、歳三様に会いたいという気持ちだけが渦巻いている。歳三様の元へ帰りたい。ただただ、それだけを願う。
******************
─土方視点─
「梓紗ちゃん、ちょっと良い~?」
呑気な総司の声が聞こえてくる。俺は、また梓紗に会いに来た総司に対して、少しだけ苛立ちを覚える。梓紗は一応、俺の許嫁になっているが、総司は気にしないのだろう。
「逢瀬のお誘いに来たんだ♪」
弾む声が、本気だと教える。出掛けるのは構わねぇが、尊攘派の中でも過激な奴らの動きが活発になってきているのを、総司が知らないはずがねぇ。充分に気を付けるだろうから、梓紗が出たいなら出しても構わんと思った。そういえば、と思い出し襖越しに声を掛ける。
「少し良いか?」
「はい、どうぞ」
「出掛けるなら、ついでにこれを松本先生に届けてくれ」
本当は山崎に必要な物だが、ある任務で松本先生の所に居る。任務の為、山崎は暫く戻らぬと梓紗には伝えてある。もしそこで会ったとしても、梓紗は特に疑問を持たないだろう。
出掛けても良いか視線で問い掛ける梓紗に頷いてみせる。顔が綻ぶのを見て、温かい気持ちになる。同時に、手を繋いで歩く姿に苦い想いを抱く。
梓紗達が出掛けてから一刻程経っただろうか。そろそろ帰ってくる頃だろうと思っていた時、総司が部屋に来た。
「土方さん、お話があります」
「入れ」
「失礼します……」
入ってきた総司の顔色は、すっかり青ざめていた。何かあったと言っているようなものだ。チラッと梓紗の部屋の方を見ると、気付いた総司は、
「申し訳ありません……!」
と頭を下げた。続けて、
「梓紗ちゃんが、居なくなりました…………」
「はあ!?そりゃ、どういう事だ総司!」
「松本先生の所に届け物をした後、いつもの団子屋まで少し遠回りしたんです。そこで三条大橋に差し掛かった時、人集りが出来ていて、聞けば制札が引き抜かれていると………」
「それで?人混みに紛れて、梓紗が消えたと?」
「いえ………。聞き込みの為、少しだけ梓紗ちゃんから離れて、それで気付いたらもう………」
「て事は、総司は梓紗が居なくなる瞬間を見てねぇと?」
「……………はい」
ふざけるな!あれ程離れるなと言ったじゃねぇか!
怒りに震える。冷静であれと、自分に言い聞かせながら、
「近藤さんには話したか?」
「いえ、まだ………」
「近藤さんの所に行くぞ。梓紗は新選組預かりだ、何があっても必ず見つけ出す!」
急ぎ近藤さんの部屋へと向かう。
もう、『形ばかりの許嫁』などとは言わせない。失うかもしれないと感じて初めて気付いた。お前が愛おしい。
今まで言い寄る女は多く居たが、傍に置きたいと、傍にいて欲しいと思ったのは、お前だけだ。
だからどうか無事でいてくれ、梓紗………。
何とか土方視点までいれられました。なかなか進まず、予約掲載時刻に間に合うか不安でしたが、間に合って良かったです。ここから、少し更新はのんびりになると思いますが、また読んでくださると幸いです。